転生するにしても、これは無いだろ! ~死ぬ間際に読んでいた小説の悪役に転生しましたが、自分を殺すはずの最強主人公が逃がしてくれません~

槿 資紀

文字の大きさ
上 下
10 / 62
第一章 死ぬにしたって、これは無いだろ!

第十話

しおりを挟む
「兄上……僕が忠告申し上げた通り、オリヴィアに謝っていただくのは大変結構ですが、それでまたオリヴィアを困らせてしまっては本末転倒も良いところでしょう」

「ハイ……スマセン……」

 しっかり者の弟に説教されるニート兄、この世の嫌を凝縮したような存在では。

 俺とオリヴィアさんがどったんばったんあやまれ不祥事の森を繰り広げ、もうこの二人では収拾のつかない惨状を成していたところに現れた救世主ことジルラッド氏。

 頑なに土下座から立ち直らなかった俺をひょいと持ち上げ、ベッドに座らせたのち、俺の目の前にしゃがみ、仕方のないものを見るような生暖かい目で俺を諭した。

 おかしいな、ジルラッド氏と入れ替わるように退出していったオリヴィアさんも、同じ目、してたなぁ。

 しかしまあ、仰ることは本当にごもっとも……返す言葉もございません……。

 つい、俺の頭の中に渦巻いていた自責の念が、オリヴィアさんに謝らないとっていう気持ちをトリガーに溢れ出てしまって止まらなかった。癇癪持ちのエケチャンじゃあるまいに。

 寝不足で理性の働きが鈍ってたんだな、きっと。

 目ざといジルラッド氏は、俺が目の下にこさえた大きいクマを見つけたようで、スゥと息を呑んで、やや逡巡してから、遠慮がちに口を開く。

「昨晩は眠れなかったのですか」

「うん……なんだか、色々考えてたらな」

「僕の自分勝手な欲望で貴方を振り回してしまって……混乱しましたよね。申し訳ありません」

 さっきまでの「しっかり者」な威厳ある顔から一転、みるみる萎れて俯くジルラッド氏。

 やっぱり、イッヌだ。飼い主に叱られてヘタ……って耳も尻尾もへたれさせる大型イッヌだ。可愛い。

 じゃなくて、違うんだよ。

 君にキスされたからグルグル悩んでたとか乙女みたいな理由じゃなくさ、唯々俺自身の問題で病んでただけなんだよ。

 だから、君が責任を感じることじゃない。

「あー、その、なんて言えばいいかな……確かに、きっかけはソレなんだけど、悩んでたのはもっと違う方向性というか……や、俺さ。ベルラッドとして生きてきた記憶全然無いし、君が思うベルラッドと、今の俺は、全くの別人って言っても過言じゃないじゃん。だから、君の気持ちも、この待遇を受けるのも、間違いなんじゃないかって」

 過言じゃないどころか本当に別人だし、絶対間違いなんですけどね!! 

 ともかく、ベルラッドじゃない俺が、ベルラッドのことが大好きで大事なジルラッド氏の思いを受け取る資格無いし、なおかつ悲しませるなんてことも許されない。

 だから困ってる。

 でも、俺が困り果てて悩んで病んで眠れなかったのは、断じてジルラッド氏のせいじゃないから、頼むからそんな顔をしないでくれ。

「貴方にそんな思いをさせるきっかけを齎してしまったんですね、僕は」

「や、ちが、そうじゃなくて」

「兄上が何を仰いたいのか、僕には分かります。『君が責任を感じる事じゃない、これは俺自身の問題だ』……でしょう」

 つい、息を呑む。何で分かんの!? ちょっとカッコ良さげにナイズドされてるからなんか照れくさいけども! 

 ジルラッド氏の明晰な頭脳を以てすれば、俺みたいな凡人の脳内はツルっとマルっと全部お見通しだ……って、コト!? 

 俺はエスパーとか言う超常存在にどんとこい出来るほど格闘技を通信教育で修めたことはないんだが!!

「兄上、昨日も言いましたが、くどいくらいに言います。僕は、貴方がどんな変貌を遂げようと、例え別人にだってなろうと、関係なく、ただ僕の傍で、健やかに生きていて欲しいのです。どんな貴方だろうと、貴方は貴方であり、僕にとっては、誰よりも愛している御方なんですから」

「そ、んなこと、言ったってなぁ……君にそこまで想ってもらえる理由が分からんし、俺が君にどんなことをしたかも俺は知らない。こんなんじゃ、君の想いをちゃんと受け止められないし、受け止め切れなくて溢れさせてしまうのは……勿体ない、だろ」

 この両手から零れそうなほど……ってやつ。

 せっかくの君からもらったものなのに、俺の両手じゃあ、抱えきれない。

 何も知らない俺じゃあ、君の想いには値しないよ。

 あー、俺が素直に君の想いを理由無くして受け入れられる器の大きい人間ならどんなに良かったか。

 生憎、俺は小心者のパンピーだ。

 どうしたって納得が欲しくて、俺の頭じゃあ納得できないものからは逃げてしまいたい。

 ジルラッド氏のどこまでも真摯な目を見ていられず、俺は自分の手の甲まで目線を落とした。

 すると、ジルラッド氏はその手を両手で包み込み、自身の口元まで持ち上げ、うっとりと笑ってみせた。

 まるで月が揺らいだかのように幻想的で、しかして壮大さすら感じる美しさだった。

「ねえ、兄上。考えてもみてください。僕は、5年間、懇々と眠り続ける貴方へ、溢れてやまない一方的な愛をずっと、捧げてきたんですよ」

 愛なんてもの、結局は自己満足です。そうでしかないし、きっと、それでいい。

 ジルラッド氏の瞳は真っ直ぐだった。

 弛まぬ愛、揺らぐことのない愛そのもののような笑顔。

 それはどこまでもマトモで、しかし、彼はそんな顔をしながら、少しもマトモでないセリフを躊躇いも無く吐いてみせた。

 せき止められたみたいに、それ以上言い募ることが出来なかった。

 ジルラッド氏は、伊達でも酔狂でもなく、この愛が受け入れられようが受け入れられまいが関係ないと言い切ったのだ。

 そのあんまりにひたむきすぎる想いに押しつぶされそうで、じわじわと涙腺が熱い。

 でも、それ以上に、彼の想いに心打たれて仕方のない自分を否定できないことが悔しい。

 いつまでもくよくよと悩んでいる自分が馬鹿らしくなってくる。

「他でもない貴方に、僕の愛が認識されている……それだけで、僕にとっては、至上の喜びなんです。それが貴方の憂いになっているのだから、喜ぶのは不謹慎だとは重々承知のことですが、それでも、幸せを感じずにはいられない。こんな不肖の弟で申し訳ありません」

「……いや、俺には勿体なさすぎるくらい、出来た弟だよ、君は」

 そうだな。そんな君のためにも、もう。逃げないよ、俺。

「よし、決めた。俺、記憶ベルラッドを取り戻すことにする。うじうじ悩んでたって何も変わらない。出来る事は何でもするからさ」

 待ってて、俺、君に相応しい兄になってみせる。

 そんな決意を固め、俺は俺の手を優しく包むジルラッド氏の手を強く握り返して頷いて見せた。

「え」

「え?」

 ん?

 え、なんか、思ってた反応と違うんだが。

 大見得切ったはいいものの。喜んでもらえるかと思いきや、ジルラッド氏は豆鉄砲を食らった鳩みたいな顔でフリーズしてしまった。

 顔面ぢからが高すぎるとそんな間抜けな顔しててもかっこいいんだな。チートだ。

 じゃなくて、あれ? また俺なんか変なこと言っちゃいました? (なチー主並感)
しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

【完結】僕はキミ専属の魔力付与能力者

みやこ嬢
BL
【2025/01/24 完結、ファンタジーBL】 リアンはウラガヌス伯爵家の養い子。魔力がないという理由で貴族教育を受けさせてもらえないまま18の成人を迎えた。伯爵家の兄妹に良いように使われてきたリアンにとって唯一安らげる場所は月に数度訪れる孤児院だけ。その孤児院でたまに会う友人『サイ』と一緒に子どもたちと遊んでいる間は嫌なことを全て忘れられた。 ある日、リアンに魔力付与能力があることが判明する。能力を見抜いた魔法省職員ドロテアがウラガヌス伯爵家にリアンの今後について話に行くが、何故か軟禁されてしまう。ウラガヌス伯爵はリアンの能力を利用して高位貴族に娘を嫁がせようと画策していた。 そして見合いの日、リアンは初めて孤児院以外の場所で友人『サイ』に出会う。彼はレイディエーレ侯爵家の跡取り息子サイラスだったのだ。明らかな身分の違いや彼を騙す片棒を担いだ負い目からサイラスを拒絶してしまうリアン。 「君とは対等な友人だと思っていた」 素直になれない魔力付与能力者リアンと、無自覚なままリアンをそばに置こうとするサイラス。両片想い状態の二人が様々な障害を乗り越えて幸せを掴むまでの物語です。 【独占欲強め侯爵家跡取り×ワケあり魔力付与能力者】 * * * 2024/11/15 一瞬ホトラン入ってました。感謝!

僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました

楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。 ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。 喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。   「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」 契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。 エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。

【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜

ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。 そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。 幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。 もう二度と同じ轍は踏まない。 そう決心したアリスの戦いが始まる。

【奨励賞】恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する

SKYTRICK
BL
☆11/28完結しました。 ☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます! 冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫 ——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」 元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。 ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。 その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。 ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、 ——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」 噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。 誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。 しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。 サラが未だにロイを愛しているという事実だ。 仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——…… ☆描写はありませんが、受けがモブに抱かれている示唆はあります(男娼なので) ☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!

婚約破棄したら隊長(♂)に愛をささやかれました

ヒンメル
BL
フロナディア王国デルヴィーニュ公爵家嫡男ライオネル・デルヴィーニュ。 愛しの恋人(♀)と婚約するため、親に決められた婚約を破棄しようとしたら、荒くれ者の集まる北の砦へ一年間行かされることに……。そこで人生を変える出会いが訪れる。 ***************** 「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく(https://www.alphapolis.co.jp/novel/221439569/703283996)」の番外編です。ライオネルと北の砦の隊長の後日談ですが、BL色が強くなる予定のため独立させてます。単体でも分かるように書いたつもりですが、本編を読んでいただいた方がわかりやすいと思います。 ※「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく」の他の番外編よりBL色が強い話になりました(特に第八話)ので、苦手な方は回避してください。 ※完結済にした後も読んでいただいてありがとうございます。  評価やブックマーク登録をして頂けて嬉しいです。 ※小説家になろう様でも公開中です。

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

【完結】ここで会ったが、十年目。

N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化) 我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。 (追記5/14 : お互いぶん回してますね。) Special thanks illustration by おのつく 様 X(旧Twitter) @__oc_t ※ご都合主義です。あしからず。 ※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。 ※◎は視点が変わります。

誰よりも愛してるあなたのために

R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。  ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。 前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。 だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。 「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」   それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!  すれ違いBLです。 初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。 (誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります)

処理中です...