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371 私の神様
しおりを挟む真っ黒な雲に覆われた王都の街に、けたたましい警鐘の音が響き渡る。気付けば街のそこかしこから硝煙が立ち上り、魔物の悍ましい咆吼、そして人々の悲鳴が絶え間なく聞こえていた。
「お姉ちゃん! どうしよう……っ! こっちも行き止まり……!」
「ウソでしょ!? どうして……!?」
それは、いつもと変わらない昼下がりの筈だった。12歳のユーリアは母に頼まれ、隣の地区で暮らす祖父に届け物をする途中だった。何度も行っているからか、乗合馬車に乗るのも、一人で街中を出歩く事にも今更緊張する事もない。
見慣れた道に、見慣れた家々。ただ一つ。いつもと違うことは、今日は三つ下の妹・ケイトがいるという事だった。
「ケイト! 私のそばから離れちゃダメだからね!?」
「うん……!」
震える妹の手を取り、瓦礫が散らばる街中を走り回る。もうどれくらい走っただろう? すでに脚が悲鳴を上げている。しっかり繋いだ手も、妹の頬も、お気に入りの服も煤塗れだ。けれど、妹を無事に家に帰したいという使命感だけで、ユーリアは走っていた。
もうすぐ祖父の家に着くという時、突如目の前に大きな歪みが生まれた。何もない空間に、黒い靄と共に魔法陣が浮かび上がる。そこだけが歪んだ様に、徐々に徐々に捻じれていき、ピシリと亀裂が入るのが分かった。
呆然と立ち尽くす住民たち。だが、亀裂の中から鋭い爪が見えた瞬間、近くにいた住民が大声で逃げろと叫ぶ。
その声に反応するかのように、ズルリと何かが這い出てきた。
魔物だ。
その姿を見とめた瞬間、街中が混乱状態に陥る。そして何匹も、何体も、亀裂の中から魔物が次々這い出てくる。
こわい。にげなきゃ。
でも、体が硬直して動かない。立ち竦んだまま動けない二人に、魔物が襲いかかってくる。もうダメだと思った瞬間、二人を庇うように大きな体が立ち塞がった。
「お嬢ちゃん! さっさと行きな!」
その大きな体の男性はこちらを振り返る事もなく、魔物を相手に交戦している。男性の仲間が矢を射り、魔物の目玉を潰して動きを止めた。リーダーと呼ばれるもっと大きな男性が、剣で魔物の体を引き裂いた。身軽そうなお兄さんが魔物の間を駆け回り、足を動けない様に切り裂いていく。
「早く行けッ!!」
男性の声にハッと我に返り、ユーリアは震えるケイトの手を離れないように強く握り締め、魔物から逃れるように踵を返し走り出した。
それからどれだけ経ったんだろう……? おじいちゃん、大丈夫かな? お父さんとお母さんは? 家にまで魔物がいたら? どうしようどうしようどうしよう
「……あっ!」
「ケイトッ……!」
そんな事を考えながら走っていたせいで、ケイトが瓦礫に足を取られ転んでしまった。膝からはじわりと血が滲み出ている。
「おねぇちゃん……、いたぃよぉ……」
「ケイト……! ごめんね! 私が引っ張ってたから……!」
泣きじゃくる妹を宥め、少しでも安全な場所へ逃げようと、大きな木の近くにある店だったであろう瓦礫の影に移動する。息を殺しながら身を潜め、辺りを警戒する。周囲を見渡し観察すると、僅かだが光る建物が目に入った。
教会だ……!!
……だけど。あそこに着くまでにも、魔物がたくさんいる。もう、妹も私も限界だ。足も痛いし、もう走れないよ……。
「……ヒック、お母さぁん……」
思わず声が漏れた、その次の瞬間。二人の真後ろで、ガラガラと瓦礫の崩れる音が響いた。びくりと肩が跳ね音のした方を振り返ると、そこには涎を垂れ流しながら自分たちを爛々とした目で見つめる大きな魔物が。
「……ッ!!」
ジリジリと距離を詰め、まるで獲物を品定めするかのように舌舐りをしながらも、二人から目を離さない。そしてその後ろからも、何体もの魔物の姿が……。
――あ。もうダメだ。ここで死んじゃうんだ。
自分の死を悟り、ケイトの体を庇うように抱き寄せる。だけど魔物の咆吼が響いた瞬間、恐ろしくて思わず目をぎゅっと閉じた。
――神様、お願い。妹は助けてください……!
そして、すぐに来るであろう衝撃を覚悟する。
……なのに、自分の耳に聞こえてきたのは、襲ってくると思っていた魔物の悲痛とも取れる絶叫。
目をそろりと開けると、自分たちの前に、黒くて大きな狼が。そして……、
「おねぇさんっ! だいじょうぶ、ですか!?」
その大きな狼に跨り、小さな男の子が私たち姉妹を助けてくれた。
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