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十二章:おとぎ話の悪役令嬢は罪滅ぼしに忙しい
第15話 大団円
しおりを挟む「……いいか。俺様がいたから、どうにかなったんだからな。全く! ……まっ! もしてめえらに子供ができたら……そんくらいに、また会いに来てやってもいいぜ! じゃあな! あばよ!」
翼が、肌をかすった。
「これが最後の願い事」
「もう二度と会うことはないでしょう」
「さようなら」
――美しい花畑の中で、クリスタルの瞳が開かれた。
クレアが起き上がった。刺された腹部を撫でる。しかし、やはりそうだ。幻覚だ。別の時間軸にいる婚約者が書き残した記録書に載っていたとおりだ。
オズは、人間を殺すことができない。呪うことしかできない。
貴女は囮よ。
あとはドロシーが何とかしてくれる。
ドロシーこそが救世主。
大丈夫よ。クレア。ドロシーを信じて。
「無事かー?」
「……胸がいてぇ……」
リトルルビィが左胸を押さえながら起き上がった。
「ソフィアー?」
「……もうあんな催眠は御免です……」
ソフィアが両目をしばたたかせながら起き上がった。
「レッド、リオン!」
「……」
「ああ! 生きてる! 僕、生きてる!! 死んだと思った!!」
レッドとリオンが起き上がった。クレアがゆっくりと立ち上がり、辺りを見回した。
「メニー?」
「……ん……」
「ああ、いたいた」
クレアがメニーを見下ろした。
「大丈夫か?」
「はい……。クレアさんは?」
「ああ、広い青空に登る太陽。最高の気分だ」
「良かった。怪我はなかったんですね」
「オズは人を殺せない。天使だからな」
クレアがメニーの手を掴み、引っ張り上げた。
「して、ここはどこだろう。セーラにエメラルド城から脱出させるよう天使様に願えと伝えたが、場所まで指定してなかったな」
「お花畑……」
「メニー」
リトルルビィが訊いた。
「テリーは?」
全員が黙った。空から悲鳴が聞こえた。全員が空を見た。
あたしは、空から落ちてくる空飛ぶテリーちゃんになっていた。
「助けてーーーーーーー!!!!」
「テリー!!」
「テリーさん!!」
「お姉ちゃん!」
「くすすすすすす」
「ニコラーーーー!!」
「まっ、ダーリンったら、楽しそう! ずるい!」
「誰か助けろーーーーーーー!!!」
翼ザルの野郎ども! クレア達を地面に下ろして、あたしだけ空ってどういうことよ!!
「お前ら全員末代まで恨んでやるから!! 覚えてらっしゃいーーー!」
「やべえ! どうする! お兄ちゃん!」
「俺が飛んで……!」
レッドがはっとした。……呪いが弱まっている。いや、消えかけている。
レッドがリトルルビィを見た。赤い目が薄くなっていた。
「……呪いが消えかけている」
「え?」
「これが……きっと最後だ」
ソフィアが目を輝かせようとして……やめた。最後になりそうな予感がした。メニーが空を見た。クレアが空を見た。レオが影を見た。
「……ジャック、いけるか?」
ジャックの笑い声が、遠くなっている。
「最後に、みんなを怖がらせてやろう」
「ケケケケケケ!!」
ジャックが皆の影を掴み――空高く振り飛ばした。
「コレコソ、極上ノ悪夢ダ! ケケケケケ!」
ジャックの笑い声が、遠くに消えていった。空に近付いたのを見て、レッドが叫んだ。
「テリーさんを、頼みます!」
レッドがコウモリとなって、いけるところまで四人を乗せて飛んだ。そして、最後の力を振り絞って、また上へ飛ばし、コウモリの翼は、レッドの腕に戻った。
空に近付いたのを見て、ソフィアがくすすと笑った。
「リトルルビィ、こっち見て」
「ん」
ソフィアの黄金の目が光った。
「君はとっても高く、人を飛ばせる」
リトルルビィが催眠にかけられた。
「お願いね」
リトルルビィが深く息を吐き、二人に言った。
「下で待ってる!」
クレアとメニーが、空高く飛ばされた。ソフィアを抱えて、リトルルビィが高いところから無傷で着地した。――ソフィアの黄金の瞳は、もう輝かない。リトルルビィの目は栗色となり、血を吸うための牙は引っ込んでいた。
クレアとメニーが顔を見合わせる。上には、ジタバタして泣き叫ぶあたしが情けなく助けを呼んでいる。
メニーがクレアを見つめる。
クレアが笑みを浮かべる。
メニーが口を開いた。
「任せます」
クレアが強く頷いた。
メニーがクレアに触れ――高く飛ばした。メニーの中にいた魔力《トゥエリー》が薄くなって――風に消えた。
「無理! もう無理! あたし無理! あたし死んじゃう!」
あたしは落ちることしか出来ない。
「誰か……!」
あたしは必死に願った。
誰か、あたしを助けて!!
「お待たせ!」
あたしの目の前に、クレアが飛んできた。
「あたくしこそ、貴様の救世主!」
手を差し出す。
「迎えに来てやったぞ! テリー!」
あたしは息を吸い、腕を伸ばした。しかし、届かない。クレアがニコニコしながら待つ。あたしはもっと腕を伸ばした。指が一瞬触れた。あたしは両手を伸ばした。
手を掴んだ。
クレアがあたしを引っ張り、その腕で確かにあたしを抱き寄せた。
「あはははは! 救出!!」
クレアの体温に、抱きしめられた。
「おーい! テリーを掴まえた! 受け止めは任せるぞー!」
レッドがあわあわしだした。リオンが布を見つけて持って走ってきた。ソフィアがそれを掴んだ。リトルルビィが全力で布を広げた。メニーが強い眼差しで見上げた。クレアが渦巻く魔力を使った。
しかし、その魔力だけは消えなかった。
布にクレアとあたしが落ち、全員尻餅をついた。あたし達のせいでいくつかの花が潰れ、いくつかの花は、あたし達を囲んで揺れた。
「はっはっはっはっ! つくづく貴様といると暇がなくなってしまうわ! ダーリン!!」
「……」
「ん?」
「ふひ」
変な笑いが出た。
「ひひひ、ひひひひ……」
「おや? どうした? ご機嫌だな。テリーちゃん」
「……愛してる……」
クレアを抱きしめる。
「愛してる。クレア……」
「……あたくしも愛してるよ。テリー」
クレアがあたしの顔を胸に埋め、誰にも見せないように隠した。あたしの涙がクレアの服に染みていく。クレアの手が優しく動き出し、あたしの頭を撫でた。
――それを見ていたリトルルビィが、けっ! と言って、布の端をあたし達に投げた。
「惚気はよそでやりやがれ」
「全力で守ろうとしてたくせに」
「黙れよ。ソフィアのくせに」
「くすす。まだまだおこちゃまだね。リトルルビィ。……テリー、私の胸を貸そうか? 殿下よりも大きいと思うけど」
「ひゃははは!」
「ソフィア、テリーがハイになってる。やめておけ。刺激するな」
「ひゃははは!」
「テリーさん、大丈夫ですか?」
「なあ、ニコラ、空の旅はどうだった? ミックスマックスのキャラクターでも、空を飛べる奴がいるんだけどそいつがとってもかっこい……」
「テリー」
メニーがあたしの頭を撫でた。
罪滅ぼし活動ミッション、オズがいなかった世界にする。
「……お疲れ様」
あたしはクレアの胸に顔を隠しながら、メニーの手を掴み――強く、握りしめた。
花が揺れる。
風が舞う。
呪いが消え、人々は目覚める。
闇は消え、太陽が現れる。
地下にいた人々は外で目覚め、
外にいた人々は何事もなかったかのように目覚め、
魔法使い達が住んでいた町は、永遠に閉ざされた。
呪いは、存在しなかったのだから、当然だ。
ニクスが目を覚ました。
学園寮の、自分の部屋であった。
肌に、翼がかすった気がした。
(*'ω'*)
――馬車が動く。
まさか、城下町から離れた町まで移動させられていたとは、誰が予想したことだろう。
疲れていたのか――随分長い事眠っていたようだ。
見上げると、キッドのふりをしたクレアがあたしの手を握って、眠っていた。
あたしはその手を見下ろす。あたしの小指には青いクリスタルが入ったリング、クレアの小指には赤い宝石の入ったリングがされていた。
「……」
「んぐ……今何時……?」
クレアが窓から外の景色を見た。夕暮れ時の空を寝ぼけた目で眺めて、息を吐く。
「はあ……夕方か……ふわあ……」
「クレア」
「なーに……? ダーリン……」
「あたし貴女を愛してる」
「うん……。あたくしも愛してる……」
「一日の九割、男のふりをする貴女でも平気」
「理解してくれてどうもありがとう……」
「クレア」
「なーに……? ダーリン……」
「あたしと結婚して」
――クレアが覚醒した。
「悪いようにはしないから」
――強く手を握りしめる。
「……」
ちらっと、見上げる。
「だめ?」
――クレアが目を見開き、口をわなわなと震わせ、真っ赤な顔であたしを見ていた。
「あ、寝ぐせ」
クレアの髪の毛を直すために手を伸ばして――、
「っ」
あたしが唇を塞ぐと、クレアが完全に停止した。馬車が揺れる。夕暮れは沈んでいく。唇を離したあたしは、クレアだけを見つめる。
「ねえ、だめ?」
「……」
「返事」
「……」
「またキッドと頭の中で会話してるんじゃないでしょうね?」
「……ん……」
クレアが首を振った。
「ね、クレア、返事」
「……ん」
「……ああ、わかった」
あたしは一度、浮かした腰を元の位置に戻し、クレアと両手を握り合い、顔を見合わせる。
「仕切り直し。あたしのクリスタル。愛してるの」
「……うん」
「ずっと一緒に居たいの」
「……うん」
「キスもいっぱいしたいの」
「……うん」
「セックスもしたいの。ほら、あたし、性欲とか沸かなかったから、きっと、爆発すると思うのよ。貴女相手に」
「……ふぇ……」
「貴女がいけ好かない王子様役になるのだって、もう慣れたわ。つまりね、あたししか貴女の側にいられる相手っていないと思うの」
「……」
「だから、クレア」
両手を握りしめて、美しく輝くクリスタルの瞳を、真っすぐに見つめる。
「あたしのものになって」
これはプロポーズだ。
「あたしとの子供を産みなさい」
――クレアの口から、言葉が消えた。
窓から入って来た風が、あたしとクレアの髪を揺らした。
馬車が揺れる。
夕日が世界を赤色に染める。
花が揺れる。
鳥が飛ぶ。
クリスタルは輝く。
クレアが息を吸い、か細い、蚊が飛ぶよりも、とても小さな声で答えた。
「……はい……」
見慣れた風景になって来た。
きっと、城下町までもうすぐだろう。
握られた手に指を絡ませ、
はめられたリングは光り、
揺れる馬車の中、
プロポーズが成功したあたしとクレアが、唇を重ね合った。
「……あ、もしもし? マーロン? 今いいかしら?」
世界の歌姫が受話器を片手にタバコを吸い始めた。
「今のうちに訊いておこうと思って。明日のスケジュールを教えてくれる? ほら、世話係も来るでしょ? それで……キッド様とテリーの結婚式の後、時間が余ってたら食事しない? 二人きりで」
『おお。それは……ふふっ、そいつはいい。素晴らしい提案だ』
「久しぶりに夫婦で過ごしたいわ。ベイビーちゃん」
『熱い夜になりそうだ』
「ふふっ」
『ところでイザベラ、君の声を聞けてとても嬉しいんだけど……今日は秘密の親友の結婚式だと言ってなかったか? 君は今頃、その親友とワインをがぶ飲みしていると思っていたよ』
「ああ、大丈夫。式はまだ始まらないから」
『え? ……もう予定時刻じゃないか?』
「それがね」
イザベラがタバコをふかせた。
「秘密の親友が人生二回目のマリッジ・ブルーにかかって、逃走しちゃったのよ」
――とても賑やかになった式場で、イザベラがのんびりと夫と話し出した。
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