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231 兄弟の秘密と、届いた手紙

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 意を決して、僕はトーマスさんとオリビアさんに全て話す事にした。
 改めて僕たち兄弟の事を話そうとすると、やはりこちらの世界に来る前から話さないと意味がないと思う。

「えっと……、話すと長くなるんですけど……」

「あぁ、大丈夫だ」
「私たちに、教えてちょうだい」
 
 どうしてトーマスさんに発見された時、泥だらけだったのか。
 どうして僕たちに魔力が無いのか。
 そして、どうして女神様が、僕たち三人をこの世界で生かせてくれたのか……。

 お母さんとおばあちゃんたちの事を話すと、泣いちゃいけないと思うのに、どうしても堪え切れずに涙が溢れてくる。
 だけど、僕たちを助ける為にお母さんたちが魂を使ってくれた事。
 トーマスさんとオリビアさんには知っていて欲しかった。
 僕はもしかしたら、お母さんたちとの思い出を、誰かに覚えていて欲しかったのかもしれない。

 怯えて暮らしていたハルトとユウマが、よく笑う様になった事。
 僕たち兄弟がこの世界に来て、毎日本当に幸せな事。
 トーマスさんとオリビアさんに、たくさんの愛情を貰って、感謝してもしきれない事。
 そして、教会で女神様にお礼を伝えた事。

 途切れ途切れになる僕の言葉を、トーマスさんとオリビアさんは、優しい眼差しで辛抱強く聞いてくれた。




「なるほどね……。ノアちゃんがお話したいってお願いしたのね……」
「まさか、家族全員にスキルを贈るなんてな……」
《 そうなの! めがみさま、とってもやさしいんだよ! 》
「そうよね……? ユイトくんたちをこちらに送ってくれた事、私たちも感謝しなきゃ……!」
「女神様か……。本当に存在するんだな……」
《 うん! きらきらしててね? とってもあったかいの! 》

 興奮しながら話すノアに、トーマスさんとオリビアさんはうんうんと神妙な顔で頷いている。
 僕たちと出会わせてくれた事に感謝しなきゃと、真剣そのものだ。

「あ、あの……」
「ん? なぁに? ユイトくん」
「どうしたんだ? ユイト」

 お二人はとびきり優しい眼差しを僕に向ける。

「いぇ、あの……。そろそろ離してもらえると……、助かるかな、って……」
「あら、どうしてなの!? まだいいじゃない!」
「そうだぞ? 家族なんだから、照れなくてもいいだろう?」
「うぅ……っ、それは、そうなんですけど……」

 話の途中で泣き出してしまった僕を見て、トーマスさんとオリビアさんは両側から優しく抱きしめ、僕を慰めてくれた。
 しかし問題なのは、それが泣き止んだ続行中であるという事だ。

「そんなに辛い事があったなんて……! ユイトくん、頑張ったのね……!」
「ユイト、お前は本当に立派だ……! オレたちは誇らしいよ……!」 
《 ゆいと、よかったね! 》
「う、うん……」

 涙を堪えながら僕を抱き締め、頭を撫でるオリビアさんとトーマスさん。
 結構遅い時間なんだけど、どうやら僕はまだ寝れそうになかった……。





*****

「聞いてくれて、ありがとうございました……。おやすみなさい……」
「えぇ、遅くまでごめんなさいね。おやすみなさい」
「おやすみ、ユイト。良い夢を」

 オリビアさんとトーマスさんの腕の中からやっと解放され、僕は晴れて自由の身に。
 おやすみの挨拶をすると、オリビアさんは頬に、トーマスさんは僕の額に優しく唇を落とす。お二人は普通にそういう事をするから、馴染みのなかった僕は今だに照れてしまうんだ。
 ノアは朝から起きていて疲れたのか、僕の手の中でぐっすりだ。
 
 明日も朝から買い出しに行って、仕込みをして……。
 あ、週替わりメニューも始まるんだった。
 そんな事を考えながら廊下を歩いていると、窓の外からこつんと音が。

「あ、梟さん」

 窓の方を振り向くと、月明りに照らされてこちらを覗いている梟さんが。いつもは木の枝で休んでいるのに珍しいな。
 そっと庭に出ると、梟さんは翼を広げ僕の傍にふわりと飛んでくる。そして近付いてきた梟さんの頭を優しく撫でご挨拶。

「こんばんは。今日は起きてるんですね」
《 あぁ、気分が良くてね 》
「え?」
《 ん? 》

 ビックリして固まった僕を見つめ、梟さんは不思議そうに首を傾げた。

「ふ、梟さんも、喋れるんですね……?」
《 そのようだねぇ 》

 ホォーホォーと楽しそうに笑いながら、翼を広げる梟さん。
 梟さんの声は落ち着いていて、意外と渋くてビックリだ……。
 いつも寝ていると思っていたんだけど、話を聞くと寝るのは昼間で、夜は散歩に出掛けている様だ。フェアリー・リングの森では大丈夫らしいけど、こちらに来るとどうしても眠くなってしまうみたい。
 だけど今日の昼間は、僕の作った干し椎茸が飛ばされない様に見張っていたらしい。まぁ、いつの間にか寝ちゃったみたいなんだけど……。

「あ、そう言えば梟さん。僕の作ったクッキー、大切にしてくれてるんですね」
《 む……。何故それを…… 》
「ふふ、ノアが教えてくれました」
《 秘密だと言ったのに…… 》

 自分の形をしたクッキーが余程嬉しかったのか、梟さんは誰にも食べられない様に魔法を掛けて保管していると聞いた。
 僕にバレて恥ずかしそうだけど、そんなに喜んでくれているなら、何か違う物も作りたいな。あ、今度は梟さんも食べやすい様に、もう少し柔らかいのにしよう。

《 ユイトの傍は心地良い 》
「え? そうですか?」
《 あぁ。我々を大切にしているのが分かるから。ハルトもユウマも、とても優しい子たちだ 》
「自慢の弟たちですから」

 梟さんはそうか、と目を細め、優しい声でおやすみと木に戻って行った。
 そろそろ僕も寝ないとな。聞こえているかは分からないけど、僕もおやすみなさいと呟いて部屋に戻った。





*****

「おはようございます! 配達に来ました~!」
「あ、おはようございます! 朝からお疲れ様です!」

 朝食を終え仕込みをしていると、お店の扉が開きローレンス商会から注文していた大量の荷物が届いた。
 運んでくれたのは、以前一緒にオムライスを食べたおじさんと若い男性の二人組。
 大量の米に小麦粉、ジュンマイシュ。そして昆布ケルプもこんもりと。

「け、ケルプもですか……?」
「はい! あ、何か希望の商品はあるかと言付かってるんですが……」
「あ、一応書いてはいるんですけど……。本当にいいんでしょうか……?」

 前回クリスさんに、何か欲しい物や探している物があれば配送の者に渡してほしいと言われたんだけど……。駄目で元々、思い付く限りの物をびっしりと書き記してみた。

「はい、確かに。会長も支部長もやる気になっていますからね、面白いですよ。あと、会議用にタレの方も試作を準備していますので。結果はまた追って報告するとの事です」
「わざわざ、ありがとうございます。会議に掛けられるとか、ちょっと緊張しちゃいます……」
「ハハハ! 大丈夫ですよ! 私共も味見しましたが、あれは確実に売れます!」
「間違いないです! すっごく美味かったので!」

 お二人は笑顔で太鼓判を押してくれた。なら大丈夫かな?

「では、また来週お届けに参りますので!」
「はい! ありがとうございました!」

 お二人にお礼を告げ、届いた米や小麦粉を片付けていると、今度は違う配送の人が……。オリビアさんもあら、と目をパチクリ。

「おはようございます! こちらはユイトさんと言う方のお宅でお間違いないでしょうか?」
「あ、おはようございます! 僕がユイトですが……」

 よかった! と笑みを浮かべてホッとした様子の配達員さん。オリビアさんにもお久し振りです、と挨拶しているので顔見知りなのかもしれない。
 何だか郵便屋さんみたいな服装だな、と考えていると、肩掛け鞄の中から一通の封筒を取り出した。
 
「はい! 貴方にお届け物です!」
「え……」

 それを受け取ると、封筒の裏面には“アレクシス”の文字が……。

「確かにお届け致しましたので! 失礼致します!」
「あ、はい……! ありがとうございます……!」
「ありがとう! ご苦労様!」

 僕とオリビアさんにぺこりと一礼して、郵便屋さんらしき男性は笑顔で戻って行く。


( ど、どうしよう……。持つ手が震える…… )


 僕の手紙をブレンダさんに託してから今日でまだ五日目……。
 上手く行けば今頃アレクさんに届いている頃なのに……。


( アレクさんが先に手紙を出してくれてたんだ……! )


 そう思うと、胸がドキドキと高鳴るのが分かる。隣にいるオリビアさんに、僕の心臓の音が聞こえないか心配になる程だ。

「あら、手紙?」
「は、はい……!」

 思わず声が上擦ってしまった。
 そんな僕の様子を見て、オリビアさんは一瞬で勘付いた様子。

「ユイトくん、先に読んでらっしゃい」
「え」
「ふふ。だって、そんなにソワソワしてたら仕事に集中出来ないでしょ~?」

 分かりやすいわよ~? と、笑いながら僕の鼻をきゅっと摘まむオリビアさん。

「うぅ~…! 読んできても、いいですか……?」
「えぇ、もちろん!」
「ありがとうございます……!」

 転ばない様にねぇ~、と笑うオリビアさんの声を背中で受けながら、僕は急いで部屋に戻る。
 途中でトーマスさんとレティちゃんたちが慌てる僕を見て首を傾げていたけど、今日ばかりは気にしていられない。
 急いで自分の部屋へ戻り、届いた手紙に書いてある“アレクシス”の文字を震える手でそっとなぞる。アレクさんの字、初めて見た……。
 封を開けると、中には二枚の便箋と、もう一つ……。

 手紙を読み進めると、途端に胸の奥がキュウッと締め付けられる。
 読み終え、もう一度最初からゆっくり読み返す、を二度ほど繰り返した所で我に返る。
 
( 仕込みしなきゃ……! )

 手紙を大事に机の引き出しにしまい、中に入っていたもう一つも、何か良い物があればそれに入れて飾ろう。そう考えながら一緒に引き出しの中へ。
 
( どうしよう……! 顔がにやける……! )

 自然と上がる口角を両手で押さえつつ、僕はお店へと向かった。





*****

「おにぃちゃん、とってもうれしそう……」
「おうた、うたってました」
「にぃに、ごきげん! ゆぅくん、うれち!」
「あ~ぃ!」
「ユイトが楽しそうならそれでいいな」
「「「うん!」」」

 そんな弟妹たちの会話が繰り広げられているとは露知らず、ユイトの接客はその日一日、絶好調だったと言う(オリビア談)。
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