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278 森にいた理由

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「どう? 気分が悪くなったりはしてないかしら?」
「はい、大丈夫です……。ありがとうございます……」

 出発を少しだけ遅らせ、目を覚ました男の子に不調なところはないか確認する。今のところは大丈夫らしいけど、オリビアさんに色々世話になったと知って、顔をまっ赤にしていた。
 まぁ、僕も最初は同じだったから気持ちはすっごく分かる……。

「クルルル……!」
「ふふ、ユランくん、目を覚ましてよかったわねぇ?」
「クルルル!」

 この男の子の名前はユランくん。年は僕より二つ上の16歳だった。
 ドラゴンはあれから男の子にピッタリと寄り添い、嬉しそうに鳴いている。

「この子が君をゴブリンの群れから守っていたんだよ」
「とても勇敢だったぞ。な?」
「クルルル!」

 トーマスさんとブレンダさんに自分を見つけた時の事を聞き、ユランくんは驚いていたけど、優しい手つきでドラゴンにありがとうと言って頭を撫でていた。

「だけど……、どうしてあんな所にいたんだ?」
「あんな森の奥、馬車が無いと無理だろう……?」

 ドリューさんとメルヴィルさんは、あんな深い森の奥で男の子がドラゴンを連れて何をしていたのか気になっていたらしい。
 確かに僕も、ずっと気になっていた。辺りには何もないし、食べるものも持っていなかった。

「……ボク、配達をしてて……」
「配達?」
「……って事は、馬を盗られたのか?」
「あ、いえ! 違います……! えっと、馬じゃなくて……」
「馬じゃない?」
「歩いてか?」

 配達でこんな森の中に? と皆、首を傾げている。しかも馬じゃないと言われ、さらに混乱していた。

「……えっと、の母親の背中に、乗って……」 
「え?」
「背中……?」
「この子、って……」

 ユランくんと皆の視線の先にいるのは、嬉しそうにクルルルと鳴いているドラゴンが。尻尾も揺れて、相当ご機嫌なのが窺える。

「ボクの村は遠い鉱山の麓にあるんですけど、村自体も小さくて、そこで採れる石や宝石を売って生活してました……。今回も王都のお客さんへの配達の途中だったんです……」
「いやいや……、ちょっと待ってくれ……」
「大事な部分が抜けてるぞ……?」
「それも一番肝心なとこな」
「……? 大事な部分……?」

 トーマスさん達の問いに、ユランくんは首を傾げ考えている。暫くすると、あっと何かに気付いた様に慌てて口を開いた。

「……あっ、あの! 宝石ですか? 大丈夫です! ちゃんと許可を貰って……」
「違う違う」
「そこじゃないんだ」
「え……?」

 ユランくんは本当に分からないみたいで、トーマスさんもドリューさんも頭を抱えている。もしかしたらユランくん、お腹が空いて頭が回っていないんじゃないかな……?

「トーマスさん、出発もう少し遅らせる事って出来ますか?」
「え? あぁ、それは大丈夫だが……」
「僕、ユランくんに何か作ってきますね。お腹空いてるだろうし」
「それなら……。少し早いが、オレたちも昼にするか?」
「あっ! オレ、賛成です!」
「ふふ、皆さんもいいですか?」
「あぁ、私も腹が減ってきた」
「オレも」
「まぁ、俺もだな」
「じゃあ準備しますね」

 僕は途中で抜け、馬車の近くでトーマスさんの魔法鞄マジックバックを借りて昼食の準備を開始する。
 ユランくん、病み上がりと言うか……、まだ胃に優しいものの方がいいよなぁ……。でもお粥ばっかりも飽きるだろうし……。
 ん~……。
 ……あ、コレにしよっかな!





*****

「にぃに~、ゆぅくんもおなかちゅぃた!」

 トーマスさん達の話し合いを聞いているのに飽きたのか、ユウマが馬車から降りて僕の傍に駆けてきた。
 どうやらハルトも飽きたみたいで、バートさんとミックさんを連れ出して稽古してもらっている。僕の弟たちは今日も元気そうだ。

「もうすぐ出来るからね~。あ、ハルトたちとお皿の準備お願いしてもいい?」
「ん!」

 ユウマはそのまま、はるく~んと言いながら駆けて行く。
 その後ろ姿が可愛くて、思わず笑ってしまった。
 そろそろスープもいいかな? 味見をして、最後に味を微調整。

「ん~……、大丈夫かな? 皆さぁ~ん、ご飯出来ましたよ~!」

 僕の呼ぶ声に、トーマスさん達が馬車から降りてくる。
 今日はユランくんも一緒だ。ちょっと足元が覚束ないけど、トーマスさんがちゃんと支えてくれている。ドラゴンも後ろから嬉しそうについて来た。
 オリビアさんもブレンダさんに支えられて、馬車をゆっくり降りてくる。
 レティちゃんはローブを抱えてるけど……。寒いのかな?



「皆さん、揃いましたね? では、いただきます!」
「「「「いただきます(ちゅ)!」」」」

 今日の昼食は、ハルトとブレンダさんが巻いてくれた肉巻きおにぎりに、塩むすび。じゃが芋パタータ人参カロッテ玉葱オニオンの煮物。まぁ、肉じゃがの肉なしって感じかな。あと、鶏団子のスープと、リューベ大根ホワイトラディッシュのピクルス。

「うおっ! 中に卵入ってた!」
「みっくさん、びっくり、しましたか?」
「美味いだろ?」
「ビックリしたけどめっちゃ美味い!」

 ハルトとブレンダさんは中身を知っているので、皆の食べた時の反応をチラチラと観察していたみたい。実は肉巻きおにぎりは二種類あって、具なしの方は既に食べ終えている。今日の分には黄身がとろとろの半熟卵が入っているから、味も保証付きだ。
 ミックさんは驚きつつも、美味いと言いながらどんどんお替りしていく。それを見て、作ったハルトとブレンダさんはとっても嬉しそうだ。

「ユランくんは一緒に食事するの初めてだもんね。急がなくていいから、ゆっくり食べて」
「ありがとうございます……! 美味しそう……!」

 ユランくんの分は、消化に良いようにメフィストも大好きな茶わん蒸しと、お粥に南瓜キュルビスの煮物。そして鶏団子のスープ。
 今までずっと十倍粥から五倍粥だったけど、今日は全粥。煮物も、キュルビスだったら柔らかいし、甘味もあるからお腹にはいいかな。
 ユランくんはソワソワしながら、いただきます、と茶碗蒸しを手に取り、ゆっくりスプーンを口に運ぶ。少し熱かったのか、ハフハフ言いながら笑みを浮かべている。
 そしてゆっくり飲み込むと、ユランくんの肩の力がフッと抜けた。

「……ハァ、おいしい……!」

 そう呟くと、黙々とお粥に煮物にスープと、どんどん口に運んでいく。あまりの食べっぷりに、オリビアさんもよく噛むのよ、と注意しながら笑っている。
 僕もブレンダさんたちも、食べる手を止めて彼を見つめていた。

「……ユランくん、お替り……、いる?」
「いいんですか!? 欲しいです!」

 病み上がりなのは分かってるんだけど、茶碗蒸しを渡したら満面の笑みで受け取り、パクパクと頬張っている。
 隣に座るトーマスさんの腕では、メフィストもその様子を食い入る様に見つめていた。じっと寝ていたお兄さんが、起きた途端にあまりに食べるから驚いたのかもしれない。
 それに気付いたユランくんは、美味しいね! と話しかけていた。

「ゆらんくん、おみずどうぞ」
「あっ、ありがとう!」

 レティちゃんもホッとした様で、お水を持って来たりローブをかけたりと甲斐甲斐しくお世話を焼いている。
 ユランくんにお礼を言われると、ほんの少しだけ頬を染めていた。
 オリビアさんとトーマスさんだけじゃなく、皆がおや? と、何かに勘付いたみたいだ。





*****

「トーマスさん、さっきの話の続き、教えてもらってもいいですか?」

 皆が食べ終えた頃、途中で抜けた話の続きを訊いてみた。ハルトたちはドラゴンと一緒に楽しそうに駆けまわり、それをバートさんとミックさんが見てくれている。
 
「あぁ、ユイトにも説明しておかないとな」
「そうね。ユランくん、言ってもいいかしら?」
「はい!」

 ローブを羽織り、お腹いっぱい食べたからか、ユランくんの顔色もだいぶ良くなってきている。
 それだけでホッと安心した。

「ユランもこのまま王都に一緒に行く。それは今まで通りだ」
「はい」
「あとな、どうやら客の事が気がかりらしくて、その店に顔を出したいそうだ」
「はい……。連絡もせずに約束をすっぽかした事になっているので……」
「あ、そうか……。ちゃんと説明しないとね」

 配達って事は、その人はずっとユランくんが来るのを待っていたはずだ。
 
「それにはオレもついて行って、相手方に説明しようと思う。だからその間は離れるが……」
「分かりました。ハルトたちはちゃんと見てるので大丈夫です」
「あとな、ユランがどうやって来たかという事なんだが……」
「あの子の母親の背中に……、って言ってましたよね? って事は、ドラゴンに乗って来たって事?」
「はい。いつも騒がれない様に、夜中に村を発つんです。王都までは一刻もあれば、すぐに着いてしまうので……」
「えっ!? そうなの!?」

 村から王都まで五日も掛かるのに、ユランくんの村からは約二時間くらいで着くって事か……。近くにある村なのかな……?

「ユイト、いま考えている事は、多分外れてると思うぞ」
「え?」
「ユランの村はな、俺たちの村よりもずっと奥に……、いや、ほぼ国の外れだ」
「……えぇっ!?」

 僕の驚き様に、トーマスさんもブレンダさんも、ドリューさんまでもが、うんうんと深く頷いている。

「すっごく便利ですけど……。え? でも、その母親は……?」
「それがなぁ……」
「……ボクたちを置いて、どこかに飛んでいきました……」
「え……?」
「いつもは王都まで休まずに飛んで行くんですけど、その日は途中からおかしくて……」

 ユランくんの話を聞くと、その日は注文された石を届けに村をいつも通り出発したらしい。
 途中まで何の問題もなく空を飛んでいたそうだ。だけど、もうすぐ着くなという時に、その母親のドラゴンが苦しみだしたという。

「具合でも悪いのかと思って、すぐに森の中に下りたんですけど……。ボクとあの子が背中から降りた途端、叫びながら頭を振り回して……。その後、ピタッと止まったから近付いたんです。でも、そのまま空に飛んで行ってしまって……」

 そう言ってユランくんは悲しそうに俯いてしまう。
 だけど、我が子を置いていくなんて……。

「なんか……、おかしくないですか……?」
「そうなんだ。話を聞くと、初めての子供でとても大切にしていたらしい。だから子供を置いていくというのがなぁ……」
「……ドラゴンの子供は、ほとんど生まれません。生まれたとしても、すぐに弱って死んでしまいます……。村にいるドラゴンたちは、自分の子供じゃなくても自分の子同様にとても大切にするので……。ボクも最初は信じられなくて……。だから、探しに行きたいんです……!」

 そう言いながら顔を上げたユランくんの瞳は、何かを決意している様にも見えた。

「……だけど、ドラゴンが空を飛んでたら、誰かすぐに気付くんじゃないですか?」

 ユランくんとあのドラゴンを背中に乗せるって事は、結構大きいはずだ。それが空を飛んでいたら、いやでも目に入ると思うんだけど……。

「ドラゴンは飛んでいる間、魔法で簡単に姿を消します。ボクたち、争いは好きじゃないから……」
「だとしたら……」
「そう簡単には、見つからないだろうな……」
「難しいでしょうね……」

 ドラゴンが姿を消しているというのは、トーマスさんやオリビアさんたちも初めて聞いたらしく、どうりでなかなか見ない筈だと溜息交じりに漏らしていた。

「……とりあえずは、僕たちと一緒に行動するって事でいいんでしょうか?」
「そうだな。帰るにしても、どれだけ日数がかかるか分からないし……。ユランが帰って来ないと、今頃家族も心配しているだろう。念の為、ギルドに報告しよう。ユランもそれでいいだろう?」
「……はい。よろしくお願いします……!」

 僕たちに頭を下げるユランくん。
 その向こうで、ハルトたちと楽しそうに遊ぶドラゴンの姿が目に入った。
 心細いだろうけど、僕たちも何とかしてあの子の母親を見つけてあげたい。

 どうか何事も無く、無事でいます様に……。

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