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十二章:おとぎ話の悪役令嬢は罪滅ぼしに忙しい
第18話 理解者はわかってくれる
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あたしは再び歩き出し、披露宴後のパーティーに集まった知り合いを捜した。見つけたので、相手に近づく。
「Mr.ジェフ」
「ああ! テリー様!」
「奥様も」
「ご結婚おめでとうございます。テリー様」
「ありがとうございます。だけど……あの……」
あたしは言葉を詰まらせながら、二人に伝える。
「謝罪に来たんです。式に遅れて申し訳ございませんでした。覚悟が……足りませんでした」
「よくわかりますわ。テリー様」
奥様があたしの手を握りしめた。
「どうなるかわからない未来を考えたら、不安になるものです。でも大丈夫。微力ですが、私も主人もついてますわ」
「奥様……」
「こんな主人ですが、頼れる時はとても頼りになるんです。私が体調を崩し、騎士団を辞めると言った時にも、腕があるから勿体ないと周りから言われていたほどです。だから……感謝しているんです。テリー様。会社に主人を入れてくださって」
「こちらこそ感謝してるわ。ジェフがいなかったら、仕事案内紹介所は成り立ってませんもの」
「今後とも何卒」
「こちらこそ」
あたしと奥様が握手を交わし、振り向くと――Mr.ジェフがきりっとして、あたしにお辞儀をした。
「私からも言わせてください。ご結婚おめでとうございます。テリー様」
「ありがとう。Mr.ジェフ」
「私が出会った頃の貴女はまだ何も知らない花の蕾でした。……それが……こんなに立派になられて……ジェフは……ジェフは……」
――やっぱり号泣した。
「うわああああああああああ!!」
「あなた! やめてってば!! 恥ずかしい!」
「おい、ディラン! ジェフ様が号泣してるぜ! あ! テリー様だ!」
「テリー様! 結婚おめでとうございます! これ、お手紙です!」
「俺からも!」
「ありがとう。……Mr.ジェフを何とかしてくれない? ああ……その前に、式に遅れてごめんなさい」
「いいんですよ! テリー様! お陰で俺、テリー様に手紙を書けたんです!」
「ブロックの奴ったら、手紙の用意もなかったんですよ!?」
「てへへ!」
「二人の警備の力は認めてるわ。だからお願い。Mr.ジェフをあやしてちょうだい」
「「ジェフ様! 泣かないの! めっ!」」
ブロックとディランに任せて、あたしはその場から離れた。
あたしは再び歩き出し、披露宴後のパーティーに集まった知り合いを捜した。見つけたので、二人が喋ってる横に座って、グラスを持った。
「お願い。ちょっと休憩させて」
「来たよ。遅刻者」
「もう心配したんだから。ニコラったら」
アリスがあたしの横に移動し、ニクスとアリスが真ん中にいるあたしを抱きしめた。
「結婚おめでとう。テリー」
「おめでとう! ニコラ!」
「ありがとう。ニクス。アリス。ああ……涙出そう……」
「大丈夫?」
「謝罪に回ってるの。でも歩き疲れたわ。こんなに罪が重くなるなんて」
「ニコラ、オレンジジュース」
「ありがとう」
「乾杯しましょ」
「そうしましょ」
アリスとあたしが歌い、三人で乾杯する。
「挨拶ならわかるけど、謝罪しに回ってるって言うのがニコラらしいわね」
「悪いと思ってるのよ。でもね、聞いて。二人とも。言い訳になるってわかってるけど……手足が、異常に震えたの。もう、初めてってくらい。考え出したらマイナスなことがとめどなく思い浮かんできて……あれは……鬱の一種よ……。そうに違いない……」
「まあ、でも、テリーを待ってる間、各自時間を潰してたみたいだし、そんなに気にすることでもないんじゃない?」
「ニクスは優しいから思わないでしょうけど、人の時間を潰すって、とんでもない罪なのよ? あたし、本当に反省してるの。明日はきっと上手くいく」
「とか言って三回目のマリッジ・ブルーが来たりして」
「やめてよ。アリス。これでも堪えてるのよ」
「大丈夫よ。私達もいるんだから」
「そうだよ。テリーは一人じゃないんだから」
二人の親友があたしの手を握った。
「ああ、そうだ。ニコラ、ニクスから聞いた?」
「何を?」
「これなーんだ?」
ニクスが一枚の紙をあたしに差し出した。それを受け取って読み――ニクスに顔を向けた。
「教員免許!?」
「来年から小学校の先生」
「ニクス!!」
嬉しくて、思い切りニクスを抱きしめる。
「夢を叶えたのね!」
「まだ叶えてないよ」
「でも、努力が実ったってことでしょ!? おめでとう! ニクス!」
「ほんの通過点だよ。あたしは、貴族も平民も、関係なく学べる学校を作るのが夢なんだから、これはその入り口ってだけ」
「お金はいくらだって出すわ」
「君の悪いところ」
「だって、アリスも思うでしょ? ニクスが学校を建てたいというなら、あたしいくらだって投資するわ!」
「帽子が必要なら、うちで用意するわ!」
「コネがあって嬉しいよ。うん。困ったらお願いね」
――東方面から圧を感じ、ニクスがちらっと見て確認し、あたしに耳打ちした。
「テリー、謝罪の旅を再開したら?」
「大丈夫! 時間はまだあるわ! ね、どこの学校? もっと話を聞かせて!?」
「東の方向」
――振り返ると、セーラが腕を組んでとんでもない圧であたしを睨んでいた。周りのメイドが泣いている。あたしはアリスとニクスを見て言った。
「戻るわ」
「そうした方が良い」
「私達ここにいるから、また後にでも」
「ええ。そうする。大好きよ、アリス、ニクスも」
「知ってる」
「行っておいで」
「ああ、深呼吸、深呼吸……」
お腹をさすりながらあたしは歩き出し――セーラの目の前で止まった。
「こんばんは。プリンセス。ご機嫌いかが?」
「最悪よ!!!!!」
「あー」
「この馬鹿!!!!!」
「ええ。こればかりは言われてもしょうがない。謝りに回ってるの。悪かったわ。セーラ。せっかく来てくれたのに。本当にごめんなさい」
「わたしがどれだけお父様とお母様を説得したと思ってるの!? あんなに嘘をついたの、人生で初めてよ!!!!」
「貴族はね、嘘が時に必要になるの。嘘は武器にもなり、凶器にもなる」
「お黙り!!!!」
「黙るわ。ごめんなさい」
「あのね!! わかってるんでしょうね!!」
セーラが腰に手を当て、指をとんとんとん! と動かした。
「リオンお兄様が貴族権を放棄したから、自然とクレアお姉様が国王になるってこと!! お前! 王妃になるのよ!!?? 遅刻は絶対許されないの!!!」
「裏で聞いたわ。あたしが来ないからしばらくヴァイオリンを弾いて誤魔化してくれてたって。それでもあたしが来ないからとうとう弾く曲がなくなって……ねえ、セーラ、本当に感謝してるし、申し訳ないと思ってるのよ」
「金輪際! こんなことは無しよ!! わたしが!! どれだけ心細かったか!!!」
「ええ。そうよね。あたし悪い奴だわ。金輪際こんなことがないようにする。ごめんなさい。助けてくれてありがとう」
セーラが肩で呼吸し、黙った。あたしもセーラの呼吸が落ち着くまで黙って待つ。セーラが深呼吸した。そこであたしは首を傾げた。
「お祝いしてくれない?」
「……ふん。甘ったれが。本物の結婚式は明日よ」
「ええ。そうね。テリー・ベックスは王子様と結婚する」
「そうよ。だからお前がロザリーとしての前提で言ってやってもいいわ」
セーラが近づいた。メイド達がぎょっとした。セーラがあたしに優しく抱きついた。
「……結婚おめでとう」
「……ありがとう。セーラ」
だからあたしも彼女を抱きしめ返す。彼女の足には、もう、金の帽子のアンクレットはなかった。
「守ってくれてありがとう」
「ふん! 今回だけだからね!」
セーラがあたしから離れた。
「お前に説教したら、お腹が空いてきたわ! どうしてくれるの!? どう責任取るの!?」
「あっちにうちのシェフが作った料理があるの。ドリーとケルドって言ってね? すごく美味しいもの作るから、良かったら食べてあげて」
「ベックス家のシェフなんか信用ならないわね! でも!? ま! 品定めくらいしてあげてもよくってよ!?」
「明日も頼むわね。セーラ」
「馬鹿が! 二度と遅刻するんじゃないわよ! ふんだ! バーカ! ふん!」
セーラが踊り足でメイドと共にテーブルへ向かったので、あたしは肩をすくめ、振り返った。次のところに行かなくては。
「はい、グラス持って」
「うわ」
「君の瞳に乾杯」
「言ってて寒くないの?」
「なんだよ。ミックスマックスの雑誌に載ってた、女の子が言われて嬉しいキーワードベスト10に載ってた言葉だぞ? もっと喜んだらどうだ?」
「つくづく可哀想な奴よ。お前は」
リオンと乾杯し、あたしは水を飲んだ。
「あたしの結婚式にあんたがいる未来が来るとは思わなかった」
「妹の結婚式に兄は参列するものだ」
「姉の結婚式でしょ」
「結婚おめでとう。ニコラ」
「ありがとう。お兄ちゃん」
「ひと騒動あったが、あれくらい愉快な方が丁度いい。だろ?」
「よくもハロルドさんに連絡してくれたわね。ラジオから放送が聞こえた時に、死ぬ思いだったわよ」
「中央区域の商店街も大騒ぎだったよ。アリスが言って回ってた」
「商店街まで謝罪に行かなきゃいけないの?」
「君の行動がおかした結果だ」
「わかった。結構。いいわ。これでもね、結構反省してるの。悪かったわ。本当ごめんなさい。遅刻して」
「その心をいつまでも忘れずに持っておくことだ」
「人のこと言える? 突然貴族権を放棄して」
「君には言ってただろ」
「ゴーテル様が倒れたって」
「母上は全力で賛成してくれた」
「これからどうするの?」
「父上が一年分の資金を用意してくれた。……あとは出さないって。だから、その資金が尽きないうちに、ちゃんと勉強して、社会に出る。家も契約したんだ。住み込みの」
「住み込み?」
「そう。ミックスマックス本店の店長が用意してくれた」
「あの人……ああ、人が好さそうだったものね……ってことは、何? ミックスマックスの店で働くの?」
「従業員としてね」
「接客業は大変よ」
「病院に行きながらちゃんとやる」
「どこまで続くかしらね」
「この一年が勝負だ。これで僕の人生が決まる。……君と同じように」
リオンがあたしに顔を向けた。
「僕も、自分の人生を生きていく。抗った末に掴んだ……ずっとほしかった幸せな人生だ」
「幸せもあれば不幸もある。後悔するんじゃない?」
「するだろうね。そりゃ、するさ。今だって、なんで貴族権を捨ててしまったんだって思ってる自分がいる」
「でも?」
「ジャックが言ってる気がするんだ。悪夢《幸せ》があればそれでいいじゃないかって」
リオンが笑みを浮かべる。
「抗うよ。僕も」
「……少なくとも、今のあんたにメニーは任せられないわね」
「メニーは結婚に向いてないと思うぞ。もし、メニーに合う相手が現れたらそれは……本当にすごい才能の持ち主だ」
「同意見」
「まだ回るんだろ?」
「ええ。謝罪はまだまだ続くわ」
「行っておいで。傷付いたら戻ってくればいい。お兄ちゃんが慰めてあげよう」
「大丈夫よ。必要ないから」
一歩踏み込み――振り返る。
「傷付いた時はお願い」
「いつでもどうぞ」
おどけた顔のお兄ちゃんと別れた。
あたしは再び歩き出し、披露宴後のパーティーに集まった知り合いを捜した。見つけたので、相手に近づく。
「いい男はいた?」
「そうだな。うーん……彼なんてどう?」
「却下。ヘンゼルなんてロクな男じゃない」
「くすす。それは関わってみないとわからない」
美しいドレスを身にまとったソフィアがあたしの持ってたグラスにグラスを当てた。
「結婚おめでとう。テリー」
「ありがとう」
「しちゃったね。結婚」
「……」
「あーあ。かーなしい」
ソフィアがシャンパンを飲んだ。それを見て、息を吐く。
「……トラブル起こしてごめんなさい」
「いつものこと。もう慣れた」
「……メイク直してくれてありがとう」
「お陰で経験が活きたよ」
「……嫌なら来なくてよかったのよ?」
「君の晴れ舞台をどうして見ちゃいけないの?」
「辛くなるでしょ?」
「恋した人が幸せになった瞬間の顔を見れたら、それは私にとっての幸せにもなる」
ソフィアが妖艶な笑みを浮かべる。
「ま、その後は知らないけど」
「……ねえ、友達として……話してもいい?」
「どうぞ」
「あんたって、追いかける恋が好きでしょ。だからあたしみたいな悪い奴につかまるのよ」
「それは一理ある」
「良い人はいっぱいいる。こんなことあたしの口から言いたくないけど、ね、あんたはお人好しで、外面も内面も良い女なんだから、もっと優しい人とデートに行ったら?」
「つまんないことをする時間がもったいない」
「それを言われたら、あたしの意見は全部おじゃんよ」
「君の意見を聞かずとも、私は自分の行きたい道に進むだけだから」
「あんたには……正しい道へ導く人が必要ね」
「テリー」
「一夫多妻は無し」
「くすす。……なんでわかったの?」
「あたし、人の心が読めるの」
「じゃあ私が今何を思ってるのか当ててみて?」
あたしはソフィアをじっと見て、答えた。
「人の心を弄んだこと絶対許さない。くたばれ。テリー・ベックス」
「君の幸せそうな顔が見られてとても嬉しい。はい外れ。この詐欺師」
「詐欺師はそっちでしょ」
「私は怪盗。引退したけど」
「どっちも泥棒だもの。同じでしょ」
「あはははは! 変わらないね! その雑な感じ!」
「当然でしょ。何も変わらない」
テーブルに置かれたソフィアの手を、手を重ねる。
「あんたとの関係だって、何も変わらない」
「……これはキスのタイミング?」
「あたし一途なの」
「それは残念」
ソフィアが瞼を閉じ――金の瞳を隠した。
「ミス・サリアと話してた。君のことが心配だって」
「駄目かしら」
「何が?」
「いや……ママに……いいえ、本人が先ね。行ってくる」
「うん。行っておいで」
「ええ。行ってくる」
――ソフィアがちらっとあたしを見た。まだ何か言いたけれど、言いたいのだけど、言葉が出てこないあたしに、ソフィアが溜息を吐き、耳打ちした。
「君は、私が手に入らなかった極上の宝。だからこそ怪盗はいつまでも狙いを定めてる」
……ソフィアと目が合う。
「盗まれる覚悟、しておいて?」
「……ソフィア」
「ほら、行っておいで。私は消えたりしないから」
そう言って、あたしの背中を叩いたので、あたしはそこから離れることにした。
近づくあたしが視界に入り、サリアが笑みを浮かべ、クロシェ先生は腕を組んだ。
「お疲れ様でございます。テリーお嬢様」
「結婚おめでとう。テリー」
「ありがとうございます。クロシェ先生」
「私の言いたいことわかる?」
「そのことについて来ましたの。あたしも成長したんですのよ。先生」
「あら、そう。聞こうじゃない」
「……遅れてごめんなさい」
「もう、馬鹿な子!」
クロシェ先生があたしを抱きしめた。
「奥様には?」
「顔を合わせた段階で謝罪を並べました。もう、生きてきた中で一番言ったんじゃないかってくらいの量のごめんなさいを」
「式の打ち合わせの時とかに、クレア様と話し合ったりしなかったの?」
「もちろん、話してました。普段通りに。……普段通り過ぎて……」
「言葉が出てこなかった」
「ああ、クロシェ先生!」
「素直になれないのは貴女の特質ね。でもね、テリー、ため込むのは良くない事よ。きちんと伝えなきゃ」
「良い式にするつもりだったんです。ご説明した通り、クレアはキッドと名乗ってます。こんな時でしか女に戻れません。だから……望むとおりにしてあげたかったんです」
「でも貴女が来ないと、式は成り立たない」
「仰る通りです」
「貴女が心配だわ。テリー。いつになっても目が離せない」
「そうなんです。それで……ね、サリア」
サリアが首を傾げた。
「二人で話せない?」
「……」
サリアがクロシェ先生を見た。
「すみませんが」
「大丈夫よ。そろそろ奥様のところへ戻ろうと思ってたから」
「ありがとうございます」
「じゃあね。テリー。また後で」
あたしの肩を叩き、クロシェ先生が離れる。サリアと向き合う。
「サリア」
「改めまして、ご結婚おめでとうございます。テリー」
「ありがとう。サリア。……本当にありがとう」
彼女には、どれだけ言っても言い尽くせない量の感謝がある。
「あのね、サリア、あたし、こんなんでしょ? メイドが困ると思うのよ。いつもイライラしてるし、冷静になれないし、扱いが慣れないうちは。すごく困ると思うの」
サリアの手を握りしめる。
「……ついてきてほしいの」
サリアが困ったような笑みを浮かべる。
「ねえ、お願い。断らないで」
「テリー」
「エメラルド城は、確かにそうよ。貴族でないとメイドとして入れない。でも、例外もいるの。優秀な人材で、認められれば、侍女としていられる」
「ねえ、テリー」
「お願い。サリア。無理よ。サリアがいないと本当に無理」
「泣かないの」
「だって……不安でいっぱいだわ。あたし一人では無理なのよ。あんな……大きな城で、生活なんて。絶対、無理!」
「メイクが取れます。テリー」
サリアがハンカチを出し、あたしの目元を拭った。
「相手の答えも聞かずに、感情的になってはいけません。王妃になるのなら」
「その結果が今日よ。サリア。わかった? サリアがいないと、あたしは何も出来ない無能なのよ!」
「私はただのメイドです」
「今日、こうなることがわかってたんでしょう? だからママ達と先に会場へ行ったんだわ」
「寝る前の貴女の様子を見てたら、誰でも察しがつきます」
「これが答えよ。サリア。あたしはメニーに引きずられて、やっと来たの。予定時刻からうんと遅れてね」
「モニカが泣いてましたよ」
「だからもうメイドを泣かせてはいけないのよ。サリア、お願い」
サリアの両手を握り、真剣に懇願する。
「あたしと来てちょうだい」
「はい。わかりました」
……呆然とすると、サリアが首を傾げた。
「テリー?」
「……、……、……いいの?」
「だって……断ったら、泣くでしょう? 駄々をこねて、やっぱり結婚取りやめるって、大騒ぎするでしょう?」
「……そんなことは……そうね……あたしならやりそう」
「まだ手がかかりそうですね」
サリアがふっと笑い、あたしの手を握り返した。
「奥様に交渉してください。雇い主は彼女ですから」
「……そこは任せて」
「これからも一緒ですね。テリー」
「……」
「ああ、また泣くんだから」
ハンカチで目元を拭ってくるサリアに無言で抱き着くと、サリアがおかしそうに笑い、あたしを抱きしめ返した。
「目を離せやしない」
「……ありがとう……」
「いいんですよ。貴女は見ていて、とても面白い方なので」
「ありがとう……サリア……」
「なんだ!? どうした!? ニコラ!! なぜ泣いている!?」
グレーテルがサリアの肩で泣くあたしを発見し、グラスを取って来た。
「体内の水分がなくなる! 水分補給だ!!」
あたしにグラスを差し出し――あたしがグレーテルを睨み――サリアがきょとんとしてグレーテルを見て――そんなサリアを見たグレーテルが、顔を真っ赤にした。
「ニコラ! その美女は何者だ!! こんな素敵な女性は見たことがない!!」
「美女」
「いや、いい。もうそういうの」
あたしは手を振った。
「うるさい。どっか行って」
「おう。グレタ! ここにいたのか……おっと!? これはこれは麗しの芽吹いた果実のりんごちゃん!」
すかさずヘンゼルが一輪の薔薇を差し出してきた。
「ふっ! 結婚おめでとう!」
「そうだった! 結婚おめでとう!! ニコラ!!」
「まさか君が本当にクレア様と結婚することになるとは思いもしなかった!」
「俺達が見た時のニコラは、すごく小さくて! マナー違反だらけの子供だったのに!!」
「一言余計よ」
「ふっ! 君の瞳に乾杯」
「ほざけ」
「ニコラ! これからも兄さんと俺は君を守ると誓おう!! 命に代えても!!」
「重い、重い、重い。もういいってば。リオンのところに戻って。貴族権がなくなって、あんた達の守るべき相手はリオンでしょ?」
「まさにその通り」
「ニコラ! 俺達がリオン様の様子を見ていることは、ぜひ秘密でお願いしたい!! この通りだ!」
「わかったからテーブルを持ち上げないで。本当にやめて」
ああ、仕方ない。この双子にも言っておこう。
「ヘンゼ、グレタ。伝えておくわ。結婚式、遅れてごめんなさい」
「「えっっっっ!?」」
双子があたしを見て、目を丸くし、体を震わせた。
「あ、赤い果実のチェリーちゃん……、今……お兄さん達に謝ったの……?」
「ニコラ……どうした……? お腹が痛いのか……!?」
グレタが騎士達に振り返った。
「誰か! 物知り博士を呼んでくれ!! テリー様が大変だーーーーー!!!」
「もういい。お前らには絶対謝らない。もう何があっても金輪際絶対謝らないから!」
「ふっ! それでこそ赤いリンゴちゃんだ!」
「お黙り! 消えろ! さっさとくたばれ! どっか行け!」
「その前に!!」
――グレーテルがサリアに跪いた。
「お名前をお伺いしてもよろしいでしょうかあああああああ!!!!」
「……サリアです」
「美しい名前だぁぁぁああああああ!!!!」
「うるさいってば! どっか行ってよ!!!」
サリアの腕を引っ張り、あたしは双子から離れた。
「サリア、ママ達の所に戻ってちょうだい。あの双子は危険なの。もう、本当、関わっちゃ駄目」
「はい。テリー」
サリアがクスクス笑いながら、あたしの背中を撫でた。
「Mr.ジェフ」
「ああ! テリー様!」
「奥様も」
「ご結婚おめでとうございます。テリー様」
「ありがとうございます。だけど……あの……」
あたしは言葉を詰まらせながら、二人に伝える。
「謝罪に来たんです。式に遅れて申し訳ございませんでした。覚悟が……足りませんでした」
「よくわかりますわ。テリー様」
奥様があたしの手を握りしめた。
「どうなるかわからない未来を考えたら、不安になるものです。でも大丈夫。微力ですが、私も主人もついてますわ」
「奥様……」
「こんな主人ですが、頼れる時はとても頼りになるんです。私が体調を崩し、騎士団を辞めると言った時にも、腕があるから勿体ないと周りから言われていたほどです。だから……感謝しているんです。テリー様。会社に主人を入れてくださって」
「こちらこそ感謝してるわ。ジェフがいなかったら、仕事案内紹介所は成り立ってませんもの」
「今後とも何卒」
「こちらこそ」
あたしと奥様が握手を交わし、振り向くと――Mr.ジェフがきりっとして、あたしにお辞儀をした。
「私からも言わせてください。ご結婚おめでとうございます。テリー様」
「ありがとう。Mr.ジェフ」
「私が出会った頃の貴女はまだ何も知らない花の蕾でした。……それが……こんなに立派になられて……ジェフは……ジェフは……」
――やっぱり号泣した。
「うわああああああああああ!!」
「あなた! やめてってば!! 恥ずかしい!」
「おい、ディラン! ジェフ様が号泣してるぜ! あ! テリー様だ!」
「テリー様! 結婚おめでとうございます! これ、お手紙です!」
「俺からも!」
「ありがとう。……Mr.ジェフを何とかしてくれない? ああ……その前に、式に遅れてごめんなさい」
「いいんですよ! テリー様! お陰で俺、テリー様に手紙を書けたんです!」
「ブロックの奴ったら、手紙の用意もなかったんですよ!?」
「てへへ!」
「二人の警備の力は認めてるわ。だからお願い。Mr.ジェフをあやしてちょうだい」
「「ジェフ様! 泣かないの! めっ!」」
ブロックとディランに任せて、あたしはその場から離れた。
あたしは再び歩き出し、披露宴後のパーティーに集まった知り合いを捜した。見つけたので、二人が喋ってる横に座って、グラスを持った。
「お願い。ちょっと休憩させて」
「来たよ。遅刻者」
「もう心配したんだから。ニコラったら」
アリスがあたしの横に移動し、ニクスとアリスが真ん中にいるあたしを抱きしめた。
「結婚おめでとう。テリー」
「おめでとう! ニコラ!」
「ありがとう。ニクス。アリス。ああ……涙出そう……」
「大丈夫?」
「謝罪に回ってるの。でも歩き疲れたわ。こんなに罪が重くなるなんて」
「ニコラ、オレンジジュース」
「ありがとう」
「乾杯しましょ」
「そうしましょ」
アリスとあたしが歌い、三人で乾杯する。
「挨拶ならわかるけど、謝罪しに回ってるって言うのがニコラらしいわね」
「悪いと思ってるのよ。でもね、聞いて。二人とも。言い訳になるってわかってるけど……手足が、異常に震えたの。もう、初めてってくらい。考え出したらマイナスなことがとめどなく思い浮かんできて……あれは……鬱の一種よ……。そうに違いない……」
「まあ、でも、テリーを待ってる間、各自時間を潰してたみたいだし、そんなに気にすることでもないんじゃない?」
「ニクスは優しいから思わないでしょうけど、人の時間を潰すって、とんでもない罪なのよ? あたし、本当に反省してるの。明日はきっと上手くいく」
「とか言って三回目のマリッジ・ブルーが来たりして」
「やめてよ。アリス。これでも堪えてるのよ」
「大丈夫よ。私達もいるんだから」
「そうだよ。テリーは一人じゃないんだから」
二人の親友があたしの手を握った。
「ああ、そうだ。ニコラ、ニクスから聞いた?」
「何を?」
「これなーんだ?」
ニクスが一枚の紙をあたしに差し出した。それを受け取って読み――ニクスに顔を向けた。
「教員免許!?」
「来年から小学校の先生」
「ニクス!!」
嬉しくて、思い切りニクスを抱きしめる。
「夢を叶えたのね!」
「まだ叶えてないよ」
「でも、努力が実ったってことでしょ!? おめでとう! ニクス!」
「ほんの通過点だよ。あたしは、貴族も平民も、関係なく学べる学校を作るのが夢なんだから、これはその入り口ってだけ」
「お金はいくらだって出すわ」
「君の悪いところ」
「だって、アリスも思うでしょ? ニクスが学校を建てたいというなら、あたしいくらだって投資するわ!」
「帽子が必要なら、うちで用意するわ!」
「コネがあって嬉しいよ。うん。困ったらお願いね」
――東方面から圧を感じ、ニクスがちらっと見て確認し、あたしに耳打ちした。
「テリー、謝罪の旅を再開したら?」
「大丈夫! 時間はまだあるわ! ね、どこの学校? もっと話を聞かせて!?」
「東の方向」
――振り返ると、セーラが腕を組んでとんでもない圧であたしを睨んでいた。周りのメイドが泣いている。あたしはアリスとニクスを見て言った。
「戻るわ」
「そうした方が良い」
「私達ここにいるから、また後にでも」
「ええ。そうする。大好きよ、アリス、ニクスも」
「知ってる」
「行っておいで」
「ああ、深呼吸、深呼吸……」
お腹をさすりながらあたしは歩き出し――セーラの目の前で止まった。
「こんばんは。プリンセス。ご機嫌いかが?」
「最悪よ!!!!!」
「あー」
「この馬鹿!!!!!」
「ええ。こればかりは言われてもしょうがない。謝りに回ってるの。悪かったわ。セーラ。せっかく来てくれたのに。本当にごめんなさい」
「わたしがどれだけお父様とお母様を説得したと思ってるの!? あんなに嘘をついたの、人生で初めてよ!!!!」
「貴族はね、嘘が時に必要になるの。嘘は武器にもなり、凶器にもなる」
「お黙り!!!!」
「黙るわ。ごめんなさい」
「あのね!! わかってるんでしょうね!!」
セーラが腰に手を当て、指をとんとんとん! と動かした。
「リオンお兄様が貴族権を放棄したから、自然とクレアお姉様が国王になるってこと!! お前! 王妃になるのよ!!?? 遅刻は絶対許されないの!!!」
「裏で聞いたわ。あたしが来ないからしばらくヴァイオリンを弾いて誤魔化してくれてたって。それでもあたしが来ないからとうとう弾く曲がなくなって……ねえ、セーラ、本当に感謝してるし、申し訳ないと思ってるのよ」
「金輪際! こんなことは無しよ!! わたしが!! どれだけ心細かったか!!!」
「ええ。そうよね。あたし悪い奴だわ。金輪際こんなことがないようにする。ごめんなさい。助けてくれてありがとう」
セーラが肩で呼吸し、黙った。あたしもセーラの呼吸が落ち着くまで黙って待つ。セーラが深呼吸した。そこであたしは首を傾げた。
「お祝いしてくれない?」
「……ふん。甘ったれが。本物の結婚式は明日よ」
「ええ。そうね。テリー・ベックスは王子様と結婚する」
「そうよ。だからお前がロザリーとしての前提で言ってやってもいいわ」
セーラが近づいた。メイド達がぎょっとした。セーラがあたしに優しく抱きついた。
「……結婚おめでとう」
「……ありがとう。セーラ」
だからあたしも彼女を抱きしめ返す。彼女の足には、もう、金の帽子のアンクレットはなかった。
「守ってくれてありがとう」
「ふん! 今回だけだからね!」
セーラがあたしから離れた。
「お前に説教したら、お腹が空いてきたわ! どうしてくれるの!? どう責任取るの!?」
「あっちにうちのシェフが作った料理があるの。ドリーとケルドって言ってね? すごく美味しいもの作るから、良かったら食べてあげて」
「ベックス家のシェフなんか信用ならないわね! でも!? ま! 品定めくらいしてあげてもよくってよ!?」
「明日も頼むわね。セーラ」
「馬鹿が! 二度と遅刻するんじゃないわよ! ふんだ! バーカ! ふん!」
セーラが踊り足でメイドと共にテーブルへ向かったので、あたしは肩をすくめ、振り返った。次のところに行かなくては。
「はい、グラス持って」
「うわ」
「君の瞳に乾杯」
「言ってて寒くないの?」
「なんだよ。ミックスマックスの雑誌に載ってた、女の子が言われて嬉しいキーワードベスト10に載ってた言葉だぞ? もっと喜んだらどうだ?」
「つくづく可哀想な奴よ。お前は」
リオンと乾杯し、あたしは水を飲んだ。
「あたしの結婚式にあんたがいる未来が来るとは思わなかった」
「妹の結婚式に兄は参列するものだ」
「姉の結婚式でしょ」
「結婚おめでとう。ニコラ」
「ありがとう。お兄ちゃん」
「ひと騒動あったが、あれくらい愉快な方が丁度いい。だろ?」
「よくもハロルドさんに連絡してくれたわね。ラジオから放送が聞こえた時に、死ぬ思いだったわよ」
「中央区域の商店街も大騒ぎだったよ。アリスが言って回ってた」
「商店街まで謝罪に行かなきゃいけないの?」
「君の行動がおかした結果だ」
「わかった。結構。いいわ。これでもね、結構反省してるの。悪かったわ。本当ごめんなさい。遅刻して」
「その心をいつまでも忘れずに持っておくことだ」
「人のこと言える? 突然貴族権を放棄して」
「君には言ってただろ」
「ゴーテル様が倒れたって」
「母上は全力で賛成してくれた」
「これからどうするの?」
「父上が一年分の資金を用意してくれた。……あとは出さないって。だから、その資金が尽きないうちに、ちゃんと勉強して、社会に出る。家も契約したんだ。住み込みの」
「住み込み?」
「そう。ミックスマックス本店の店長が用意してくれた」
「あの人……ああ、人が好さそうだったものね……ってことは、何? ミックスマックスの店で働くの?」
「従業員としてね」
「接客業は大変よ」
「病院に行きながらちゃんとやる」
「どこまで続くかしらね」
「この一年が勝負だ。これで僕の人生が決まる。……君と同じように」
リオンがあたしに顔を向けた。
「僕も、自分の人生を生きていく。抗った末に掴んだ……ずっとほしかった幸せな人生だ」
「幸せもあれば不幸もある。後悔するんじゃない?」
「するだろうね。そりゃ、するさ。今だって、なんで貴族権を捨ててしまったんだって思ってる自分がいる」
「でも?」
「ジャックが言ってる気がするんだ。悪夢《幸せ》があればそれでいいじゃないかって」
リオンが笑みを浮かべる。
「抗うよ。僕も」
「……少なくとも、今のあんたにメニーは任せられないわね」
「メニーは結婚に向いてないと思うぞ。もし、メニーに合う相手が現れたらそれは……本当にすごい才能の持ち主だ」
「同意見」
「まだ回るんだろ?」
「ええ。謝罪はまだまだ続くわ」
「行っておいで。傷付いたら戻ってくればいい。お兄ちゃんが慰めてあげよう」
「大丈夫よ。必要ないから」
一歩踏み込み――振り返る。
「傷付いた時はお願い」
「いつでもどうぞ」
おどけた顔のお兄ちゃんと別れた。
あたしは再び歩き出し、披露宴後のパーティーに集まった知り合いを捜した。見つけたので、相手に近づく。
「いい男はいた?」
「そうだな。うーん……彼なんてどう?」
「却下。ヘンゼルなんてロクな男じゃない」
「くすす。それは関わってみないとわからない」
美しいドレスを身にまとったソフィアがあたしの持ってたグラスにグラスを当てた。
「結婚おめでとう。テリー」
「ありがとう」
「しちゃったね。結婚」
「……」
「あーあ。かーなしい」
ソフィアがシャンパンを飲んだ。それを見て、息を吐く。
「……トラブル起こしてごめんなさい」
「いつものこと。もう慣れた」
「……メイク直してくれてありがとう」
「お陰で経験が活きたよ」
「……嫌なら来なくてよかったのよ?」
「君の晴れ舞台をどうして見ちゃいけないの?」
「辛くなるでしょ?」
「恋した人が幸せになった瞬間の顔を見れたら、それは私にとっての幸せにもなる」
ソフィアが妖艶な笑みを浮かべる。
「ま、その後は知らないけど」
「……ねえ、友達として……話してもいい?」
「どうぞ」
「あんたって、追いかける恋が好きでしょ。だからあたしみたいな悪い奴につかまるのよ」
「それは一理ある」
「良い人はいっぱいいる。こんなことあたしの口から言いたくないけど、ね、あんたはお人好しで、外面も内面も良い女なんだから、もっと優しい人とデートに行ったら?」
「つまんないことをする時間がもったいない」
「それを言われたら、あたしの意見は全部おじゃんよ」
「君の意見を聞かずとも、私は自分の行きたい道に進むだけだから」
「あんたには……正しい道へ導く人が必要ね」
「テリー」
「一夫多妻は無し」
「くすす。……なんでわかったの?」
「あたし、人の心が読めるの」
「じゃあ私が今何を思ってるのか当ててみて?」
あたしはソフィアをじっと見て、答えた。
「人の心を弄んだこと絶対許さない。くたばれ。テリー・ベックス」
「君の幸せそうな顔が見られてとても嬉しい。はい外れ。この詐欺師」
「詐欺師はそっちでしょ」
「私は怪盗。引退したけど」
「どっちも泥棒だもの。同じでしょ」
「あはははは! 変わらないね! その雑な感じ!」
「当然でしょ。何も変わらない」
テーブルに置かれたソフィアの手を、手を重ねる。
「あんたとの関係だって、何も変わらない」
「……これはキスのタイミング?」
「あたし一途なの」
「それは残念」
ソフィアが瞼を閉じ――金の瞳を隠した。
「ミス・サリアと話してた。君のことが心配だって」
「駄目かしら」
「何が?」
「いや……ママに……いいえ、本人が先ね。行ってくる」
「うん。行っておいで」
「ええ。行ってくる」
――ソフィアがちらっとあたしを見た。まだ何か言いたけれど、言いたいのだけど、言葉が出てこないあたしに、ソフィアが溜息を吐き、耳打ちした。
「君は、私が手に入らなかった極上の宝。だからこそ怪盗はいつまでも狙いを定めてる」
……ソフィアと目が合う。
「盗まれる覚悟、しておいて?」
「……ソフィア」
「ほら、行っておいで。私は消えたりしないから」
そう言って、あたしの背中を叩いたので、あたしはそこから離れることにした。
近づくあたしが視界に入り、サリアが笑みを浮かべ、クロシェ先生は腕を組んだ。
「お疲れ様でございます。テリーお嬢様」
「結婚おめでとう。テリー」
「ありがとうございます。クロシェ先生」
「私の言いたいことわかる?」
「そのことについて来ましたの。あたしも成長したんですのよ。先生」
「あら、そう。聞こうじゃない」
「……遅れてごめんなさい」
「もう、馬鹿な子!」
クロシェ先生があたしを抱きしめた。
「奥様には?」
「顔を合わせた段階で謝罪を並べました。もう、生きてきた中で一番言ったんじゃないかってくらいの量のごめんなさいを」
「式の打ち合わせの時とかに、クレア様と話し合ったりしなかったの?」
「もちろん、話してました。普段通りに。……普段通り過ぎて……」
「言葉が出てこなかった」
「ああ、クロシェ先生!」
「素直になれないのは貴女の特質ね。でもね、テリー、ため込むのは良くない事よ。きちんと伝えなきゃ」
「良い式にするつもりだったんです。ご説明した通り、クレアはキッドと名乗ってます。こんな時でしか女に戻れません。だから……望むとおりにしてあげたかったんです」
「でも貴女が来ないと、式は成り立たない」
「仰る通りです」
「貴女が心配だわ。テリー。いつになっても目が離せない」
「そうなんです。それで……ね、サリア」
サリアが首を傾げた。
「二人で話せない?」
「……」
サリアがクロシェ先生を見た。
「すみませんが」
「大丈夫よ。そろそろ奥様のところへ戻ろうと思ってたから」
「ありがとうございます」
「じゃあね。テリー。また後で」
あたしの肩を叩き、クロシェ先生が離れる。サリアと向き合う。
「サリア」
「改めまして、ご結婚おめでとうございます。テリー」
「ありがとう。サリア。……本当にありがとう」
彼女には、どれだけ言っても言い尽くせない量の感謝がある。
「あのね、サリア、あたし、こんなんでしょ? メイドが困ると思うのよ。いつもイライラしてるし、冷静になれないし、扱いが慣れないうちは。すごく困ると思うの」
サリアの手を握りしめる。
「……ついてきてほしいの」
サリアが困ったような笑みを浮かべる。
「ねえ、お願い。断らないで」
「テリー」
「エメラルド城は、確かにそうよ。貴族でないとメイドとして入れない。でも、例外もいるの。優秀な人材で、認められれば、侍女としていられる」
「ねえ、テリー」
「お願い。サリア。無理よ。サリアがいないと本当に無理」
「泣かないの」
「だって……不安でいっぱいだわ。あたし一人では無理なのよ。あんな……大きな城で、生活なんて。絶対、無理!」
「メイクが取れます。テリー」
サリアがハンカチを出し、あたしの目元を拭った。
「相手の答えも聞かずに、感情的になってはいけません。王妃になるのなら」
「その結果が今日よ。サリア。わかった? サリアがいないと、あたしは何も出来ない無能なのよ!」
「私はただのメイドです」
「今日、こうなることがわかってたんでしょう? だからママ達と先に会場へ行ったんだわ」
「寝る前の貴女の様子を見てたら、誰でも察しがつきます」
「これが答えよ。サリア。あたしはメニーに引きずられて、やっと来たの。予定時刻からうんと遅れてね」
「モニカが泣いてましたよ」
「だからもうメイドを泣かせてはいけないのよ。サリア、お願い」
サリアの両手を握り、真剣に懇願する。
「あたしと来てちょうだい」
「はい。わかりました」
……呆然とすると、サリアが首を傾げた。
「テリー?」
「……、……、……いいの?」
「だって……断ったら、泣くでしょう? 駄々をこねて、やっぱり結婚取りやめるって、大騒ぎするでしょう?」
「……そんなことは……そうね……あたしならやりそう」
「まだ手がかかりそうですね」
サリアがふっと笑い、あたしの手を握り返した。
「奥様に交渉してください。雇い主は彼女ですから」
「……そこは任せて」
「これからも一緒ですね。テリー」
「……」
「ああ、また泣くんだから」
ハンカチで目元を拭ってくるサリアに無言で抱き着くと、サリアがおかしそうに笑い、あたしを抱きしめ返した。
「目を離せやしない」
「……ありがとう……」
「いいんですよ。貴女は見ていて、とても面白い方なので」
「ありがとう……サリア……」
「なんだ!? どうした!? ニコラ!! なぜ泣いている!?」
グレーテルがサリアの肩で泣くあたしを発見し、グラスを取って来た。
「体内の水分がなくなる! 水分補給だ!!」
あたしにグラスを差し出し――あたしがグレーテルを睨み――サリアがきょとんとしてグレーテルを見て――そんなサリアを見たグレーテルが、顔を真っ赤にした。
「ニコラ! その美女は何者だ!! こんな素敵な女性は見たことがない!!」
「美女」
「いや、いい。もうそういうの」
あたしは手を振った。
「うるさい。どっか行って」
「おう。グレタ! ここにいたのか……おっと!? これはこれは麗しの芽吹いた果実のりんごちゃん!」
すかさずヘンゼルが一輪の薔薇を差し出してきた。
「ふっ! 結婚おめでとう!」
「そうだった! 結婚おめでとう!! ニコラ!!」
「まさか君が本当にクレア様と結婚することになるとは思いもしなかった!」
「俺達が見た時のニコラは、すごく小さくて! マナー違反だらけの子供だったのに!!」
「一言余計よ」
「ふっ! 君の瞳に乾杯」
「ほざけ」
「ニコラ! これからも兄さんと俺は君を守ると誓おう!! 命に代えても!!」
「重い、重い、重い。もういいってば。リオンのところに戻って。貴族権がなくなって、あんた達の守るべき相手はリオンでしょ?」
「まさにその通り」
「ニコラ! 俺達がリオン様の様子を見ていることは、ぜひ秘密でお願いしたい!! この通りだ!」
「わかったからテーブルを持ち上げないで。本当にやめて」
ああ、仕方ない。この双子にも言っておこう。
「ヘンゼ、グレタ。伝えておくわ。結婚式、遅れてごめんなさい」
「「えっっっっ!?」」
双子があたしを見て、目を丸くし、体を震わせた。
「あ、赤い果実のチェリーちゃん……、今……お兄さん達に謝ったの……?」
「ニコラ……どうした……? お腹が痛いのか……!?」
グレタが騎士達に振り返った。
「誰か! 物知り博士を呼んでくれ!! テリー様が大変だーーーーー!!!」
「もういい。お前らには絶対謝らない。もう何があっても金輪際絶対謝らないから!」
「ふっ! それでこそ赤いリンゴちゃんだ!」
「お黙り! 消えろ! さっさとくたばれ! どっか行け!」
「その前に!!」
――グレーテルがサリアに跪いた。
「お名前をお伺いしてもよろしいでしょうかあああああああ!!!!」
「……サリアです」
「美しい名前だぁぁぁああああああ!!!!」
「うるさいってば! どっか行ってよ!!!」
サリアの腕を引っ張り、あたしは双子から離れた。
「サリア、ママ達の所に戻ってちょうだい。あの双子は危険なの。もう、本当、関わっちゃ駄目」
「はい。テリー」
サリアがクスクス笑いながら、あたしの背中を撫でた。
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