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189 大人たちの誓いと、子供たちの心配
しおりを挟む「あぅ~……」
「ほら、メフィスト。機嫌を直しておくれ」
愚図るメフィストを抱え、どれくらいの時間散歩していただろうか。
背中をトントンと優しく叩き、家の周りを何周もした気がする。
その間も肉屋のエリザや青果店のジョージにかまってもらったが……。
いつもの愛嬌はどこに行ったのか。
すっかりへそを曲げ、オレの服に顔を埋め隠れようとしていた。
まぁ、その仕草も可愛らしいんだがな。
そんなこんなでようやく泣き止み、今はオレの服に顔をぐりぐりと押し付けているところだ。
ヘタな魔物より手強いかもしれない。
「ん~? 目がまっ赤じゃないか……。疲れただろう? 帰ったら着替えないとな?」
「うぅ~……」
くしくしと紅葉のような小さな手で瞼を擦り、長い睫毛には泣いた涙の名残がきらきらと。
泣き疲れて眠そうだが、帰ったら体を拭いて離乳食を食べさせて……。
ふと顔を上げると、オレンジの夕日が向こうに沈んでいく。
そう言えば最近は忙しくて、空を見上げる事もなかったな……。
「メフィスト、見てごらん。お日様が沈んでいくぞ? 綺麗だなぁ?」
オレの言葉に反応したのかは分からないが、メフィストは顔を上げ沈む夕日をジッと見つめている。
そのまろい頬に残る涙のあとに、夕日の色が反射してきらきらと輝いている。
黒い髪色は淡い光を纏い、とても神秘的だ。
この子があのノーマン師匠の召喚した悪魔だと、どれ程の数の人間が信じるだろう……。
家を追い出されるしかなかったあの頃のオレにとって、人生の指針を作ってくれた人だ。
恩師だと思っていたんだがな……。
あの頃に気付いていたら、少しは違う未来があっただろうか……。
まぁ、今更後悔しても遅いんだが……。
くぅ~……、
すると、オレの腕の中から可愛らしい音が聞こえてきた。
「ん? お腹空いたな? そろそろ帰ろうか」
「あぃ~」
夕日を見て落ち着いたのか、いつもの元気はないがメフィストの顔には笑みが戻っている。
オレの人差し指を小さい手で掴み、その温もりに心がじんわりと満たされていく。
もうすっかりウチの子になってしまったな。
「メフィスト、お家に帰ったらアーロに笑顔を見せてやってくれよ?」
泣かれてかなり落ち込んでいたからな。
「あ~ぃ!」
オレの人差し指を握ったまま、柔い笑みを浮かべている。
カーティスの診断では、今で生後半年程と言っていたな……。
子供がいると、こんなに色々起こるんだなぁと日々実感するよ。
「いつか皆で、母さんと兄さんの墓参りにでも行こうか」
こんなに可愛い家族が出来たと、報告に行かないとな。
「さ、皆待ってるだろうし帰ろうか!」
「あぃ~!」
今頃、皆で食べ始めた頃だろうな……。
さて、オレの分はちゃんと残ってるだろうか……?
そんな事を考えながら、オレはメフィストを大事に抱えすっかり暗くなった家路を急いだ。
*****
「きゃぃ~!」
「あぁ~~~……! メフィストくんが笑ってくれました~~……!」
家に着くなり、アーロが凄い勢いでメフィストに駆け寄って来たと思ったら、すみませんでしたと頭を下げる。
足腰を鍛えているだけあって、体幹がブレていない。さすがだな。
大泣きしていた事など忘れた様に、メフィストはアーロの事を自分をかまってくれる優しいお兄さんとでも思っているのだろう。
アーロの必死のあやしに、機嫌はすっかり元通りだ。
店の奥ではウェンディがユイトの周りを凄い速さで飛んでいるんだが……?
ノアといい、ウェンディといい、妖精の間ではあの速さで飛ぶのが普通なのか……?
「トーマス、お疲れ様! 後はアーロくんに任せて食べちゃいましょ!」
「あ、あぁ……。でもいいのか?」
「はい! 私は先に頂きました! このラザニアなる物は自信作ですので是非……!」
そう言うと、アーロは自分が作ったという料理をオレの前に差し出す。
「いやいや、それならこのキャベジのトマト煮も絶品です……!」
すると、張り合う様にディーンがもう一つの皿をオレの前に……。
アーロとディーンは自分が作った物を食べてほしいんだろう。
席に着いた俺の目の前には、どんと盛られた料理が二つ並んでいる。
「これはハルトくんとユウマくんが好きだと言ってくれたんだぞ?」
「それならこれだって殿下とレティちゃんが美味しいと言っていたが……?」
「「むむぅ~~!!」」
こらこら、メフィストを抱えたまま顔を近付けて睨み合うんじゃない……!
「あっぷぅ~!」
「「あぁ~!! ごめんよ~!?」」
ほら見ろ、また機嫌を損なうぞ?
サイラスもフレッドも、赤ん坊に翻弄される二人を見て苦笑いだ。
どちらも自信作らしいからな。仕方ないから交互に食べる事にしよう……。
ふんふん、なかなか旨いじゃないか……! 大したものだ!
「おじぃちゃ~ん!」
「ん? どうした、ハルト?」
二人の作った料理を交互に食べていると、ハルトが隣に立ちオレを見上げている。
さっきまで殿下とレティと仲良く遊んでいたのに……。
「めふぃくんの、ごはん、あげます!」
「ごはん? あぁ、今日もハルトがあげてくれるのか?」
ハルトはミルクもあげたしな。今度は離乳食もあげたいのかな?
そう思っていると、どうやら違う様で……。
「きょうはねぇ、ゆぅくんもあげりゅの!」
「ん? ユウマが?」
鼻をふんふんと鳴らし、ユウマはとことことアーロに抱かれているメフィストに近付いていく。
気付いたアーロが、ユウマに見える様にしゃがんでくれている。
「ユウマも世話を焼きたいんだな……」
弟が出来て嬉しいと言っていたからなぁ……。
まぁ、その時オレは寝たフリをしていたんだが……。
「そうなのよ~。この前ハルトちゃんがあげたから、自分もあげたいんですって!」
「トーマスさん、今日は離乳食作ってあるので後でユウマのお手伝いお願い出来ますか?」
「あぁ、いいとも! 任せてくれ! じゃあ先にあげてしまおうか。ユウマ、こっちにおいで!」
「はぁ~ぃ!」
嬉しそうに駆けてきたユウマをハルトの時と同じように自分の膝に乗せ、アーロからメフィストをそっと受け取る。
「はい、ユウマくん。気を付けて」
「うん……!」
ユウマは自分よりも小さいメフィストを大事に大事に抱えている。
オレは二人を包むように支えて座り、ユイトから離乳食の入った器を受け取った。
「めふぃくん、ごはんたべよーね!」
「あ~ぃ!」
可愛いやり取りに思わず呻りそうになるが、グッと我慢だ。
ハルトと殿下、レティもいつの間にかオレたちの周りに集まり見守っている。
ウェンディは殿下の肩から興味深げに覗いているな。
「ユウマ、冷ましてあるから大丈夫だけど、ちょっとずつあげてね?」
「はぁ~ぃ! だぃじょぶ……! ちょっとじゅちゅ……!」
ユイトから受け取ったスプーンに、やわらかく煮て裏ごししたとうもろこしとほうれん草のスープを少量ずつそっと掬う。
ユウマは緊張しているのか、スプーンをメフィストの口元に慎重に運ぶ。
目をパチパチとさせ、メフィストはそのスプーンを見つめている。
「めふぃくん……、どぅじょ……!」
ユウマの声に反応し、メフィストはスープを躊躇せずパクっと口に含んだ。
皆の息を呑む声が聞こえてくる。
「めふぃくん、おぃち……?」
もぐもぐと口を動かすメフィストは、ユウマの問いかけに答える様に顔を上げ、
「ん~まっ!」
今日一番の笑顔を見せてくれた。
早くちょうだい、と言う様に口を大きく開けて待っている。
まるで雛鳥だな。
「~~~っ! ゆぅくん、うれち! いっぱぃたべて、おっきくなってね!」
「あぃ~!」
「「「「グゥッ……!」」」」
この幸せな光景に、大人たちは全員締まりのない顔を浮かべていた。
ハルトと殿下、レティだけが、ユウマによかったねと声を掛けている。
子供たちの方が大人の様に感じてしまうが、きっともうすぐ分かるはずだ……。
ハルト、殿下、レティ……!
きっと君たちも呻るときがやって来るぞ……!
誰に向けているのか分からない心の叫びを感じたのか、オリビアもアーロもディーンも、オレと目が合うとしっかりと頷いた。
オレたちは皆、同志なのだろう……。
「みんな、また、うなってます……」
「父上もたまになります……」
「そうなの……? わたし、しんぱい……」
子供たちにそんな風に思われているとは露知らず、オレたちはこの子たちを守ると、心の中で誓い合ったのだった……。
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