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十一章:魔法の鏡よ姿を見せて

第22話 正しき偽善よ鐘を鳴らせ(4)

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 人狼達は思わず下がった。

 地面から芽が出て花が咲くと、その中から美しいメニーの幻覚が現れた。人狼達に微笑んだメニーの幻覚は、笑顔のまま手を叩くと、地面が爆発した。
 人狼達が驚いて下がるが、逃がしはしない。

「言ったでしょ。感情に流されちゃ駄目。あんたは、家に帰らなきゃいけない。リトルルビィが待ってるのよ」

 レッドが目を大きく開き――充血して染まった赤目が白目に戻り――目の奥から一気に大きな涙を雨のように降らせる。

「貴方はあたしの救世主。で、あたしは?」
「……僕の救世主」
「走る準備をして」

 メニーの幻覚が笑顔で手を叩いて土を爆発させる。この行動の影響を、魔力があたしに教える。

「これ以上は良くない」

 やぐらが倒れてきた。睨むと、メニーの幻覚が手を叩き、あたしとレッドだけを守り、近くにいた人狼はやぐらの下敷きとなった。しかし、さらにそこへ人狼が飛び込んできた。レッドがリトルルビィの体を揺らした。あたしは杖を構えたが――横からキッドが割込み、飛び込んだ人狼の腹に剣を刺した。すぐに引き抜き、一瞬だけあたしを見て、にやりとして、再び人狼達に剣を構える。

「ルビィは放っといていい。早く行け」

 あたしは帽子を深く被り、マントを翻すと――レッドがあたしを抱きかかえ、コウモリとなって空に飛んでいく。どんどん上に飛んでいき、雲に突っ込み、星空に手が届きそうになり、あたしが星の杖をくるんと振ったと同時に――世界から、存在するはずのなかった二人が消えた。

 同時にメニーの幻覚も、美しい砂となって消えるのだった。


(*'ω'*)


 羽を広げ、空を舞う。次に雲から抜け出した時には、アトリの村は水の底に沈んだ後だった。あたしとレッドが沈んだアトリの村を空から眺め、周辺には妙な静けさが残されていた。

 西の魔女――トゥエリーの城の下では、テントが張られ、焚き火が輝いている。

「……レッド、一度あの城に下ろしてくれない? あの……てっぺんの……頭の部屋で良いわ」
「……わかりました」

 レッドが素直に従い――トゥエリーの部屋に、あたしを下ろした。

「……」

 頭の中にあるトゥエリーの部屋と、この時代の部屋は、何も変わってなかった。ただ、そうね。……埃が、増えたかしら。掃除する人も、食べる人も……いないから。

「……」

 トゥエリーの机の引き出しを引いた。そこには、一つにまとめられた紙の束が入っており――前まであまり読めなかった古代文字が、嘘のように読めるようになっていた。

 ――ドロシー、いいかい! もう埃は捨てるんじゃないよ! わかったね!
 ――やあ。トゥエリー。おはよう。君が寝ている間に掃除をしておいたよ。起きたら声をかけて。今日は東館を掃除する予定だから。
 ――ドロシー! どうしてお風呂の泥を抜いちまったんだい! 泥浴びをすごく楽しみにしてたのに! お前なんか大嫌い!

 これは……あたしではない。
 けれど、あたしの魂が知っている。

 これを書いてる時、この部屋には確かにトゥエリーがいた。そして、この部屋の掃除をするよう命じられたから――ドロシーは、箒を持って、部屋を掃除した。


「トト、君も手伝ってくれる?」
「にゃー!」
「流石トト! やっぱりボクら、相棒だね!」


 ――……。

「ありがとう」

 レッドがあたしを見た。

「もういいわ」
「……」
「光は森を差してる。最後の魔法使いを――捜しに行きましょう」
「……はい」
「それじゃあ」

 あたしはトゥエリーの机を撫でた。

「さようなら。西の魔女」

 二度と、ここに来ることはないだろう。

 そんな気がした。






 ――平和の願いよ、聞き届けたり。そなたらに見せよう。これが平和ぞ。





 白い光が一筋、空に向かって走った。すると、そこには満天の美しい星空が広がった。

 人々は夜空を見上げる。
 星空を眺める姉妹は手を握る。
 星空を眺めた兄妹は別れる。
 水の底には沈んだ村がある。

 平和を願う星空が、どこまでもつづく。

 あたしは森の奥へ歩いていく。少し離れているけれど、レッドが後ろからついてくる。

(……さて)

 気まずい空気で溢れている。

(なんて言おうかしらねー。まさかリトルルビィとキッドがあそこであんな重たい話をするなんて予想するわけないじゃない)

 しかもがっつり八歳の時って言ってたし。

(自分の寿命がもうわずかだってわかっちゃったじゃない。違う。リトルルビィを責めたいわけじゃない。リトルルビィは何も悪くない。悪いのはキッドよ。お前がリトルルビィをあそこに連れていかなければ、あたしとレッドの関係もこじれることはなかった。全部キッドのせいよ。だから嫌いなのよ。お前なんか。この状況どうしてくれるのよ。ああ、どうしよう)

 あ! ひらめいた!

(次の時間軸でお菓子とか買ったら許してくれるんじゃない!? 子供だもの! 単純よ!!)

 ――……。

(それはないかー……。子供って妙なところで鋭いのよねー……。リトルルビィもそうだったし……)
「……」
(ああ、どうしよう。なんて言おう……。やばい。まじでやばい……)
「……あの」
「っ」

 突然声をかけられるが、足を止めない。止められない。言い訳を高速で考える。やばいやばいやばい。子供は純粋。単純。素直。言い訳なんてしようものならすぐばれる。やばいぞ。どうするどうする。あたし、どうする。なんて言い訳をしたらいい!? メニーならなんて言う? あいつクレアのように口だけは上手いから! まじでそういうところも嫌い!! ああ、じゃなくて……ああ、あああ……。

「……ごめんなさい。余計なことして……」
(おん?)

 あたしはきょとんとした。しかし、歩くことはやめず、そのまま耳だけ傾ける。

「でも……あのまま離れてたら……リトルルビィが死んじゃうと思ったから……」

 人狼が囲んでた。村人の数は少ないとはいえ、それはあたしが大人だからわかることであって、子供のレッドから見たら、巨人が沢山いるようなもの。

 どれだけ心細かったことだろう。

「で、でも、今回は、本当に、やりすぎたと思ってます……。僕達は時間軸の人間に干渉してはいけない。わかってます。すみませんでした」

 レッドが絞るような声で言った。

「……ごめんなさい……」
「……」


 あたしは立ち止まった。レッドははっとした。
 あたしは振り返った。レッドの顔が青く染まった。
 マントから手を伸ばした。レッドがびくっと体を揺らし、目を固く閉じる。

 ――叩かれる……!

「ん」

 あたしはレッドの頭を出来る限り優しく撫でた。レッドが俯いたまま、そっと目を開けて……もう一度顔を上げた。

「……悪いわね。先に謝らせて。……謝るのはあたしの方よ。ごめんなさい」
「……」
「そうよ。知ってた。レッドがこの先どうなるか。呪われたリトルルビィは、未来永劫、天涯孤独の身となった。だからあたしはあの子に同情した。あの子と仲良くなった。でも、それを死ぬはずの本人に言えば、その歴史すら消えるかもしれない。あたしは消したくなかった。元の時間軸の世界に帰りたかった。だから黙ってた。……ごめんなさい。救世主って言っておきながら、あたしは貴方を助けることは出来ない」
「……」
「……レッド、あたしは歴史を変えられない。変えてはいけない身なの。だから……ヒントだけ出してあげる」
「……?」
「レッドが自分の世界に戻った後、どう動いたら……起こるはずの歴史が変わらないまま……レッドの未来が変わるのか。そんな未来、あたしは見たことがない。だって……ごめんね。正直……何度も貴方のお墓参りをしたの。リトルルビィと一緒に。だから、貴方が生きてる未来は、きっとあたしがあたしじゃない時間軸になると思う。それでも……貴方は助かる。それが可能なら、あたしはいくらだってヒントを出す」

 レッドの両手を握りしめ、彼の目を真っすぐ見つめる。

「レッド。よく聞いて。死ぬ運命にあるなんて絶望したってね、女神の思い通りにさせたら駄目。このままじっとして諦めちゃ駄目。希望を寝かせては駄目。夢を眠らせては駄目。全ては自分の行動次第よ。眠ってもいい。だけど、すぐそばに目覚まし時計を設置して、自分だけは起きて、行動するの。そうすれば……変化は必ずある。必ずね。……レッド」
「……」
「貴方はあたしの救世主。そして」
「……貴女は……僕の救世主……」
「辛くても、振り返っては駄目よ。前だけを見るの。いいわね?」
「……」
「行きましょう」

 レッドの手を離し、あたしは杖を手に持つ。

「まだ杖の力は戻ってないわ」

 光の導く先を目指して歩いていく。それを赤い目が見つめる。あたしは足を止め、チラッと振り向き、笑みを見せた。

「……行くわよ。レッド」
「はい。……テリーさん」

 レッドがあたしの横に小さく走り、あたしの手を握って来た。だからあたしもその手を握り返し――森の奥へと、消えていくのだった。



 白い風が吹いた。
 闇だけが残される。


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