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220 気になるウワサ
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六時課の鐘が村中に響き始め、本日も“オリーブの樹” 開店のお時間です。
ハルトたちのお店のお手伝いはお休みだ。何故か梟さんや妖精さんたちもいる(まだ帰ってなかった……)し、今日は家でのんびりしてもらってる。
……と、言いたいところだけど、ハルトは洗濯、ユウマはメフィストの面倒、レティちゃんは家のお掃除をすると張り切っていた。
梟さんと妖精さんたちもメフィストの傍にいてくれるみたいだし、トーマスさんも子供たちに囲まれて楽しそう。
扉に付いている鐘がチリンと鳴り、入って来たのはピシッとした年配の男性と……、
「いらっしゃいませ! あ! エドワードさん……!?」
「まぁ! いらっしゃいませ!」
「こんにちは」
その後ろからやぁ、と手を軽く挙げて入って来たのは、以前バージルさんたちと一緒に食べに来たエドワードさん。
穏やかな笑みを浮かべるこの男性。何を隠そう、このユンカース領の領主様だ。
僕も最初は知らなかったんだけどね。
「お久し振りです! お元気……、では、なさそうな……?」
よく見ると、エドワードさんの目の下には薄っすらと隈が……。
「あはは……、少し慌ただしかったもので……。ユイトくんとオリビアさんはお元気そうですね」
「はい! 僕たちはこの通りです!」
「ハルトちゃんたちも、いっつも元気いっぱいで~」
「それは何よりですねぇ」
むん! と胸を張ると、それを見てにっこりと微笑んでくれる。
細められた目はとっても優し気だ。
「こちらのお席へどうぞ!」
「あ、私はこちらの席でもいいですか?」
てっきりお連れ様も一緒かと思って四名掛けのテーブル席に案内したんだけど、どうやらあの人は外で待つらしい。
僕たちにも丁寧に一礼し、扉を開けて出ていった。
エドワードさんはカウンター席に腰掛け、お手拭きを受け取りながらソワソワとメニューを眺めている。
「エドワードさんが来てくれるなんて珍しいですね? お仕事お忙しいんじゃ?」
「あはは……。おかげさまで……。陛下たちも無事お帰りになられたので、漸く一息吐けました」
「あぁ、大変でしたもんね……」
バージルさんたちが来る前から念には念を、と街道周辺の魔物の討伐依頼を出したり、途中、各村へ魔物の襲撃が起こり、被害状況の確認やらで、とにかくこの数日間は対応に追われていたそうだ。
「父から領地を受け継いだばかりですからね。領民を不安にさせない様にするにはどうすればいいか、日々勉強ですよ」
穏やかに、だけどとっても力強い眼差しでエドワードさんは微笑んでいる。
でも、疲労が溜まってそうで体が心配だ……。
「エドワードさん、何か食べられないものとかありますか? ……あ、もちろんお酒以外で!」
お酒の苦手なエドワードさん。こっそりと話しかけると、あの時は助かりました、と困った様に頬を掻いた。
「お酒以外……? そうですね……、これと言って苦手なものや嫌いなものはないですねぇ」
「そうなんですか? なら、今日は僕のオススメを作ってみても良いですか?」
「ユイトくんの? それは嬉しいなぁ! 是非お願いします!」
「はい! かしこまりました!」
お店のメニューにあって、元気が出るもの! 今日はまだお客様も少ないし、オリビアさんに相談してちょっとだけ手を加えてみようかな?
「お待たせ致しました! フライドチキンです! こちらからお好きなものを付けてお召し上がりください!」
「おぉ! 美味しそうですねぇ……!」
エドワードさんの前に並べたのは、無事人気メニューの仲間入りを果たした鶏の唐揚げに、小皿にはタルタルソース、自家製ポン酢、そして大根を摩り下ろした大根おろし。
そして長ネギを使ったネギソースに、唐辛子とトマトを使ったなんちゃってサルサソース。
いつもとは違うソースの種類に、横で見ていたオリビアさんも興味津々だ。
そして今回は特別に……!
「ユイトくん、これは?」
「これはコメと言う穀物です! お腹にも溜まるし、とっても美味しいんですよ!」
数量限定で提供しているオムライスとは別に、白米を一緒に出してみた。
「ほぅ……。白くて艶々してますね?」
「はい、僕の好物なんです! このフライドチキンと一緒に食べてみてください!」
「なるほど、ユイトくんの好物ですか……。では、いただきます」
「どうぞ!」
エドワードさんは姿勢を正すと、綺麗な所作でフライドチキンをパクリと一口頬張った。途端に顔がふにゃりと緩む。
「ん~……、以前も思いましたが、これは美味しいですね。噛む度に肉汁が溢れてもっと食べたくなる……」
「えへへ、ありがとうございます!」
「次はこのソースを付けて頂いてみます」
「はい! どれもオススメなので! どれが気に入ったかまた教えてください!」
「はい、ありがとうございます」
エドワードさんはどのソースを付けようか迷っていたけど、端から順番に食べる事にしたみたい。他のお客様の接客をしながらチラリと様子を窺うと、とっても美味しそうにパクパクと頬張っている。
白米も抵抗なく……、と言うより、お替りしそうな勢いでどんどん口に運んでいる。オリビアさんも美味しそうに食べてくれてるわね、と喜んでいた。
「ふぅ……、ついつい食べ過ぎてしまいました……」
ご馳走さま、とエドワードさんが食べ終わったのは、フライドチキンをもう一皿、白米を二杯お替りしてからだった。
カーティス先生の時もそうだったけど、線の細そうな人も意外と食べるんだよなぁ……。
どうやらこのセットをお気に召した様で、何度も何度も美味しいと呟きながら食べてくれていた。
これだけ気に入ってくれたなら、白米もメニューに出せそうかも。
そんな事を考えながら調理していると、ふとカウンター席に座るエドワードさんの視線を感じた。
「そう言えば……。ユイトくんはプロポーズされたらしいですね?」
「「えっ!?」」
「あれ? 違いましたか……?」
おかしいなぁ、と言ってエドワードさんは首を傾げている。
ナニソレ……? 初耳なんですけど……?
オリビアさんの方を見ると、思いっきり目を逸らされた。あ、これは絶対に何か知ってる……。
「いえ、家の使用人たちも話していたので、てっきり……。お気を悪くされたならすみません……」
「あ、いえいえ! そんな事は……!」
シュンと肩を落とすエドワードさんに、何だか僕の方が悪い事をしたような気になってくる……。
ジッとオリビアさんの方を見ると、居た堪れなくなったのか、実は……、と教えてくれた。
「えっ!? ギルドで公開プロポーズ……!?」
「え、えぇ……。そう言う事になってるのよ……」
「私もそう耳にしたもので……」
気まずそうに下を向くオリビアさんとエドワードさん。それとは対照的に、こちらに関心を寄せているのは他のお客様たち。
特に女性のお客様たちの会話する声が、明らかに減っている……。
アレクさんと僕のやり取りが、どうやらそれを見ていた人たちからいつの間にか公開プロポーズと言う風に形を変えて広まっているらしい……。
「う、噂になってるなんて……」
「まぁ……、あながち間違いでもないんじゃない?」
「えぇ、お付き合いされているのは本当なんですよね?」
「う……、はい……」
僕の肯定に、エドワードさんは安心しました、と満面の笑みを浮かべている。
オリビアさんやお客様たちもニコニコしながらこっちを見てるし……。
「ユイトくん、行商市でも他のお店を勧めたらしいですね? 店主たちが喜んでいましたよ」
「あ、それは……。はい……」
「何でも、ユイトくんが来たら婚約祝いにサービスすると意気込んでいると……」
「えぇっ!?」
店主さんたちが喜んでいるとはステラさんに教えてもらって知っていたけど、まさか婚約祝いになっているなんて……。
それを聞いていたお客様たちも、自分も聞いたと次々に声が上がる。
まさかそんな事になっているなんて、微塵も思わなかった……。
……という事は、昨日のお見送りに行った時も噂を知っている人たちは僕をそんな風に思ってたって事……?
穴があったら入りたい……。
「うぅ~……。僕、もう……、隣街には行けません……」
エプロンで顔を隠すと、お客様たちから慰めの言葉が……。
でも皆さん、顔が笑ってます……。
次に行くときは、絶対に変装して行こうと僕は心に固く誓ったのだった……。
ハルトたちのお店のお手伝いはお休みだ。何故か梟さんや妖精さんたちもいる(まだ帰ってなかった……)し、今日は家でのんびりしてもらってる。
……と、言いたいところだけど、ハルトは洗濯、ユウマはメフィストの面倒、レティちゃんは家のお掃除をすると張り切っていた。
梟さんと妖精さんたちもメフィストの傍にいてくれるみたいだし、トーマスさんも子供たちに囲まれて楽しそう。
扉に付いている鐘がチリンと鳴り、入って来たのはピシッとした年配の男性と……、
「いらっしゃいませ! あ! エドワードさん……!?」
「まぁ! いらっしゃいませ!」
「こんにちは」
その後ろからやぁ、と手を軽く挙げて入って来たのは、以前バージルさんたちと一緒に食べに来たエドワードさん。
穏やかな笑みを浮かべるこの男性。何を隠そう、このユンカース領の領主様だ。
僕も最初は知らなかったんだけどね。
「お久し振りです! お元気……、では、なさそうな……?」
よく見ると、エドワードさんの目の下には薄っすらと隈が……。
「あはは……、少し慌ただしかったもので……。ユイトくんとオリビアさんはお元気そうですね」
「はい! 僕たちはこの通りです!」
「ハルトちゃんたちも、いっつも元気いっぱいで~」
「それは何よりですねぇ」
むん! と胸を張ると、それを見てにっこりと微笑んでくれる。
細められた目はとっても優し気だ。
「こちらのお席へどうぞ!」
「あ、私はこちらの席でもいいですか?」
てっきりお連れ様も一緒かと思って四名掛けのテーブル席に案内したんだけど、どうやらあの人は外で待つらしい。
僕たちにも丁寧に一礼し、扉を開けて出ていった。
エドワードさんはカウンター席に腰掛け、お手拭きを受け取りながらソワソワとメニューを眺めている。
「エドワードさんが来てくれるなんて珍しいですね? お仕事お忙しいんじゃ?」
「あはは……。おかげさまで……。陛下たちも無事お帰りになられたので、漸く一息吐けました」
「あぁ、大変でしたもんね……」
バージルさんたちが来る前から念には念を、と街道周辺の魔物の討伐依頼を出したり、途中、各村へ魔物の襲撃が起こり、被害状況の確認やらで、とにかくこの数日間は対応に追われていたそうだ。
「父から領地を受け継いだばかりですからね。領民を不安にさせない様にするにはどうすればいいか、日々勉強ですよ」
穏やかに、だけどとっても力強い眼差しでエドワードさんは微笑んでいる。
でも、疲労が溜まってそうで体が心配だ……。
「エドワードさん、何か食べられないものとかありますか? ……あ、もちろんお酒以外で!」
お酒の苦手なエドワードさん。こっそりと話しかけると、あの時は助かりました、と困った様に頬を掻いた。
「お酒以外……? そうですね……、これと言って苦手なものや嫌いなものはないですねぇ」
「そうなんですか? なら、今日は僕のオススメを作ってみても良いですか?」
「ユイトくんの? それは嬉しいなぁ! 是非お願いします!」
「はい! かしこまりました!」
お店のメニューにあって、元気が出るもの! 今日はまだお客様も少ないし、オリビアさんに相談してちょっとだけ手を加えてみようかな?
「お待たせ致しました! フライドチキンです! こちらからお好きなものを付けてお召し上がりください!」
「おぉ! 美味しそうですねぇ……!」
エドワードさんの前に並べたのは、無事人気メニューの仲間入りを果たした鶏の唐揚げに、小皿にはタルタルソース、自家製ポン酢、そして大根を摩り下ろした大根おろし。
そして長ネギを使ったネギソースに、唐辛子とトマトを使ったなんちゃってサルサソース。
いつもとは違うソースの種類に、横で見ていたオリビアさんも興味津々だ。
そして今回は特別に……!
「ユイトくん、これは?」
「これはコメと言う穀物です! お腹にも溜まるし、とっても美味しいんですよ!」
数量限定で提供しているオムライスとは別に、白米を一緒に出してみた。
「ほぅ……。白くて艶々してますね?」
「はい、僕の好物なんです! このフライドチキンと一緒に食べてみてください!」
「なるほど、ユイトくんの好物ですか……。では、いただきます」
「どうぞ!」
エドワードさんは姿勢を正すと、綺麗な所作でフライドチキンをパクリと一口頬張った。途端に顔がふにゃりと緩む。
「ん~……、以前も思いましたが、これは美味しいですね。噛む度に肉汁が溢れてもっと食べたくなる……」
「えへへ、ありがとうございます!」
「次はこのソースを付けて頂いてみます」
「はい! どれもオススメなので! どれが気に入ったかまた教えてください!」
「はい、ありがとうございます」
エドワードさんはどのソースを付けようか迷っていたけど、端から順番に食べる事にしたみたい。他のお客様の接客をしながらチラリと様子を窺うと、とっても美味しそうにパクパクと頬張っている。
白米も抵抗なく……、と言うより、お替りしそうな勢いでどんどん口に運んでいる。オリビアさんも美味しそうに食べてくれてるわね、と喜んでいた。
「ふぅ……、ついつい食べ過ぎてしまいました……」
ご馳走さま、とエドワードさんが食べ終わったのは、フライドチキンをもう一皿、白米を二杯お替りしてからだった。
カーティス先生の時もそうだったけど、線の細そうな人も意外と食べるんだよなぁ……。
どうやらこのセットをお気に召した様で、何度も何度も美味しいと呟きながら食べてくれていた。
これだけ気に入ってくれたなら、白米もメニューに出せそうかも。
そんな事を考えながら調理していると、ふとカウンター席に座るエドワードさんの視線を感じた。
「そう言えば……。ユイトくんはプロポーズされたらしいですね?」
「「えっ!?」」
「あれ? 違いましたか……?」
おかしいなぁ、と言ってエドワードさんは首を傾げている。
ナニソレ……? 初耳なんですけど……?
オリビアさんの方を見ると、思いっきり目を逸らされた。あ、これは絶対に何か知ってる……。
「いえ、家の使用人たちも話していたので、てっきり……。お気を悪くされたならすみません……」
「あ、いえいえ! そんな事は……!」
シュンと肩を落とすエドワードさんに、何だか僕の方が悪い事をしたような気になってくる……。
ジッとオリビアさんの方を見ると、居た堪れなくなったのか、実は……、と教えてくれた。
「えっ!? ギルドで公開プロポーズ……!?」
「え、えぇ……。そう言う事になってるのよ……」
「私もそう耳にしたもので……」
気まずそうに下を向くオリビアさんとエドワードさん。それとは対照的に、こちらに関心を寄せているのは他のお客様たち。
特に女性のお客様たちの会話する声が、明らかに減っている……。
アレクさんと僕のやり取りが、どうやらそれを見ていた人たちからいつの間にか公開プロポーズと言う風に形を変えて広まっているらしい……。
「う、噂になってるなんて……」
「まぁ……、あながち間違いでもないんじゃない?」
「えぇ、お付き合いされているのは本当なんですよね?」
「う……、はい……」
僕の肯定に、エドワードさんは安心しました、と満面の笑みを浮かべている。
オリビアさんやお客様たちもニコニコしながらこっちを見てるし……。
「ユイトくん、行商市でも他のお店を勧めたらしいですね? 店主たちが喜んでいましたよ」
「あ、それは……。はい……」
「何でも、ユイトくんが来たら婚約祝いにサービスすると意気込んでいると……」
「えぇっ!?」
店主さんたちが喜んでいるとはステラさんに教えてもらって知っていたけど、まさか婚約祝いになっているなんて……。
それを聞いていたお客様たちも、自分も聞いたと次々に声が上がる。
まさかそんな事になっているなんて、微塵も思わなかった……。
……という事は、昨日のお見送りに行った時も噂を知っている人たちは僕をそんな風に思ってたって事……?
穴があったら入りたい……。
「うぅ~……。僕、もう……、隣街には行けません……」
エプロンで顔を隠すと、お客様たちから慰めの言葉が……。
でも皆さん、顔が笑ってます……。
次に行くときは、絶対に変装して行こうと僕は心に固く誓ったのだった……。
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