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374 私の神様②

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「りゅかくん……っ! みんなのばしょ、わかりますか!?」
《 うんっ! まかせて! 》

 門扉を開け、崩れた王都の街を全力で駆け抜ける。上空には大きな雲が渦巻き、辺りは暗闇に包まれている。走る先に微かに魔物の姿が見えると、直ぐに道を変え休む間もなく走り出す。
 すると、耳を劈く様な鳴き声が響いた。聞いただけで身体中にビリビリと振動が伝わる。思わず足を止め、建物の陰に入り息を潜め周囲を見渡す。ふと見上げた上空で、大きく旋回する三頭の魔物の姿が見えた。

「あれ……っ!!」
《 どらごん……!? 》

 まるでくうを切るかのように大きな羽を広げ、ぐるりと上空を旋回している。けれど、その様子がおかしい事にハルトは気付いた。
 よくよく目を凝らして見ると……。

「……あっ! あれくさん!?」
《 ほんとだ……! 》

 街の炎に照らされ、一瞬だがアレクシスらしき姿が確認出来た。そしてもう一頭の背中に、黒い人影を発見する。

( だれだろう……? )

 ハルトが目を凝らして見ようとすると、リュカが声を上げて叫んだ。

《 はるとっ! あっちにがあるよっ! 》

 リュカが示した先。崩壊した建物の隙間から、微かにだが光る建物が見えた。

《 あれは、らいあんのけっかい! あそこに、ゆうまも、れてぃもいるっ! 》
「ほんと!?」
《 あっ! まって……! 》

 その言葉に急いで立ち上がり走り出そうとするハルトと、慌てて止めようとするリュカ。そんな二人の目の前に、立ち塞がるようにいくつもの影が現れた。

《 はると……! うしろにさがってて……! 》
「りゅかくん……!」

 唸り声を上げながら、ハルトの行き先を阻むように何匹もの魔物が現れる。その口元は真っ赤に血濡れ、誰かが犠牲になったのかもしれないと容易に想像できた。

( これくらいなら、にげきれるはず……! )

 リュカが魔法を発動させようとした瞬間、後ろからパラパラと何かが崩れる音がした。

( しまった……! )

 前方の魔物にばかり意識がいき、後ろにも魔物が迫っていると気付くのが遅れてしまった。慌てて前方に向かって風魔法を放つ。魔法を受けた魔物は吹き飛び、壁に衝突しピクリとも動かなくなった。

《 ……はるとっ! 》

 魔物がハルトを襲おうと口を大きく開けた瞬間、真っ黒い影がハルトの前を横切った。まるでスローモーションのように、ドシン……、と魔物の体が土埃を上げながら地面に倒れる。そこから少し離れた場所に、大きく口を開けたままの魔物の頭がころころと風に揺れて転がっていた。
 そしてリュカが手を出す間もないまま、一瞬にして周囲を囲んでいた魔物が一掃されていく。


《 おい 》


「え……っ?」
《 ──……!? 》

 呆然と立ち尽くすハルトとリュカにかけられた、低く響く声。

《 お前が〝ハルト〟だな? 》

 石をぎゅっと握り締めるハルトと、そんなハルトを守るように前に出たリュカ。緊張のあまり、ゴクリと唾を飲み込んだ。
 そんな二人の前に現れたのは、暗闇に紛れてしまいそうな漆黒の毛並みを纏った、大きな大きな一頭の狼だった。

《 ……おい、聞こえているのか? 》

 二人の返事がない事に痺れを切らしたのか、その狼は苛立った様に一歩前に出る。炎に照らされ、ゆらゆらとその毛並みが風に靡く。ハルトが見上げる程に大きいその姿は、アドルフたちグレートウルフとは比にならない程の威圧感を放っていた。

《 ……まぁ、いいだろう。連れて行く 》
「ふわぁ!?」
《 はると!? 》

 狼の足下から黒い影が伸び、ハルトの体にグルグルと巻き付いていく。そしてあっという間に狼の背中に固定された。

《 いいか。今から主の下に連れて行く。舌を噛まない様に気を付けろ 》

 そう言い切る前に、狼はとてつもない速度で駆け出した。慌ててリュカもハルトの肩にしがみ付く。ハルトとリュカを乗せたまま、黒い狼は王都の街を我が物顔で縦横無尽に走り出す。あまりの速度に目も開けることができない。

《 うぉ……、防御壁ウォール……っ!! 》

 リュカは必死にハルトの周囲に風の防御壁を張った。風の抵抗が無くなり、これで少しはマシになるだろう。ホッと息を吐きハルトを見ると、その髪は無残にも風を受けたままボサボサの状態で固まっていた。

「ぷはぁ~っ! りゅかくん、ありがと!」
《 どういたしまして! 》

 びっくりしました! と頭をフルフルと振り、ハルトも一息。そしてグルグルと黒い触手に固定されたまま狼に話し掛けた。

「おおかみさん、どこに、いくんですか?」

 ハルトの言葉に、黒い狼は耳をピクリと震わせた。それでも速度は落とさず、瓦礫を軽く飛び超え、道が塞がっていれば壁を駆け抜ける。

「あるじさんって、だれですか?」

 背中に乗せられている間、不思議と先程までの恐怖心は感じなくなっていた。それどころか、この状況を少し楽しく感じ始めてさえいる。

《 ……ダレンだ。「ハルトを探して連れて来い」と命令された 》
「だれんさん! おおかみさん、だれんさんの、じゅうまさんですか!?」
《 そうだ 》

 そう答えながら、狼は崩壊を免れた建物の上に駆け上がった。建物の上から見渡した街並みは、見る影もなく変わり果てていた。

《 ……サンプソンが世話になったそうだな 》

 礼を言う。そう呟くと、空に向かって鼻先を向けた。


 アオォオオ──────ン……


 そう一鳴きすると、遠吠えが木霊するかのように反響していくのが分かった。

《 主にも聞こえたハズだ。 行くぞ》
「まって、ください!」

 建物から駆け下りようとした時、ハルトが狼の毛並みをグイっと掴んだ。

「あそこ! ひとが、おそわれてます!」

 ハルトの示した先に、少女が二人、魔物の群れに囲まれていた。喰われるのも時間の問題だろうと、鼻を鳴らし少女たちに背を向けた。そして建物から降りようと足を一歩踏み出す。

《 主の下に向かうのが先だ 》
「だめですっ! おおかみさん! おねがい……っ!」

 ハルトは形振り構わず必死に狼の毛並みを掴む。リュカも懇願する様に狼を見つめている。

《 ……ハァ。一度だけだぞ 》

 そう言うが早いか、狼は一気に建物を駆け下りた。

「──っ! ひゃぁああっ! おおかみさん……っ! ありがとう、ございます……っ!」
《 ありがとう~~~……っ! 》

 突然の急降下に、ハルトとリュカも悲鳴を上げながら礼を言う。そしてあっという間に辿り着くと、少女たちを襲いかかろうとしていた魔物を次々と噛み殺していく。首が飛び、血飛沫が舞う。胴体は引き裂かれ、倒れた体は痙攣を起こしている。リュカはその光景を見せまいと、必死にハルトの目隠しになるように覆い被さった。

《 おい。終わったぞ 》

 狼の声にリュカはホッと胸を撫で下ろした。そしてハルトの瞼から離れる。
 ハルトは狼の声を聞き、少女たちの方へと振り返る。

「おねぇさんっ! だいじょうぶ、ですか!?」

 少女たちは恐怖で固まっているのか、涙に濡れたまま口で浅い呼吸を繰り返している。

「おねぇさん……?」
「う、うん……!」
「おけがなくて、よかったです!」

 ハルトの笑顔に、少女たちの強張った体が少しだけ緩んだような気がした。

《 おい、ハルト。もう行くぞ 》
「はい! おねぇさん、あっちで、けっかいをはってました! あそこまで、はしれますか……?」

 ハルトが心配そうに彼女たちを見つめると、年上であろう少女が首を振り、震える声で答えた。

「け、ケイト……。わ、私の妹が……、足を痛めて……」
「えっ! たいへん、です……!」

 後ろの少女の膝からは、血が滲み出ていた。あれでは走るのも辛そうだとハルトが狼を振り返る前に、大きな溜息が聞こえてきた。
 そして少女たちの悲鳴が聞こえると、二人の体にもハルト同様、黒い影がグルグルと巻き付いていく。

《 面倒だ。先にそいつらを連れて行く 》
「──おおかみさん! ありがとう、ございます!」


「きゃぁああああああ────……っっ!!!」


 二人の少女たちの悲鳴を乗せて、ハルトたちは結界のある教会へと向かった。





◇◆◇◆◇
今回のお話は大幅に加筆修正する予定です。
人間よりも大きいと「頭」、小さいと「匹」と数えるようなので、この狼は一頭にしています。

追記:2024/02/23(金)修正しました。
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