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344 主

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 同じ奴隷として捕らわれていた魔族の三人と再会し、レティちゃんの張り詰めていた何かが緩んだのだろう。ボロボロと大粒の涙を流し、四人で再会の喜びを分かち合っている。
 僕たちは暫くの間、その光景を見守っていた。


「レティちゃん、落ち着いた?」
「あぅ~……」
「うん……。ごめん、なさぃ……」

 レティちゃんが泣き止んだのを見計らい、オリビアさんがそっと声を掛ける。スンスンと鼻を啜り、目にはまだ涙の膜が張っていた。
 メフィストも心配しているのか、オリビアさんの腕の中からレティちゃんの真っ赤に腫れた瞼に手を伸ばしている。ハルトとユウマも駆け寄り、よかったね、と言葉を掛けると、レティちゃんは漸く笑顔を見せた。

「ふふ、いいのよ。おばあちゃんも皆さんとお話がしたいんだけれど……。紹介してもらえるかしら?」
「おじいちゃんにもお願い出来るかい?」
「……うん! あのね」

 そう言うとレティちゃんは涙をゴシゴシと手の甲で拭い、笑顔で一人の男性の前へ。

「このひとが、ゔぃるへるむさん! わたしにこのくにのことばを、おしえてくれたの!」
「お初にお目にかかります。私の名はヴィルヘルム。……こうして太陽の下を再び歩ける日が来るとは思いもしませんでした……。助けて頂いた事、感謝してもしきれません。本当に、ありがとうございます……」

 そう言って頭を深々と下げるのはヴィルヘルムさん。恐らくトーマスさんと同年代だろう。白髪の混じった銀髪を後ろに結い、長年捕まっていたせいか痩せている……。だけど、レティちゃんを見つめる目はとても優しげだった。
 頭を上げてと慌てているトーマスさんとオリビアさんと挨拶を交わしている姿は、そのキッチリとした服装も相まってまるで学校の先生みたい……。

 そしてレティちゃんは隣に立つ女性の下へ。

「このひとが、せれすさん! うたがとってもじょうずなの!」
「初めまして、私の名はセレスと申します。……ヴィルヘルムさんと同じく、皆様には感謝しております。ありがとうございます……」

 そう言ってヴィルヘルムさん同様、頭を深々と下げるのはセレスさん。ふんわりと緩やかにウェーブがかった銀色の髪がとっても綺麗な、優しそうなお姉さんだ。
 歌が上手と聞いて、以前レティちゃんが歌っていた鼻歌を思い出した。もしかしたら、セレスさんに教えてもらった歌なのかもしれないな……。

 そして最後は……。

「このひとは、だれんさん! “ていまー”でね、いろんなじゅうまがいるの!」
「初めまして、私の名はダレンです。こうしてお目にかかれて嬉しく存じます」

 深々と頭を下げたダレンさん。どちらかというと、年齢はアレクさんやブレンダさんに近いかも知れない。そしてこのダレンさん、見ていると先程からずっとソワソワと落ち着きがない……。

「……あ、の……、ですね……。一つ、御聞きしたい事が……」

 窓の外と僕たちを交互に見て、明らかに挙動不審だ。

「どうしたんですか?」
「窓の外に何か?」

 そうオリビアさんとトーマスさんが声を掛け窓を開けると、次の瞬間、外から大きな嘶きが聞こえてきた。

「さんぷそんです……!」
「しゃんぷしょん、どうちたの?」

 今迄に聞いた事のないその嘶きに、ハルトとユウマも心配そうに外を覗こうと窓に駆け寄った。トーマスさんとユランくんに抱えられ、外にある厩舎の方を見つめている。
 その間もずっと、サンプソンの悲痛な嘶きが響いてくる……。

「サンプソン……? サンプソンという馬がいるのですか……?」

 二人が発した“サンプソン”という名前に反応したのもダレンさんだ。

「え? あ、そうです。僕たちの住む村の牧場で飼われていて……」

《 トーマス、ユイト。すぐに来てくれ 》

 すると、開け放った窓にセバスチャンが音もなく降り立った。外を見ると、興奮しているサンプソンを止めようと、使用人さんたちが慌てている。他の五頭もドラゴンも、サンプソンに近付けない様子だ。
 このままだと、誰かが怪我をするかもしれない……。

「トーマスさん、行きましょう」
「そうだな……。オリビア、ユラン、子供たちを頼む」
「えぇ……。一体どうしたのかしら……」

 ライアンくんたちに断り、僕とトーマスさんは慌てて先程来た道を引き返す。すると、後ろからもう一つの足音が聞こえてきた。

「私も一緒に行かせてください……!」
「え!? ダレンさん……!?」
「お願いします! 私をあのに会わせてください……!」

 僕たちの後を追って、ダレンさんが駆けて来る。本調子ではないのではと心配したけど、その必死の様子にトーマスさんも何か思う所があったらしく、無理をしない様にと念を押して了承した。

 煌びやかな扉を抜けると、真っ直ぐに裏手にある厩舎へと全力で走る。擦れ違う人たちはポカンとしたまま僕たちを見ていたが、幸い誰にも怒られるような事は無かった。
 ……お城の中を全力疾走したなんて、後でイーサンさんには怒られそうだけど。


「サンプソン!」
「落ち着きなさい!」

 漸く見えてきた厩舎の前で、サンプソンは甲高い嘶きを上げてこちらに向かおうとしているのが分かった。普通の馬の倍ほどもあるその巨体に使用人さんたちでは手に負えず、周りには騎士団員さんたちが集まって来ていた。
 その様子に馬たちは怯え、ドラゴンもギャウギャウと鳴き声を上げながらサンプソンの周りをウロウロしている。
 皆、手に剣を持っている……。このままじゃマズい……!


「サンプソン!」


 焦る僕の後ろからダレンさんがその名を叫ぶと、一瞬だけサンプソンの動きが止まった。
 そして、今までの興奮状態はどこに行ったのかと疑う程に大人しくなる。


《 御主人…… 》


「え……?」
「主人だって……!?」

 サンプソンの言葉に、僕とトーマスさんは顔を見合わせる。そんな僕たちに構わず、ダレンさんは必死にサンプソンの下へと駆け寄って行く。

「やっぱり……! サンプソン……!」
《 御主人……! 会いたかった……! 》

 ブルルル……、とダレンさんに甘える様に首を摺り寄せるサンプソン。大きくて真っ黒な体躯が、今は子供の様に甘えているのが誰の目にも明らかだった。

「ご主人って……」
「どう言う事だ……?」


 そのとき不意に、ハワードさんの牧場で聞いた事が頭の中で思い出される。


『いやぁ……。それがわしもハワードも知らんうちに牧場にいたからなぁ。その頃はまだ普通の馬より大きいくらいだったから、どっかで飼われとったのかもしれんなぁ』

『あの時はびっくりしたなぁ~。私も父さんもこんな大きい馬がいたか、確認しあったからねぇ』

『あぁ、でも傷だらけだったから、逃げてきたんじゃないかと思ぅてなぁ。しばらくは従業員たちにも、ここ以外では黙ってる様に言い聞かせてたからな』

『あの頃は本当にかわいそうでねぇ、大分こき使われていたんじゃないかしら? こんなに大きくなるとは、誰も思わなかったけどねぇ』


 気付かないうちに牧場にいたサンプソン。
 もしかしたら、どこからか逃げてきたんじゃないかって言ってた……。


「ごめんね、ごめん……」


 そう呟きながら何度もサンプソンを愛おしそうに撫でるダレスさん。
 ……この人が、サンプソンの主……?






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