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39 ギルマスと念願のサンドイッチ

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「トーマスさん、すみません。オレまでついて来ちゃって……」

  熊みたいに大きい身体を小さくし、そう申し訳なさそうに謝るバーナード。
  久々に顔を見せたんだ、トーマスはそれくらいで怒る男じゃないだろう?

「いやいや、気にするな。まぁ、こんなに食う奴らが集まるとは思ってなかったがな……」

  ほらな? オレの思った通りだ! 安心しろって!

「そうだぜ、バーナード! 気にするこたぁない!」
「イドリス、少し黙っててくれ」

  何だよ? オレが怒られちまった!
 
「イドリスさん! 今日は本当にご馳走になっちゃっていいんですか!?」
「俺たち、あんまり持ってないんですけど……」

 先日、初討伐を達成した新人パーティのリーダー・オーウェンとワイアットが心配そうに聞いてくる。おいおい、後ろでケイレブの犬耳と尻尾が垂れちまってるぞ? ケイティも不安気にチラチラ覗いてやがる。

「大丈夫だ! お前ら新人は腹いっぱい食えばいい! 今日は皆オレの奢りだからな!」
「おいおい、全員奢る気なのか……? イドリス、お前どうしたんだ……?」

 全員に奢ると言ったらトーマスが呆けた顔で心配してきやがった。失礼な奴だな、これでもギルドの所長だぞ? 甲斐性はあるつもりだ。ん? 破産する気なのかって? いやいや、そんなに食うバカは……。
 マジかよ、誰だよこんなメンバーにした奴は! ……オレか!

「いや、トーマスに貰ったサンドイッチがあまりにも旨くてな……。オレも新人の頃にこんな飯が食べれたらもっとヤル気が出たんじゃないかと思ってな! せっかくだし大勢で食ったほうが楽しいだろ?」

 これはオレの本音だぜ? オレが冒険者になった頃はそりゃ最低ランクからのスタートだ。選り好みしてたら横から掻っ攫われちまう。ランクを上げるのに必死で、飯の味も関係なく量さえあればよかったからな。仲間が出来て初めて美味いと思えたもんだ。

「え、イドリスさんがそんなになるサンドイッチって何かのドロップ品とかですか……?」
「ちょっと怪しいですね……。鑑定しましょうか?」
「エヴァ、クラーク、お前らはムリに食べなくてもいいんだぞ?」

 おいおい、お前ら仮にもギルド職員だろ! オレの扱い酷くねぇか? と思ったら流石トーマス、分かる男だ。心の友よ!

「あ~ん! ごめんなさいトーマスさん! でもでも! イドリスさんがこんな事言うなんて、おかしくなったと思うじゃないですか~!」
「まぁ、その気持ちは分かるな」

 ……っておい! 分かるのかよ!

 そんなことを話しながら歩いていくと目的の店の屋根が見えてきた。ん? 店の前にぴょんぴょんと跳ねる人影が二つ見える。

「おじぃちゃ~~ん! おかぇりなさ~~ぃ!!」
「じぃじ~~~ぃ! はやくぅ~~~~!!」


(((おじぃちゃん……!?)))

(((じぃじ……!?)))

トーマス以外のオレたち全員が顔を見合わせる。

「ハルト! ユウマ! ただいま!」

そして満面の笑みで駆け出したトーマスを見て全員が驚愕の表情を浮かべた。


「「「嘘だろ(でしょ)!?」」」


 子供を大事そうに抱いて先に店ん中に入ったトーマスを慌てて追いかける。扉を引くとチリンと音がして、まだ成人もしていないだろう綺麗な黒髪の少年が笑顔でこっちに向かってきた。

「いらっしゃいませ! お待ちしておりました!」
「お、おぉ……! こんにちは……?」

 あまりの可愛さに、一瞬惚けちまったぜ! こんにちはってなんだよ! オレが急に立ち止まったもんだから、後ろにいたケイティとオーウェンが鼻をぶつけたと怒ってたが、オレの腕越しに黒髪の少年を見ると、

「え~! すっごく可愛い~!」
「トーマスさんの孫? 嘘だろ?」

 そんなことを口々に言いあっている。あぁ、オレもまだ信じてねぇぜ?

「お仕事お疲れ様です。皆さんこちらのお席へどうぞ」
「「はぁ~い!」」

 にこやかに四名掛けの席に案内されたが、オレには少しキツイかもな……。カウンターならまだいけそうだ。

「ん~。オレにはちょっと狭いから、そうだな……。こっちのカウンター席に座ってもいいか?」
「はい! ゆったり座れるほうへどうぞ」

 気を悪くしたでもなく、ニコニコと椅子を引いてくれた。

「メニューは席に置いているので、注文が決まった方からお伺いします」
「お料理はユイトくんが作るんだけど、絶品だから覚悟してちょうだい!」
「オリビアさん! ハードル上げないでください……!」
「大丈夫よ! いっつも美味しいもの! ね、ハルトちゃん、ユウマちゃん!」

 あぁ、この少年がユイトか! オリビアが肩を抱き寄せて言うと困ったように眉を下げている。あのちっちぇえ二人は大きく頷き、オレたちの前に出ると、

「おにぃちゃんの、おりょうり、とっても、おぃしぃ、です!」
「おぃちぃでしゅ!」
「きょうは、ごゆっくり、どぅぞ!」
「どぅじょ!」

 そのちっちぇえ身体でぺこりとお辞儀をする。

「「「「「か……、かわいぃ~~~!」」」」」

 オリビアまで叫んでやがる。まぁ今のは可愛いわな、認めてもいい。そうやってメニューを開こうとすると、

「すみません、イドリスさんはどなたでしょうか?」
「ん? オレだ、どうかしたのか?」

 いきなりオレの名前が呼ばれた。なんだ? なんかしたかオレ?

「今日は来てくれてありがとうございます! 僕の作ったサンドイッチをとっても気に入ってくれたみたいだったので……」

 オレの前にトン、と美味そうなサンドイッチの盛り合わせが差し出された。

「この前のと少し違うんですが、よければ召し上がってください」

 皿には茹で卵を刻んだもの。キャベツキャベジと揚げた肉を挟んだもの。野菜とベーコン、茹で卵を挟んだもの。そしてクリームに果物を挟んだ四種類のサンドイッチが綺麗に盛り付けてある。

 突然のことに一瞬ポカンとしたが、気を取り直していただきます、とサンドイッチに手を付けた。

 なんだこれ! めちゃくちゃウメぇ!!

 夢中で食うと、一瞬で皿の上のサンドイッチが無くなった。
 あぁ~もう無くなっちまった! 嘘だろ? もっと食べさせてくれ! でもこの肉が挟んだサンドイッチの名前が分かんねぇな……。よし、

 おかわりを頼む

 と、注文した。天才か、オレは。
 周りの奴らは一瞬ポカンとしていたが、ユイトがよろこんで、と言うと自分も自分もと次々に注文し始めた。なんだよ、お前ら、美味いかどうかオレで試してたのか?


 それにしてもこのユイトって奴は腕が何本もあるみたいに動きやがるな。さっきから料理をバンバン仕上げてるのに止まってない。片付けながらいつの間にか次の料理も仕上がってる。
 すげぇ奴だな……。



「いてててて……」

 なんでオレがトーマスとオリビアに殴られなきゃいけねぇんだ……。オレだからいいものの、他の奴だったら骨はイッてるぞ? 確実にイってる! ただ優秀だから可愛い孫(?)をギルドの食堂で働かないかと誘っただけじゃねぇか……。オレ、一応ギルドマスターなんだけど……?


「はぁ~~! しあわせ~~!」
「ちょっと休憩~」

 そんな声が後ろの席からチラホラ聞こえてきた。するとユイトとオリビアがコソコソと耳打ちしてるのが目に入った。ん? トーマスは皿を片付けてるな。

 しばらくすると、店ん中にチーズの焼けるいい匂いが漂ってきた。思わず鼻をひくひくさせてしまうくらい美味そうな匂い。特にケイレブの尻尾の揺れ方が激しすぎて、隣のワイアットに鷲掴みにされている。あれはな、尻尾でバシバシされると地味に痛いからな。

「トーマスさん、こっちに座ってもらえますか?」
「ん? どうしたんだい?」

 後ろでそんな声が聞こえてきた。振り向くとトーマスがテーブル席に座り、ユイトが合図するとちっちぇえ二人がキッチンから美味そうな匂いのする薄くて丸いのを運んできた。

「おじぃちゃん、ぴざ、ぼくたちで、つくりました!」
「じぃじ、いちゅもありぁと! どうじょ!」

 それを見たトーマスは目をこれでもかというくらい見開いて驚いていたが、次第に瞳が潤んでくるのが目に見えた。泣くのを我慢していたようだが、それでも溢れて止まらなくなっちまったようだ。

「おじぃちゃん、どぅしたの?」
「じぃじ、かなちぃの?」
「いや、嬉しいんだよ……。二人とも、ありがとう……! 上手に出来てるよ」
「おじぃちゃん、たべれる?」
「はるくんとちゅくったの」
「あぁ、とっても美味しそうだ……! いただきます」

 パクリと大きな口でかぶりつき、トロ~っとチーズが伸びている。なんだあれ、めちゃくちゃ美味そうだ……。トーマスは最高に美味しいと言って、丸々一枚分のピザ? を食べてしまった。目がまっ赤になってるが幸せそうな顔だ。

「ハルト、ユウマ、準備できたよ!」
「「はぁーい!!」」

 ユイトがそう言うと、ちっちぇえ二人はオリビアの下に駆け寄り、トーマスと同じテーブル席に座らせる。
 そしてキッチンから器に盛った丸いもんを落とさないようにそ~っと持っていく。

「おばぁちゃん、あいす、ゆぅくんと、つくりました!」
「ばぁば、いちゅもありぁと! どうじょ!」

 オリビアも知らなかったのか両手で顔を覆い、何か言おうとするけど言葉に出来ないようだった。

「おばぁちゃん、なぃてるの、しんぱぃです……」
「ばぁばもじぃじといっちょ?」
「……ふふ、ハルトちゃん、ユウマちゃん。おばあちゃんね、とっても幸せよ……。ありがとう……!」
「よかった、です!」
「ばぁば、なくのかなちくなっちゃぅ」
「あらあら、ごめんね? とっても美味しそう! 食べてもいいかしら?」
「はい!」
「どうじょ!」
「ん~~っ! これは最高よ! 二人は天才だわ!」

 そう言って、オリビアも大事そうに味わいながら食べている。トーマスとオリビアは幸せそうな顔をして二人を抱きしめていた。

「さぁ! 皆さんの分も作ったので、是非お召し上がりください!」

 ちょっとウルッとしてたらこれだ。正直美味そうだから困ってたんだよ! 最高だな、ユイト!

「やったぁ~! 美味しそうだったから食べたかったの~!」
「この匂いでお預けは拷問だぜ、まったく! パタータ多いの食わせてくれ!」
「それ、ぼく、つくりました! どぅぞ!」

 なに!? このボリュームたっぷりで美味そうなのを!? このちっちぇえのもヤルな!

「あ! おれこのマイスいっぱいのったの食いたい!」
「それゆぅくん、ちゅくったの! どうじょ!」

 あの彩りが綺麗で美味そうなのも!? さらにちっちぇえこいつが!? やべぇな!!

「マジで? ありがとー! いただきまーす!」


「「「うっま~~~!」」」


 自分たちが作ったピザを褒められてうふふと照れるハルトとユウマに、オレたちがメロメロになったのは一瞬だった。


「なぁ、ユイト、ホントにうちで働かないか?」
「え?」
「まだ諦めてないんですか、イドリスさん! またトーマスさんに怒られますよ?」

 皿洗いを手伝ってるワイアットがオレに注意する。いやいや、お前らの為でもあるんだぜ……? オレの為でもあるけどな?

「お前らもあの料理の美味さを味わったなら……、分かるだろ? 毎日食いたいと思わないか?」
「おれは分かります!」

 ほらな? 正直なケイレブは食い気味に返事を返してきた。だが尻尾がワイアットにバシバシ当たってるから止めてやれ。

「こらケイレブ! ごめんな、ユイトくん」
「いえいえ、食べたいと言ってもらえるのは本当に嬉しいので!」

 なに? 嬉しいだって?
 
「だったら……!」

 そう続けようとしたが、ユイトの顔を見て、オレは口を噤んでしまった。

「でも僕たち、トーマスさんに見つけてもらえなかったら、今頃どうなっていたか分からないので……。だから僕、ちゃんとお二人に恩返しするって決めてるんです」


 だからごめんなさい


 ハァ……、そう言われちゃ何も言えねえよな~! そんな顔しなくても無理には誘わねぇよ。

「……なら、この店の常連になるしかないか」

 諦めたオレは所在なさげに頭をポリポリかいていた。

「あ、常連さんになってくれるなら、サンドイッチはメニューに入れてもらえるように相談しますね!」

 オイオイ、マジかよ! トーマス! なんて子供を見つけてきたんだ! さっきまで悲しそうな顔をしてたと思ったら、オレが客になると分かった途端にこれだぜ? こいつは小悪魔だな! オレをとらえて離さないサンドイッチをメニューに入れるなんて……! ありがとうございます!

「絶対だぞ!」

 念には念を、だ! これでサンドイッチを夢に見なくて済むぜ!




「ほら、ユウマ。皆さんにバイバイって」
「やぁ~! まだおはなち、ちたぃの~!」

 お開きの時間となったが、帰ろうとするバーナードにいやいやとちっちぇえのが駄々をこね始め、困ったなという割になぜかまんざらでもなさそうなバーナードをオレたちは少し妬ましく見ている。

「皆さん帰って寝ないと明日大変なんだよ? もしトーマスさんが寝れなくてお仕事で危ない目に遭ったら、ユウマ嫌でしょう?」

 ユイト、お前はなんなんだ? 優しく諭す姿はまるで母親か聖母のようだ。エヴァやブレンダでもそんな優しく言わないぞ?
 
「……じぃじ、あぶなぃの?」
「そうだよ? 怪我したら悲しいでしょう?」
「……ゆぅくん、かなちぃ……」
「じゃあ、皆さんにちゃんとありがとうってお礼と、バイバイ言えるね?」
「うん……」

 眉を下げ、うるうると両目いっぱいに涙の膜を張りながら

 ありぁと、またきちぇね

 と、小さくバイバイと手を振る姿。

 その仕草に、一瞬グゥッと唸るような声を上げてしまったが、また来るよ、とカッコつけて手を振ってみた。



 オレの財布は空になったが、コイツらも大満足のようだ。

 またサンドイッチを食いに来るからな! ユイト、覚悟しとけよ!

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