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第一章 死ぬにしたって、これは無いだろ!

第七話

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 俺はドっと汗腺が開き、ダクダクと冷や汗が噴き出る感覚に襲われつつ、何とか弁解を試みてみる。

 目覚めてから、俺の希望的観測は悉く打ち砕かれる運命にあるらしい。

「や、その……記憶はないけど、5年ぶりに目覚めてさ、最近ようやく元気になってきたから、外の空気を吸いたいな~って……」

「へえ、オリヴィアに魔術を使って眠らせてでも、どうしても外の空気が吸いたかったと」

「ヒエ……いや、あの、それは、ものすごく申し訳ないと思ってる……でも、いつまでも部屋に籠っているのは身体に悪いし……理由も分からず閉じ込められてるのは結構気分も悪かったし」

「記憶を失われたとはいえ、兄上の素直なところは変わっておられませんね。仰ることはごもっともと思います。しかし、我々にとって、貴方が外で危険な目に遭われるより恐ろしいことはないのです。どうか、心身ともに快癒なされるまでは、辛抱していただけませんか」

 心身共に健康だよもう!! これ以上どう元気になれって言うんだよ……まあ、言いたいことは分かるけどね。

 要するに記憶を取り戻すまでは危ないから部屋から出るなってことでしょ?

 でもさ、その記憶って多分俺のじゃないんだよね。ただの推測だけど、その記憶を持っていた本来のベルラッドはいなくなって、空っぽになった身体に俺が入っちゃったっていうのかな? 

 とにかく、君たちの知ってるベルラッドと俺は全くの別人なんだよ。

 だから、君たちが取り戻してほしい記憶を俺が取り戻せる可能性はほぼ0に近いと思う。

 まあそんな説明したらやっぱり頭がおかしいってことで幽閉逆戻りだろうし絶対言わないけど。ウンウンそうだね療養だねってされること間違いなし。

 ええい、こんなところに居られるか!! 俺は部屋に戻らんぞ!!

「ぶっちゃけさ、もう、迷惑かけたくないって言うか。記憶が無いからには、俺ってただの穀潰しだし、俺のために国民の血税が使われているのも申し訳ないんだ。だから、いっそ自分探しの旅にでも出ちゃって、新しい自分見つけて誰かの役に立てたらいいし、上手くいかなくて死ぬことがあっても、まあそれはそれで満足かなって。少なくとも今のまま生き続けて死ぬのは俺にとって満足いく死に方じゃないんだよ」

 勿論、君に殺されて死ぬのもな!! 俺は自分で選んだ生き方で死にたい!! 

 だって前世(多分)は満足できる死に方じゃなかったし。

 2回目があって、また不本意な死が待ち受けてるんだったら、そりゃ同じ轍踏まんように足掻きたくもならぁよ。

「……貴方の今の生活に、国民の血税は、びた一文として使われていません。貴方を生き延びさせているのは僕の欲望で、僕の我儘なのですから、僕の個人的な資産から全て賄われています。安心してください。貴方は誰にも迷惑をかけていません。誰かの役に立ちたいと思うなら、僕のために、僕の手の届く範囲で、ただ健やかに、生きていてください」

 は? いや、それを聞いて安心できるとでも思う? 

 つまり俺の命は君が握ってるってことでしょ。俺を生かそうが殺そうが君の思うままってことでしょうが。

 俺が一番に恐れている状況そのものなんですが? 記憶が戻ったらハイ、養うの終わり、今までの恨み晴らさでおくべきか、ってこともあり得る……と言うか、その可能性しか考えられない。

 だって、そうでもないと、ただの兄ってだけでそこまでする理由がないじゃんか。

「あー……身勝手は承知で言うけど、俺に記憶がない以上、君にそこまでしてもらう義理があるとはどうしても思えなくてさ。君の邪魔なんて絶対出来ないところで好きにさせてもらえないかな。これまで、君を筆頭に、色々な人に迷惑をかけてきたと思うし、その分つつましく生きていたいだけなんだよ」

 俺がベルラッドになる前のベルラッドは、母親の傀儡として、この人のこと虐めに虐めまくってたのかもしれないが、もうベルラッドは俺になってしまったのだ。

 少なくとも俺は、身に覚えのない罪なんかで死にたくはない。普通はそうだろ? 別に俺、前世の暮らしに不満なんて無くて、自分から電車にはねられに行ったわけじゃない、絶対に。

 俺は普通の男子高校生で、ありふれた幸せを求めながら、穏やかに天寿を全うしたいと思って生きていた。

 だから、今の状況は俺にとって何もかもが不本意なのだ。

 俺がベルラッドになってしまった以上、主人公の恨みなんて知ったこっちゃない。

 薄情だろう、屑とでも、どうとでも言えばいいさ。

 綺麗ごと言って難を逃れようとした口が何を言うんだって話だが、俺になる前のベルラッドとその母親が、どんなに国民を苦しめたかなんて、俺に責任を問われても困るんだよ。

 頼むからほっといて、勘弁してくれ、殺さないでくれ……!

「きっと、兄上はまだ、目覚めたばかりでひどく混乱して、気が急いていらっしゃるのです。これからのことを考えるのは、お元気になって、落ち着いてからでも遅くありません。さあ、戻りましょう」

 ジルラッド氏は俺の手首をつかんでいた手の片方を離し、片腕を引きながらそう言った。

 まるで労わるような、優しい表情にしか見えないソレが、形容しがたいほど不気味で。

 俺は掴まれていた手首を捻って無理やりジルラッド氏の手を離し、反対方向へと駆け出した。

 三十六計逃げるに如かず、何考えてんのか分からんコエー相手からは逃げてしかるべし!!

 走れ、走りだせ、明日を迎えに行くんだよォ!! (必死)

「待って、兄上……っ」

「待てと言われて素直に待つ奴があると思うか!! 正直なこと言っていい? 君のことが怖い!! 聞けば聞くほど君のことが分かんなくて怖いんだよ!! なんで走ってる俺に歩いている君がみるみる追いついてくるのさ!!?」

「貴方が病み上がりだからです!!」

「絶対違うだろ!!」

 俺は分かりやすい詰みを感じつつ、あきらめも出来ずにひた走った。

 困り果てたような顔で、しかして余裕の面持ちで俺に詰め寄ってくるジルラッド氏とは対照的に、ゼエゼエゲボゲボと聞くに堪えない呼吸をしながら、必死の形相でヘロヘロと走った。

 クソッ、前世の俺も大概モヤシだったが、この体それよりも体力ないとか雑魚すぎる!!

「ずっと、分からない……! 分からないのは僕の方です、兄上。昔から、ずっと!! 今はもう、貴方のそういうところが我慢ならない、憎いくらいに!」

 やっぱり憎いんじゃないか!! 逃げなければ、逃げないと、殺される……!

 俺はどこに向かおうとしているのかも分からず、しかし、何かの確信のようなものに突き動かされながら走った。

 このまま進めば、逃げられる。

 逃げられる、ここから。

 ここに、飛び込めば……。

「駄目だ、兄上!!」

 切り裂くような、血のにじむような叫びが聞こえて、我に返る。

 でも、もう、その時には。

 階段の一番上から足を踏み外して、俺の体は宙に浮いていたのだった。
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