254 / 383
251 かわいいひと
しおりを挟む「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
コンラッドさんと僕たちの間に長い沈黙が続き、気まずい雰囲気が流れている。肝心なイドリスさんは、まっ赤になって天を仰いだままだ。いつもは騒がしい位なのに……。
そしてその沈黙を破ったのは……、
「こんらっどさんも、おとまりですか?」
「ゆぅくんたちもねぇ、おとまりなの!」
ハルトとユウマはお店とギルドで会っているからなのか、コンラッドさんの傍に行って手を取り、たのしみです! とはしゃいでいる。
「いや、私は……。帰ろう、かな……」
「えぇ~?」
「どぅちてぇ~?」
気まずい様子のコンラッドさんは、ハルトとユウマの顔を見れないでいる。
当の二人はすっかりコンラッドさんも一緒に泊まると思っていたらしく、残念そうに声を上げた。
そんな二人に、漸くコンラッドさんもフッと笑みを浮かべる。
広いリビングに案内され、テーブルにはトーマスさんたちと向かい合い俯くコンラッドさんと、まっ赤なまま顔を両手で覆うイドリスさん。
いつもは見上げるほどの大きな体が、今はこじんまりと丸くなっている。
「にぃに~、いどりしゅしゃん、どぅちたの~?」
「ちっちゃく、なってます……」
《 ふたりとも、まっかっか~! 》
《 おねつ~? 》
「ん~、どうしたんだろうねぇ~?」
僕たちは邪魔にならない様に奥にあるソファーに座り、柿を食べながらその様子を見守っている。先程既に見られてしまった為、セバスチャンもノアたちも、姿を消さずにそのまま僕たちの傍で遊んでいる。
「ちょっとビックリしちゃったけど……。二人はその……、いつから……?」
「そんな気配全く感じなかったからな……。オレも驚いたよ……」
戸惑った様子のトーマスさんたちに、コンラッドさんは俯いたまま口を開いた。
「う~……、その、交際は、に、二年ほど前から……。一応同じ職場、ですので……。公私は分けようという事で……」
「あぁ~……。秘密にしてた訳じゃなかったんだけどな……。その、照れ臭いと言うか……。なぁ?」
「は、はい……」
小さな声でぽつりぽつりと話すお二人。正直、こんなイドリスさんは見た事が無いから、少しだけ興味深い。レティちゃんも心配そうに二人を見守っている。
「あらまぁ~」
「そうかそうか……」
真剣な声色で返事をしているけど、オリビアさんとトーマスさんの口元はニヤけるのを我慢しているせいか、少し震えている。
今日はなぜコンラッドさんがいたかと言うと、僕たちが来る事を全く知らされておらず、合鍵を使って家の掃除をしに来ていたそうだ。
僕の知ってるコンラッドさんは髪をきっちりまとめて、しっかりしている大人って感じだったんだけど、いま目の前にいるコンラッドさんは、髪を下して真っ赤になっているせいか、すごく幼く見える。
「コンラッドくんには悪い事しちゃったわねぇ……」
「そうだなぁ、せっかくの休みなのに……」
「え? いえいえ、そんな! 元はと言えば、私に一言も告げなかったこの人が悪いんですから!」
そう言うと、コンラッドさんは隣に座るイドリスさんの太ももをきゅっと抓っていた。
僕たちの位置からはそれがバッチリ見えている。
「イテテ! 悪かったってぇ~……」
「ハハハ! イドリス、恋人がしっかりしてて良かったな!」
「ホントねぇ~! コンラッドくんなら安心ね!」
抓られて顔を顰めるイドリスさんとは対照的に、よかったと笑うトーマスさんたちに安心したのか、コンラッドさんは照れた様にはにかんでいた。
*****
「ユイトくん、すみません。私まで……」
「え? いえいえ、こちらこそ! だけどコンラッドさんって、普段は幼く見えますね?」
「そ、そうですか……?」
気を取り直し、お風呂の前に夕食の準備に取り掛かる。コンラッドさんがお詫びに手伝うと申し出てくれたので、オリビアさんには休憩してもらい、イドリスさんにはリビングでハルトたちと遊んでもらっている。
「いつもはお二人で食事するんですか?」
コンラッドさんに野菜の皮を剥いてもらいながら、僕は家から持って来た食パンとパスタ生地、ピザ生地と調味料を簡単に並べていく。トーマスさんの魔法鞄に入れていたおかげか、どれもキレイなまま。
食材はイドリスさんが準備すると言ってくれていたので、遠慮がちに冷蔵庫を開けると、そこにはビッシリとお肉の塊が詰め込まれていた。
「そうですね……。ギルドでは休憩は被らないので、休みの前日が多いですが……」
「イドリスさん、たくさん食べるから毎回大変そうだなぁ~」
冷蔵庫の中身を取り出しながら言うと、コンラッドさんは柔らかな笑みを浮かべた。
「ふふ、そうなんですよ。ピーマンも苦手だし困ったものです」
そう言って笑うコンラッドさんは、とっても優しい顔をしている。これはイドリスさんの事を本当に好きって顔だなぁ……。僕でも分かる……。
「あ、イドリスさんってサンドイッチが好きじゃないですか。家でも作ったりしてるんですか?」
「あぁ~……。挑戦しようとしたんですが、やはりユイトくんの作るものと味が違うので……」
練習したが、結局イドリスさんには言わずに自分で食べたらしい。何ていじらしい……。
だけど僕たちも王都に行くし、その間、お店は休業。暫くは食べられないんだよなぁ~。
……そうだ!
「コンラッドさん、お店のサンドイッチ……。良ければ教えましょうか?」
「え!? い、いいんですか……?」
「はい! 食材は変わった物を使ってないので、塗るソースとかで味が変わると思うんですよね~。だから簡単なものを教えますね!」
それならいつでも作ってあげられますよ、と提案すると、コンラッドさんはそれはそれは嬉しそうに頷いた。
ハァ~、ブレンダさんのフレンチトーストの時も思ったけど、人ってこんなに印象が変わるんだな……。
リビングでハイハイするメフィストを、同じ様に這いながら追いかけているイドリスさんを見ると、コンラッドさんくらいしっかりしている人が恋人なら安心だな、と失礼ながら思ってしまった。
*****
「……で、次にこの茹で卵とオニオンを粗みじんにしたものを入れて、よ~く混ぜていきます」
「なるほど……。このソースも結構腕力を使いますね」
「そうなんですよ。最初の頃は腕が疲れちゃって大変でした……」
キッチンでマヨネーズとタルタルソースの作り方を教えていると、不意に視線を感じる。
コンラッドさんと二人でそちらに顔を向けると、壁に隠れてユウマがこちらをジッと見つめていた。
「ん? ユウマ、どうしたの?」
「あ、お腹空いちゃいましたか?」
ユウマを抱き上げると、僕の隣で遅くなってすみません、と謝るコンラッドさんを見て、ユウマはんふふ~、と笑みを浮かべる。
「きょうはおかお、とってもうれちちょ!」
「え?」
「いどりしゅしゃんがねぇ、かわいぃっていってたの!」
「ハァ!?」
んふふ~、と口元を小さな両手で押さえにこにこと嬉しそうなユウマ。どうやらイドリスさんが言っていた事を教えに来てくれた様だ。
「コンラッドさん、顔まっ赤になってますよ……」
「うぅ~……!」
「こんらっどしゃん、かわい!」
「うぅ~~~……っ!」
このユウマの発言に、コンラッドさんの顔が更にまっ赤になるのは、言うまでもなかった。
応援ありがとうございます!
76
お気に入りに追加
5,077
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる