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十一章:魔法の鏡よ姿を見せて
第27話 Bonjour espoir
しおりを挟む「早いうちに辿り着くとは思ってたよ」
ドロシーが腕を伸ばした。
「君は人を殴るための執着心が強いからね」
あたしは手を伸ばした。
「遅かれ早かれ、このような結果にはなったことだろう」
ドロシーが鏡に触れる。けれどその手に触れることは出来ない。
あたしが鏡に触れる。けれどその手に触れることは出来ない。
「ま、気づいてくれてよかった」
ドロシーが額を鏡につける。けれど触れることは出来ない。
あたしが額を鏡につける。けれど触れることは出来ない。
「また会えたね。テリー」
ドロシーが笑みを浮かべる。
けれど、触れることは出来ない。
「訊いておこうか。魔法使いはどうだい? 君が求めていた魔法は今や全て君のものだ。今の気分は?」
「ルールが面倒くさい」
「約束事があるからこそ秩序が保たれる。散々君に外へ連れ出されたボクの気持ちがわかっただろう?」
「あたしはまだもどきだから許されてた。だけど、確かにお前みたいな本格的な魔法使いは大変そうね」
「ああ。すごく大変だった。ま、もうそんな苦労しなくても済むんだけど」
あたしの目玉は鏡の中に向けられている。
ドロシーの目玉はあたしに向けられている。
「痩せたね」
「……ええ。誰かさんのせいでね」
「へえ。誰だろう?」
「誰でしょうね?」
「君はざまあみろって言ってとても健康的に過ごすと思ってた」
「……」
「……冗談だよ」
「……笑えないわね」
「時間がなかった」
数秒後に肉体が滅びるのを心から感じた。
「あの状況で魔力を残すには、あれしか方法がなかった。今なら、ボクに魔力を残した親友の気持ちがよくわかるよ」
「……あんたをこっち側に引っ張り出すことは?」
「確かにボクはいるよ。君の中に、まだ一部が残ってる。けれど、わかってるだろう? 肉体は滅んだ。この状態も……そう長くは続かない」
「……」
「なんだい? どうしたのさ? テリー。君らしくないじゃない! いつもの睨み顔はどうしたの?」
拳を握りしめる。
「お前なんか大嫌いよ、この役立たずって悪態をついて、我儘言いたい放題な君は、どこに行ったのさ?」
あたしは唇を噛み締める。
「そんな顔しないでよ」
ドロシーの指があたしの頬があるところをなぞる。
「そんな泣き顔、君には似合わないよ」
ドロシーの申し訳なさそうな笑顔を見るたびに、あたしの頬が濡れた。どれだけ鏡に触れても、ドロシーに触れることは出来ない。どれだけ叩いても、ドロシーが痛がることはない。だから、ドロシーは優しい声をあたしにかける。
「ほら、テリー」
「……」
「わかった。今のは意地悪だった。悪かったよ。ごめんね。あー、あと、あれだ。君に夢みたいな空を飛ぶ魔法をかけてあげる前に、勝手にくたばってごめんね」
「……」
「テリー、悪いけど……ハンカチを渡せないんだ。必要なら自分で出してくれる?」
「……」
「……君、ボクに言いたいことがあるんじゃないのかい?」
「……杖に」
星の杖を差し出す。
「魔力を」
「イメージするんだ。君の中にあるボクの魔力に言ってごらん。杖に、魔力をと」
あたしはイメージした。10人分の魔力がドロシーの魔力を動かした。いける気がして、あたしは――緑の魔法使いが息を吹いた。逆風が吹いてもそれを押しのける強さを持つ魔力が星の杖を囲んだ。そして中に浸透していき……杖が温かくなった……気がした。――あたしは健康に戻った。
そして、星の杖は輝きを取り戻す。
罪滅ぼし活動ミッション、杖を元に戻す。
ミッションクリア。
「よく頑張ったね。テリー」
あたしはドロシーを睨む。
「君は本当に成長したよ」
笑みを浮かべたドロシーがあたしの後ろを見た。
「やあ、救世主様。君が生きててくれて助かった」
「また会えて嬉しいぞ。魔法使い様」
クレアがあたしの横に並び、あたしの腰に触れた。
「鏡の中はどうだ?」
「今は鏡の中だけど、基本テリーの中にいるから生きてるのと同じ感覚さ。テリーの腹が立てばボクも腹が立つし、テリーが悲しいと思えばボクも悲しくなる。今更だけど、君の中に入ってより強く感じた。情緒不安定すぎない?」
「お黙り」
「ドロシー、ほら、こいつ照れ屋さんだから。悪気はないの。許してね」
「テリーの目を通じて見させてもらったけど、全く、二度目の世界もとんでもないことになっているね。一度目の世界よりも状況が酷いかもしれない。人々は地下。外は闇に覆われ、呑まれた者達はどうなっているかわからない」
「オズの結界さえ崩せれば今すぐにでも文句を言いに行ける。テリーなら出来るかもしれない可能性がある。貴女はどう思う?」
「どうも何も、お姫様。メニーの意見そのままさ。出来るよ。テリーの中に流れている魔力はオズの魔力であり、ボクの魔力である。今のテリーならオズと互角にやりあえるだろうね」
「そうか。それを聞いて安心した」
クレアが笑みを浮かべて、あたしの背中を撫でた。
「明後日だ」
あたしはクレアを見る。
「明後日、世界が終わるか、続くかが決まる」
クレアが乾いてないあたしの頬にキスをした。
「兵士どもに伝えてくる。レッド、ついてこい」
クレアがそう言って倉庫から出ていくと、レッドも黙ってクレアについていった。倉庫にはあたしとドロシーが残された。改めて――鏡に向き合う。ドロシーが肩をすくませた。
「今夜はもう遅いし、明日一日最後になるかもしれない時間を作る。クレアは本当にみんなのボスだね」
「ええ。これ以上ない最高の女だわ」
あたしは鏡の前に座った。ドロシーも同じタイミングでその場に座った。
「どう思う?」
「何が?」
「世界がどうなるか」
「さあね。こればっかりは」
「呪われていたとはいえ、中毒者は人間だった。人間に立ち向かうのは作戦と物理でどうにかなる。けれど、今度は本物の魔法使い」
魔法使いの王。
「ドロシー、物語って、どれもこれもハッピーエンドで終わるの。オズと人間の戦いは、まるで平行線で、ハッピーエンドが見えない」
「あいつ頑固だからね。ボクが滅茶苦茶説得しようとしたのに、まるで知らんぷり。心が狭いのさ。よっぽどこの世界が嫌いなんだろうね」
「……あんた、異世界から来たんだって?」
「そうだよ。青い空と海が綺麗なところから来たんだ。町も綺麗で、こう呼ばれていた。芸術の都と」
「……食べ物は美味しいの?」
「うん。でも、こっちの世界も美味しいよ。似ている食べ物が沢山ある」
「見てみたいわ」
「見るのは無理だろうね」
「そうね。でも……知ってる。確かに――フォアグラは美味しそう」
ドロシーが黙った。
「……戻ろうと……思ってみたいよ。何としてでも、お前を迎えに行こうとしてたみたい」
「……」
「結婚はしたけど、子供が生まれる前に離婚した。竜巻のことを調べてた。研究者だったみたい。チームを立ち上げて、竜巻のことを調べて、賞も貰った。知り合う若い人たちが孫代わりだった。朝日が昇る時よ。風の音が聞こえたわ。北の風と、南の風がぶつかる音。部屋の花も、風に揺られてた。トゥエリーの一部に見守られて……ベッドで、苦しまずに、寝るのと同じ要領で……亡くなったみたい」
「……」
「最後に言った言葉は『トト』」
「……」
「言っておくけど」
あたしはトトを見る。
「あたしはドロシーじゃない」
「わかってるさ。君はテリー。ドロシーじゃない」
「同じよ。メニーもトゥエリーじゃない」
「もちろんわかってるよ。君の妹はメニーだ」
「トト、異世界のお前から見て、どうしたらこの状況をハッピーエンドに繋げることが出来ると思う?」
「君は頭が足りない。猫にそんなこと訊いてどうするの?」
「人間より観察力が鋭いからよ」
「それに関しては正解だ。ならばボクの意見を言おう。そもそも魔法がなければこんなことにはならなかった。オズがいなければ、こんなことにはならなかった。魔法の歴史がなければ、呪いも、魔法使いの虐殺という歴史も存在しなかった」
トトが笑みを浮かべた。
「オズさえ、この世界から出ていれば、精霊が勝手に歴史を進ませた。だけど、オズは人間達に閉じ込められて出来なかったみたい。それで暴走しちゃったって」
そうだね。
「これがもしおとぎ話で、ボクが物語の作者ならば、二度目の世界にする時点で、オズの歴史を変える救世主を使わすね」
「これはおとぎ話じゃないわ。現実よ」
「そうさ。だから……」
トトが近づいた。
「伝えておくよ」
「……何を?」
「知られちゃいけないこと」
「何の話?」
「君も知ってる魔法使いのルールがあるだろ? あれの類さ。知られちゃいけないんだ。でも、今の君は魔法使いもどきで、一応、枠に入ってるから知ってもいい」
「……誰かに言ったらどうなるの?」
「それ相当の罰を受けるだろうね。君も、知った相手も」
「……」
「だから、ある魔力を操ることしかできないクレアにも伝えてはいけない。リオンにも、リトルルビィにも、ソフィアにも」
ドロシーが手を動かした。
「一度しか言わないよ。よく聞いて」
あたしは耳を向けた。
「実はね」
ドロシーが秘密を言った。
「だから、オズは呪いの飴をみんなに配った」
あたしは眉をひそめた。
「あいつは元々精霊の元から生まれた天使だ。当然さ」
「……」
「この情報をどう利用するのも君の自由さ。ただし、口には出してはいけない」
「……わかった」
「大丈夫。君、自分のメリットにならないことに関しては口が硬いし、嘘つきになるから」
「何言ってるの? あたしは素直な正直者よ」
「メニーにとっての良き姉を演じようとしていた君がよく言うよ」
「だったらあんたが死刑にした相手が目の前にいて、愛せって言われたらどうするのよ」
「ボクは死刑にされないさ。優しいもん」
「自分で優しいって言うな」
「ボクじゃない。ドロシーがそう言ってた」
「……見る目がない女だったのね」
「まさか。最高の相棒だった」
ドロシーが瞼を閉じた。
「……苦しまずに旅立てたんだね」
「……それは間違いない」
「そっか。それなら……」
微笑む。
「良かったよ」
「……リオンが、話がしたいって言ってた。呼んでくる?」
「……いや、いいや」
「……いいの?」
「うん。今は、とりあえず。二人で話すといいよ」
「……このでかい鏡運んだ方が早いかもね。ここ、暗くてあまり好きじゃないわ」
「ボクが君やメニーの部屋で寝る理由がわかったろう? ベックス邸にあった猫部屋はこんな感じだったんだよ」
「それとこれとは話は別よ」
「君さ」
「何」
「そろそろご飯食べたら? お腹空いてきたでしょ」
「リオンとの話が終わってからでいい」
「じゃあ、その後ちゃんと食べなよ?」
「言われなくとも」
「あと、ボクは君の中にいるけど、気にせずクレアとイチャイチャしていいからね」
「ふん。見せつけてやるわよ」
「……」
「……」
「リオンと話をするんじゃないの?」
「少し疲れたの。もう少し休んでから行く」
「……ああ、わかったよ」
「ねえ、アメリアヌってどうして女神って言われてるの? ただの面倒くさがり屋のおばさんじゃないの?」
「ウィンキー達の崇め具合は半端ないからね。偶然、世界に広まっちゃったんだろうね」
「ロカトールは良い人だったわ。ああ、それと、毒の魔法使いが……」
そのまましばらく、あたしとドロシーはしなくてもいい、時間の無駄になるだけの世間話を気にせず続けた。
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