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99 運命の人 アレクシスver.
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「クッソ! マジかよ……!」
やっと堅っ苦しい護衛から解放されて、美味いメシ屋に行こうと思ったらこれか。
急にバケツをひっくり返したような雨が容赦なく降ってきた。
せっかく隣街から来てあと少しで着くっていうのに、とことんツイてねぇ。
周辺の店も閉まってるせいか、人の気配が全くしない。
これじゃ勧められた店も閉まってるかもな……。
通りには雨の音と、オレの走る息遣いだけが響いてる。
とにかく雨を凌げる場所……!
それだけを探して、オレはこの雨の中を走っていた。
目も開けていられない程の強い雨。体もずぶ濡れで気持ち悪い。
すると、前方に薄っすらと店の軒先部分が見えてきた。
とりあえずあそこまで走るか。
後のことはそれからだ。
「……ハァ、ハァ、最悪だ……」
屋根のある場所に着いて、やっと痛いほどの雨から解放されたとホッとしたのも束の間。オレは全身の悲惨さに頭を抱えた。
全身びしょ濡れどころの騒ぎじゃない。
髪も引っ付いて気持ち悪いし、靴ン中もぐっちょぐちょだ。
服も絞れるぞコレ。
頭をぶるぶると振り、髪の雫を飛ばす。
試しに服も絞ってみると、めちゃくちゃ水が出てきた。
ハァ……。こんな事なら、アイツ等と一緒に先に宿へ向かえばよかった……。
深い溜息を吐くと、急に後ろでチリンと鐘の鳴る音がした。
「あの……」
思わず体がビクッと揺れ、慌てて振り向くと……。
―――かわいい……。
今までで一度も見た事がない、美しい黒髪の少年が戸惑った様にこちらを覗いていた。
自分でも気持ち悪いと思ったけど仕方ない。
艶やかな髪に、大きなヘーゼル色の瞳、ぷっくりと潤んだ唇だって、オレの理想そのものだ。
今まで生きてきた中で、間違いなくいっちばん可愛い。
そのあまりの衝撃に目を離せない。
「あ、すまない……! 邪魔だったか……?」
咄嗟に出た言葉遣いに、自分でもうげぇっと思ったが、この子には変に思われてないよな?
気持ち悪いとか思われてたら、マジで最悪なんだけど。
「え!? いえいえ! 違います! 風邪引いちゃうから、よかったらお店の中に入りませんか……?」
扉からちょこんと顔を覗かせて、オレが風邪を引かない様に気を遣うこの子はマジで天使かもしれない……!
でもこんなずぶ濡れじゃあ、店ん中が濡れちまうんじゃ……?
「いや、こんなびしょ濡れだし……。店の中が汚れるかもしれないから……」
オレが自分でも珍しく遠慮がちにそう言うと、
「あ、それなら掃除すればいいだけなので、気にしないでください!」
と、オレの腕を掴み、グイグイと店の中に引っ張っていく。
「……きみ、結構強引なんだな?」
さっきまでのオレの様子を窺っていた天使は、意外と力が強かった。
我慢出来ずに口元を手の甲で隠し、つい笑ってしまう。
あ、きょとんとするその顔もマジで可愛い!
「そのままじゃ風邪引いちゃうので、タオル使ってもいいか店主に訊いて来ます! 待っててください!」
そう言うと、オレの返事も聞かずにタ~っと店の中通路を駆けて行く。
その後ろ姿を見つめ、残されたオレは座る事も出来ずに、ただ突っ立ってる事しか出来なかった。
最悪だと思った雨も、これはこれでアリだったのかもしれない。
なんせ、あんな可愛い子に出会えたからな。
まぁ、今まで恋愛とか興味はなかったけど男同士でも結婚は出来るし……。
問題はないな。
そんな事を突っ立ったままボ~っと考えていると、あの子が大事そうにタオルを両手に抱えて戻ってきた。
「タオル、これ使ってください。あとこの服も使っていいって言ってました!」
この子が大事そうに抱えていたのは、まさかのオレの着替えだった。
わざわざこんな事まで……?
マジで天使かもしれない……!
「ありがとう……! 助かるよ!」
タオルと服を有難く受け取ったものの、この子はにこにことオレの方をずっと見つめている。
いや、着替えたいんだけど……。
まぁ……、男同士だしな……。
意識している分、気恥ずかしいけどオレは決心して脱いでいく。
「そう言えば自己紹介がまだでしたね! 僕の名前はユイトって言います。お兄さんのお名前は何て言うんですか?」
「オレはアレクシス。仲間は皆、アレクって呼ぶからアレクでいいよ」
そう言って自己紹介をし、下も脱ごうとベルトに手をかけたはいいんだけど……。
「……、そんなに見られると、流石に照れるんだけど……」
ユイトのその視線が、今のオレには耐えられない。
服を脱ぐって、こんなに緊張するもんだったか?
「えっ!? うわっ! ごめんなさい! 筋肉凄いなと思って……!」
ユイトはそう言うと、顔をまっ赤にして目を背けてしまう。
そしてオレに背中を向けて黙っているが、首と耳がじんわりと赤くなっているのが見えた。
いまどんな顔してるか見たいな……。
うおっ! ……いま、自分の考えた事に鳥肌が立った……。
ここまでくると、もう認めるしかないか。
そう思うと笑えてきた。
「冗談だよ! ごめんごめん!」
「……! ひどいです……! 揶揄ったんですね……!」
振り返りながら拗ねた様に言うユイトは、頬を膨らませてオレを睨んでいる。
頬を膨らませるのが許されるのはガキまでだ。
今までそんな女に、何度興醒めしたか……。
それに、睨まれて腹が立つ事はあったが、こんなに胸がどきどきと痛くなった事なんて今までなかった。
そんな焦ったオレを見て、ユイトは満足そうに冗談です! と笑顔を浮かべて言った。
あぁ~、マジで完敗だ。
嬉しそうに笑うユイトに、オレも釣られて笑ってしまった。
グウ~、とオレの腹が鳴り、腹が減っていた事に気付くと、ユイトは何か作りますね! とキッチンへ入っていく。
鼻歌を歌いながら楽しそうに準備する姿が可愛くて、オレはカウンター席に座り、その様子を眺めていた。
コトコトと煮込む鍋の中には、真っ赤なトマトソースと肉の塊が見える。
この漂う匂いが堪らない……。
そこでオレの腹がまた盛大に鳴った。
「ふふ、もうすぐ出来ますからね。先にパンを食べますか?」
ユイトはふわりと笑みを浮かべると、鍋を確認しながらカウンター越しにサラダとスープ、そしてパンをオレの前に並べていく。
でもな……。折角だから、揃ってから食おうかな……。
それが出来るまで待ってる、と伝えると、ユイトは笑って頷いた。
「はい、お待たせしました。ハンバーグは熱いから気を付けてくださいね?」
オレの前に差し出されたのは、体が温まる様にと作ってくれた、トマトソースで煮込んだハンバーグっていう料理。
ほかほかと湯気が立ち、見るからに美味そう……。
「いただきます……!」
我慢出来ずに大きめに切り、一口頬張る。
うっま……!
顔に出ていたのか、ユイトが笑って美味しいですか? と訊いてくる。
こんな柔らかい肉は初めて食べた。だけどめちゃくちゃ美味い。
オレはその味を堪能しながらコクコクと頷くと、ユイトは嬉しそうに微笑んだ。
アレ……? オレたちいま、新婚みたいじゃねぇ……?
そんなバカげた妄想を浮かべながらも、オレはもっと食いたくなって、ユイトにお替りを注文した。
「へぇ~! じゃあやっぱり、アレクさんは冒険者なんですか!」
当たり障りのない世間話をしながら何度目かのハンバーグを食い終わり、会話すんのってこんなに緊張したか? なんて考えていると、不意にユイトが嬉しそうに声を上げた。
「んぐ……、やっぱり?」
オレを見つめて、納得と言った表情のユイトに問いかける。
「だって、筋肉凄いし……」
さっきの事を思い出したのか、ユイトは気まずそうに唇を尖らせる。
「ハハ! ごめんって! そうだよ、今日は依頼が終わったから、もう我慢出来なくて食べれるところを探してたんだ」
オレは口の端に付いたソースを指で拭いながら、ユイトのその尖らせた唇も触ってみたいと心の中で何度も頭を抱えていた。
オレ、マジで気持ち悪いな……!
「そんなにお腹空いてたんですか?」
「だってさ、王都からずっと護衛しながら干し肉とか黒パンとかばっかり飽きるって!」
今回の依頼は、オレたちのパーティがAランクに上がってからの指名依頼。
報酬はバカ高いが、その分、何より神経を使う。
しかも相手は国のお偉いさんだ。護衛の間は気が抜けなかった。
食事も別だし、王子に引っ付いてる執事みたいな奴も口煩かったしな……。
まだ帰りの護衛も残ってる……。
その事を思い出し、オレは溜息を吐きたくなった。
「王都? アレクさん王都から来たんですか?」
ユイトは目をぱちぱちと瞬き、オレの顔を凝視する。
嬉しいが、マジで照れるから止めてほしい。
「そうだよ。どうかした?」
オレは動揺を気付かれない様に、平常心を装って返事をする。
「いえ、僕が一緒に暮らしている人も冒険者なんですけど……。王都から来る人たちの護衛のお仕事で朝から出掛けたので、もしかしたら~って……」
冒険者……、護衛……、今朝……?
「……あっ!」
失敗した……。
パンを持ったまま黙ったオレを、ユイトは心配そうに見つめている。
「ここって、もしかして……。オリビアさんのお店だったり……、する?」
「え? そうです。今日は具合が悪くて寝てますが……」
ハァ~……、やっぱり……。マジで失敗した……!
「そっかぁ~……」
「どうしたんですか?」
オレが肩を落として返事をすると、ユイトは心配そうに顔を覗き込んでくる。
「いや……。腹が減りすぎて、トーマスさんに挨拶してないんだよな……、オレ……」
「え?」
「もう頭の中が、早く飯を食べたい! っていうので、いっぱいで……」
……やっぱ、怒られるかな……?
マジで今朝のオレを殴ってやりたい……。
大先輩のトーマスさんに挨拶もせずに来るなんて……。
落ち込むオレと目が合い、ユイトは思わずと言った風に笑った。
「ふふ……! アレクさんって、可愛いですね……! お腹が空いて……、ふふっ!」
その笑顔に見惚れてしまう。
オレの事を可愛いと言って、笑いながら涙を手で拭っているユイトを見ていると、もうなんか怒られるとかどうでもよくなってきた……。
あのタイミングで行かなければユイトに会えなかったかもしれないし。
そう思うと、今朝のオレはよくやったと褒めるべきでは……?
「……? アレクさん? どうしましたか?」
そんな事を考えているとは露知らず、首を傾げオレの心配をしてくる様子は堪らなく可愛い……。
「いや、なんでもない……」
気まずくなって目をそらすと、何を勘違いしたのか……。
「あ、トーマスさんならきっと大丈夫ですよ! とっても優しいので安心してください!」
不安だったら、僕も一緒に謝りましょうか?
そう言って、本気でオレが落ち込んでいると思っている様だ。
はぁ~……、こんなお人好しで大丈夫なのか……?
でも愛しさが込み上げてきて、なんだか笑えてきた。
よし、決めた。絶対、オレの恋人にする。
*****
「何ですか? コレ……」
今日の礼だと言って、自分にかけていたネックレスをユイトに渡すと、戸惑った様にオレの顔とリングを交互に見返している。
結構、貴重な石だし、喜ぶと思ったんだけどな……。
やっぱオレが着けていたから気持ち悪いとか……?
それならマジで凹む……。
「オレが冒険者になったときから着けてるお守りなんだ。幸運を運ぶって言われてる」
「受け取れないですよ、こんなに綺麗なもの……」
あ、そっちか! よかった~!
大事なモンだと思って気が引けてるのか……。
……なら、大丈夫かな?
オレはユイトの手からネックレスを取り、背中に回ってユイトの首にネックレスをかける。
「え、ちょっとアレクさん! 大事なものなんでしょう?」
うっ……! これはヤバい……!
オレの方を振り返り、意図せずユイトの上目遣いを食らってしまう。
「……ユイトに持ってて欲しいんだ。……ダメか?」
眩しいけど、その可愛い顔をこの目に焼き付けておきたい……。
オレは必死に耐えた。
「ん~……。やっぱり返してって言っても、返さないかもしれませんよ?」
それでもいいんですか?
オレのお願いが効いたのか、ユイトは少し考えながらもそう聞き返すと、リングを指で優しく撫でている。
──受け取ってもらえた!
これで少しは、オレの事を思い出す時間が増えるかもしれない!
その事ばかりが頭の中を支配して、まさか自分の間抜けな面を見られているとは思いもしなかった。
ふと窓の外を見ると、さっきまで降っていたどしゃ降りの雨は、いつの間にか小雨に変わっている。
結構な時間、ここにいたからな……。
帰ったら早速リーダーにどやされるかも。
帰りたくないな、と心の中で溜息を吐きながら、オレは店の扉を開けて振り返る。
「オレ、すぐにこの服返しに来るから。ユイト、また会える?」
せっかく出会えたのに、このままで終わりにさせたくない。
必死でカッコ悪いけど、これだけは譲れなかった。
「はい。また会えるの、楽しみにしてますね!」
ユイトはふんわりと笑みを浮かべ、オレに優しく答えてくれる。
自分が思っていた以上に嬉しくなり、オレもだ! と言って店を出る。
ジッとしていられず、思わず駆け出してしまった。
思春期か! と自分で突っ込みたくなるほど、オレの心の中は、出会ったばかりのユイトで占められていた。
やっと堅っ苦しい護衛から解放されて、美味いメシ屋に行こうと思ったらこれか。
急にバケツをひっくり返したような雨が容赦なく降ってきた。
せっかく隣街から来てあと少しで着くっていうのに、とことんツイてねぇ。
周辺の店も閉まってるせいか、人の気配が全くしない。
これじゃ勧められた店も閉まってるかもな……。
通りには雨の音と、オレの走る息遣いだけが響いてる。
とにかく雨を凌げる場所……!
それだけを探して、オレはこの雨の中を走っていた。
目も開けていられない程の強い雨。体もずぶ濡れで気持ち悪い。
すると、前方に薄っすらと店の軒先部分が見えてきた。
とりあえずあそこまで走るか。
後のことはそれからだ。
「……ハァ、ハァ、最悪だ……」
屋根のある場所に着いて、やっと痛いほどの雨から解放されたとホッとしたのも束の間。オレは全身の悲惨さに頭を抱えた。
全身びしょ濡れどころの騒ぎじゃない。
髪も引っ付いて気持ち悪いし、靴ン中もぐっちょぐちょだ。
服も絞れるぞコレ。
頭をぶるぶると振り、髪の雫を飛ばす。
試しに服も絞ってみると、めちゃくちゃ水が出てきた。
ハァ……。こんな事なら、アイツ等と一緒に先に宿へ向かえばよかった……。
深い溜息を吐くと、急に後ろでチリンと鐘の鳴る音がした。
「あの……」
思わず体がビクッと揺れ、慌てて振り向くと……。
―――かわいい……。
今までで一度も見た事がない、美しい黒髪の少年が戸惑った様にこちらを覗いていた。
自分でも気持ち悪いと思ったけど仕方ない。
艶やかな髪に、大きなヘーゼル色の瞳、ぷっくりと潤んだ唇だって、オレの理想そのものだ。
今まで生きてきた中で、間違いなくいっちばん可愛い。
そのあまりの衝撃に目を離せない。
「あ、すまない……! 邪魔だったか……?」
咄嗟に出た言葉遣いに、自分でもうげぇっと思ったが、この子には変に思われてないよな?
気持ち悪いとか思われてたら、マジで最悪なんだけど。
「え!? いえいえ! 違います! 風邪引いちゃうから、よかったらお店の中に入りませんか……?」
扉からちょこんと顔を覗かせて、オレが風邪を引かない様に気を遣うこの子はマジで天使かもしれない……!
でもこんなずぶ濡れじゃあ、店ん中が濡れちまうんじゃ……?
「いや、こんなびしょ濡れだし……。店の中が汚れるかもしれないから……」
オレが自分でも珍しく遠慮がちにそう言うと、
「あ、それなら掃除すればいいだけなので、気にしないでください!」
と、オレの腕を掴み、グイグイと店の中に引っ張っていく。
「……きみ、結構強引なんだな?」
さっきまでのオレの様子を窺っていた天使は、意外と力が強かった。
我慢出来ずに口元を手の甲で隠し、つい笑ってしまう。
あ、きょとんとするその顔もマジで可愛い!
「そのままじゃ風邪引いちゃうので、タオル使ってもいいか店主に訊いて来ます! 待っててください!」
そう言うと、オレの返事も聞かずにタ~っと店の中通路を駆けて行く。
その後ろ姿を見つめ、残されたオレは座る事も出来ずに、ただ突っ立ってる事しか出来なかった。
最悪だと思った雨も、これはこれでアリだったのかもしれない。
なんせ、あんな可愛い子に出会えたからな。
まぁ、今まで恋愛とか興味はなかったけど男同士でも結婚は出来るし……。
問題はないな。
そんな事を突っ立ったままボ~っと考えていると、あの子が大事そうにタオルを両手に抱えて戻ってきた。
「タオル、これ使ってください。あとこの服も使っていいって言ってました!」
この子が大事そうに抱えていたのは、まさかのオレの着替えだった。
わざわざこんな事まで……?
マジで天使かもしれない……!
「ありがとう……! 助かるよ!」
タオルと服を有難く受け取ったものの、この子はにこにことオレの方をずっと見つめている。
いや、着替えたいんだけど……。
まぁ……、男同士だしな……。
意識している分、気恥ずかしいけどオレは決心して脱いでいく。
「そう言えば自己紹介がまだでしたね! 僕の名前はユイトって言います。お兄さんのお名前は何て言うんですか?」
「オレはアレクシス。仲間は皆、アレクって呼ぶからアレクでいいよ」
そう言って自己紹介をし、下も脱ごうとベルトに手をかけたはいいんだけど……。
「……、そんなに見られると、流石に照れるんだけど……」
ユイトのその視線が、今のオレには耐えられない。
服を脱ぐって、こんなに緊張するもんだったか?
「えっ!? うわっ! ごめんなさい! 筋肉凄いなと思って……!」
ユイトはそう言うと、顔をまっ赤にして目を背けてしまう。
そしてオレに背中を向けて黙っているが、首と耳がじんわりと赤くなっているのが見えた。
いまどんな顔してるか見たいな……。
うおっ! ……いま、自分の考えた事に鳥肌が立った……。
ここまでくると、もう認めるしかないか。
そう思うと笑えてきた。
「冗談だよ! ごめんごめん!」
「……! ひどいです……! 揶揄ったんですね……!」
振り返りながら拗ねた様に言うユイトは、頬を膨らませてオレを睨んでいる。
頬を膨らませるのが許されるのはガキまでだ。
今までそんな女に、何度興醒めしたか……。
それに、睨まれて腹が立つ事はあったが、こんなに胸がどきどきと痛くなった事なんて今までなかった。
そんな焦ったオレを見て、ユイトは満足そうに冗談です! と笑顔を浮かべて言った。
あぁ~、マジで完敗だ。
嬉しそうに笑うユイトに、オレも釣られて笑ってしまった。
グウ~、とオレの腹が鳴り、腹が減っていた事に気付くと、ユイトは何か作りますね! とキッチンへ入っていく。
鼻歌を歌いながら楽しそうに準備する姿が可愛くて、オレはカウンター席に座り、その様子を眺めていた。
コトコトと煮込む鍋の中には、真っ赤なトマトソースと肉の塊が見える。
この漂う匂いが堪らない……。
そこでオレの腹がまた盛大に鳴った。
「ふふ、もうすぐ出来ますからね。先にパンを食べますか?」
ユイトはふわりと笑みを浮かべると、鍋を確認しながらカウンター越しにサラダとスープ、そしてパンをオレの前に並べていく。
でもな……。折角だから、揃ってから食おうかな……。
それが出来るまで待ってる、と伝えると、ユイトは笑って頷いた。
「はい、お待たせしました。ハンバーグは熱いから気を付けてくださいね?」
オレの前に差し出されたのは、体が温まる様にと作ってくれた、トマトソースで煮込んだハンバーグっていう料理。
ほかほかと湯気が立ち、見るからに美味そう……。
「いただきます……!」
我慢出来ずに大きめに切り、一口頬張る。
うっま……!
顔に出ていたのか、ユイトが笑って美味しいですか? と訊いてくる。
こんな柔らかい肉は初めて食べた。だけどめちゃくちゃ美味い。
オレはその味を堪能しながらコクコクと頷くと、ユイトは嬉しそうに微笑んだ。
アレ……? オレたちいま、新婚みたいじゃねぇ……?
そんなバカげた妄想を浮かべながらも、オレはもっと食いたくなって、ユイトにお替りを注文した。
「へぇ~! じゃあやっぱり、アレクさんは冒険者なんですか!」
当たり障りのない世間話をしながら何度目かのハンバーグを食い終わり、会話すんのってこんなに緊張したか? なんて考えていると、不意にユイトが嬉しそうに声を上げた。
「んぐ……、やっぱり?」
オレを見つめて、納得と言った表情のユイトに問いかける。
「だって、筋肉凄いし……」
さっきの事を思い出したのか、ユイトは気まずそうに唇を尖らせる。
「ハハ! ごめんって! そうだよ、今日は依頼が終わったから、もう我慢出来なくて食べれるところを探してたんだ」
オレは口の端に付いたソースを指で拭いながら、ユイトのその尖らせた唇も触ってみたいと心の中で何度も頭を抱えていた。
オレ、マジで気持ち悪いな……!
「そんなにお腹空いてたんですか?」
「だってさ、王都からずっと護衛しながら干し肉とか黒パンとかばっかり飽きるって!」
今回の依頼は、オレたちのパーティがAランクに上がってからの指名依頼。
報酬はバカ高いが、その分、何より神経を使う。
しかも相手は国のお偉いさんだ。護衛の間は気が抜けなかった。
食事も別だし、王子に引っ付いてる執事みたいな奴も口煩かったしな……。
まだ帰りの護衛も残ってる……。
その事を思い出し、オレは溜息を吐きたくなった。
「王都? アレクさん王都から来たんですか?」
ユイトは目をぱちぱちと瞬き、オレの顔を凝視する。
嬉しいが、マジで照れるから止めてほしい。
「そうだよ。どうかした?」
オレは動揺を気付かれない様に、平常心を装って返事をする。
「いえ、僕が一緒に暮らしている人も冒険者なんですけど……。王都から来る人たちの護衛のお仕事で朝から出掛けたので、もしかしたら~って……」
冒険者……、護衛……、今朝……?
「……あっ!」
失敗した……。
パンを持ったまま黙ったオレを、ユイトは心配そうに見つめている。
「ここって、もしかして……。オリビアさんのお店だったり……、する?」
「え? そうです。今日は具合が悪くて寝てますが……」
ハァ~……、やっぱり……。マジで失敗した……!
「そっかぁ~……」
「どうしたんですか?」
オレが肩を落として返事をすると、ユイトは心配そうに顔を覗き込んでくる。
「いや……。腹が減りすぎて、トーマスさんに挨拶してないんだよな……、オレ……」
「え?」
「もう頭の中が、早く飯を食べたい! っていうので、いっぱいで……」
……やっぱ、怒られるかな……?
マジで今朝のオレを殴ってやりたい……。
大先輩のトーマスさんに挨拶もせずに来るなんて……。
落ち込むオレと目が合い、ユイトは思わずと言った風に笑った。
「ふふ……! アレクさんって、可愛いですね……! お腹が空いて……、ふふっ!」
その笑顔に見惚れてしまう。
オレの事を可愛いと言って、笑いながら涙を手で拭っているユイトを見ていると、もうなんか怒られるとかどうでもよくなってきた……。
あのタイミングで行かなければユイトに会えなかったかもしれないし。
そう思うと、今朝のオレはよくやったと褒めるべきでは……?
「……? アレクさん? どうしましたか?」
そんな事を考えているとは露知らず、首を傾げオレの心配をしてくる様子は堪らなく可愛い……。
「いや、なんでもない……」
気まずくなって目をそらすと、何を勘違いしたのか……。
「あ、トーマスさんならきっと大丈夫ですよ! とっても優しいので安心してください!」
不安だったら、僕も一緒に謝りましょうか?
そう言って、本気でオレが落ち込んでいると思っている様だ。
はぁ~……、こんなお人好しで大丈夫なのか……?
でも愛しさが込み上げてきて、なんだか笑えてきた。
よし、決めた。絶対、オレの恋人にする。
*****
「何ですか? コレ……」
今日の礼だと言って、自分にかけていたネックレスをユイトに渡すと、戸惑った様にオレの顔とリングを交互に見返している。
結構、貴重な石だし、喜ぶと思ったんだけどな……。
やっぱオレが着けていたから気持ち悪いとか……?
それならマジで凹む……。
「オレが冒険者になったときから着けてるお守りなんだ。幸運を運ぶって言われてる」
「受け取れないですよ、こんなに綺麗なもの……」
あ、そっちか! よかった~!
大事なモンだと思って気が引けてるのか……。
……なら、大丈夫かな?
オレはユイトの手からネックレスを取り、背中に回ってユイトの首にネックレスをかける。
「え、ちょっとアレクさん! 大事なものなんでしょう?」
うっ……! これはヤバい……!
オレの方を振り返り、意図せずユイトの上目遣いを食らってしまう。
「……ユイトに持ってて欲しいんだ。……ダメか?」
眩しいけど、その可愛い顔をこの目に焼き付けておきたい……。
オレは必死に耐えた。
「ん~……。やっぱり返してって言っても、返さないかもしれませんよ?」
それでもいいんですか?
オレのお願いが効いたのか、ユイトは少し考えながらもそう聞き返すと、リングを指で優しく撫でている。
──受け取ってもらえた!
これで少しは、オレの事を思い出す時間が増えるかもしれない!
その事ばかりが頭の中を支配して、まさか自分の間抜けな面を見られているとは思いもしなかった。
ふと窓の外を見ると、さっきまで降っていたどしゃ降りの雨は、いつの間にか小雨に変わっている。
結構な時間、ここにいたからな……。
帰ったら早速リーダーにどやされるかも。
帰りたくないな、と心の中で溜息を吐きながら、オレは店の扉を開けて振り返る。
「オレ、すぐにこの服返しに来るから。ユイト、また会える?」
せっかく出会えたのに、このままで終わりにさせたくない。
必死でカッコ悪いけど、これだけは譲れなかった。
「はい。また会えるの、楽しみにしてますね!」
ユイトはふんわりと笑みを浮かべ、オレに優しく答えてくれる。
自分が思っていた以上に嬉しくなり、オレもだ! と言って店を出る。
ジッとしていられず、思わず駆け出してしまった。
思春期か! と自分で突っ込みたくなるほど、オレの心の中は、出会ったばかりのユイトで占められていた。
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