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第二章 転生するにしても、これは無いだろ!

第二十二話

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 ガリガリとペンの走る音が、俺の焦燥を表しているかのようだった。

 覚えている限りのストーリーを簡単にまとめ、ごちゃごちゃの思考もついでに整理していく。

 フウ、と一つため息に、渾身の苦衷がまとう。

 羊皮紙に書き連ねた日本語と英語の混合文(周囲に読まれないため)を眺めながら、俺は堪えきれず頭を抱えた。

 思っていたよりベルラッドの影が薄い。どちらかと言えば、これは主人公ジルラッドと悪女の戦いだ。

 ベルラッドはどこまでも悪女の傀儡で、愚かな放蕩我儘男でしかなく、だからこそ救いようがない。

 ああ、同時に、ジルラッド。本当に、手の付けられない最強主人公である。

「魔力はほぼ無尽蔵、ガラリア王家に代々伝わる一子相伝の神級雷電魔法が何発でも使用可能。本来魔法の適性を持っていても1属性がやっとなのに、4大属性のうち水と風2属性の魔法が使えて、雷の特殊属性も合わせたら3属性の魔法が使える……剣の腕は言わずもがな、ほぼ自己流ながら、剣聖ともうたわれた父の才を受け継ぎ、万夫不当の実力を持つ……同時に知略にも優れていて、困っている人を見捨てない聖人君子、かぁ……いや、は? 完璧すぎじゃろて!! やりすぎ都市⚪︎説にも程があるよォ……こんなんどうすればいいって言うワケ……? 無理メポよ……」

 思いつく限り、ジルラッドのスペックを羊皮紙に書きなぐっては、むしゃくしゃしてペンを投げ出し、両手を上げて降参のポーズ。

 文字通りお手上げだ。天上を仰ぎ、手のひらで両目を覆う。

「対してベルラッドおれはというと? 幼少期からなまけ癖が目立ち、特筆すべき才能も無い。甘々に甘やかされたおかげで無駄に舌が肥えていて、運動神経皆無のメタボ体質。一応魔法の素質はあるが、それも主人公ジルラッド様への嫌がらせに使うばかりで、ストーリー上でもこれと言った説明がない。というか俺が覚えてない。母親からの英才教育()により、矯正不可能なほどねじ曲がった性根と肥え太った自意識だけをご立派にぶら下げて、思慮も想像力も何もかも欠けたノータリン……うん、最悪! しいて言えば魔法が使えるくらいしかいいところが無い!! でもせっかく使える魔法を悪用しまくってるから、魔法の才能がない方が世のため人のためになるっていうね! ハハッ、ハァ……いい加減にしろ……」

 ベルラッド単体のスペックがこれならば、まだここまで絶望からの発狂コンボを繰り出しはしまい。

 ベルラッドという人物が、間違いなく最悪物件であることはもちろん否定しない。

 ただ、現実的にありえないほどのことかといえば、それは否だろう。

 彼の立場がたとえば前世の俺のような平々凡々な家庭に生まれ育った影響力のない人間であれば、存在からして否定されるようなことまでにはなるまいと思う。

 しかし、ベルラッドはあろうことか王子で、将来的に彼が周囲に及ぼす悪影響は計り知れないほど大きい。

 優秀過ぎる弟もとい主人公のジルラッドがいるにもかかわらず、そんな主人公を差し置いて、それがどんな立場かも理解しないまま、王位継承権第一位の座に居座り、後ろ盾として優秀過ぎる母親までついていると来た。

 まあ、ベルラッドがここまで最悪になり果てた責任の一端はこの母親にあるのだが、それにしても、おそらく俺は今死んだ方が世間のためになること請け合いである。

「だからってなぁ……王国のために死ねるほど愛国心を持ってるわけじゃないんすよね~。いい王様を目指すってのもまあパンピー代表こと俺には無理としか思えんし……いくら原作知識を持って成り代わったからって、俺自身トクベツなチートを持っているわけでもなし、善良な小市民がどこまでも性に合っているのですよ。国民何百万の命を預かるとかいう無理ゲーは、全部最強主人公様にお任せしますわ。帰って良いですか? お母さんのオムライスが食べたいんだよぉ……失ってから気付く前世のオカンのありがたみ……親不孝な息子でごめん、母さん……」

 こうも今の母親の厄ネタ臭がひどすぎると、前世の母と比べるほかなく、なんというかこう、込み上げてくるものがある。

 別にひどい反抗をした覚えは無いが、やはり男子高校生なので、心配して色々言ってくる母にそれなりの反発をした事もあった。

 ストレスがたまっていた高校受験の時なんか、理不尽に当たってしまったよな……まあしっかり拳骨食らって普通にベショベショ泣いたんだけど。めちゃくちゃ痛かった。思い出すだけで涙が出てくる。

 スンと鼻をすすって、俺は羊皮紙と再び向き合った。目を逸らしたところで、このままでは俺が悪役として殺されて死ぬって事実はなにも変わらない。

「まあ、ひとつ確かなことはあるな。主人公とは言うまでも無く距離を置いて、母親とも不自然でない程度に離れる。俺が頼るべきは……うん。この人しかいない」

 俺はペンでグルグルとその名前を丸く囲った。良識と慈愛に溢れ、武勇を誇るこの国の大黒柱。主人公の父親に相応しい名君、ガラリア現国王ウルラッド。

 どうしようもない王妃から生まれたどうしようのない息子にも、最期まで温情を捨てきれなかったお人好しの王である、ベルラッドには勿体ないほどの父だ。

 彼ならば、おそらく見込みのない方の息子の話にも耳を傾けてくれるのではないだろうか。

「一番扱いがムズイのはやっぱ母親だよな……今世の記憶を鑑みるにあの人、俺が無駄な知恵を付けないように誘導してる節あるし……」

 俺は持てる情報を書き連ねた羊皮紙を回し見て、覚えている魔法を使ってみようと思い立つ。書かれている文字を俺以外には見えないようにする魔法だ。

 今世の記憶に従って魔力を手に込め、手のひらで羊皮紙を撫でれば、それに従い文字がサッと消えていく。

 俺はこらえきれず何度目か分からないため息をついた。何しろ、この魔法は、ベルラッドがジルラッドに付けた傷や痣を周囲に見えないようにするために使っていたものだからだ。

 このせいでジルラッドはまともに治療を受けさせてもらえなかったし、ベルラッドもお咎めを受けることはなかった。

 悪知恵ばかり働く奴である。いくら母親から英才教育()を受けていたからって、性格が悪いにもほどがあるだろう。

「あああ、神様仏様主人公ジルラッド様、どうかこの救いようがない悪役王子めにお慈悲をお恵みください……俺はこれから、ただ、つつましく生きていきますから……命だけは勘弁して……」

 虚しい独り言は俺の耳にしか届かない。なにせ俺は、一般的なマイルド無神論者日本人の典型例なもので。

 変に苦々しい気持ちになったので、俺はひとまず再びベッドに戻り、誰かが来るまでおとなしく待つことにしたのだった。
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