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120 他国の行商人

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「おはようございまーす!」

 早朝、僕がお店のキッチンで仕込みの段取りをしていると、お店の扉が開き、ダニエルくんが荷物を抱えて入ってくる。
 その荷物の中身はもちろんモッツァレラチーズ!

「おはよう、ダニエルくん。今朝はいつもより早いね?」

 いつもは開店前にモッツァレラチーズが届くんだけど、今朝は買い出しに行く前に届いてビックリ。

「うちの牧場でさ、製造と加工専門の人を何人か雇ったから、今度からいつもより早く届けられるよ! それと、ばあちゃんからの伝言で、行商市の時は店の前まで迎えに行くからって!」
「え? 乗合馬車の所で待ち合わせだったけど、変更になったの?」

 確か皆で、乗合馬車に乗って隣街まで行く予定だったんだけど。

「従業人が増えて余裕が出来たから、兄ちゃんが送って行くってさ。帰りも送るから荷物は気にしなくていいよって」
「え~! やったぁ!」

 兄ちゃんっていうのはマイヤーさんかな?
 前も馬車で送ってくれたし。

「ハハ! 行商市、祭りみたいに屋台も出てるから結構面白いよ?」
「そうなんだ? ダニエルくんは行かないの?」

 この前、牧場に遊びに行った時も、ダニエルくんだけ店番でいなかったんだよね。

「おれは店番があるからなぁ~! 店の事で覚える事もあるし。ユイトくんは醤油ソーヤソース買いに行くんだろ? あの鶏肉揚げたの、めちゃくちゃ美味しかった~!」
「行く日にあったらいいんだけどね! 鶏の唐揚げフライドチキンも気に入ってもらえてよかったよ! またいいのあったら教えるね!」
「やった! 楽しみにしてる!」

 フライドチキンは孫たちが喜んでたって、ソフィアさんも嬉しそうだったからな。
 やっぱり喜んで食べてもらえると、作ったこっちも嬉しいよね。





*****

「あら、それ本当?」
「はい。お兄さんが店の前まで送迎してくれるって言ってました」

 オリビアさんが洗濯を終えて、ハルトとユウマと一緒にお店に入ってきた。
 ハルトはまた素振りをしてきたみたいで、体が熱いのかほっぺたが赤くなってる。

「助かるわねぇ~! ハルトちゃんとユウマちゃんもお出掛け楽しみね?」

 オリビアさんはかがんで二人のほっぺをうりうりと触っている。

「はい! いっしょにおでかけ、たのしみです!」
「ばぁば、まいしゅもあるかなぁ~?」
「ふふ、美味しいとうもろこしマイスも見つかるといいわねぇ~!」
「うん!」

 ハルトとユウマも楽しみにしてるみたいだし、掘り出し物が見つかります様に!
 あと、ソーヤソースも、たくさんありますように!





*****

「いらっしゃいませ! こちらのお席へどうぞ!」

 ハルトとユウマが他のお客様とお話し中の為、僕が来店した年配の男性のお客様をカウンター席へ案内する。
 ボロボロのローブに、たくさんの荷物を背負っている。
 心なしか、やつれている様に見える……。
 この村の人じゃないのかな? 僕は見覚えのない顔だ。

「あの、すみません……」
「はい。どうされました?」

 そのお客様はしゃがれた声で、申し訳なさそうに僕に声を掛けてきた。

「私は、この国の文字が読めないのですが……。これがどんな料理か、教えて頂いてもいいですか……?」

 わぁ! 他の国の人なんだ! 僕はそれを聞いて、少し高揚してしまう。
 まだこの村しか知らないし、他の国には僕の欲しい食材や調味料が眠っているかもしれない!

「はい! 大丈夫ですよ! じゃあ、この端から説明してもいいですか?」
「ありがとうございます……! ありがとうございます……! 助かります……!」
「いえいえ! 気にしないでください!」

 何度もぺこぺこと頭を下げる男性に、僕は少し居た堪れなくなってしまう。
 もしかしたら、他のお店でもこうやって訊いていたのかもしれないな……。
 僕が恐縮してしまうくらいに、何度も礼を言うくらいだもん……。
 他のお客様たちも、こちらの様子を窺っているのが分かった。


「……で、これがこのお店では一番甘くて、デザート感覚で召し上がっていただける、フルーツを使ったサンドイッチです!」

 僕がお店のメニューの説明をし終わると、このお客様はまたぺこぺこと頭を下げて礼を言う。
 だけど、入ってきたときよりも表情が明るく感じる。
 どんな料理か分かったからかも。

「どれも美味しそうですね……! 悩みます……!」
「ありがとうございます! どれもお勧めなので、ゆっくり選んでください!」

 僕が一礼してキッチンへ向かうと、その人はカウンター席でう~んと悩み始めた。
 何を選ぶのか気になってしまう。 
 だけど、美味しいと思ってもらえたらいいなぁ!


「あのお客様、この国の人じゃないのね? この村に来るなんて珍しいわね~!」
「僕も初めてです! やっぱり珍しいんですか?」
「王都なら行商人がたくさんいるけど、この村は何もないじゃない? あ、もしかしたら行商市に出店する人かも!」
「あ! それなら有り得そうですね!」

 二日後にある隣街の行商市に出る人なら、この村に来てもおかしくないな。
 もしそうなら、あの荷物は商品かな……? どんなのを出すんだろう……?
 僕、気になります……!

「ふふ、ユイトくん、気になってきたんでしょう?」
「えっ!? 分かりますか!?」
「だって顔に出てるわよ?」
「わぁっ! あぶないあぶない……! 気を付けなきゃ……!」

 僕は慌てて表情をキリっと引き締める。
 ハルトとユウマはそんな僕を見て笑っているけど……。

「あの、すみません……」
「はい! あ、決まりましたか?」

 注文が決まったのか、先程のお客様はカウンター席で申し訳なさそうに手を挙げて声を掛けてきた。

「はい。さっき教えて頂いた、はんばぁぐ? でしたか……? それを頂きたいのですが……」
「かしこまりました! すぐにご用意しますね!」
「はい……! お願いします……!」

 僕は注文してもらったハンバーグのトマトソース煮込みを早速調理する。
 カウンター越しに視線を感じるけど、やっぱり興味はあるよね。
 僕だって知らない土地で、しかも目の前で料理を作っていたら気になって見ちゃう自信がある。
 どうか、この人の口に合います様に!


「お待たせしました! ハンバーグのトマトソース煮込みです。熱いので、火傷しない様にお気を付けください!」
「おぉ……! 凄くいい匂いですね……! いただきます……!」
「はい! ゆっくり召し上がってください!」

 その人はハンバーグを一口サイズに切り、恐る恐る口に運ぶ。
 パクリと頬張ると一瞬目を見開いたけど、すぐに目を閉じてゆっくりと味わっているみたい。
 そしてゴクンと飲み込んだ。

 すると、ツーっと目から一筋の涙が流れた。

「えっ!? どうしましたか……?」

 僕はその涙に動揺して、思わず大きな声を上げてしまった。
 しまった……。そのせいでまた、他のお客様の視線を集めてしまう。
 だけど、その人はゆっくり瞼を開けると、僕に向かってまた涙を浮かべながら優しく微笑んだ。

「いえ、この国に来て、こんなに美味しい料理に出会えて感激したんです……」
「え……? ありがとうございます……! 嬉しいです!」

 心配していたから、予想外に褒められて浮かれてしまう。
 すると、その人はぽつりぽつりと自分の事を話してくれた。

「実は、自国の特産品を作れればと思い、この国に渡ったのですが、恥ずかしながら失敗ばかりで……。おまけに文字もちゃんと読めませんし、王都ではそのせいか騙されてしまいまして……」

 情けないですね……、と肩を落とすその人は、悲痛な表情を浮かべて笑っている。
 その顔を見ると、僕はなんだか胸が痛くなる。

「もう潮時かなと思いまして、二日後の行商を最後に国に帰ろうと思っていたんです。だからここで私に優しく料理を教えてくれたあなたに出会えて、とてもいい思い出が出来ました……!」
「最後……? せっかく来てくれたのに……」

 僕が思わずそう言うと、嬉しそうに微笑んだ。

「いえ、私の商品は王都でもどう使えばいいのか分からないと言われて、あまり売れなかったんです。ですから、今まで売れ残った物は全て安く売るか、処分しようかなと思ってまして……」

 諦めている様に荷物をポンポンと叩いているが、その目はどこか悲しそう。

「処分……? 勿体ないじゃないですか……。あ、もしよかったら見せてもらえませんか? ここにいるお客様たちにも意見を訊いてみましょうよ!」

 何か出来る事はないかと咄嗟に口にしてしまうが、協力してもらえるだろうか……?

「あら、いいわね! 私だって用途の分からないものは手が出しにくいもの! それを参考にしてみましょうよ! 皆さんも協力してくれるかしら?」
「えぇ、いいわよ!」
「面白そうだな! オレもいいぞ!」

 そんな僕の心配をよそに、オリビアさんたちは盛り上がっているみたい。

「……皆さん……! ありがとうございます……! あ、ありがとう……!」

 感激した様に、今度は大粒の涙を流しながら肩を震わせている。

「あ、お名前を窺ってもいいですか? 僕はユイトと言います!」
「これは失礼致しました……! 私はカビーアと申します……! 最後に皆さんのお力をお借り出来れば……」

 そう言ってカビーアさんの荷物から出てきた見覚えのあるものに、僕とオリビアさんは驚いてしまう。

「これが私の国の自慢の調味料です……!」

 これ! これはもしかして……!
 オリビアさんが使い方が分からないと棚に放置してた……!


「す……、スパイス……!!」
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