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第一章 死ぬにしたって、これは無いだろ!

第十話

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「兄上……僕が忠告申し上げた通り、オリヴィアに謝っていただくのは大変結構ですが、それでまたオリヴィアを困らせてしまっては本末転倒も良いところでしょう」

「ハイ……スマセン……」

 しっかり者の弟に説教されるニート兄、この世の嫌を凝縮したような存在では。

 俺とオリヴィアさんがどったんばったんあやまれ不祥事の森を繰り広げ、もうこの二人では収拾のつかない惨状を成していたところに現れた救世主ことジルラッド氏。

 頑なに土下座から立ち直らなかった俺をひょいと持ち上げ、ベッドに座らせたのち、俺の目の前にしゃがみ、仕方のないものを見るような生暖かい目で俺を諭した。

 おかしいな、ジルラッド氏と入れ替わるように退出していったオリヴィアさんも、同じ目、してたなぁ。

 しかしまあ、仰ることは本当にごもっとも……返す言葉もございません……。

 つい、俺の頭の中に渦巻いていた自責の念が、オリヴィアさんに謝らないとっていう気持ちをトリガーに溢れ出てしまって止まらなかった。癇癪持ちのエケチャンじゃあるまいに。

 寝不足で理性の働きが鈍ってたんだな、きっと。

 目ざといジルラッド氏は、俺が目の下にこさえた大きいクマを見つけたようで、スゥと息を呑んで、やや逡巡してから、遠慮がちに口を開く。

「昨晩は眠れなかったのですか」

「うん……なんだか、色々考えてたらな」

「僕の自分勝手な欲望で貴方を振り回してしまって……混乱しましたよね。申し訳ありません」

 さっきまでの「しっかり者」な威厳ある顔から一転、みるみる萎れて俯くジルラッド氏。

 やっぱり、イッヌだ。飼い主に叱られてヘタ……って耳も尻尾もへたれさせる大型イッヌだ。可愛い。

 じゃなくて、違うんだよ。

 君にキスされたからグルグル悩んでたとか乙女みたいな理由じゃなくさ、唯々俺自身の問題で病んでただけなんだよ。

 だから、君が責任を感じることじゃない。

「あー、その、なんて言えばいいかな……確かに、きっかけはソレなんだけど、悩んでたのはもっと違う方向性というか……や、俺さ。ベルラッドとして生きてきた記憶全然無いし、君が思うベルラッドと、今の俺は、全くの別人って言っても過言じゃないじゃん。だから、君の気持ちも、この待遇を受けるのも、間違いなんじゃないかって」

 過言じゃないどころか本当に別人だし、絶対間違いなんですけどね!! 

 ともかく、ベルラッドじゃない俺が、ベルラッドのことが大好きで大事なジルラッド氏の思いを受け取る資格無いし、なおかつ悲しませるなんてことも許されない。

 だから困ってる。

 でも、俺が困り果てて悩んで病んで眠れなかったのは、断じてジルラッド氏のせいじゃないから、頼むからそんな顔をしないでくれ。

「貴方にそんな思いをさせるきっかけを齎してしまったんですね、僕は」

「や、ちが、そうじゃなくて」

「兄上が何を仰いたいのか、僕には分かります。『君が責任を感じる事じゃない、これは俺自身の問題だ』……でしょう」

 つい、息を呑む。何で分かんの!? ちょっとカッコ良さげにナイズドされてるからなんか照れくさいけども! 

 ジルラッド氏の明晰な頭脳を以てすれば、俺みたいな凡人の脳内はツルっとマルっと全部お見通しだ……って、コト!? 

 俺はエスパーとか言う超常存在にどんとこい出来るほど格闘技を通信教育で修めたことはないんだが!!

「兄上、昨日も言いましたが、くどいくらいに言います。僕は、貴方がどんな変貌を遂げようと、例え別人にだってなろうと、関係なく、ただ僕の傍で、健やかに生きていて欲しいのです。どんな貴方だろうと、貴方は貴方であり、僕にとっては、誰よりも愛している御方なんですから」

「そ、んなこと、言ったってなぁ……君にそこまで想ってもらえる理由が分からんし、俺が君にどんなことをしたかも俺は知らない。こんなんじゃ、君の想いをちゃんと受け止められないし、受け止め切れなくて溢れさせてしまうのは……勿体ない、だろ」

 この両手から零れそうなほど……ってやつ。

 せっかくの君からもらったものなのに、俺の両手じゃあ、抱えきれない。

 何も知らない俺じゃあ、君の想いには値しないよ。

 あー、俺が素直に君の想いを理由無くして受け入れられる器の大きい人間ならどんなに良かったか。

 生憎、俺は小心者のパンピーだ。

 どうしたって納得が欲しくて、俺の頭じゃあ納得できないものからは逃げてしまいたい。

 ジルラッド氏のどこまでも真摯な目を見ていられず、俺は自分の手の甲まで目線を落とした。

 すると、ジルラッド氏はその手を両手で包み込み、自身の口元まで持ち上げ、うっとりと笑ってみせた。

 まるで月が揺らいだかのように幻想的で、しかして壮大さすら感じる美しさだった。

「ねえ、兄上。考えてもみてください。僕は、5年間、懇々と眠り続ける貴方へ、溢れてやまない一方的な愛をずっと、捧げてきたんですよ」

 愛なんてもの、結局は自己満足です。そうでしかないし、きっと、それでいい。

 ジルラッド氏の瞳は真っ直ぐだった。

 弛まぬ愛、揺らぐことのない愛そのもののような笑顔。

 それはどこまでもマトモで、しかし、彼はそんな顔をしながら、少しもマトモでないセリフを躊躇いも無く吐いてみせた。

 せき止められたみたいに、それ以上言い募ることが出来なかった。

 ジルラッド氏は、伊達でも酔狂でもなく、この愛が受け入れられようが受け入れられまいが関係ないと言い切ったのだ。

 そのあんまりにひたむきすぎる想いに押しつぶされそうで、じわじわと涙腺が熱い。

 でも、それ以上に、彼の想いに心打たれて仕方のない自分を否定できないことが悔しい。

 いつまでもくよくよと悩んでいる自分が馬鹿らしくなってくる。

「他でもない貴方に、僕の愛が認識されている……それだけで、僕にとっては、至上の喜びなんです。それが貴方の憂いになっているのだから、喜ぶのは不謹慎だとは重々承知のことですが、それでも、幸せを感じずにはいられない。こんな不肖の弟で申し訳ありません」

「……いや、俺には勿体なさすぎるくらい、出来た弟だよ、君は」

 そうだな。そんな君のためにも、もう。逃げないよ、俺。

「よし、決めた。俺、記憶ベルラッドを取り戻すことにする。うじうじ悩んでたって何も変わらない。出来る事は何でもするからさ」

 待ってて、俺、君に相応しい兄になってみせる。

 そんな決意を固め、俺は俺の手を優しく包むジルラッド氏の手を強く握り返して頷いて見せた。

「え」

「え?」

 ん?

 え、なんか、思ってた反応と違うんだが。

 大見得切ったはいいものの。喜んでもらえるかと思いきや、ジルラッド氏は豆鉄砲を食らった鳩みたいな顔でフリーズしてしまった。

 顔面ぢからが高すぎるとそんな間抜けな顔しててもかっこいいんだな。チートだ。

 じゃなくて、あれ? また俺なんか変なこと言っちゃいました? (なチー主並感)
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