転生するにしても、これは無いだろ! ~死ぬ間際に読んでいた小説の悪役に転生しましたが、自分を殺すはずの最強主人公が逃がしてくれません~

槿 資紀

文字の大きさ
上 下
8 / 62
第一章 死ぬにしたって、これは無いだろ!

第八話

しおりを挟む
 二度と味わいたくはなかった浮遊感。

 すぐそこに、自分の死の息吹が渦巻いている。しかし、そんなときに限って、人間は夢うつつだ。

 きっと、過ぎた恐怖を感じないように、本能がそうさせるのだろう。

 あーあ、俺ってばまた、こんなくだらない死に方しちまうんだな。つくづく馬鹿だわ。

 ジルラッド氏にもあんな泣きそうな顔させちゃって。流石に目の前でこんな死に方されちゃ気分悪いよね、ごめんな。

 しかし、予想していたような強い衝撃と激痛はいつまでたっても無かった。

 いつの間にか瞑っていた目を恐る恐る開いてみれば、俺は誰かからがっしりと抱擁を受けていて、どうやら転がり落ちて死ぬなんてことは無事起こらなかったらしい。

 誰、って、考えるまでも無いだろう。俺を転落から救ってくれたのは、他でもない、ジルラッド氏だった。

「な、んで」

 ジルラッド氏は、まるで自分が死にそうな思いをしたみたいに息絶え絶えで、強い力で俺を支えながらも、酷く震えていた。

 その顔は見えないが、目の前で俺が死ぬことをどんなに恐れたのか、俺に触れている彼の全てからひしひしと伝わってくる。

「兄上……兄上……いやだ、いかないで、兄上……」

 その声は、彼のイメージからは想像もできないほど弱弱しく、まるで迷子のように頼りなかった。

 それまで俺が彼に感じていた恐怖なんてまるで消え去っていき、代わりに凄まじい罪悪感と申し訳なさに襲われ、俺まで泣きそうになってしまう。

「ごめん、ごめんよ。大丈夫、俺はここにいるから。助けてくれてありがとう、ジルラッド」

 俺は何とかそう絞り出すように言って、ジルラッド氏の大きな背中をさすってやった。

 ジルラッド氏はより俺を抱きしめる腕の力を強めて、ゆっくり息をついた。

 どうやら何とか落ち着いてくれたみたいだ。震えも収まって、恐怖の代わりに安堵が全身から伝わってくる。

「もう、これで、最後にして欲しい……二度と、こんな思いはしたくない」

「ウン……俺ももう懲りたよ……二度としないさ」

「本当? 約束してくれますか?」

「約束するよ。俺も死ぬのは怖い」

 グス、と鼻をすする音が聞こえる。もしかして、泣いているのだろうか。

 俺は堪らず、その顔が見てみたくなって、腕の力を緩めてくれるようにと背中を軽く叩く。

 果たして、本当に、あのジルラッド氏が、泣きべそかいて顔を真っ赤にしているではないか。

「ふ、ふふ……あはは」

「わ、っわらっている場合、ですか……! グス、人の気持ちも知らないで……っ」

「ごめんて……っぐ、ブフ……w やー、君みたいなかっこいい超絶イケメンが、こんな……っ。おにいさん、ギャップ萌えに弱くて~」

 あははは、と、深夜にはそぐわない爆笑が静かな空間に響く。死にかけたばかりだというのに、とても愉快な気分だった。

 あーあ、そんなにむくれても俺の萌えが加速するだけだぞ~? 

 いやー、顔がいいって本当に性別とか超越するよね。こんなハンサムガイでも可愛く見えちまう。

 なんだか絆されちゃったかな。まあ絆されない方が人の心無いでしょ、これは。

 自分を殺すかもしれない相手だが、それ以前にもう、命の恩人だ。

 恩人が望むことならまあ、叶えてやらないと気分悪いし。

 結果それで殺されても、一回救ってもらった命だし、仕方ないだろう。

 チョロくてすみませんね、ええ、チョロいですよ俺は。男なんだから、可愛いものには弱くて当然。

 俺の目にはもう、ジルラッド氏はふさふさの耳と尻尾が揺れる優しいラブラドールレトリーバーにしか見えなくなっちまったんだよ。悪いか。

「ああ、もう、いいや。なんか、君になら、何されても」

「兄上……冗談でも僕にそんなこと言ってはいけません」

「冗談じゃないって。もう逃げるのも馬鹿らしくなってきたしさ」

 殺されてもいい、なんて思う以上のことがあるとは思えないけどな。

 何でだろう、あんなに死にたくないって思ってたのに。必死で、縋るように、俺を兄上と何度も呼ぶ君の声を聞いてしまった瞬間から、君をこれ以上悲しませるわけにはいかないって、そう思ったんだよ。

 なんて言えばいいかな、気持ちとかそういう次元じゃなくて、同情とか、そういうのでは説明出来ない、胸の奥から突き上げるような、衝動? 殆ど強迫観念に近いかも。

 でも、不思議と、そう思わされてしまうのは気持ち悪くないし、寧ろ心地がいい。

 自分でも分からんもん、でもそうとしか言いようがないんだ、仕方ない。

 今まで俺に襲い掛かってきた数々の理不尽なファンタジーに比べたら、こんなの不思議に数えるまでもない。

 笑っちまうほどねじ外れちゃってんな、俺。まあいいや。昔から気分の悪いことはしないようにしてるんだ。その方が息しやすいだろ?

「そう、それは、僕としても安心です……しかし、だからと言って、無防備すぎるのも、心配と申しますか……自分が何をしでかすか分からないので」

「ええ?w 変なこと言うなぁ、きみ。出来るだけ痛くしないでね」

 殺すならせめてスッパリ潔くいってほしいものだ。何されてもいいとは言ったが、拷問だとか、痛いのは流石にちょっと嫌かな。

 でも、多分君他人をねちっこく痛めつける趣味とかないでしょ。

 いやまあ初めて会ったばっかで知ったような口きいてごめんだけどもね。

「え、何、何でまたそんな顔赤くしてんのさ」

「~~~~~~っっっ!! あ、貴方のせいですっ! ああもう、知りませんからね。僕は5年、いや、それ以上、貴方に焦がれて焦がれて焦がれ続けて、頭がおかしくなってるんですから。 貴方の目の前に居るのは、人じゃなく、飢えに飢えた狼なんですよ」

「それ自分で言う……? 自覚があるならまだ君はマトモだよ、多分。大丈夫、大丈夫」

 よしよしワンちゃんかわいいねえおじさんが撫でてやろう。よーしよしよし。

 俺は両手でふわふわのプラチナブロンドをわしゃわしゃかき回す。

 すると、グルル、なんて、本当に狼の威嚇みたいな音が聞こえて、俺は首を傾げた。

 ガシリ、好き勝手していた手を掴まれ、ぐい、と引っ張られる。

 ありゃりゃ、流石にちょっと揶揄い過ぎたかな、なんて暢気に考えていたら。

 まるで掬うように頬に手が添えられて。俺はそこでようやく、俺の顔を真っ直ぐ見つめるジルラッド氏の瞳が、一体何を宿しているのか理解する。

 呆気にとられて動けないでいるうちに、みるみるその黄金比が迫ってくる。

 俺はつい、その夢のような美貌にうっとり見とれてしまった。

 ふに。恍惚と夢見心地に浸っていた俺を再び現実に引き戻したのは、柔らかく、そしてどこか気恥ずかしさを感じるような、しっとりとした感触。

「~~~~~~!?!? っっ!! ~~~~~~っっっ!!!!」

 キス、されてる。目の前にすさまじく長い睫毛がフルフルと震えている。え? なんで?

 ぬるりと熱い、柔らかいナニカが俺の唇をなぞると、ぞわぞわが背筋を這いまわって、みるみる頭に血が上っていく。

 次第に視界がグラグラと揺らいできて、最初は耐えがたかったぞわぞわの気持ち悪さ、その輪郭がぼやけて、ジットリ溶かされていくみたいな感覚に塗り替わっていく。

 ジルラッド氏は何度か触れるだけのバードキスを繰り返し、俺の頭がまともに動かなくなった頃合い、すかさずディープキスにシフトチェンジなんてことをしでかす。

 なけなしの抵抗もむなしく、俺の腔内は彼の器用な舌にさんざ蹂躙されていった。

「ほんとうに? 本当に、これで、僕がマトモだと……そう思いますか」

 俺の両肩を掴み、ひどく苦しそうなしかめ面で、俺にそう訴えてくるジルラッド氏。

 うん、そうだな。思いっきりイカレてら。

 常人なら、天地がひっくり返っても、兄貴相手に急にディープキスぶちかます発想にはならんわ。うん、よく分かったよ。

 君が優しくて、誠実なことも。よく、分かった。

「……分かっていただけたようで、何よりです。以後、くれぐれも、先程のような軽率な振る舞いはお控えくださいますよう」

 腰砕けになって立てなくなった俺を、いとも容易く抱えて、ジルラッド氏は突き放すような口調でそう言った。

 でも、その口調とは裏腹に、俺のことは割れ物を扱うような手つきで触れる。

 その大きくて深い優しさは、無数のナイフのように、俺の心の奥に突き刺さり、傷口からじわじわと罪悪感が滲みだして、みるみる全身を痺れさせていく。

 ああ、俺、君がそこまで想ってやまない大事な人を、奪ってしまったのか。
しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

【完結済み】乙男な僕はモブらしく生きる

木嶋うめ香
BL
本編完結済み(2021.3.8) 和の国の貴族の子息が通う華学園の食堂で、僕こと鈴森千晴(すずもりちはる)は前世の記憶を思い出した。 この世界、前世の僕がやっていたBLゲーム「華乙男のラブ日和」じゃないか? 鈴森千晴なんて登場人物、ゲームには居なかったから僕のポジションはモブなんだろう。 もうすぐ主人公が転校してくる。 僕の片思いの相手山城雅(やましろみやび)も攻略対象者の一人だ。 これから僕は主人公と雅が仲良くなっていくのを見てなきゃいけないのか。 片思いだって分ってるから、諦めなきゃいけないのは分ってるけど、やっぱり辛いよどうしたらいいんだろう。

三度目の人生は冷酷な獣人王子と結婚することになりましたが、なぜか溺愛されています

倉本縞
BL
エルガー王国の王子アンスフェルムは、これまで二回、獣人族の王子ラーディンに殺されかかっていた。そのたびに時をさかのぼって生き延びたが、三回目を最後に、その魔術も使えなくなってしまう。 今度こそ、ラーディンに殺されない平穏な人生を歩みたい。 そう思ったアンスフェルムは、いっそラーディンの伴侶になろうと、ラーディンの婚約者候補に名乗りを上げる。 ラーディンは野蛮で冷酷な獣人の王子と噂されていたが、婚約者候補となったアンスフェルムを大事にし、不器用な優しさを示してくれる。その姿に、アンスフェルムも徐々に警戒心を解いてゆく。 エルガー王国がラーディンたち獣人族を裏切る未来を知っているアンスフェルムは、なんとかそれを防ごうと努力するが……。

魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます

オカメ颯記
BL
田舎の王国出身のランドルフ・コンラートは、小さいころに自分を養子に出した実家に呼び戻される。行方不明になった兄弟の身代わりとなって、魔道学園に通ってほしいというのだ。 魔法なんて全く使えない抗議したものの、丸め込まれたランドルフはデリン大公家の公子ローレンスとして学園に復学することになる。無口でおとなしいという触れ込みの兄弟は、学園では悪役令息としてわがままにふるまっていた。顔も名前も知らない知人たちに囲まれて、因縁をつけられたり、王族を殴り倒したり。同室の相棒には偽物であることをすぐに看破されてしまうし、どうやって学園生活をおくればいいのか。混乱の中で、何の情報もないまま、王子たちの勢力争いに巻き込まれていく。

出戻り聖女はもう泣かない

たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。 男だけど元聖女。 一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。 「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」 出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。 ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。 表紙絵:CK2さま

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。 生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。 何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

転生したけどやり直す前に終わった【加筆版】

リトルグラス
BL
 人生を無気力に無意味に生きた、負け組男がナーロッパ的世界観に転生した。  転生モノ小説を読みながら「俺だってやり直せるなら、今度こそ頑張るのにな」と、思いながら最期を迎えた前世を思い出し「今度は人生を成功させる」と転生した男、アイザックは子供時代から努力を重ねた。  しかし、アイザックは成人の直前で家族を処刑され、平民落ちにされ、すべてを失った状態で追放された。  ろくなチートもなく、あるのは子供時代の努力の結果だけ。ともに追放された子ども達を抱えてアイザックは南の港町を目指す── ***  第11回BL小説大賞にエントリーするために修正と加筆を加え、作者のつぶやきは削除しました。(23'10'20) **

【完結】僕はキミ専属の魔力付与能力者

みやこ嬢
BL
【2025/01/24 完結、ファンタジーBL】 リアンはウラガヌス伯爵家の養い子。魔力がないという理由で貴族教育を受けさせてもらえないまま18の成人を迎えた。伯爵家の兄妹に良いように使われてきたリアンにとって唯一安らげる場所は月に数度訪れる孤児院だけ。その孤児院でたまに会う友人『サイ』と一緒に子どもたちと遊んでいる間は嫌なことを全て忘れられた。 ある日、リアンに魔力付与能力があることが判明する。能力を見抜いた魔法省職員ドロテアがウラガヌス伯爵家にリアンの今後について話に行くが、何故か軟禁されてしまう。ウラガヌス伯爵はリアンの能力を利用して高位貴族に娘を嫁がせようと画策していた。 そして見合いの日、リアンは初めて孤児院以外の場所で友人『サイ』に出会う。彼はレイディエーレ侯爵家の跡取り息子サイラスだったのだ。明らかな身分の違いや彼を騙す片棒を担いだ負い目からサイラスを拒絶してしまうリアン。 「君とは対等な友人だと思っていた」 素直になれない魔力付与能力者リアンと、無自覚なままリアンをそばに置こうとするサイラス。両片想い状態の二人が様々な障害を乗り越えて幸せを掴むまでの物語です。 【独占欲強め侯爵家跡取り×ワケあり魔力付与能力者】 * * * 2024/11/15 一瞬ホトラン入ってました。感謝!

【奨励賞】恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する

SKYTRICK
BL
☆11/28完結しました。 ☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます! 冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫 ——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」 元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。 ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。 その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。 ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、 ——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」 噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。 誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。 しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。 サラが未だにロイを愛しているという事実だ。 仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——…… ☆描写はありませんが、受けがモブに抱かれている示唆はあります(男娼なので) ☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!

処理中です...