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167 赤ちゃんって大変

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「トーマス! この子もレティちゃんも、ウチで引き取って育てましょう!」

 オリビアさんの突然の宣言に、トーマスさんとバージルさんたちは呆然と立ち尽くすばかり。

「お、オリビアさん……! 勝手にそんな事言って、いいんですか……?」

 正直、僕もこの子とレティちゃんが心配だから離れたくはないけど……!
 仮にもバージルさんたちを狙った……、という事になるのに……。

「あら、だって~。ユイトくんと離れると思って泣いただけで、アドルフたちが陛下たちを威嚇したのよ? 王都にムリヤリ連れて行ったらそれこそ大惨事になると思わない?」

 ねぇ? とオリビアさんは笑いながら、バージルさんたちを振り返る。

「それに、トーマスだって何の相談もなしにユイトくんたちを引き取るって連れて来たんだもの! 私だっていいと思わない?」
「た、確かに……!」

 僕は妙に納得してしまう。
 だけど、トーマスさんの渋い顔が何とも言えない……。

「オリビアさん、レティちゃんも引き取るってどうして……?」
「あの子……、首にも痣があるし、背中にチラッと奴隷紋が見えたわ……。ご丁寧に魔法紋ではなく焼印で……! たぶん主人はあのノーマンっていう意味分かんない男でしょう? きっと逆らわない様に虐待されてたんじゃないかしら……?」

 馬車で休んでいる傷だらけのレティちゃんを見て、とても心が痛んだそうだ。

「主人はノーマンか……。魔力を吸い取ると言ってたな? 人から魔力を奪うなんて聞いた事がないぞ?」
「ノーマンが“あの方”と言ってたが……。もしかして……」

 一斉に、皆の視線が僕の腕で愚図る赤ちゃんに向いた。

「あっぶぅ~!」

 目を潤ませて口を尖らせる赤ちゃんに、僕は思わず笑ってしまう。
 ハルトとユウマもあやすのに夢中の様だ。

「確か名前は……、メフィスト……、だったな?」

「あぁ~ぃ!」

 トーマスさんがその名前を呼ぶと、赤ちゃんは腕を上げて元気よく返事をする。
 自分の名前が呼ばれたのが嬉しいのか、ついさっきまで愚図っていたのにキャッキャとご機嫌だ。

「おいおい……、可愛すぎないか……?」
「あれが悪魔だなんて、オレは信じないぞ……」

 傷だらけの騎士団の人たちもザワついている。
 ステラさんは杖をへし折りそうな勢いで握り締めているし、アレクさんの仲間らしい坊主頭の男の人は、こちらをにこにこしながら見つめている。

「コホン……。陛下……、問題は多々ありますが、ノアさんも悪いものはないと仰っていますし、ここは一先ずオリビアさんとユイトさんに任せてみては……?」

 イーサンさんもニヤけそうになっている口元を隠し、バージルさんに判断を委ねた。

「うむ……」

 バージルさんは難しい顔をして、ツカツカとこちらへやって来る。
 僕は無意識のうちに緊張していたのか、赤ちゃんを守る様に腕に力が入り、口をぎゅっと結んでいた。

「メフィスト……、と言ったね?」
「あぃ~!」

 名前を呼ばれると、また嬉しそうに元気よく返事をする。

「んんっ……! ユイトくん、この子たちの処分がどうなるか決定するまで、少しの間預かっていてくれるかい?」
「処分って……。どうなっちゃうんですか……?」

 確かに皆を襲った悪い人の仲間だし、僕も殺されかけたけど……。
 だけど、今は赤ちゃんだし……。

「そんなに警戒しないでくれ。城に戻って宰相たちと話を詰めなければならない。情けないが、王族を狙った犯人がまさかの宮廷魔導士の最高位だったからね……。今頃あちらでも何かしら起こっている筈だ」

 バージルさんは頭が痛いな、と肩を落とし酷く疲れた顔をしている。

「保養地の使用人たちも、ノーマンが消滅した事で何かしらの影響は受けているでしょうね」
「そうだな……。ライアンの容体が心配だが……。森の魔法陣を見張っていた冒険者の報告を待って、すぐにでも王都に帰らねばならん」

 帰るのは明日の早朝と言っていたけど……。
 そうか、帰っちゃうのか……。
 アレクさんと話すのも、今日で最後かもしれないだなんて……。

「じゃあ、この子とレティちゃんは……」
「あぁ。正式に処分を下すまで、オリビアと君に預けたい」
「……わかりました」
「協力に感謝するよ」

 僕の肩をポンと叩くと、バージルさんはイーサンさんとアーノルドさんと一緒に今後の予定について相談し始めた。

「これから、一緒に暮らすんだって……」
「あぅ~?」
「頼りないお兄ちゃんだけど、よろしくね?」
「あ~ぃ!」

 言葉を理解しているのかは分からないけど、メフィストは僕の腕の中で嬉しそうに揺れていた。





*****

「どうしてもっと早く連れてこないんだい!?」

 カーティス先生の診療所には、ライアンくんにレティちゃん、戦いでボロボロになった騎士団員さんたち以外にも、森の魔法陣を見張っていた冒険者の人たちや、溢れ出した魔物と対峙して怪我を負った村の人たち、村人を避難させながら戦っていた警備兵の人たちで一杯だ。
 結果、診療所の外まで怪我人で溢れかえっていた。
 コナーさんたちはさっきから行ったり来たりで大忙しだ。

「いや、面目ない……」

 トーマスさんはカーティス先生に怒られ、心なしか肩身が狭い様子。
 だけど、肩の傷はしっかり手当てしてくれているから安心だ。

「殿下は力の使い過ぎでしょう。魔力の枯渇状態です。暫くここで安静にしてもらいます」
「す、すぐにでも王都に帰るのですが……」

 診察の結果に、フレッドさんはオロオロとしている。
 まぁ、バージルさんたちの事もあるし、焦るのは仕方ないと思う……。

「容体が安定するまで動くのは禁止です」
「しかし……」
「いいですね!?」
「は、はい……!」

 さすがにフレッドさんも、お医者さんには強く言えない様だ。
 だけど、それを聞いたフレッドさんは心なしかホッとしている様に見える。
 もしかしたら、ライアンくんが倒れたとき、一番心配していたのはフレッドさんなのかもしれない。

「それからこの子、全身に酷い打撲痕と過度の栄養失調。たぶん本当の年齢よりもかなり小さいだろうね……。よくここまで耐えたものだ……」

 カーティス先生はレティちゃんの容体を診て、心を痛めている。

「えぇ、ユイトくんが初めに見つけたときも、傷だらけだったそうなの……」
「日常的に暴力を振るわれていた場合、体の傷は癒えても本当に必要なのは心のケアです……。この子も暫くここで様子を見ましょう。傷が癒えた後は……」
「私たちの家で引き取る予定です」
「そうですか! なら安心ですね! それまではこちらで安静にしてもらいます」
「はい、どうかよろしくお願いします……!」

 レティちゃんはこの診療所で暫く入院が決定した。
 退院したら、美味しくて栄養のある食事を用意してあげよう!

「それと……、この赤ちゃん……」
「は、はい……!」

 カーティス先生が僕の膝に座るメフィストを真剣な表情で見つめている。
 メフィストも目を逸らさず、うぅ~? とカーティス先生を見つめ返している。
 何を言われるのか緊張してしまう……!

「うん! お手本のような健康優良児ですね! 歯の生え方から見て生後半年程でしょう。食事は離乳食を始めても問題ない頃ですね」
「そ、そうなんですか……?」

 何か言われるんじゃないかとヒヤヒヤしていたけど、健康そのものらしくて一安心……。
 コナーさんがあとで、離乳食に向いている食材や作り方をメモして教えてくれると言っていた。

「よかったねぇ、健康だって!」
「あぁ~ぃ!」

 僕の言葉にメフィストも嬉しそうに声を上げる。

「可愛いなぁ~! それにしても、この髪色は珍しいですねぇ~! ユイトくんたちといると、まるで末っ子の様に見えますねぇ!」
「すえっこ?」
「しぇんしぇぃ、しょれなぁに?」

 横で一緒に聞いていたハルトとユウマは、末っ子という言葉に首を傾げる。

「ハルトくんとユウマくんの弟みたい、という事ですよ」

 カーティス先生は楽しそうに二人の頭を優しく撫でると、メフィストにも優しいお兄ちゃんがいっぱいですね、と優しく撫でて他の患者さんの診察に向かった。

「おとうと……」
「はるくんと、ゆぅくんの……?」
「優しくしてあげてね? お兄ちゃん?」
「「はぁ~い!!」」

 ハルトとユウマは弟と言われ嬉しかったのか、メフィストを囲むと優しく頬を撫で、その小さい手を握って帰ったら一緒に遊ぼうね、と約束していた。
 メフィストも嬉しそうにキャッキャとはしゃいでいる。

 トーマスさんとオリビアさんはその様子を見て何か唸っていたけど、いつもの事だから問題ない。
 これから二人も増えるのか……。
 まぁ、今日まで五人増えてたから、大丈夫だよね……?
 また賑やかになりそうだなぁ、と僕はこの時、のんびり構えていた。





*****

「あぁ~……! 我が家はいいわねぇ~……!」
「疲れたぁ~……!」

 家に着いた途端、今日の疲れがドッと出てくる気がする。
 だけどお湯を沸かしてメフィストを洗ってあげなきゃ……。
 ハルトとユウマも泥だらけだし、オリビアさんも……。
 フレッドさんたちは交代で診療所の近くに泊まるって言ってたし、今日は夕食の準備も少なめでいっか……。



「え? 明日はお休みですか?」

 僕がお湯を沸かしていると、オリビアさんはソファーに腰掛けながら足を擦っている。
 トーマスさんはバージルさんたちが帰るまで護衛中の為、まだ家には帰って来れないみたい。

「えぇ、今日は疲れちゃったでしょう? それにレティちゃんとメフィストちゃんの服なんかを買いに行こうと思って!」
「おばぁちゃん、おかいもの、ですか?」
「ゆぅくんも! いっちょいく~!」
「あぃ~!」

 ハルトとユウマはメフィストが転ばない様に、二人で背中を支えながら一緒に絨毯の上に座っている。
 たぶん支えなくても大丈夫だと思うんだけど、二人ともメフィストが可愛いみたい。

「そうですね、僕も今日はさすがに疲れちゃいました……。牧場も大変そうだったし……。しばらく牛乳やチーズはムリかなぁ?」

 あの後、話し合いをしているバージルさんと僕たちの所へマイヤーさんが来て、牧場も魔物の被害に遭ったと聞いた。
 幸いな事に家族や従業員の人たちに被害はなかったようだけど、牧場の土地が滅茶苦茶でしばらくは復旧作業で忙しいそうだ。
 サンプソンが倒してくれなければ、もっと被害が出ただろうとも言っていたし……。

「そうねぇ、かなり壊されたみたいだし……。それにしてもあのサンプソンって言う子、凄いわねぇ! 私あんなに大きな馬、初めて見たわ!」

 話を聞くと、ライアンくんを庇ってハルトとユウマが襲われそうになった時、アドルフたちとサンプソンが颯爽と現れて次々と魔獣を倒していったらしい。
 だからあんなに死体があったのか……。

 アドルフたちも、僕たちがお礼を伝えると颯爽と森の中へ帰って行った。
 あんなに大きなわんちゃんの群れ、普段ならもふもふし放題だったのに……。
 なんか体中に色んな色の液体が付いていたけど、僕たちを助けてくれたんだと思ったら感謝しか浮かんでこなかった。
 時間があれば洗ってあげたかったな……。
 今度会ったら、お礼に何か美味しいもの作ってあげようかな。




「ほら、メフィスト。これ食べてみて?」
「うぅ~?」

 今日は初めて離乳食を作ってみた。
 南瓜キュルビスとオニオンを煮て、滑らかになるまですり潰したもの。
 味付けは一切なし。
 ハルトとユウマの時はお母さんがいたし、スーパーで色んな種類の離乳食が売ってたから……。
 食べてもらえるか、正直不安で仕方ない……。

「あ~ん」
「あぁ~」

 メフィストは小さな口でハムっとスプーンを口に含む。
 あむあむとゆっくり口を動かし、味わっているようにも見えるんだけど……。

「どう? 美味しい?」
「ん~まっ!」

 一口飲み込むと、メフィストは両手をほっぺにつけて満面の笑み。
 それからは早く頂戴とでも言う様に、口を開けて待っている。
 まるで雛鳥みたい。

「あら、よっぽど美味しいのねぇ~!」
「めふぃくん、いっぱい、たべてます!」
「おぃちしょ! よかったねぇ~!」
「ん~まっ!」

 どうやら気に入ってくれたみたいで一安心。
 お粥とか作りたいけど、お米がなぁ~……。
 魚も手に入りにくいし、もっと流通がスムーズにいけば料理も増えるのに……。

「いっぱい食べて、おっきくなろうね」
「あぃ~!」

 元の姿はもちろん知っているんだけど、何だか本当に新しい家族の様に感じてついつい世話を焼いてしまう。
 ハルトとユウマも自分のご飯を食べながら、メフィストの事をずっと見ている。
 オリビアさんもとっても幸せそうだ。

 ……そう言えば、スッポリと抜けていたけど、営業中はどうしよう?
 おんぶしながら? それともベビーベッド?
 考える事たくさんあるな……。

 そんな事を考えていると、いつの間にかメフィストが僕の手を掴んでいた。

「ん? どうし……、た、の……?」

 その手には、さっきまで食べていたキュルビスとオニオンのペーストがベッタリと付いている。
 オリビアさんとハルト、ユウマはそれを見てあっ、という表情を浮かべている。

「あぶぅ~!」

 メフィストは嬉しそうにペタペタと僕の手を触っている。
 とってもご機嫌で可愛い。
 可愛いんだけど……。

 赤ちゃんって、大変だ……。

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