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361 漆黒の瞳

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「えっ……」
「うそぉ……」

 左右にゆっくりと動き出した本棚の奥には、階下へと続くであろう薄暗い階段が続いている。一歩踏み出し中を覗くと、その先からひやりと冷たい空気が一気に流れ込んできた。

「どうして急に……?」
「トーマスさん、何かしたんですか?」
「いや、オレは何も……」

 もしや、この指輪に反応して……?

「──ノーマンの魔力、……か?」
「魔力……?」

 あの戦いでノーマン・オデルの魔力を吸い取ったこの左手の指輪。
 この石の中に、僅かにでも魔力の残骸が残っていたと言うのか……?

「でも、あの時ノーマンは消滅したって……」
「私たちもその場にいましたし……」
「……有り得ない事かも知れないが、指輪が吸い込んだノーマンの魔力に反応したのかもしれん」

 ユイト達が贈ってくれた大事な指輪。
 そしてあの時、オレ達を助けてくれた指輪でもある。

「この先に何があるのか……。もしかしたら、陛下たちはコレを探していたのかもしれないな……」
「…………」

 オレの言葉に顔を見合わせるアレク達。アレク以外はノーマンが消滅したのをその目で確認している。
 ……既に終えた筈の屋敷内の探索。ヴィルヘルムさん達が捕らわれていたという地下への入り口は、イーサンの話を聞いた限りここではなかった。
 それに呪術に関わる書物、禁忌魔法に関わる物が数点押収されたと聞いている。
 この書斎も部屋の隅から隅まで調べた筈だ。

( ──ここにも隠蔽の術が掛かっていたのか…… )

「ここからは念の為、二手に分かれよう。オレはこの先に進もうと思う。この指輪にまだノーマンの魔力が残っていれば、また何処かで反応するかもしれない」

 ──陛下達や村を巻き込んだ、私怨ともいえる今回の事件。
 出来る事なら早急に解決してしまいたいところだが……。





*****





「ではエイダン、手筈通りに」
「了解しました」

 隠し通路を探索する為、二手に分かれて行動する。
 オレと共に階下へ潜るのはアレクにマイルズ、そしてブレンダ。
 書斎に残るのはエイダンとエレノア、ステラの三人だ。

 何かあった時の為に、リーダーのエイダンは冒険者ギルドへの連絡、エレノアは近隣住民への避難誘導、ステラは屋敷全体を氷壁で囲う手筈だ。
 王都では誰もが知るAランクパーティ。皆、従うだろう。
 そしてもう一つ。オレ達が半刻を過ぎても戻らなければ、セバスチャンに頼み城にいるオリビアに連絡するように伝えている。

「ステラ、負担を掛けるが頼んだよ」
「はい! そうならない様に、祈っておきますぅ……」
「そうだな、行ってくるよ」
「皆さぁん……、お気を付けて……」

 三人に見送られ、人一人が通れる程の薄暗く狭い階段を一段ずつ慎重に降りていく。カツンカツンと音が反響し、幾重にも重なって聞こえる足音。
 ランプが無ければ一瞬で闇の中へと吸い込まれてしまいそうだ。



「何だ、ここ……」
「随分冷えるな……」
「あ、灯り……?」

 階段を降りると、その先には一面洞窟の様な長い廊下が続いている。その頭上には魔石を用いた小さなランプが等間隔に設置され、ぼんやりと足元を照らしていた。
 主のいなくなった屋敷の地下を、こうして魔石の効力が切れるまで照らし続けているのだろうか……。


 周囲を警戒しながらも、足を進めていく。
 この洞窟内は、ローブを羽織っていないと肌寒い程に冷えている。そして時折吹いてくる風。その元を探っていくと、洞窟の壁に扉と小さな覗き窓を発見した。それは点々と等間隔に存在している。
 そっと中を覗いてみても、見える範囲には何も異常は見られない。
 慎重に扉を開けると、そこには只々何もない空間が広がっているだけだった。他の部屋も同様、まるで初めから何も無かった様にキレイな状態だ。
 それなのに、何故か違和感だけが残っている。


「他も全て同じですね……」
「あとはこの部屋だけか……」

 そして最後の部屋に辿り着く。
 廊下の一番奥。覗き窓もなく、立派な装飾が施された木の扉。明らかに他の部屋とは違う。
 意を決して開けてみると、そこに存在するモノに全員が息を呑んだ。

「うわ……」
「これは……」
「トーマスさん……! 一旦出ましょう!」
「あぁ……。これは想像してなかった……」


 全員がマズいと感じたモノ。

 床一面に描かれた魔法陣の上、そこに二体の白骨遺体が横たわっていた。


「────ッ!?」


「トーマスさん?」
「どうしたんですか?」

 部屋を出ようと振り返った瞬間、オレの目に映ったモノ。

 それは壁一面に飾られた、ふわりと微笑む美しい女性が描かれた一枚の絵画。


「────母さん……?」


 オレの呟きと同時に、部屋の扉が勢いよく閉まる。
 アレクが慌てて扉を開けようとするが、扉はビクともしない。マイルズが体当たりし、ブレンダが剣で斬り付けるが傷一つ付かないでいる。

 すると突然、オレ達の周囲を取り囲む様に突風が巻き起こった。



「アハ☆ や~っと会えた!」


「────!?」


 オレのすぐ後ろ、突如として現れた不気味な笑みを浮かべた白髪の少年。その瞳は、只々真っ黒な闇が広がっている様に見える。
 全く気配すら感じなかった。
 その声に全員が臨戦態勢に入る。

「ん~? なんか余計なのもいるねぇ~? そっちは要らないやぁ☆」

「な」
「トーマ」

 そして瞬きをする間もなく、オレの前からアレクとマイルズ、ブレンダの姿が忽然と消える。
 少年はその不気味な笑顔を貼り付けたまま、その場から一歩も動かない。


( 一体どうやって発動した……!? )


 見ていた限り、この少年は詠唱もしていなければ、手すらも動かしていない。
 今まで感じた事のない得体の知れない何かに、じわりと汗が滲み出る。

「おぉ~! その結界、スゴイねぇ~☆」

 そしてただ一人、結界に守られたオレは無事だった。
 レティの持たせてくれた付与付きのハンカチ……。この少年が笑みを見せた瞬間、瞬時に魔法が発動した。

「アレク達をどこにやった!? お前の目的は!?」

 剣先を少年に向け、少しずつ距離を取る。
 屋敷の隠し通路に、得体の知れない相手。どう凌ぐべきか……。

「そんなに警戒しないでよ~☆ トーマスが来るの、ボクずっと待ってたんだよ~?」
「オレが来るのを……!?」
「なかなか近付けなかったけど、そっちからのこのこやって来てくれて助かっちゃった☆」

 その漆黒の闇の様な瞳が、真っ直ぐにオレを見つめているのが分かる。
 それを認めた瞬間、ぞわりと肌が粟立った。


「ノーマンがあ~んなに一途に想ってた相手の子供~! ノーマンはね? クラウディアを蘇らせる為だけに悪魔ボクを召喚したんだよ☆」


 その言葉に、目の前が真っ暗になった気がした。





◇◆◇◆◇
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