50 / 81
父親の嘆き
しおりを挟む「なんでなの……」
薄いボロ布のような服に着替えさせられ、寒さで震える体をきつく抱き締めた。
翌日の深夜、アンジェリカのもとへ報せを聞いた父親が訪れた。
一見して誰かわからないように変装をしフード付きのローブを着ているところを見ると、誰かの手引きで秘密裏に訪れたに違いない。
「アンジェリカ、大丈夫か」
「……お父様」
声が響かないように声を落とし、鉄格子に駆け寄る。
「すまない、念の為にと警戒はしていたが、事前に情報を掴むことができなかった。おまえの無罪を証明するために手を貸すと名乗り出てくれた者もいたが……」
アンジェリカの父親――アンソニーは、鉄格子を掴むアンジェリカの手に優しく手を重ね、顔をくしゃりと歪ませた。
その顔には疲労が見られた。きっと寝ずにアンジェリカを救い出すために奔走してくれたのだろう。
迷いもせず娘の無実を信じてくれている父親の深い愛情にアンジェリカは胸を痛めた。
「いいのよお父様。きっともう何をしても遅いわ」
行動を起こそうとしてくれたことに感謝をし、アンジェリカは気丈に微笑みかける。
「ねぇお父様、お願いがあるの」
「なんだい」
娘を安心させようと懸命に笑みをつくろうとする父親の優しさに、せめて犯人を恨んで報復したりしないようにとアンジェリカはいつものように微笑みかえした。
「もうなにもしないでください。そして、罪を犯すような娘はデイヴィス伯爵家の一員ではないと、わたくしを伯爵家から除籍してください」
「アンジェリカ……!」
「お父様がここへ来たこともきっとバレてしまうわ。だから、戻ったらすぐに動いてほしいの。わたくしに殺意があったと、罪人であると触れ回ってちょうだい」
「……っ!」
そんなことはない。おまえは無実じゃないか。大丈夫、最後までおまえを守るために戦い抜いてやる。
アンソニーは喉まででかかった言葉を飲み込んだ。
アンジェリカが言い出したことの意味を痛いほど理解していたからだ。
状況は既に覆せないほどだ。敵と味方の区別をつけるだけの時間も足りない。やっていないことの証明も難しければ、相手も悪すぎる。
アンジェリカの無実を証明するということは、公爵家と全面的にぶつかるということ。既に他の貴族への手回しは済んでいると思われる中で戦うのは、死地に赴くも同然。
アンジェリカだけではなく、デイヴィス家が破滅してしまう。
そうならないためにも、こういうことの決断は早いほうがいい。
「……ジェーンの社交界デビューを台無しにしてしまったわね」
ジェーンとは、アンジェリカの5つ年下の妹だ。再来年に社交界デビューの予定だったが、アンジェリカの件が足枷になるだろう。
アンジェリカには2人の兄と2人の妹がいる。兄達は既婚者だが、妹達は未婚だ。家族の幸せな未来の邪魔をしてはいけない。一刻も早く断罪されなければ。
「……すまない、アンジェリカ」
最愛の娘を守ってやれない悔しさに、酷なことを言わせてしまったことに、アンソニーの目から涙が溢れる。
娘を守ってやれないばかりか、悪人に仕立てあげなければならない。こんなに愛しいわが子を。
「アンジェリカ、おまえは誰よりも美しく聡明で気高い子だ。おまえが長男であればおまえに家督を継がせていただろう」
「まあ、嬉しいわ、お父様」
今この場に必要なのは謝罪ではない。こうして会えるのもきっとこれが最後になるだろう。
だから、アンジェリカのように、別れは笑顔で。
「忘れるな。誰がなんと言おうとおまえは私の自慢の娘だ。愛しているよ、私の天使」
アンジェリカの名前の由来は“天使”だ。
初の女児に舞い上がり、抱き上げた瞬間のその可愛さに胸を撃ち抜かれたアンソニーが名付けた。
アンジェリカはその名の通り、天使の如く美しく慈悲深い淑女に育った。アンソニーの宝だ。
久しぶりに呼ばれた名に、アンジェリカは懐かしむように目を細めた。鉄格子越しに、2人は額をあわせた。
「ええ、わたくしもよ、お父様。愛してる。みんなにも伝えてね」
アンソニーは娘の穏やかな笑みに頷くと、さっと踵を返した。これ以上笑みを保つのが限界だった。
大声で泣き喚こうが、手当たり次第に怒りをぶちまけようが、娘は、アンジェリカは救われない。
神よ、一体娘が何をしたと言うんです。どうか、我々を見守って下さっているのなら、これ以上の屈辱を娘に与えないでください。
0
お気に入りに追加
127
あなたにおすすめの小説
前世持ち公爵令嬢のワクワク領地改革! 私、イイ事思いついちゃったぁ~!
Akila
ファンタジー
旧題:前世持ち貧乏公爵令嬢のワクワク領地改革!私、イイ事思いついちゃったぁ〜!
【第2章スタート】【第1章完結約30万字】
王都から馬車で約10日かかる、東北の超田舎街「ロンテーヌ公爵領」。
主人公の公爵令嬢ジェシカ(14歳)は両親の死をきっかけに『異なる世界の記憶』が頭に流れ込む。
それは、54歳主婦の記憶だった。
その前世?の記憶を頼りに、自分の生活をより便利にするため、みんなを巻き込んであーでもないこーでもないと思いつきを次々と形にしていく。はずが。。。
異なる世界の記憶=前世の知識はどこまで通じるのか?知識チート?なのか、はたまたただの雑学なのか。
領地改革とちょっとラブと、友情と、涙と。。。『脱☆貧乏』をスローガンに奮闘する貧乏公爵令嬢のお話です。
1章「ロンテーヌ兄妹」 妹のジェシカが前世あるある知識チートをして領地経営に奮闘します!
2章「魔法使いとストッカー」 ジェシカは貴族学校へ。癖のある?仲間と学校生活を満喫します。乞うご期待。←イマココ
恐らく長編作になるかと思いますが、最後までよろしくお願いします。
<<おいおい、何番煎じだよ!ってごもっとも。しかし、暖かく見守って下さると嬉しいです。>>
転生したら避けてきた攻略対象にすでにロックオンされていました
みなみ抄花
恋愛
睦見 香桜(むつみ かお)は今年で19歳。
日本で普通に生まれ日本で育った少し田舎の町の娘であったが、都内の大学に無事合格し春からは学生寮で新生活がスタートするはず、だった。
引越しの前日、生まれ育った町を離れることに、少し名残惜しさを感じた香桜は、子どもの頃によく遊んだ川まで一人で歩いていた。
そこで子犬が溺れているのが目に入り、助けるためいきなり川に飛び込んでしまう。
香桜は必死の力で子犬を岸にあげるも、そこで力尽きてしまい……
高校デビューを果たした幼馴染みが俺を裏切り、親友に全てを奪われるまで
みっちゃん
恋愛
小さい頃、僕は虐められていた幼馴染みの女の子、サユが好きだった
勇気を持って助けるとサユは僕に懐くようになり、次第に仲が良くなっていった
中学生になったある日、
サユから俺は告白される、俺は勿論OKした、その日から俺達は恋人同士になったんだ
しかし高校生になり彼女が所謂高校生デビューをはたしてから、俺の大切な人は変わっていき
そして
俺は彼女が陽キャグループのリーダーとホテルに向かうの見てしまった、しかも俺といるよりも随分と嬉しそうに…
そんな絶望の中、元いじめっ子のチサトが俺に話しかけてくる
そして俺はチサトと共にサユを忘れ立ち直る為に前を向く
至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます
下菊みこと
恋愛
至って普通の女子高生でありながら事故に巻き込まれ(というか自分から首を突っ込み)転生した天宮めぐ。転生した先はよく知った大好きな恋愛小説の世界。でも主人公ではなくほぼ登場しない脇役姫に転生してしまった。姉姫は優しくて朗らかで誰からも愛されて、両親である国王、王妃に愛され貴公子達からもモテモテ。一方自分は妾の子で陰鬱で誰からも愛されておらず王位継承権もあってないに等しいお姫様になる予定。こんな待遇満足できるか!羨ましさこそあれど恨みはない姉姫さまを守りつつ、目指せ隣国の王太子ルート!小説家になろう様でも「主人公気質なわけでもなく恋愛フラグもなければ死亡フラグに満ち溢れているわけでもない至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます」というタイトルで掲載しています。
悪役令嬢は冷徹な師団長に何故か溺愛される
未知香
恋愛
「運命の出会いがあるのは今後じゃなくて、今じゃないか? お前が俺の顔を気に入っていることはわかったし、この顔を最大限に使ってお前を落とそうと思う」
目の前に居る、黒髪黒目の驚くほど整った顔の男。
冷徹な師団長と噂される彼は、乙女ゲームの攻略対象者だ。
だけど、何故か私には甘いし冷徹じゃないし言葉遣いだって崩れてるし!
大好きだった乙女ゲームの悪役令嬢に転生していた事に気がついたテレサ。
断罪されるような悪事はする予定はないが、万が一が怖すぎて、攻略対象者には近づかない決意をした。
しかし、決意もむなしく攻略対象者の何故か師団長に溺愛されている。
乙女ゲームの舞台がはじまるのはもうすぐ。無事に学園生活を乗り切れるのか……!
転生悪役令嬢、物語の動きに逆らっていたら運命の番発見!?
下菊みこと
恋愛
世界でも獣人族と人族が手を取り合って暮らす国、アルヴィア王国。その筆頭公爵家に生まれたのが主人公、エリアーヌ・ビジュー・デルフィーヌだった。わがまま放題に育っていた彼女は、しかしある日突然原因不明の頭痛に見舞われ数日間寝込み、ようやく落ち着いた時には別人のように良い子になっていた。
エリアーヌは、前世の記憶を思い出したのである。その記憶が正しければ、この世界はエリアーヌのやり込んでいた乙女ゲームの世界。そして、エリアーヌは人族の平民出身である聖女…つまりヒロインを虐めて、規律の厳しい問題児だらけの修道院に送られる悪役令嬢だった!
なんとか方向を変えようと、あれやこれやと動いている間に獣人族である彼女は、運命の番を発見!?そして、孤児だった人族の番を連れて帰りなんやかんやとお世話することに。
果たしてエリアーヌは運命の番を幸せに出来るのか。
そしてエリアーヌ自身の明日はどっちだ!?
小説家になろう様でも投稿しています。
私の家族はハイスペックです! 落ちこぼれ転生末姫ですが溺愛されつつ世界救っちゃいます!
りーさん
ファンタジー
ある日、突然生まれ変わっていた。理由はわからないけど、私は末っ子のお姫さまになったらしい。
でも、このお姫さま、なんか放置気味!?と思っていたら、お兄さんやお姉さん、お父さんやお母さんのスペックが高すぎるのが原因みたい。
こうなったら、こうなったでがんばる!放置されてるんなら、なにしてもいいよね!
のんびりマイペースをモットーに、私は好きに生きようと思ったんだけど、実は私は、重要な使命で転生していて、それを遂行するために神器までもらってしまいました!でも、私は私で楽しく暮らしたいと思います!
解放の砦
さいはて旅行社
ファンタジー
その世界は人知れず、緩慢に滅びの道を進んでいた。
そこは剣と魔法のファンタジー世界。
転生して、リアムがものごころがついて喜んだのも、つかの間。
残念ながら、派手な攻撃魔法を使えるわけではなかった。
その上、待っていたのは貧しい男爵家の三男として生まれ、しかも魔物討伐に、事務作業、家事に、弟の世話と、忙しく地味に辛い日々。
けれど、この世界にはリアムに愛情を注いでくれる母親がいた。
それだけでリアムは幸せだった。
前世では家族にも仕事にも恵まれなかったから。
リアムは冒険者である最愛の母親を支えるために手伝いを頑張っていた。
だが、リアムが八歳のある日、母親が魔物に殺されてしまう。
母が亡くなってからも、クズ親父と二人のクソ兄貴たちとは冷えた家族関係のまま、リアムの冒険者生活は続いていく。
いつか和解をすることになるのか、はたまた。
B級冒険者の母親がやっていた砦の管理者を継いで、書類作成確認等の事務処理作業に精を出す。砦の守護獣である気分屋のクロとツンツンなシロ様にかまわれながら、A級、B級冒険者のスーパーアスリート超の身体能力を持っている脳筋たちに囲まれる。
平穏無事を祈りながらも、砦ではなぜか事件が起こり、騒がしい日々が続く。
前世で死んだ後に、
「キミは世界から排除されて可哀想だったから、次の人生ではオマケをあげよう」
そんな神様の言葉を、ほんの少しは楽しみにしていたのに。。。
オマケって何だったんだーーーっ、と神に問いたくなる境遇がリアムにはさらに待っていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる