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19 サンドイッチと冒険者ギルド

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 今朝は指名依頼の確認の為、日が昇りきらぬうちからギルドに向かおうとしていた。
 オリビアたちはまだ寝ているだろうと静かに玄関へ向かうが、店の方から何やら物音が聞こえてくる。
 鼻をくすぐる旨そうな匂いに、思わずごくりと唾を飲み込む。
 そっと中を覗くと、ユイトが何やら鼻歌を歌いながら調理していた。

「おはよう、ユイト。どうしたんだ、こんな早くから」
「あ! おはようございます、トーマスさん! いま作っているのはトーマスさんの朝食です。昨日オリビアさんにも許可は得てるので大丈夫です! あ、もしかしてもう出かけますか?」
「いや、旨そうな匂いがするからな。オレの胃はもう食べる気でいるぞ」
「やった! すぐ仕上げるんで座っててください!」

 ユイトは一瞬不安そうな表情を浮かべたが、食べると言うと嬉しそうに微笑んだ。
 昨日も思ったが、この子はかなり手際がいいように見える。このキッチンも勝手知ったる様子で皿を準備し、カウンター越しに出来立ての料理を出してきた。

 しわ一つなく包まれたオムレツに、トマトのソースがかけられている。横には程よく焼けたベーコンとレタスレティスブロッコリーブロッコリ、くし形にカットされたトマトがワンプレートに彩りよく添えられている。
 そして手元のカップには、湯気の上がるとうもろこしマイスのポタージュ。
 何とも食欲をそそる良い匂いだ…。
 
「どうぞ、トーマスさん。召し上がってください」
「あぁ、ありがとう。いただきます」

 崩すのがもったいなく感じるほど整ったオムレツに、そっとフォークを入れる。
 中からとろりとチーズが溶け出してきた。手作りだというトマトソースと共に口に運ぶと、口の中が一瞬にして得も言われぬ幸福に包まれた。
 目を閉じその味を堪能していると、

「…どうですか? お口に合わなかったですか…?」

 心配だったのか、ユイトがおずおずと聞いてくる。
 何を言ってるんだ。口に合わないわけがない。

「……いや。無くなるのが勿体なくて、味わっていただけだ。…かなり旨い」
「えっ!? やった! お世辞だってわかってても嬉しいです! ポタージュも冷めないうちにどうぞ!」

 本気で言ったのに、世辞だと思われ心外だ。
 そう思いながらもカップに注がれたポタージュを一口。

「……」
「……トーマスさん…?」
「……ユイトは…、一体何を目指してるんだ…?」

 ??と、意味が分からないというような表情を浮かべ、ユイトは首を傾げている。
 とうもろこしマイスとオニオン、バターと昨日使った肉の骨でスープを取り牛乳を混ぜた。しかも高いから、塩と胡椒は使っていないだって…?
 それだけでこんなに旨いはずがないだろう…!

「ん~…。しいて言えば、トーマスさんとオリビアさんの役に立つ…。ですかねぇ?」

 えへへ、と笑って照れるユイトは、あの泥まみれで倒れていた時の面影は一切なく、唯々幸せそうに笑みを浮かべていた。
 その笑顔に、オレまで幸せな気分になれるよ。



「それじゃあ、行ってくる。帰りはいつになるか分からないから、オレの飯は用意しなくていいぞ」
「わかりました。トーマスさん、よかったらコレ、お昼にでも食べてください」

 ユイトが差し出したのは、布で包まれた…、箱だろうか? だが中身が思いつかない。

「これは?」
「ギルドは隣の街にあるって言ってたけど、お腹空いたらいけないなと思って。中身はサンドイッチなんですけど」

 朝食だけじゃなく、わざわざ昼食まで作ってくれたのかと驚きと喜びを隠せない。

「こんなに作ってくれたのか! ありがとう、大事に食べるよ」
「えへへ。多めに作ったんで、感想聞かせてください」
「わかった、昼が楽しみだ。行ってくるよ」
「はい、行ってらっしゃい! 気を付けて」

 ユイトに見送られ、ほこほことした気分で家を出る。
 今朝は乗合馬車で行くつもりだったが、急遽予定変更だ。
 腹を空かせる為に徒歩で向かう事にしよう。
 落としてはいけないと、オレは大事に弁当を抱えてギルドへと向かった。





*****

 隣街・アドレイムに到着すると、ちょうど教会が鳴らす三時課の鐘が響いた。
 街の門を潜ると、通りは活気に溢れていた。
 少し先に、冒険者ギルドの建物が見えてくる。
 もう少しゆっくり来ればよかったか……?
 サンドイッチを食べようにも、まだ昼にもなっていない……。
 うむ……。
 まぁ、少し早めの昼食、という事にしておこう……。



 冒険者ギルドに足を踏み入れた瞬間、周りの視線が一斉にこちらに向くのを感じた。
 ピリピリとギルド内に緊張が走るのが肌で感じ取れる。
 なんだ? オレが顔を見せない間に、何かあったのだろうか?

「よぅ、トーマス! 久し振りじゃねぇか!」

 受付の二階から声を掛けてきたのはイドリス。
 長年の実戦で鍛えられた筋肉の厚みと褐色かっしょくの肌。そしてオレが見上げるほどの大男。
 彼こそが、この冒険者ギルドのギルドマスターだ。

「オレに指名依頼が入ったと知らせを受けてな。遅くなってすまない。オレが来ない間に何かあったのか? 随分ピリついているようだが…」
「あ? いや、何もないが…」

 オレがたずねると、イドリスは首を傾げた後にあぁ、と納得の表情を浮かべた。

「あぁ~。多分お前が大事そうに抱えてる、じゃねぇか?」

 そう言って、目の前にやって来たイドリスが顎で示したのは、ユイトに貰った大事な大事な弁当だ。
 ん……? これが?

「これが何か問題なのか?」
「お前がそこまで大事に抱えてるってことは、ソレの中身は相当ヤバいもんのはずだ……。他の奴らも、馬車にも乗らずにわざわざ徒歩でこちらに向かうお前を見たと噂してたからな。振動もダメな危険物…。そして、ソレをどう処分するかギルドに相談に来た……。そういう事だろう?」

 イドリスが真剣な声色で発した言葉に、周りが一様に頷いている。
 おいおい、そんな真剣に……。笑うべきなのか……?

「おい、トーマス……。ソレは一体、何なんだ?」

 イドリスが年に一度、有るか無いかの真剣な表情で尋ねてくる。
 いかん。笑ってしまいそうだ……。

「これか? 大事なことに変わりないが…」

 周囲の冒険者やギルド職員たちが、オレたちの事を固唾を飲んで見守っている……。様な気がする。


「弁当だ」


「……は?」

「だから……、弁当だよ。うちで面倒を見ることになった子が、今朝作ってくれたんだ。落とさないように抱えているだけだが…」


「「「「はぁあああああ~~~~!?」」」」


 あのトーマスさんが!?
 嘘だろ!?
 いやワザと嘘を吐いてるんじゃ!?

 その場にいた全員が驚愕の表情を見せる。
 誰が来ても冷徹とされる男性職員も、美人と評判の受付嬢も皆一様に、だ。

 なんだ、酷い言い草だな。
 とっとと依頼内容を確認して出ようとオレは心に決めた。
 そしてその依頼内容を見て、オレは頭を痛めることになる。

 あぁ……。
 一刻も早く帰って、あの子たちに癒されたいと、心から願ってしまった。



 指名依頼は断ることも出来るが、断ることが出来ない依頼主というのも存在する。
 オレの場合は後者だったので、そのまま受けることになった。
 報酬も破格で、今までは何とも思わなかったはずなのに、今は仕事をせずに家に帰りたいと思うようになってしまった。
 多分、この数日間で変わってしまったのだろう。

 まぁ、何とかなるだろうとギルドを後にし、木陰に座りユイトに貰った弁当を食べることにした。
 昼にもなっていないがいいだろう。チラチラと視線を感じるが、オレは全く気にはしない。
 竹で編まれた弁当の蓋を開けると、そこには彩りまで計算されたような具だくさんのサンドイッチが並んでいる。

 種類は全部で三つ。
 ライ麦パンにレタスレティスとトマト、ベーコン、それにゆで卵を挟んだもの。
 もう一つはライ麦パンにレタスレティスに鶏肉、チーズを挟んだもの。
 最後の一つは、大きく巻かれた玉子焼きを丸々挟んだ玉子サンドだ。
 どれも見るからに旨そうだ……!
 一体どれから口にしようか迷ってしまう。よし、これから食べようと手を伸ばした瞬間、後ろから別の手が伸びてきた。

「いででででででっ!!!」
「おい、イドリス。これは一体何の真似だ?」

 伸びてきた手を容赦なく捻り、相手の動きを取れなくする。

「わりぃわりぃ! あんまり大事そうにしてるから、どんなもんかと見に来たんだよ! そしたらまぁ美味そうじゃねぇか! 一つ恵んでくれよ~! なっ!?」
「何を勝手なことを…。これはユイトが、朝早くからオレの為に作ってくれたものだ。だから譲ることは出来ない」
「かてぇ事言うなって~! ユイトっていうのか! 面白そうだから、今度連れて来いよ」
「いや、絶対に会わせん」

 ギャーギャーとやかましくわめくので、仕方なく一つだけ恵んでやったが……。
 言葉を無くした後にまた騒ぎ出したので、少し荒業だが寝かせておいた。


 あぁ、はやくあの子たちに癒されたい……。


 イドリスの後始末をギルド職員に頼み、疲れたオレは家路を急ぐことにした。

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