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45 フェアリー・リングと妖精さん②

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 また会いに来るとノアが一生懸命伝えてくれたおかげで、ハルトとユウマの機嫌はすっかり元通りに。いまは蒸しあがってほかほかの蒸しパンを、三人で仲良く食べている。

「あら、ノアちゃんはお腹いっぱいみたいね?」

 ノアは身体が小さいから、蒸しパンの三分の一も食べれないのでもうお腹いっぱいみたい。テーブルの上でお腹をさすりながら横になっている。

「ノア、蒸しパン美味しかった?」

 そう僕が尋ねると、にっこり笑ってこくこくと頷いてくれた。よかった、お土産に蒸しパン包んであげよう。
 ……あの梟さんも食べるかな?

「ふわふわ、あまいです! おいしぃ!」
「ゆぅくんこれちゅき!」

 ハルトはスイートパタータ、ユウマはメーラとバナナの蒸しパンが気に入った様で、口いっぱいに頬張り、もきゅもきゅと嬉しそうに食べている。なんだかハムスターみたいで可愛らしい。
 トーマスさんが旨いな、と言いながら蒸しパンを頬張る姿はちょっと面白いかも。
 オリビアさんも気に入ってくれたみたいで、優しい味ね~、と味わって食べてくれてる。

 オリビアさんは甘いものが好きみたいだから、チョコレートがあったらいいのになぁ。探してみたけど、残念ながらこの辺りのお店には置いてなかった。
 トーマスさんもオリビアさんも知らない様で、王都になら売っているかもと言っていた。スパイスも王都で買ったと言ってたし、もし行ける事があったら探してみたいな。



「じゃあ、そろそろ行こうか?」
「ノア、森に送って行くね」

 そう聞くと、ハルトとユウマはまたしょんぼりと肩を落とす。

「のぁちゃん、また、あえますか……?」
「やっぱりゆぅくん、しゃみちぃの……」

 ノアはむくりと起き上がり、ハルトとユウマの前にふわりと飛んで行く。
 淡い緑色の光を纏った蝶々みたいに綺麗な羽を、ゆっくりゆっくりとはためかせ、順番に二人のほっぺにぎゅっと抱き着いた。

 さみしくないよ、またあえるからね

 言葉は話せないけど、なぜかそう言っている様でとても不思議な気持ちだった。

 二人もすんすんと鼻を鳴らしながらまたあそぼうね、やくそくね、と小指と小指をくっつけて三人で指切りをしている。
 オリビアさんはその様子を見守りながら、いつも通り両手で口を押さえ、叫ばない様に必死に我慢していた。





*****

「トーマスさん、僕が余計な事言ったせいで、ごめんなさい……」

 森へ向かう途中、僕はずっと思っていた事を謝罪した。
 トーマスさんは、はて? ととぼける仕草をして友達が出来ただけだろう? と笑って優しく頭を撫でてくれた。
 見つからない様に姿を消しているノアにもごめんね、と言うと、ふっと姿を現し僕の肩に乗ってにこにこと笑みを浮かべていた。



 ハワードさんの牧場の近くを通り過ぎるとき、柵の向こうで一頭の馬がこちらをじっと見ているのに気付く。

「トーマスさん、あの子ずっと見てますね」
「そうだな。もしかしたらノアが見えているのかもな」

 他の馬より一回りも二回りも大きい真っ黒な毛並みをしたその馬は、宙を目で追うようにゆっくりと首を動かしている。
 その目線の先に、姿を消したノアが一瞬だけ姿を現した。
 慌てて周囲を確認するが、周りには誰もいない。僕はホッと胸をなでおろす。

「ダメだよノア……! 見られたらどうするの……!」

 僕が小声で注意すると、羽をしょんぼりさせて僕の肩に大人しく座った。

「あの子、今度は僕の方向いてます……。やっぱり見えてるみたいですね……」
「本当だな。動物には見えるのかもしれないな……」
「他の馬はいないのに、どうしてあの子だけ外にいるんでしょうか?」

 もう辺りは日が沈む時間帯で、広い牧場には牛も馬も見当らない。

「確かかなり前に、厩舎が狭くて窮屈そうだから、一頭だけ好きにさせているとハワードが言ってたな……。もしかしたらあの馬かもしれん。特別身体がデカいからな」
「この柵も簡単に越せちゃいそうですよね?」
「なんでも、頭が良くて優しい性格らしい。一頭で三頭分の物を軽々運ぶと言っていたが……。実際見ると本当の様だ」

 ノアがその馬に向かって小さくバイバイと手を振ると、今までじっとしていた馬がブルルと首を振り、低く短い声で嘶いた。




 森へ向かうと、朝にはあったはずの木の枝で組まれたアーチの場所が見当たらない。
 トーマスさんも予想外だった様で、困ったなと焦っている。これじゃ普通の森と変わらないそうだ。
 もう日も暮れ始め、トーマスさんがランプを点けようとしていた。

「ノア、森の入り口が見当たらないんだけど……。あれが無いと、帰れないんだよね?」

 ノアは僕の言葉に首を傾げ、ふるふると首を横に振った。

「……無くても、帰れるの?」

 まるでそうだ、と言う様に大きく頷き、ノアはその小さな両手を森に向かってかざして見せた。
 すると淡い緑色の光がふわりと広がり、木の枝がゆっさゆっさとしなり始め、見る見るうちに息を呑む様な美しいアーチが完成した。

「……これは……、凄いな……」
「きれい……」

 ノアが作ったアーチの向こうは、まるで時間が巻き戻ったかの様に暖かい陽の光で照らされていた。
 一歩足を踏み入れると、後ろでシュルシュルと音を立ててアーチは解け、森の入り口が消えてしまう。
 まるで森に隠されてしまった様で、僕の心臓はドキドキと大きな音を立てていた。
 すると上の方でホォーと鳴き声が聞こえ、ビクリとし上を見上げると、大きい一羽の梟が僕たちを見下ろす様に木に留まっている。

「あ! あの梟さん!」
「まるで気配を感じなかった……」

“森の案内人”と呼ばれている大きな梟が、じーっと僕たちを見下ろしている。
 あ、そういえば。

「トーマスさん、あの赤い実は持ってますか?」
「いや、すっかり忘れていた……」

 忘れたと口にした瞬間、梟さんは怒った様な、ヒドイと悲しむ様な声で鳴き声を上げた。
 もうノアのおかげで森の中には入れたんだけど、あの悲愴感漂う姿はちょっと可哀そうだな。よっぽどあの実が好物らしい。
 ……ん~、そうだ。あれを持ってきたんだった。

「ん? ユイト、どうしたんだ?」
「僕、これを持ってきたんです」

 持ってきた買い物用の籠の中をごそごそと探り、目的のものを取り出した。トーマスさんはそれを見て目を丸くしている。

「梟さん、よければお土産、食べますか?」

 僕が取り出したのは、皆で作ったふわふわの蒸しパン。
 もしかしたら、と多めに包んできた。
 ノアの妖精の友達がいるかもしれないし、梟さんも食べるかなと思って。

 ノアは梟さんの傍にふわりと飛んでいき、なにかを話している様子。梟さんは首を傾げながら僕の方を見てホォーっと一鳴き。

 蒸しパンを持った手をそっと上に掲げると、梟さんは音もなく飛んできていつの間にか掌に持っていた蒸しパンが消えていた。
 振り返ると木の枝に留まり、足で器用に蒸しパンを掴み、むしゃむしゃと蒸しパンをついばんで食べている。

「梟も蒸しパンを食べるんだな……」
「甘くない! って、捨てられなくてよかったです」

 思わず二人で顔を見合わせ笑ってしまう。
 梟さんは蒸しパンをお気に召した様で、全部きれいに食べてくれた。

 また梟さんに先導されて、ノアに出会ったフェアリー・リングのある場所へ向かった、んだけど……。


「……トーマスさん、なんか朝より増えてませんか?」
「……オレの見間違いかと思っていたが……。違った様だな……」

 
 僕たちの足元には、朝の倍ほどの大きさに広がったフェアリー・リングが光を放っていて、その茸の周りでは、飛んだり跳ねたりと、楽しそうに遊ぶ妖精たちの姿があった。
 ノアは僕の肩に乗り、その様子を楽しそうに眺めていた。
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