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国外追放
しおりを挟む「――数人の貴族令嬢に対する執拗な迷惑行為と脅迫、及びシュレイバー公爵家の子女にして第一王子の婚約者候補であるモニーク・シュレイバー嬢に対する傷害、殺人未遂の罪で、アンジェリカ・デイヴィスを追放刑に処す」
厳かに告げられた判決に狼狽えもせず、空色の目をまっすぐ前に向けていたデイヴィス伯爵家の長女であるアンジェリカに野次が飛ぶ。
「泣きもしないだなんて。人の心がないんじゃないか」
「悪魔のような女だ」
「とっとといなくなれ!」
両手両足に枷を嵌められ、裸足で冷たい床の上に立たされていても、アンジェリカは決して涙を見せなかった。
いつもキレイに整えられていた淡いクリーム色の髪は乱れ、いつも着ていた流行の華やかなドレスのかわりに薄汚れたボロ雑巾のような服を纏っていても。
判決が下されたあとは、檻のような荷馬車で隣国との国境付近にある森へと連れて行かれた。
1週間ほど要する道のりだったが、アンジェリカに与えられた食事は1日に1度だけ。それも残飯のような、到底食事とはいえないようなものだった。
馬車が停まり降ろされたのは深い森の中。ごうごうと音をたてて流れる川べりに立たされる。
「この川が隣国との国境だ。ここからはお前1人で行け」
行けと言われても、見渡した範囲に川を渡るための橋などはない。
突き飛ばされてたたらを踏むが、やせ細った足では踏ん張りが効かずに倒れ込んでしまう。
手と足の枷を外されてからもう1度「行け」と言われ、困惑して兵士を見上げた。
「国外追放を言い渡された者は、国内の如何なる物も使用することを禁じられている。対岸へは泳いで渡るんだ」
突き放すような言い方に顔を顰めずにはいられなかった。
「さっさとしろ。いつまでこの国に居るつもりだ」
もう1人の兵士が責めるように語気を荒くする。
アンジェリカは意を決してふらつく足で川に向き直った。
川幅広く、流れも速い。
歩くことは疎か、泳ぐこともかなわないだろう。
この国の者ではなくなった罪人は、死のうが生きようがどうでもいい、ということね。
川に入る恐怖で震える右手の甲には、罪人である証の焼印が押してある。包帯で覆われているが、血が滲みジクジクとした痛みが続いている。
す、と爪先を伸ばして水面につけてみたが、その冷たさにビクリとしてすぐに足を引っ込めた。
川に入れば死んでしまう。
ゾッとしたけれど、アンジェリカには逃げるという選択肢はない。逃げる素振りを見せれば後ろの兵士たちが躊躇いもなくアンジェリカを殺すだろう。
全てはわたくしが招いたこと。この期に及んで抵抗するだなんて、わたくしの美学に反するわ。
……それに、この国に残っている家族に迷惑がかかる。
「っ……!」
意を決して飛び込んだ水の中は心臓が止まりそうなほどの冷たさだった。
「――ぶはっ、……はっ、は……!」
やっとの思いで水面に顔をだすが、もがくのが精一杯で泳げたものではない。息継ぎもままならない。
対岸に辿り着くこともできずに川の流れに翻弄される。
やっぱりだめだわ。
苦しさと死への恐怖で身体も上手く動かない。
アンジェリカは遠のいていく意識のなか、必死に手を伸ばした。
――どうかお願い、家族だけは……家族だけはこれからも健やかに暮らしていけますように。
父親の、母親の、兄の、妹の顔が浮かぶ。
どうか、どうか……――
伸ばした手から力が抜けた。
川の轟音が遠ざかる。
『なんと潔く、気高い魂。――気に入った』
『汝“器”となり、新たな“魂”を迎え入れよ』
――――――
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