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270 消えそうな声
しおりを挟む今夜の野営地へ無事到着し、薄暗くなっていく空を見上げながらテントと夕食の準備。
あの男の子は夕食が出来るまでそのまま馬車で寝かせておこうと話し合い、お腹にも優しいお粥を調理する。
ドラゴンは馬車から降りず、そのまま男の子の近くで丸まっていた。
「ハルト~! もうすぐごはんだよ~!」
「はぁ~い!」
テントの張る手伝いをしていたハルトは、終わるとそのままバートさんとミックさんに稽古をつけてもらっていた。ミックさんから連続のバク転を見せてもらい、興奮して自分もやりたいとそのまま練習している。
僕たちも見ていたんだけど、ミックさん、まるで体操選手みたいだった……。
二人だと危ないからと、バートさんは保護者の様に付いてくれているんだけど、ハルトとミックさんは楽しそう。
はしゃぐ二人を見て、本当に元気だなと感心してしまう……。
「おぃちゃん、これできりゅ?」
「おぅ! これでも細かいのは得意だからな! ……どうだ!」
「しゅご~い!」
「どりゅーさん、じょうず!」
「だろ~?」
「むぅ~……! むずかしい……!」
「ぶえんだちゃん、がんばってぇ!」
「あぁ~……! ぶれんだちゃん、きをつけて……!」
ユウマとレティちゃんは、ドリューさんとブレンダさんと一緒に、なぜか林檎の皮剥き大会を開催していた。
ドリューさんは手慣れた手つきで皮をスルスルと剥いて行く。
ブレンダさんはこちらが心配になる程に手つきがおぼつかなくて、隣にいるレティちゃんはずっとハラハラしている。
これは僕たちの食後のデザートだな……。
「たぁ~っ!」
「ん~? どうした?」
「たぅ!」
馬車の隣では、メフィストがトーマスさんに抱えられ、サンプソンたちとセバスチャンに何か言っているんだけど、如何せん赤ちゃんなので……。
《 さすがに赤ん坊の言葉は分からないな…… 》
《 機嫌は良さそうだが…… 》
「ブルルル……」
「きゃ~ぃ!」
サンプソンとセバスチャンの困っている様子は初めて見たかもしれない。
他の馬たちもどこか首を傾げている様に見えてくる。
……だけど、メフィストはご機嫌だから大丈夫かな? トーマスさんも楽しそうだし!
「メルヴィルさん、お味はどうですか?」
「……うん! 美味い!」
「よかったです! じゃあ、そろそろかな?」
僕とオリビアさん、そしてメルヴィルさんは、皆の夕食のスープを作っている真っ最中。
今日のスープは具沢山のけんちん汁だ。
魔法鞄にも予め用意していた料理はまだ残ってるんだけど、嵩張るからスープだけはその日に作ってる。だってお鍋も足りなくなるし!
今日はお昼にお肉を食べ過ぎたから、夕食は野菜多めのメニュー!
・ピーマンの肉詰め
・塩むすび
・温野菜のサラダ
・野菜たっぷりのけんちん汁
そしてメフィストには五倍粥と、あの男の子には十倍粥だ。
「ご飯出来ましたよ~!」
「「はぁ~い!」」
「いま行きます!」
ハルトとミックさん、バートさんは楽しそうに話しながらこちらに向かって来る。どうやらミックさんとも仲良くなれたみたいで、肩車されて嬉しそうだ。
「僕はあの子にお粥あげてきます。皆さん、先に食べててくださいね!」
「あら、私も行くわ。トーマス! メフィストちゃんのご飯、お願い出来る?」
「分かった! よ~し、メフィスト! おじぃちゃんと一緒に食べよう!」
「あ~ぃ!」
ドリューさんとブレンダさんにその場を任せ、僕とオリビアさんは馬車の中で眠る男の子の下へ。
「お待たせ。キミにもご飯持ってきたよ」
「クルルル!」
「この子にご飯あげるから、静かにね?」
「クルルル……!」
男の子の横で丸くなっていたドラゴンには、お皿いっぱいにお肉を盛ってきた。
そして、他に何を食べるのか分からなかったので、予めユウマに断り、蒸したとうもろこしとキャベツ、メーラを用意。
「はい、どうぞ」
「クルルル~!」
お皿を置くと、マイスの匂いをクンクンと嗅ぎペロリと口の中へ放り込む。
どうやら芯まで食べているらしく、ボリボリと噛み砕く音が馬車の中に響いている。
「す……、凄い音ね……」
「やっぱり歯も丈夫なんですね……」
「クルルル!」
マイスがお気に召したのか、お肉よりもマイスばっかり食べ始めた。
……これは少し、いや、かなりマズいかもしれない……。
ユウマも大好きなマイス……。あと何本残ってたっけ……?
「ほら、ユイトくん! この子にも食べてもらわなきゃ!」
「あ、そうだ!」
「ご飯出来たわよ。頑張って起きれるかしら……?」
「……はぃ」
オリビアさんの問いかけに、男の子は小さな声で返事をした。
その声に反応して、ドラゴンは食べるのを止めてジッと男の子の様子を窺っている。僕が背中に手を回して体を支え、オリビアさんがお粥を少しずつ口に運ぶ。
「大丈夫? お水は?」
「……のみたぃ……、です……」
「ゆっくりね? 焦らなくて大丈夫よ」
オリビアさんが水の入ったコップを近付けると、男の子はコクコクと飲み始める。そしてお粥を一口、二口、ゆっくりと口に含み、飲み込んでいく。
「……おぃ、しぃです……」
「良かったわ……。まだあるからね、ゆっくり食べましょうね」
「……はぃ、ありがと……、ござぃます……」
男の子はポロポロと涙を流し、美味しい美味しいとお粥を食べて、半分程食べたところでまた眠ってしまった。昼間よりは少しだけ多く食べれたな……。
だけど、僕もオリビアさんもその消えそうな声を聞いただけで胸が痛くなり、その子に気付かれない様に涙を流してしまう。
明日はこの先にある村の診療所でこの子を診てもらう予定だ。
良くなればいいんだけど……。
「……お友達、元気になるといいね」
「クルルル……!」
ドラゴンは嬉しそうに鳴き声を上げ、ずっとその子の傍らに寄り添っていた。
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