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179 ミルクの時間

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「じゃあ、ユイトくん。行ってくるわね」
「はい! 気を付けて! いってらっしゃい!」

 今朝の仕込みを早めに済ませ、オリビアさんはレティちゃんの様子を見にカーティス先生の診療所へ向かった。
 ライアンくんはフレッドさんたちがいるけど、レティちゃんは一人だから退院の日取り等、必要な事はオリビアさんが全て聞いてくるそうだ。

 レティちゃんもライアンくんも、早く退院できればいいのになぁ……。


「ん? ユイト、オリビアは?」

 トーマスさんがメフィストを抱え、お店の方へやって来た。
 その後ろからは、ハルトとユウマが手を繋いでついて来ている。

「あ、レティちゃんのお見舞いに行きました! 営業前には戻るそうです!」
「そうか、こちらも洗濯は終わったからな。ちょっと休憩だ」

 トーマスさんはしばらく家でゆっくりすればいいのに、洗濯物を率先してやってくれている。
 その間、メフィストが危なくない様にと、ハルトとユウマが傍に付いているそうだ。

「あ、そろそろミルクの時間ですね。トーマスさん、お願い出来ますか?」
「あぁ、任せてくれ!」

 トーマスさんはそう言うと、メフィストを僕に預け、いそいそと粉ミルクと哺乳瓶を取り出した。
 粉ミルクと哺乳瓶も、メフィストを引き取るにあたり診療所で急いで買い揃えたものだ。
 トーマスさんは最初、この年になってミルクを作るなんて、と恐る恐る作っていたけど、今では一日四、五回は作るからもうお手の物。

「ほら、メフィスト~! ミルクの時間だぞ~!」
「あぅ~!」

 トーマスさんが哺乳瓶を見せただけで、早くちょうだい! とせがむように手を伸ばす。
 離乳食も嬉しそうに食べるけど、栄養たっぷりの粉ミルクが今のメフィストの主な食事だ。

「おじぃちゃん! きょうは、ぼくが、あげたいです!」
「ん? ハルトが?」

 いつもはトーマスさんかオリビアさんの傍で、メフィストがミルクを飲むのを楽しそうに見ているだけなのに。珍しいな……。

「そうか、でも危ないからおじいちゃんと一緒にあげようか」
「いっしょに?」

 そう言うと、トーマスさんはハルトを膝に乗せ、その上にメフィストを抱え込んだ。
 なるほど……!
 これなら二人とも、トーマスさんが後ろから支えているから安心だ!

「めふぃくん、みるく、どうぞ~!」

 ハルトはそう言うと、自分の腕の中にいるメフィストの口元に、哺乳瓶をそっと近付ける。
 メフィストも口を開けてパクっと口に含んだ。

「わぁ~! いっぱい、のんでます!」
「かわいぃねぇ~!」

 んくんく、と一生懸命ミルクを飲む姿を見ていると、僕たちはそれだけで笑顔になれる。
 ユウマもつま先立ちし、可愛い可愛いとメフィストを覗き込んでいる。

「ユウマもこないだまでは、メフィストみたいに小っちゃかったんだよ~?」
「えぇ~? ゆぅくんも~?」
「そうだよ? ユウマもハルトも、僕やトーマスさんだって赤ちゃんだったんだから」
「にぃにも~? じぃじもあかちゃん?」

 ユウマは不思議そうな顔をして、トーマスさんの顔をジッと見る。

「ハハ! そうだな、おじいちゃんもこんなに小さかったんだぞ?」
「ほんちょ~?」
「あぁ、いっぱい食べて大きくなったんだ。ハルトもユウマも、栄養をたくさん取って大きくなってくれよ?」
「はい! ぼく、おっきくなります!」
「ゆぅくんもねぇ、おっきく! なるよ!」
「そうか、おじいちゃんは楽しみだよ!」

 大きくなると聞いて、僕は不意にハルトとユウマのむきむきになる宣言を思い出してしまう。
 これはトーマスさんの地雷だから、触れずにおこう……。





*****

「ただいま~!」
「あ! オリビアさん、おかえりなさい!」

 営業開始前、オリビアさんが店に帰ってきた。
 その表情は心なしか、朝より嬉しそうに見える。

「レティちゃん、どうでしたか?」
「えぇ、今のところ容体も落ち着いてるし、二日後にはライアンくんと一緒に退院出来るらしいわ! それ聞いて安心しちゃった!」
「よかったぁ……! じゃあ、二人が退院したら快気祝いしないとですね!」
「そうね、次の定休日に二人のお祝いしましょうか!」

 ライアンくんの好きなものと、レティちゃんの食べれるもの、色々考えておかないと!
 あ、ウェンディちゃんのお菓子も用意しておかなきゃな~!

「……そうだ。まだ日程は決まってないけど、イドリスさんたちも食べに来るって言ってましたよね?」
「えぇ、そうね。えぇと、何人だったかしら……? 私、全員お店に入るか心配なんだけど……」

 確かイドリスさんと、ギデオンさんと……、十五人はいたよね……。
 あとウェンディちゃんも来たいって言ってたしなぁ……。

「それなんですけど、どうせならライアンくんとレティちゃんの快気祝いと一緒に庭でバーベキューでもしませんか?」
「庭で?」
「はい。ウェンディちゃんが来たいって言ってたけど、さすがにあの人数ではお店もぎゅうぎゅうになるので……。それならいっそ、庭で広々やった方がゆったり出来るかなぁって」

 村の人たちなら余裕で入るだろうけど、冒険者だし体も鍛えてるから狭く感じそう……。

「そうね~! 定休日なら、お店をわざわざ貸し切りにしなくても済むし、他のお客様にも迷惑かけなくていいかも……!」
「そうですね、ハルトとユウマも遠慮なく参加出来ますし……。僕たちも食べながら出来ますもんね」

 まぁ、皆たくさん食べるのは分かってるし、冷蔵庫に準備だけしておいて……。
 メフィストとレティちゃんの顔見せも一緒に出来るからなぁ。

「じゃあ、次の定休日でいいかトーマスに訊いて来てもらおうかしら……」
「トーマスさん、行ってくれますかねぇ……?」

 せっかくの休暇だし、ハルトたちとのんびりしたいんじゃないかなぁ?

「たぶんお出掛けって言って、皆連れて行くと思うわよ?」
「あ、有り得そうかも……」
「ちょっと訊いてくるわね!」

 そう言うと、オリビアさんはトーマスさんを探しに家の方へと向かった。
 トーマスさん、またハルトたちと嬉しそうに出掛けるのかな?
 だけど今回はメフィストもいるし、さすがに……。

 そんな事を考えていると、オリビアさんがにこにこしながら戻ってきた。
 そして開口一番、

「ユイトくん! 行ってくれるって~!」

 と、トーマスさん……! まさかとは思ったけど……。

「ハルトちゃんもユウマちゃんも嬉しそうだったし、メフィストちゃんの紹介もしてくるって張り切ってたわ!」
「ハハ……。トーマスさん、楽しんでますね……」
「ふふ、いいじゃない! メフィストちゃんにも外を見せるいい機会よ!」

 あ、おやつも布おむつも持たせなくちゃ~、と言ってオリビアさんは再びトーマスさんたちの下へ。

 まさかそこまでとは……。

 そしてトーマスさんは満面の笑みを浮かべ、ハルトたちを引き連れて隣街にある冒険者ギルドへと向かって行った。
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