上 下
23 / 62
第二章 転生するにしても、これは無いだろ!

第二十三話

しおりを挟む
「ベルラッド、おお、かわいいかわいいベルラッド……! 可哀そうに、あんなに高い階段から転がり落ちるなんて、痛かったでしょうっ」

 俺の目は今死んでいる。

 確かに、今世の母親であるこの人は、高貴な女性なだけあり、よくよく手入れされた外見を持つ妙齢の美女だ。

 豊満ながら締まるところは締まったプロポーションで、いちいち挙動に迫力が付きまとう。

 しかし、なんだかこう、何というか、彼女の俺への気遣いには演技臭さがにじみ出ている。

 前世の平凡ながらあたたかかった家族が恋しくて仕方のない俺としては、圧の強い美女に強く抱きしめられたとて、薄ら寒さしか感じない。

 これと言った重い怪我も無く、王宮付き治癒術師の手厚いケアを受けた体とは言え、暫く安静が必要なのは確かだ。

 そんな俺の身体を、容赦なく揺さぶったりきつく抱きしめたりするあたり、俺のことは殆ど考えていないと取って良いのではないだろうか。

「お母さま、ご心配をおかけしました。僕は元気です」

 思うところはあれど、波風立てることは避けるべきだ。とりあえず、当たり障りのないことを言ってみる。

 しかし、そんな俺の言葉に、母だけでなく多忙のはずの父やジルラッド、その他何人かが居座る室内はシーンと静まり返った。

 あれ? 俺なんかおかしなこと言ったかな……? などと考えを巡らせていれば、母は初めて深刻な顔をして俺の額に手を当てた。

「熱は無い……でも、どうしちゃったのベルちゃん。なんだか様子がおかしいわ」

 俺は喉からヒュッと変な音が出るのを他人事のように聞いた。

 そういえば、そうだ。我儘王子は物分かりの良い事なんて言うはずがない……っ! 

 本物のベルラッドならば、痛くないことも大袈裟に痛いと喚き散らし、周囲の関心を無理やりにでも引こうとするはずだ。

 早くも、というか出だしから失敗してしまった。先が思いやられるどころの話ではない。途方に暮れるしかないよこんなの、こんなのって無いよ……!

 しかし、だからと言って、どうしたらいいというのだ。

 今の俺は見た目こそ9歳の生意気そうな顔したガキだが、中身はそこそこいい年した男子高校生。

 そんな俺が、9歳エミュとか、しんどいにも程があると思いませんかね!?

 そもそも、教育者を志したわけでもないのに、9歳の発達段階なんて知識があると思うか? 

 どんな振る舞いをすれば不自然でないかなど分かるはずがない。

 たとえその知識があったとして、演技が出来なければ元の木阿弥だ。

 八方塞がりとはこのことだろう。いたいけな平凡男子高校生にこんな酷い仕打ちをして楽しいかよ……っ!

 ええい、こうなったらヤケだ、ヤケ!! やれるところまでやってやらぁ!!

「そ、そうかな? ちょっと頭を打ったからかまだふわふわするのかも……?」

「なんてこと……っ! ああ、それもこれも、貴方がベルちゃんを突き落としたからよ!! 言い逃れしないで罪を認めなさい、ジルラッド!!」

 いやいやいやいやいやいや!!!! なにがどうしてそうなる!? 

 憎々しげに哀れジルラッドをねめつける、言いがかり甚だしい母のまくし立てにびっくりした俺は、思わず首を激しく横に振りながらウルラッド父さんに助けを求める。

 名君はそんな俺の様子にも驚きを隠しきれていなかったようだが、名君らしい切り替えの早さで、ゲフンゲフンと咳払いをした。

「シレーヌ王妃。もう少し子供たちの言葉に耳を傾けてあげなさい。ベルラッドだってまだその件に関して何一つ話していないだろう。その場にいなかった私たちが憶測でものを言ったとて正しいことは何も分からない」

「いいえ!! あの状況で何もしていないという方がおかしいですわ、陛下! 状況がすべてを物語っています!! ね、ベルラッド。そうでしょう? 貴方はジルラッドに階段から突き落とされたのよね?」

 こ、怖ぇ……ギラギラした大きな吊り目が食い入るように俺の目の前に迫ってくる。まるで「そう言え」と強迫されているみたいだ。

 俺は恐る恐る口を開く。

 今にも裏返りそうなかすれ声が情けなく静まり返った室内に響いて、なんだか無性に泣きたくなった。

 おかしいな、おれこんなにビビりだったっけ? それとも体の年齢に引っ張られているのだろうか。

「い、いいえ。僕は、その……」

「ベルラッド?」

「足が、もつれて。たまたま、ジルラッドが、そばにいただけ、です」

 俺は無理にでもにっこり笑った。

 ここで今母親の意に沿わないことを言うリスクと、この人の言いなりに嘘をつき、将来俺を憎んで殺しに来るだろうジルラッドに濡れ衣を着せるリスク。

 この二択なら、どちらを取るかは明白だ。

 表向き、この母親はベルラッドを溺愛しているわけで、(本質的には傀儡育成ゲームなわけだが)、やや意に沿わない挙動をしたところで、「ああ、馬鹿に育てすぎた」と思わせるだけのことだろう。そう思いたい。

 この母親にとっては、将来的にこの国の最高権力を握るため必要不可欠な駒でしかないのだから、俺なんて。

「だ、そうだが? シレーヌ王妃」

 王妃はわなわな震えて歯を食いしばる。俺の肩を掴む手にギリリと力が入り、俺は思わず顔を顰めた。

 うわぁ、やっぱりこの人、俺のことなんか欠片も思いやっちゃいない。いよいよ泣きそうだ。あの時の母さんの拳骨よりよほど痛いし、怖い。

「い、いえ? まだ、この子は、意識が混濁しているのかも……」

「意識が混濁しているのなら、尚更。そんな状態で嘘など吐けないと思うが」

「ええ! ベルラッドが嘘なんて吐くものですか! この子は頭を打って記憶が少しおかしくなっているのだわ!」

 本人を目の前にしてこんな言い草が出来るなんて、いっそ尊敬してしまう。

 自分の子ではない子の言い分を信じない気持ちはまだ辛うじて分からなくもない(だからといって分かりたくはない)が。

 自分の意に沿わないからと自分の子の言い分まで信じないとなると、何と言うか、どうしようもなさを感じる。

 まあ、今更な話なのだろうが。

「王妃、少し頭を冷やしなさい。ベルラッドをいたわしく思うのは分かる。しかし、悪者を無理やりにでも作ろうとするのは流石に度が過ぎているだろう」

 母は俯き、肩を苛立たしげに震えさせるだけで、返答をしない。

 らちが明かないと思ったのか、ウルラッド父さんは小さくため息をつき、俺に向かって優しい笑みを浮かべた。

「休んでいなければいけなかったのに、押しかけてしまってすまなかったな、ベルラッド。ゆっくり体を休めて、また元気な姿を見せてくれ」

 この母とこの良く出来た父親との落差に、俺は心の中のグッピーが悲鳴を上げる声を聞いた。

 返答に困り、ぎこちなく頷くことしか出来なかったが、彼はそれを咎めることなく鷹揚に頷いて、ジルラッドを促しつつ部屋から出ていく。

 ジルラッドもまた、自分を虐めてくる性格の悪い兄相手であるのにも関わらず、極めて礼儀正しくぺこりと一礼し、その後に続いて行った。

 ああ、なんて良く出来た親子だろうか。俺とこの母親こっちとはまるで大違いだ。

 さて。そんな良く出来た親子に一つだけ言いたいことがあるとすれば、何でこのひとを連れて行ってくれなかったのか。

 正直マジで本気で怖い。何を考えているか分からないし、これからどんなことを言われるか、俺の背中は冷や汗でぐっしょりだ。

 ふうぅ~~……まるで、唸り声のようなため息。俺は跳ね上がってしまいそうになるのをこらえるのに必死だった。

 おおお、俺は馬鹿で我儘な王子、俺は馬鹿で我儘な王子……我儘はともかく、馬鹿ならお母さまが何に怒っているかも分からないしそもそも怒っていることすら分かりませ~~ん!! 知らない知らない僕は何も知らない!! 叱られた後の優しさがこの人にあるかも知らね~~!! 多分無ぇ~~!!

「いつも言ってるでしょう、ベルラッド。王子の座に厚かましくも居座っているあのジルラッドは卑しい子どもなのだと。卑しい端女の胎から生まれた身の程知らずなんです。貴い血筋とは全くかけ離れた、王家に居てはいけない存在なの。それなのに、あの愚王は、惚れた女の忘れ形見だからってあれに首ったけ。良いこと、ベルラッド。目の曇ってしまった王の代わりに、私たちが、ジルラッドと言う不純物を王家から排除しなければならないのです」

 たしけて……俺この人の相手無理……。何もかも分からんし怖すぎる。

 何が怖いって、この人はこんな狂ったことを至極冷静に、言い聞かせるように言っていることだ。

 まるでこちらがおかしいもののように思えてくる。

 ヒステリックならばどんなに良かったことか。この人は正気だ。

 どこまでもマトモに、こんな狂った話を、幼い息子に聞かせてみせるのだ。

「ええ、でも、大丈夫よ、大丈夫なの、ベルラッド。次の王は貴方なのだから。お母さまがついているわ。安心して、何も考えしんぱいせず、お母さまの言うとおりになさい」

 精神科が来い……っ!! 今すぐ俺を助けて、カウンセラー!! 

 いくら名君を毒殺して国を牛耳る毒婦だからって、悪役の母親だからって、これは無いだろ……!

「ほら、いいお返事を聞かせて頂戴、ベルラッド」

「……はい、お母さま」

「フフ、いい子」

 とろり、そのきつくつり上がった眦が甘やかに緩む。

 ああ、これは駄目だ。9歳の幼子は勿論、男子高校生の精神にも、この微笑みは毒が過ぎる。

 俺は優しげに頬を撫でられて今にも狂いそうになる頭を奮わせるため、平〇進のパレードの歌詞を必死に暗唱した。狂気には狂気パ⚪︎リカをぶつけんだよォ!! これ、オセアニアじゃあ常識な!?

 母はひとしきりジルラッドとその亡き母についての悪感情を俺に刷り込み、度々同意させるなどして、ようやく満足したか俺の部屋から出ていった。

 ややぷっくりした俺の頬がこの短時間で随分こけたような気がする。

 疲れ果ててしまった俺は、いつの間にか、自分でも気づかないうちに、意識を失うような形でベッドに沈んだのだった。
しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。

しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。 基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。 一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。 それでも宜しければどうぞ。

【完結】僕の大事な魔王様

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。 「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」 魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。 俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/11……完結 2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位 2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位 2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位 2023/09/21……連載開始

すべてを奪われた英雄は、

さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。 隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。 それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。 すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。

ハイスペックストーカーに追われています

たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!! と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。 完結しました。

【完結】浮薄な文官は嘘をつく

七咲陸
BL
『薄幸文官志望は嘘をつく』 続編。 イヴ=スタームは王立騎士団の経理部の文官であった。 父に「スターム家再興のため、カシミール=グランティーノに近づき、篭絡し、金を引き出せ」と命令を受ける。 イヴはスターム家特有の治癒の力を使って、頭痛に悩んでいたカシミールに近づくことに成功してしまう。 カシミールに、「どうして俺の治癒をするのか教えてくれ」と言われ、焦ったイヴは『カシミールを好きだから』と嘘をついてしまった。 そう、これは─── 浮薄で、浅はかな文官が、嘘をついたせいで全てを失った物語。 □『薄幸文官志望は嘘をつく』を読まなくても出来る限り大丈夫なようにしています。 □全17話

悩める文官のひとりごと

きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。 そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。 エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。 ムーンライト様にも掲載しております。 

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。 生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。 何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

何故か正妻になった男の僕。

selen
BL
『側妻になった男の僕。』の続きです(⌒▽⌒) blさいこう✩.*˚主従らぶさいこう✩.*˚✩.*˚

処理中です...