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191 レティちゃんのクレーム処理②

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「え……」
「は……?」

「これで、あんしん……!」

 足下に現れた巨大な魔法陣と共に、忽然として消えてしまった男性……。

 むんと胸を張り、勝ち誇った表情のレティちゃんに、トーマスさんもオリビアさんも、周りにいた冒険者さんたちも呆気に取られたままその場を動けないでいる。
 店の中からは、何人もこちらの様子を覗いているのが分かる。
 家の庭へと繋がる裏口からは、この騒ぎを確認しに来たアーロさんとディーンさんの姿が。

「れ、レティちゃん……? あの人は……?」

 僕の問いかけに振り返り、とことこと駆け寄ってくる。
 レティちゃんの目線に合わせ僕がしゃがむと、ふんわりと笑みを浮かべた。

「あのひと、めいわく……。だから、もりにとばしたの……」
「も、森……?」

 森って、あの森……? あんな遠い場所に……?
 ……って、どこの森に飛ばしたの……?

「ウソでしょ……?」
「転移魔法……? あの子が……?」

 その答えに周りは騒然としている。
 転移魔法は誰でも作れるわけじゃないと言ってたから、そのせいかもしれない……。
 呆然としていたトーマスさんもオリビアさんもハッと我に返り、慌てた様子でレティちゃんに駆け寄った。

「レティ……! こんな人の多い場所で魔法は使っちゃいけない……!」
「そうよ……? しかもあんなに大きな魔法陣なんて……! 魔力が切れたらどうするの……!」

 二人の慌てた様子に、レティちゃんはキョトンとした表情で首を傾げる。

「まりょく……、いっぱいもどったから、だいじょうぶ……」

 そう言うと、急に俯き肩をシュンとさせている。
 肩を掴んでいるトーマスさんも、駆け寄ったオリビアさんも、周りで事を見守るお客様たちもその様子にどうしたんだと視線を集中させた。


「おばぁちゃんと、おにぃちゃん……。こまってると、おもったの……」


 ごめんなさい……。


 そう言うと、レティちゃんの瞳からぽろぽろと涙が零れてくる。
 退院したとはいえ、まだ同年代の子たちよりも小さい体はひっくひっくと肩を震わせ悲壮感に溢れている。

「あぁ~……! 泣かないでおくれ、レティ……!」
「私たちが困っていたから魔法を使ったの……? あぁ……、レティちゃん……。気付かなくてごめんなさい……!」

 二人ともオロオロしているが、レティちゃんは泣き止まない。
 すると、店の中からハルトとユウマが駆け寄ってきた。

「れてぃちゃん! おけが、してないですか?」
「えてぃちゃん、おけが、ゆぅくんちんぱぃ……!」

 レティちゃんが泣いているのを怪我をしたと思ったのか、二人は心配そうに怪我の場所を探している。

「あぁ~……、ハルト、ユウマ。レティはどこも怪我していないよ。心配ない」

 トーマスさんは気まずそうに二人に声を掛けるが、ハルトとユウマは半信半疑の様だ。
 じゃあなぜこんなに泣いているんだという顔をしている。

「れてぃちゃん、ほんとう?」
「ほんちょ~?」
「……うん、だいじょうぶ……。ありがとう……」

 二人に心配され、やっとレティちゃんの顔に笑顔が戻った。
 だけど目元は濡れ、鼻も赤いまま。

「……レティちゃん、さっきの人ってまたここに戻せるの?」
「ここに……?」
「うん」

 僕が言うと、レティちゃんはどうして? と首を傾げる。

「あの人も、突然知らない場所に飛ばされちゃったらビックリするでしょ? 僕も怖かったけど、あの人も森で怖がってるかもしれないよ?」
「……うん」

 僕たちの会話に、トーマスさんもオリビアさんも周りの人も皆、口を開けたままだ。

「ユイト……、さすがに戻すのはムリなんじゃないか……?」
「対象が魔法陣に乗ってれば、まだ出来るかも知れないけど……」
「そうなんですか?」

 でも、僕とアレクさんはあの黒い手に引っ張られて森の中に飛ばされたんだけど……。
 あれはやっぱり、元のメフィストの力だったのかな……?

「わたし、できるよ……?」
「「えっ!?」」
「「「ハァッ!?」」」

 周りが驚きの声を上げる中、レティちゃんは目を瞑って何かを探している。

「つかまえるから、まってて……」

「つ、捕まえるって……?」
「ウソでしょ……?」

 周りの声を気にする素振りも見せず、何かに集中している様だ。
 レティちゃんの体からは、微かに黒い靄がゆらゆらと……。
 でも、あの時の様な気味の悪さは感じない。
 ハルトとユウマも、その様子を目を逸らさずに見守っている。

「……あ、いた」

 そして、両手をゆっくりと動かした。
 その動きはまるで、何かを掴み取るように動かされている。
 すると次の瞬間、レティちゃんと僕たちの足元に巨大な魔法陣が再び浮かび上がり、あの怒鳴っていた男性が……。

「ヒィッ……! す、すみませんでしたぁ……っ!!」

 先程の威勢はどこに行ったのか……。
 レティちゃんの顔を見るなり頭を地面に擦り付け、土下座しながら謝っている。
 その顔は恐怖に怯え、血の気も失せていた。

「……ん。わたしも、ごめんなさい……」
「へ……?」

 まさか謝られるとは思わなかったのか、男性はその顔を上げ拍子抜けしたようだ。

 話を聞くと、男性は店の前で騒ぎを起こせと頼まれていたらしい。
 まさかあんな森の中に飛ばされるとは思ってもおらず、この依頼を後悔していたと言う。

 ……でも、その話って本当かなぁ……?

 僕がそんな事を考えていると顔に出ていたのか、男性は必死に嘘じゃない、許してくれとまた土下座し始めた。

「そうか……。じゃあ、帰ってその依頼主に今度は自分で来いと伝えておいてくれ」
「は?」

 トーマスさんは男性の右肩に手を置き、怖いくらいの笑顔を見せる。

「そうよね……。あなたの事お客様だと思って躊躇してたけど、そう言う事なら遠慮も要らないし……」
「へ?」

 オリビアさんもレティちゃんの前で膝をついている男性に近付き、左肩に手を置いた。

「今度ウチの子にこんな事させたら、ただじゃすまないわよって、よぉ~~~く、伝えておいて?」
「ヒィイイッ……」

 ニッコリと黒い笑みを浮かべるトーマスさんとオリビアさんに囲まれ、男性は一目散に駆けて行く。
 あの方向は乗合馬車の方かな……?

 周りで見守っていたお客様たちも、一体何だったんだと呆れ気味だ。

「レティ……! 今度からは危ない事をしちゃいけないぞ? 相手に何をされるか分からないからな?」

 トーマスさんはレティちゃんを抱え上げ、ホッとした様にその髪に頬を寄せる。
 レティちゃんは大事そうに抱えられ、どこか嬉しそうだ。

「そうよ? レティちゃんに何かあったら、私色々壊しちゃうかもしれないわ……!」

 オリビアさんの物騒な発言にどよめきが起きるが、頬を優しく撫でられレティちゃんの頬はほんのりと赤みを帯びている。

「うん……。きをつける……」
「約束よ?」

 オリビアさんは自分の小指を差し出した。

「ん……」

 レティちゃんは、オリビアさんが差し出した小指を見つめ、自分の小指と絡めて指切りをする。

「あぁ~! いぃな! ゆぅくんもしゅる!」
「ぼくも、やくそく、したいです!」
「あら、二人ともなの?」
「「うん!」」

 ハルトとユウマも指切りをすると言い出し、トーマスさんはレティちゃんを抱えたまま膝をつく。

「れてぃちゃん、ぼくたちが、まもります!」
「めふぃくんとねぇ、えてぃちゃん、みんなかじょく! ねっ!」
「……うん!」

 二人と指切りをし、レティちゃんは嬉しそうに微笑んだ。
 トーマスさんはレティちゃんを抱えながら唇を噛み締めているが、いつもの事なので気にしない。

「皆さん、少しいいですか……?」

 声のする方に振り返ると、お店の奥からフレッドさんが顔を覗かせている。
 その腕にはご機嫌斜めなメフィストの姿が……。

「皆さん戻られないので、先程からこの調子の様です……」

 アーロさんとディーンさんに報告を受け様子を見に来たところ、冒険者さんたちが必死にメフィストをあやしているところに出くわしたそうだ……。

「ごめんなさい~! 私たちじゃ機嫌直らなくて~!」
「外に行きたそうだったから……」

 皆さん申し訳なさそうに、フレッドさんの後ろから顔を覗かせている。
 申し訳ないのはこっちの方です……!

「皆、ありがとう~! お客様なのにごめんなさいね……! メフィストちゃんも、寂しくさせてごめんなさい……」
「あ~ぶぅ~!」
「ほら、メフィスト。機嫌を直してくれ……」
「やぁ~!」

 すっかりヘソを曲げてしまったようで、フレッドさんの腕の中で仰け反り暴れている……。
 オロオロしているフレッドさんには、申し訳なさでいっぱいだ……。

「めふぃくん、ひとりにして、ごめんね?」
「しゃみちかったの? ごめんにゃしゃぃ……」
「わたしのせい……、ごめんね……」

 三人がメフィストに駆け寄り謝ると、やっと機嫌が直ったようで……。

「あぃ~!」

 にぱっと笑い、ハルトの指を掴んで嬉しそうだ。

「めふぃくん、ごきげん、なおりました!」
「よかったねぇ!」

 暴れるメフィストを抱えていたフレッドさんには申し訳ないけど、機嫌が直ってホッと一安心……。

「今日は皆さん、せっかく来てくれたのにごめんなさい……!」

 すると、オリビアさんが並んでいるお客様に向かって頭を下げた。
 トーマスさんもお客様たちも突然の事に驚いている。

「お詫びに、いま並んでくれてるお客様は代金半額にするわ!」

「「「おぉ~~~っ!!!」」」

 そう高らかに宣言すると、並んでいる人たちから歓声が。
 もちろん、いま店内にいるお客様たちもよ? とウィンクすると、今度は店の中から大歓声。

「「やったぁ!!」」
「「いいんですか~っ!?」」

 皆さん冒険者だから、体を動かしてお腹が空くのかもしれない。
 メフィストの面倒を見てくれていた人たちも、ぴょんぴょんと跳ね、嬉しそうだ。

「えぇ、だけど……。ここで見た事は、あんまり言い触らさないでもらえると助かるんだけど……」
「ごめんなさい……」

 レティちゃんもシュンとし、頭を下げる。
 だけど皆さん気にする様子もなく、

「「「「もちろん!」」」」

 そう言って何を食べるか相談し始めた。
 迷惑を掛けちゃったから、営業時間も少しだけ延長だ。

「さ、頑張りましょうか!」
「はい!」

 気合を入れ直して皆で店内へ戻る。

 ……けど、さっきの人、このお店の前で騒ぎを起こせと頼まれたって言ってたな……。
 あの何かを割った音も、お店の前に飾ってある植木鉢だった……。

 なんでそんな事を……?

『 味の秘密を知りたいと偵察に来るかも…… 』

 ふと、フレッドさんとサイラスさんが言っていた言葉を思い出す。

 まさか、ねぇ……?

 こんな騒ぎを起こすくらいなら、お客様として来た方が……。
 もしくは求人に応募して一緒に働いて……。

 ……やっぱり、応募してくれた人はちゃんと確かめた方がいいかも知れない……。

「ユイトく~ん! 早く~!」
「はぁ~い!」

 あ、明日の仕込みも終わらせなくちゃ……!
 お菓子もたくさん準備して……。やる事たくさんあるぞ……!
 今日のイヤな事は忘れて、なるべく楽しい事を考えよ……。

 そんな事を考えながら、僕は今日も必死に営業をこなしていった。
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