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54 ユイトの失敗
しおりを挟む「うわぁ~! どうしたんですか? その荷物」
仕込みも粗方片付いた頃。
トーマスさんたちがやっと帰ってきたと思ったら、左手にお眠なユウマを抱え、右手には西瓜、葡萄、梨を籠いっぱいに詰めて持っていた。
ハルトは両手いっぱいにオレンジを持ってご機嫌だ。
「いやぁ、いつかを思い出すな……」
「おみせの、おばさん、い~っぱい、くれました!」
「そうなの? こんなにいっぱい?」
「帰る途中でパステクを買ったら、ちょうどハルトが馬車から挨拶をした人たちの店でな。余るから持っていけと言われて……。この通りだ」
トーマスさんは半分寝ているユウマをオリビアさんに任せ、籠をどさりとテーブルに置いた。魔法鞄は使わないんですか? と、こそっと訊いたら、知っているのはごく少数の人だけだから、買い物にはなるべく使っていないと教えてくれた。因みに籠は、お店の人に借りたそうだ。
「おにぃちゃん、おらんじゅ、たべたいです」
「うん、わかった。じゃあ用意しておくから、手を洗っておいで」
「はぁーい」
「ハルトちゃん、おばあちゃんと一緒に行きましょ。あら、汗かいてるわね。ついでに着替えちゃいましょ」
ハルトは戻ってきたオリビアさんに手を引かれ、嬉しそうに服を着替えに行った。そしてどこかそわそわした様子のトーマスさんも、服を着替えてくると部屋に向かう。
「しっかし、凄い量だな~……」
籠の中を整理すると、パステク(大)二つにトラウベ三房、ピルスが五つ……。ハルトが抱えてきた袋にはオランジュが五つ。
お店の人、売り上げ大丈夫なのか……? それが心配。
籠も借りてるみたいだし、何かお礼に作って返そうかな?
「はい、どうぞ」
「おいしそう、です!」
オランジュを食べやすくカットし、カウンター席に座ったハルトの前にコトリとお皿とフォークを置く。
ハルトはぱくぱくと嬉しそうに食べていて、それを見ていたら僕にもどうぞ、と差し出してくれた。
ん! すっごく美味しい! ユウマの分は、起きてから準備してあげよう。
「イドリスに店の事を伝えたんだがな、休みの日に行くから予約しといてくれとハルトとユウマに頼んでいたぞ」
「……あ! そうです、ごよやく!」
ハルトはオランジュに夢中で、すっかり忘れていたみたい。
イドリスさん、ごめんなさい……。
「そうなんですか? じゃあその日はいっぱい準備しないとですね!」
「ほんとね! でもいつ来るか分かるだけでも助かるわ~」
「大変ですもんね~」
オリビアさんと僕は、二人で顔を見合わせうんうんと深く頷いた。
「あ、あともしかしたらなんだが……」
「どうかしましたか?」
「明日は客が結構、というか……。かなり来るかもしれん……」
まだ分からんが、と顎鬚を撫でるトーマスさん。
「どうしてそう思うんですか?」
「イドリスがな、ギルド中に聞こえる声でユイトの料理は旨いと喋っていてな。周りがそうなのかと噂していて……」
「でも噂だけですよね? まだ明日来るかどうかまでは……」
「いや、その後にな。ハルトとユウマがそいつらの所に行って店の宣伝をしだしてなぁ……」
話を詳しく訊くと、ギルド内でイドリスさんの話を噂していた冒険者の人たちの所に駆け寄り、二人はもじもじしながらおみせ、きてくれますか? にぃにのごはん、おぃちぃの、と言って回ったらしい。
その人たちは皆、明日からなの? 依頼が終わったら行くよ、と笑顔で話していたそうだ。
「……ユイトくん」
「……はい、オリビアさん」
「追加で仕込みましょうか……」
「その方が良さそうですね……」
「……なんか、すまん」
僕とオリビアさんの真剣な表情に、トーマスさんが申し訳なさそうに呟いた。
追加分の野菜や生地を仕込んでいると、カウンター席に座るトーマスさんがあたふたとしている様子が見えた。どうしたのかと近付くと、ハルトがぽろぽろと泣いている。
「えっ!? ハルト? どうしたの?」
「ハルトちゃん? どこか苦しいの?」
僕とオリビアさんは慌ててハルトに駆け寄り、泣いている理由を尋ねる。
なかなか話そうとしなかったが、ちゃんと教えて、とお願いすると目にいっぱい涙を溜めて顔を上げてくれた。
「……ヒック、ぼく、ぉきゃくさん、……いっぱぃ、きたらぁ……、おにぃちゃん、よろこぶと、おもった、の……」
うぇええんと泣き出したハルトに、僕たちはあぁ、と納得した。
そうだ、ハルトはお店の事を考えてお客さんに宣伝してくれたのに、僕たちは仕込みの量を増やさなきゃと困った顔をして、お礼を言わなかったんだ。
はぁ……、こんな小さな子に気を使わせて何をしているんだろう……。
トーマスさんとオリビアさんもハッとした顔をしている。
「ハルト、ごめんね? お兄ちゃん、自分の事でいっぱいで、ハルトに気を使わせちゃったね」
ハルトを抱き上げ、背中をぽんぽんとすると、んーんと頭だけ横に振り、抱っこした僕の肩に顔を押し付けている。
「お客さん来てくれるの、すごく嬉しいんだよ。でもお兄ちゃん慣れてないから、いっぱい来たらどうしようって焦っちゃったんだ。ハルトがお店のこと皆に教えてくれてるの、すっごく嬉しいよ。ありがとうね、ハルト。お礼するの遅くなっちゃってごめんね?」
トーマスさんもオリビアさんも、ごめんね、ありがとう、とハルトの背中を撫でている。ハルトは僕の肩に埋めていた頭をぐりぐりと押し付け、少しだけ顔をこちらに向けた。
「んーん……、おにぃちゃん、こまって、なぃ?」
「うん。明日ハルトが頑張って宣伝してくれたお客さん、来てくれるといいねぇ」
「うん……」
まっ赤になった目と小さな鼻を見て、胸がズキンと傷んでしまう。
今日の夕食はハルトとユウマの好きなもの食べようね、と言うと、笑ってうん、と答えてくれた。
明日はハルトが呼んでくれたお客さん、ちゃんと来てくれるといいな。
そう願いながら、僕は今日の失敗を忘れないでおこうと胸に刻んだ。
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