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331 狙われたもの

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「……ついて来てるなぁ」
「……ついて来てるわねぇ」

 子供達と店を巡っている間、一定の距離を開けてオレ達の後を尾行する連中が。
 バレていないとでも思っているのか、徐々に距離を詰め動きが大胆になってきている様だ。幸いハルトとユウマには気付かれていないが、レティとユランはとっくに勘付いているだろう。
 ……だが、気にする素振りは微塵も見せない。
 もしかしたら、ハルトとユウマを不安にさせない様に、わざと知らない振りをしているのかもしれない。

「……どうする? 暫くこのまま泳がせておくか?」
「えぇ、こんな街中じゃ魔法も使えないし……。狙いが分からない今は子供たちとドラゴンちゃんから目を離さない様にしましょ」
「分かった」

 オリビアの腕に抱えられているメフィストはキョロキョロと後ろに視線をやろうとするが、その度にレティに声を掛けられそちらに夢中になっている。
 この子は本当に聡い子だな。もう立派なお姉ちゃんだ。

「おばぁちゃん!」
「あら、なぁに? ハルトちゃん」

 オレ達が後ろを警戒していると、辺りを見渡していたハルトが立ち止まる。それと同時に、ハルトと手を繋いでいたユウマと、ユウマと繋いでいたレティも立ち止まる。

「あのおみせ、よっても、いいですか?」
「おみせ?」

 ハルトの視線の先には一軒の店……、と言うよりも露店と言った方が正しいか? 地面に布を敷き、その上に商品を直置きしている。

 ……あれは、もしかすると……!

「あっ! ほんいっぱぃ!」
「ほんとだ!」

 皆で近付いていくと、そこには古びた本がいくつも積み重なっていた。ユウマはその光景を見て嬉しそうに目をキラキラとさせている。ハルトはユウマのその様子を見て満足気だ。

「いらっしゃい! 坊や達、本に興味があるの?」

 すると、地面に胡坐をかいている青年が声を掛けてくる。どうやらこの店の店主らしい。

「ん~と……、ん~とねぇ……」
「そとのくにのほん、さがしてます!」
「そとのくに……? あぁ、他国の本? そんなの何に使うの?」
「みんなでね、おべんきょうするの! ねっ!」
「ん!」
「へぇ! 感心だね……!」

 突然訊かれユウマは戸惑っていたが、ハルトとレティのおかげで誤魔化せた様だ。ユウマも安心した様に頷いている。

「そとのほん、ありますか?」
「しゅるいがあると、うれしいの!」
「できれば、えほんも、ほしいです!」
「そのほうが、よみやすいもんね!」
「えぇ~と、そうだなぁ……」

 ユウマのスキル隠しの為とはいえ、二人がぐいぐいと店主に質問を始めている。店主の青年も、ぐいぐい来る二人に苦笑いだ。
 そうしている間にも、ユウマはキョロキョロと物珍しい本に興味を引かれていた。

「本選びは、二人に任せてればいいかしら?」
「そうだな」

 オレとオリビアは子供達の後ろでただ見守るだけ。ユランとドラゴンもその様子をただ笑って見守っていた。





*****

「ざんねんです……」
「しょうがないよ。でも、ほかのみせ、おしえてもらえたもんね?」
「ん!」

 結局、あの店にはお目当ての絵本は置いていなかった。だが、一冊目ぼしい品を見つける事が出来た様で、ユウマはそれを大事そうに抱えてホクホク顔だ。

「ユウマ、良かったな?」
「ん! ゆぅくんねぇ、おべんきょがんばる!」
「ぼくも、いっしょに、おべんきょします!」
「わたしも!」
「あぅ!」
「ふふ、めふぃくんも?」
「あ~ぃ!」

 可愛らしい子供達の会話に、自然と笑顔に。ドラゴンもユウマが抱える本の匂いを嗅ぎながら興味深そうに覗いている。

「どらごんしゃんも、おべんきょしゅる?」
「クルルル!」
「ほんと~?」
「クルルル!」

 どうやらドラゴンも一緒にすると言っている様だ。そのやり取りにまた皆で笑ってしまった。


「──ッ……!?」


 そんな和やかな雰囲気をブチ壊すかの様に、後方からただならぬ殺気を感じた。オリビアに視線を向けると、既に魔法を放てる様に片手を翳している。
 周囲はたくさんの人で溢れている。相手は分かるだけで複数人。

( 何とか巻き込まずに捕らえられるか……!? )

 子供達を庇いながらオリビアと二人で戦闘態勢に入ると……、


『 ゲフェングニス 』


 鈴の鳴るような声が響いたと思った瞬間、突風が起こり周囲に魔法が繰り出される。
 通行人との隙間を掻い潜りこちらに向かって襲ってくる相手を囲う様に、周囲に透明な壁が次々と現れ地面に向かって鉄格子が突き刺さった。周囲の通行人達からも悲鳴が起こる。

「何だこれは!?」
「クッソ! 外れねぇッ!」

 壁だった物が突如その形を変え、犯人を捕らえる為の檻へと変貌する。その中では、刃物を持った男達が戸惑い、魔法を使ったレティに対して汚い罵声を浴びせている。それを黙らせる様に口元に男達の髪や服が巻き付いた。
 どうやらこれもレティの魔法らしい。

「クソが……ッ!」

 そして一人の男が手を伸ばしナイフを投げつけようとした瞬間、


『 防御フェアタイディグング 』


 突如、巨大な壁がレティと男の間に現れた。これは昨日オリビアが教えたという土魔法だな……。
 カラン……、という渇いた音を響かせて、男が放ったナイフは呆気なく地面に落とされた。 

「みんな、だいじょうぶ?」
「ぼく、だいじょうぶです!」
「……ゆぅくんもねぇ、びっくりちたけど、だぃじょぶ!」
「あ~ぃ!」

 そんな事を気にする素振りも見せず、レティはハルトとユウマを気遣っていた。二人とも驚いた様だがレティの様子に安心しているのか取り乱す様子はない。
 メフィストはその光景をパチパチと手を叩いて喜んでいる。

「ギャウッ!」

 ドラゴンが鳴き声を上げた瞬間、後方で再び悲鳴が。
 そちらを見やると、セバスチャンが逃げようとしていた男達を風魔法で抑え込んでいるのが目に入った。どうやらオレ達の後を見守っていてくれたらしい。
 フンと胸を張っている様に見える。セバスチャンの足元にいる男には、少し同情するが……。

「……あれで、ぜんぶかな」

 そう呟くと、レティは覆面を被った一人の前に近付き顔を覗き込む。そんなに近付くと危ないと口を開こうとした途端、レティはその覆面を黒い触手で剥ぎ取った。

「おじさん、ひさしぶりだね?」

「あ、あの男……!」
「あの人が……!?」

 そこには、以前店の前で暴れたあの男が。一度は許してやったのに二度も襲おうとするなんて……! オレとオリビアの怒気がこもるのが分かったのか、男はパッと目を逸らす。

「…………」
「また、もりにてんいする?」
「……ヒッ!」

 レティの言葉にガタガタと震え、あろう事か失神してしまった。余程あの体験が恐怖だったのだろう。
 ……一体、あの森で何があったのか。気になるところだ……。





*****

「それでは私共が身柄を引き受けます! 御協力、ありがとうございます! 行くぞ!」
「「ハッ!」」

 見回りをしていた騎士に男達を引き渡し、漸く一息。
 ……と言っても、オレは何もしていないんだが……。

 どうやらあの男達は珍しい幼いドラゴンを狙っていた様で、傍にいるのは子供を連れたオレとオリビアのみ。簡単に奪えるだろうと高を括り、白昼堂々と犯行に及んだという。この国では所持する事が禁止されている“奴隷の首輪”も隠し持っていた様だ。
 それを知ってオレもオリビアもまたあの男達に対して怒りが湧き上がる。
 だが途中でレティに気付いた男は一人逃げ出そうとしたらしいが、主犯の男に脅され仕方なく従っていたという。
 確か以前も店への嫌がらせを頼まれたと言っていたな……。
 あの村でも、王都でも……。本当に運のない男だ……。

「れてぃちゃん、かっこいいです……!」
「えてぃちゃん、しゅごぃねぇ……!」
「えへへ。みんな、けがしなくてよかった!」

 ハルトとユウマはレティを尊敬の眼差しで見つめている。

「おばぁちゃん、肝が冷えたわ……」
「ごめんなさい……」
「無事で何よりよ。レティちゃん、守ってくれてありがとう」
「……うん!」

 オリビアはレティが危険な事に巻き込まれたと複雑そうだが、目の前で自分が教えた技を実践している様子を目の当たりにし興奮している様子。講師の性だろうな。

「あはは! くすぐったい!」
「クルルル!」

 ドラゴンも自分が狙われていたと理解した様で、レティにお礼とばかりに頭をグリグリと擦り付けている。

「レティちゃん……」
「ゆらんくん? どうしたの?」

 すると、ユランが神妙な顔でレティの前に跪く。レティはその様子に驚いているが、その真剣な表情を見て黙ってしまった。

「この子を助けてくれて、ありがとう……。レティちゃんには助けてもらってばっかりだね。何かお礼が出来ればいいんだけど……」

 その言葉に、レティは首をフルフルと横に振った。

「……ん~ん。だいじな、おともだちだもん。あたりまえでしょ?」
「レティちゃん……」
「クルルル……」

 感動しているユランとドラゴンだったが……。

「お嬢ちゃん、凄かったな!」
「おじさん、驚いたよ! 賊を捕まえるなんて、立派だねぇ~!」
「こんなに小さいのに凄いわねぇ~!」
「あんな魔法、初めて見たわ!」

 一連の流れを目撃していた店主や通行人たちに一瞬で取り囲まれてしまった。皆一様に興奮冷めやらぬ様子で、将来凄い魔導士になるぞとザワついている。
 レティは皆に囲まれ、嬉しいやら恥ずかしいやら顔がほんのりと赤くなっていたが……。

「これ良かったら持って行って!」
「ウチのもあげるわ!」
「オレの店のも持ってってくれ!」
「ウチも!」
「これも美味しいわよ!」

 そう言って両手に抱えきれない程の土産を持たされている。持てきれなかった分は皆、隣にいるユランに押し付けている様で、ユランの両手も見る見るうちにいっぱいに。
 いつの間にかドラゴンの口にも林檎メーラが……。美味しそうに食べているからいいが……。

「こんなにいっぱい……? いいんですか……?」

「「「いいんだよ!」」」

 店主たちに囲まれ、レティはふわりと花が綻ぶような笑顔を浮かべる。
 それを見た途端、皆動きが止まったのが分かった。


「うれしい! みなさん、ありがとうございます!」


「「「……か、かわいい~っ!」」」


 どうやら皆、レティの微笑みに心を奪われてしまった様だ。

 それから結局、両手に抱えきれない程の食材を抱え、オレ達はサンプソンのいる馬車へと引き返した。
 だがその道中も噂が噂を呼び、馬車へ辿り着くまでにオレの両手もいっぱいに。オリビアはそれを見てずっと笑っている。
 サンプソンにも一体どうしたんだと驚かれてしまった……。

「……これは暫く、食材の買い出しはいいな……?」
「……だね」

 おうちにかえったら、なにかつくってもらお! と笑顔を浮かべるレティを前に、オレはユイトにどう説明しようかと考えを巡らせていた。

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