260 / 383
257 ユウマのスキル
しおりを挟む「ふん、ふん、ふ~ん♪」
リビングのテーブルで顔を突き合わせる、神妙な面持ちのトーマスさんたちとは裏腹に、ソファーの上でレティちゃんとハルト、ノアたちと一緒に絵本を読む、ご機嫌なユウマの鼻歌が聞こえてきた。
少し音程は外れているけど、それも可愛らしい。
メフィストは敷かれたままの布団の上でぐっすりと寝ているけど、その傍らにはセバスチャンも寄り添い、まるで子守りは任せろと言っているみたい。
「……それで? コンラッドくん、どういう事か説明してもらえる……?」
「その、ユウマの特別なスキルって……?」
外に出ていた僕とオリビアさんは状況が全く飲み込めず……。
「はい。皆さんが買い物に出ている間、私はユウマくんの勉強を見ていたんです」
「オレとイドリスだと、ホントに横で見てるだけだからな。コンラッドに任せた方がいいと思って……」
「勉強はな……。頭が痛くなるからな……!」
だけど、イドリスさんの、まぁ、羨ましくはあるがな、としみじみ呟く言葉から、そんなに悪い状況ではないと思っていた。
「ユウマくんがまさか、あの年で他国の言葉を勉強しているとは思わなかったので、私も少し驚いてしまったんですが……。まぁ、今はそれは置いておきましょう」
フゥ……、と息を吐き、コンラッドさんは僕とオリビアさんを見た。
「実はですね……。この家の書庫にある他国の書物を、ユウマくんは全て読める様です」
「「は……?」」
「そうです。は……? となりますよね……。私もこの目を疑いましたが、私が理解できる範囲の違う本を渡しても、その国の言葉で、声に出して読んでいました……」
確かに、ユウマはいっぱい友達をつくると言って勉強してたけど……。だけど、そのスキル? ってかなり便利だよね?
そう思って隣に座るオリビアさんの顔を見ると、血の気が無く、今にも倒れてしまうんじゃないかと思う程だった。
「オリビアさん……、大丈夫ですか……?」
「え? えぇ……、ちょっと驚いちゃっただけよ……。大丈夫」
僕が思わずオリビアさんの手を握ると、その指先はひんやりと冷たくなっている。
そして、神妙な顔で口を開いた。
「コンラッドくん、イドリスも……。この事は、絶対に誰にも口外しないでほしいの……」
そう言って、お願いします、と頭を下げる。
オリビアさんの指先が、強く握りしめすぎて白くなっていた。
「ちょ……っ、オリビアさん……! 頭を上げてください……!」
「おいおい……! 約束する! するから! 頭を上げてくれ……!」
僕が状況を読み込めずに傲然としていると、ソファーに座っていたはずのユウマたちが慌てて駆け寄ってくる。
「ばぁば、どぅちたの?」
「おばぁちゃん……?」
「どうしたの……?」
オリビアさんは心配そうに駆け寄って来た三人に、皆にもお願いがあるの、とその頬を優しく撫でた。
*****
「いどりすさん、こんらっどさん、ありがとう、ございました!」
「ありがとうございました!」
「ありぁと、ごじゃいまち……、ました!」
「ハハ! 皆、気を付けて帰れよ~?」
「また遊びましょうね」
「「「は~い!」」」
「あ~ぃ!」
イドリスさんとコンラッドさんに別れを告げ、僕達はのんびり家へと帰る。コンラッドさんに借りた服は、似合っているからとそのままプレゼントとして僕にくれたんだけど……。
なんだか高そうな服だし、どこか出掛ける時に着て行こう……。
「トーマスさん、荷物ありがとうございます」
家から持って来た皆の着替えやお店で買ったチョコレートは、全てトーマスさんの魔法鞄の中。
一応、カモフラージュとして、メフィストの粉ミルクを入れた鞄だけは持っているんだけど。
メフィストは昨日からコーディさんやイドリスさんにたっぷり遊んでもらい、いっぱい寝たからか、お昼寝から起きても愚図る事なくご機嫌だ。
今はトーマスさんの腕の中で、キョロキョロとお店を眺めては、すれ違う人や店主さんたちに愛想を振りまいている。
「いや、帰りは楽な方がいいだろう? それに、オリビアも歩いて疲れているだろうしな」
「あら、私の心配してくれてたの? ふふ、優しいわね~」
そう言って、オリビアさんは揶揄う様に、メフィストを抱えているトーマスさんの腕に寄り添う様に、ピタリとくっついた。
「おじぃちゃん、おばぁちゃんに、やさしいです!」
「じぃじね、ばぁばのこと、ちゅきらから!」
「らぶらぶだもんね……!」
「こらこらこら……!」
ハルトたちもにこにこしながら、照れるトーマスさんと、笑うオリビアさんを見つめている。
「メフィストも、二人が仲良しだと嬉しいもんね?」
「あぃ~!」
僕の問いかけに、メフィストも返事をしてくれたみたいだ。
トーマスさんは恥ずかしいのか、困ったなぁと眉が下がっているけど。オリビアさんはいつも照れている側だから、今日は楽しいみたい。
「さ、腹が減ったからな。早く帰ってご飯を食べよう」
「「「は~い!」」」
今日は腕によりをかけて作るわね、とオリビアさんは機嫌良さそうにトーマスさんの腕に寄り添っていた。
*****
「さ、皆~。ちょっとこっちに集まって~」
夕食を終えると、オリビアさんは約束の確認だと言って、僕達をダイニングへ呼び集める。
ノアたちも飛んできて、皆で床に敷いたラグに座り、オリビアさんの話を聞く事になった。
「ユウマちゃんのスキルの事なんだけどね? おばあちゃんが誰にも内緒って言った理由を、もう一度ちゃんと説明するわね?」
「「「は~い!」」」
《 ちゃんときくよ~! 》
《 ぼくも~! 》
「いい子ね? じゃあ、ユウマちゃん。文字が読める様になったのは、急に? それとも、もう少し前から? おばあちゃんに教えてくれる?」
オリビアさんはユウマを膝に乗せ、優しく優しく問いかける。
「えっとねぇ、ん~ちょ……。ん~、おぼぇてなぃ……」
「あらあら、覚えてなくても大丈夫よ。そうなのね。じゃあ、ユウマちゃんはお勉強してるカトエール語以外に、文字は書ける?」
「ん~ん、ゆぅくんね、よめりゅけど、かけないの。だからおべんきょしゅる……」
「ふふ、偉いわね! じゃあ、そのカトエール語以外の、他の国の言葉と意味は分かる?」
「いみぃ?」
「そうねぇ……。あ、ユウマちゃんの好きなとうもろこし! 他の国の言葉で、何て言うか知ってる?」
「ん~ん、ちらなぃ……」
「じゃあ、文字は読めるけど、その言葉の意味は分からないのね?」
「ん……」
「ふふ、ちょっと難しかったわね? ごめんね?」
「ん」
オリビアさんの肩に顔を埋めるユウマ。ちょっと難しかったみたいで、少し拗ねてしまった様だ。
「おばあちゃんが今からお話するのは、もしもの話よ? だけど、皆にはちゃんと聞いておいてほしいの」
オリビアさんの言葉に、ハルトもレティちゃんも、真剣な表情で頷いた。
「ユウマちゃんのこのスキルはね、とっても珍しいものかもしれないの。他の国の言葉を読めてしまうんだもの。言葉を覚えるのって、とっても大変なのよ?」
レティちゃんはオリビアさんのその言葉に頷いている。
「ユウマちゃんが言葉の意味が分からなくても、これを読んでって誰かにお願いされたら、ユウマちゃんはとってもいい子だから、親切に教えてしまうかもしれないでしょう?」
その言葉に、ハルトもノアたちも頷いた。
「……でもね? もしかしたらそれは、誰かが秘密にしておきたい大事な事かもしれないし、誰にも教えちゃいけない、とっても危なくて恐ろしい事かもしれない……。ユウマちゃんは読んであげただけで、例えその意味が分からなくても、誰かにとっては、とっても重要な事かも知れないわ」
そこでオリビアさんは、レティちゃんとハルトに質問する。
「……もしね? 悪い人達がいて、この紙に書いてある言葉が分かったら、とっても大きなお金が手に入る。だけど、その文字は誰にも読む事が出来ない難しい言葉だった。じゃあ読める人を探そうとするじゃない? そこで、ユウマちゃんが文字を読めると知られたら……? レティちゃん、ハルトちゃん、どうなるか分かる?」
そこで二人は顔を見合わせるが、レティちゃんの表情が強張っている。
「ゆぅくん……、ゆうかいされちゃうかも……」
「──……! そんなの、ぜったい、させません……!」
《 ゆうま、まもるっ! 》
ハルトもテオも、とても真剣な表情で手を握り締めている。
「だからね、ユウマちゃんがちゃ~んと言葉の意味が分かる様になるまで、この事は誰にも言わないでほしいの。皆、約束出来る?」
「うん……! わたし、ぜったいいわない……!」
「ぼくも、ぜったい、いいません……!」
《 ぼくも! 》
《 わたしも! 》
次々と言わないと宣言し、ユウマの下へ駆け寄るハルトたち。ユウマはオリビアさんの肩に顔を埋めたままだったけど、ハルトたちにぎゅうっと抱きしめられ、漸く顔を上げた。
「ユウマちゃん。ユウマちゃんも、今お勉強してるカトエール語以外は、まだ誰にも読めるって言っちゃダメよ?」
「ん……。ゆぅくんいわにゃぃ……」
「もしね、ユウマちゃんにお友達になりたい人が出来て、その人の国の言葉の意味が知りたかったら、一緒にお勉強しましょう? おばあちゃんも頑張って覚えるから、ね?」
「わたしも、いっしょにする……」
「ぼくも、おぼえます!」
「ん……。ゆぅくん、おべんきょしゅる……」
「お友達もいっぱいつくるものね?」
「ん!」
友達をつくるという言葉を聞いて、少しだけ笑顔の戻ったユウマ。
オリビアさんは、怖がらせてごめんね、とユウマをぎゅうっと抱きしめていた。
*****
「にぃに~、ねんねしゅる?」
「うん、もう寝よう? こっちおいで?」
「ん!」
あの話の後、オリビアさんとトーマスさん、そして僕の三人でもう一度話し合い、ユウマのスキルがどういった物か判明するまで、苦肉の策だが、なるべく他の国の書物を集めようという事になった。
そうすれば、もし何かの拍子にユウマが文字を読んでしまったとしても、家で勉強していると誤魔化せるだろうと。
バージルさん達にも伝えておこうかという話にもなったけど、あのノーマンという人の件もあるし、何処で誰が聞いているか分からないから、一切口外しないという約束になった。
「ハルトももう寝よう?」
「ぼくも、ねます!」
「ん!」
大事な短剣と、メイソンさんのお店で買った弓の手入れをして、ハルトもベッドへ潜り込む。
「ん~? ハルト、今日はそうやって寝るの?」
もぞもぞと動き、ハルトはユウマを大事に抱え込む様に手を回している。
「うん! きょうは、ゆぅくん、ぎゅっとしてねます!」
「えへへ~」
「いいなぁ、僕も二人の事、ぎゅっとして寝ていい?」
「うん!」
「いぃよ~!」
僕は二人に毛布を被せ、抱き締める様に腕を回す。ハルトとユウマの体温が伝わって、ぽかぽかしてとても心地いい。
「もうすぐ王都だね。二人は手紙になんて書いたの?」
王都への出発は三日後。トラブルがあるといけないからと、トーマスさんが予定を早め、ブレンダさんとドリューさんたちのパーティに護衛依頼を頼んでいる。
お店も明日だけ営業して、その後は王都への準備で追われるかな。
料理もたくさん作っておかないと! 明日と明後日は大変そうだ……。
「ぼく、らいあんくんに、はやくいっしょにあそびたいって、かきました! あと、ばーじるさんに、らいあんくんと、あそんでいいですかって」
「ゆぅくんもねぇ、はるくんといっちょ! ふたりでかいたの! ね!」
「うん!」
「ふふ、そうなんだ?」
「おにぃちゃんは、あれくさんに、なんてかいたの?」
「おちえて~?」
「えぇ~? 恥ずかしいから、教えない……!」
「「えぇ~!」」
ずるい! と言われながら、ハルトとユウマと三人で毛布に包まり、眠気が来るまでお喋りをした。
少しはユウマの気は紛れたかな? 王都に行ったら、いっぱい楽しい事あるといいね。
そう願いながら、僕は可愛い弟たちの寝顔を眺め眠りについた。
応援ありがとうございます!
63
お気に入りに追加
5,072
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる