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十一章:魔法の鏡よ姿を見せて

第20話 正しき偽善よ鐘を鳴らせ(2)

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 目を開けると、あたしは庶民が着るような地味なドレスに、腰にエプロンを巻いた姿で立っており、白い壁と白い床に囲まれていた。目の前には、巨大な白い木が一本、あたしを見下ろしているようだ。

(……道具は何もないみたいだけど、どうやってリンゴを実らせればいいの?)

 しばらく見ていると、突然、一気にリンゴが実った。

(うん?)
「揺らして! 揺らしてよ! みんな熟してるんだ!」

 赤いリンゴ達が一斉に叫びだし、あたしは慌てて木の周りをうろついた。

「え、何。どうしたらいいの?」
「揺らして! 揺らしてよ! みんな熟してるんだ!」
「揺らす? あ、木を揺らせばいいのね?」

 両手で木を揺らすと、小さなリンゴが沢山降って来た。あいた。一つ頭に落ちてきたが、あたしは木を揺らし続けた。お陰でリンゴは山盛りになったが、その中に金のリンゴは無かった。

「これはやり直しってこと?」
「金のリンゴは珍しいからね!」
「滅多に実らない」
「お腹空いた。どれか食べていい?」
「「どうぞー!」」
「喋るリンゴを食べる時が来るなんて……。……。あら、意外と美味しい」

 あたしが一休みすると、頃合いを見たようにリンゴが実った。

「揺らして! 揺らしてよ! みんな熟してるんだ!」
「はいはい。ちょっと待ってね」
「急いで! 急いで! 腐っちゃうよ!」
「急がば回れって言葉知らないの?」

 木を揺らすと、リンゴが山ほど降って来た。そして、その中に埋もれていた小さな金のリンゴ見つけた。

「あ、金のリンゴ!」

 手に持つと、金のリンゴが赤く染まってしまった。

「え、何これ。金のリンゴが赤く染まったんだけど、どういうこと?」
「落とすのが早かったんだね」
「金のリンゴは、タイミングが大切なのさ」
「一筋縄ではいかないってことね……。……いいわ!」

 あたしは腕をまくった。

「あたしを誰だと思ってるの? 記憶を思い出した10歳では発狂したと言われ、11歳では社長となり、12歳では夜に屋敷から抜け出す生活をし、13歳では本物の復讐を覚え、14歳では貴族権を奪われお菓子屋娘として働き、15歳ではメイドとなり、16歳では熱に侵されながらも船を歩き回り、17歳では記憶を失い、18歳では学園の生徒となって都市伝説歩き、19歳の今! 魔法使いもどき! 偉大なる誇り高きベックス家次女。テリー・ベックス様よ! もう何が来ても驚かないのよ! このあたしに勝負を仕掛けてきたこと、後悔させてやる!」

 一個と言わず、

「百個落としてくれるわ!!!!!」
「揺らして! 揺らしてよ! みんな熟してるんだ!」
「おらおらおらおらおらぁあああ!!!」
「落ちていくよ! ころころ転がっていくよ!」

 木を揺らせば再び山盛りになったリンゴ達。その中から金色のリンゴを探す。見つかったと思って手に乗せれば、リンゴは真っ赤に染まっていった。

「……百個は無理ね。一個にしよう」
「ころーん!!」

 あたしはリンゴを食べながら少し休憩することにした。

(星の杖が出てこない。ここでは魔法を使うなってことなのかしら)

 白い木を見上げてみる。

(まあ、いいわ。体を使って木を揺らせば、気を紛らわすことができるもの。気長にやりましょ)
「揺らして! 揺らしてよ! みんな熟してるんだ!」
「ねえ、聞きたいの。金のリンゴはタイミングなんでしょう? 少し遅めの方が良いの? 早めの方が良いの?」
「それはリンゴの気分だころん!」
「リンゴ次第だころん!」
「リンゴ心は複雑なんだころん!」
「面倒くさいわね。ドロシーって呼ぶわよ」
「揺らして! 揺らしてよ! みんな熟してるんだ!」
「はいはい。そろそろ落としてあげるわ」

 木を揺らすと、再びリンゴの山が出来上がった。その中から金のリンゴが見つかったと思えば、赤く染まってしまう。

「ねえ、みんなに聞きたいの。何が悪いんだと思う?」
「もっと優しく触ってあげたら?」
「もっと優しく落とせばいい」
「優しく落とす? 魔法は使えないわ」
「気持ちでどうにかなるさ!」
「そんな無茶な」
「揺らして! 揺らしてよ! みんな熟してるんだ!」
「また赤くなった」
「揺らして! 揺らしてよ! みんな熟してるんだ!」
「ちょっと遅めに揺らしたら腐ってしまうのね」
「揺らして! 揺らしてよ! みんな熟してるんだ!」
「うーん……」






 あたしはリンゴだらけの地面を見つめた。

(困ったわね。見つけても金のリンゴは赤くなってしまう。法則があるわけでもなさそう。何が足りないというの?)
「お困りかい? お嬢さん」
「あら、ダンディなリンゴがいたわ。こんにちは。金のリンゴを手に入れたいんだけど、どうしたらいい?」
「木に水はやってるかい? 愛情がないと、リンゴは怒って赤く染まってしまうのだよ」
「水なんてどこにもないじゃない」
「そこにあるじゃないか」

 あたしは振り返った。するとさっきまで何もなかった場所に――ジョウロと井戸が置かれていた。

「いつの間に……」

 あたしは井戸のバケツに水を汲ませ、ジョウロに注いだ。ジョウロを掴み、木の根に水をかけてやると、リンゴが実った。

「揺らして! 揺らしてよ! みんな熟してるんだ!」
(さあて、どうかしら?)

 木を揺らしてリンゴを落とすと、山盛りのリンゴの中に金色のリンゴを二つ見つけた。急いで駆け寄り、優しくリンゴを持つと――やっぱり赤く染まってしまった。

(やばい。このままだと一生出られない……)
「ねえ、聞きたいんだけど、金のリンゴを優しく持ったのに、赤く染まってしまったの。どうして?」
「それはきっと優しすぎて照れたんだわ」
「私達、恥ずかしがり屋なんですもの」
「じゃあ痛くした方が良い?」
「痛くだなんて駄目よ」
「私達繊細なの」
「さっきは水をやった。他に方法ある?」
「気を紛らわせてみたらどうかしら?」
「リンゴの気を紛らわすの? どうやって?」
「それはわからない」
「貴女が考えて」
「揺らして! 揺らしてよ! みんな熟してるんだ!」
(気を紛らわす……?)

 あたしは木の根に水をやった後に木を揺らし、リンゴを落とした。今度も二つの金のリンゴを見つけ、触れる前に声をかけてみる。

「こんにちは。金のリンゴさん。ご気分いかが?」

 すると恥ずかしがり屋のリンゴは真っ赤に染まってしまった。ああ、畜生! なんだってのよ!

(気を紛らわせる……? リンゴの……気を……紛らわす……?)
「揺らして! 揺らしてよ! みんな熟してるんだ!」

 あたしは再び木の根に水をやった後に木を揺らし、リンゴを落とした。今までと同じ方法では駄目だ。気を紛らわせるもの……。

「あ! リンゴを食べる虫がいる!」

 大きな声で言うと、全部のリンゴが青く染まった。

「あーそうなるのね」
「「ブルブルブルブル」」
「冗談よ。みんな、大丈夫だから赤に戻ってちょうだい」

 気を紛らわせる。

(駄目だわ。何も思いつかない。あたしの脳じゃ、これが限界)

 クレアだったらどうするだろう?

(……困ったわ)

 リンゴの山に座り込む。

(うーん。こうなってくると自力ではどうにもできないわねー。……だけど、どうにかしないもいけない。いくら呼んだって、助けは来ない。……星祭りに間に合わなかったら瓶から出してくれるのかしら)

 いいや、それは駄目だ。これはいわば、取引なのだ。杖はまだ完全ではない。なんとしてでもアメリアヌに魔力を注いでもらわなければいけないのだ。

(にしたって……)

 金のリンゴは赤く染まってしまう。

(……誰でもいい)

 誰か、助けて。

(来ない助けを求めるなんて、あたしも落ちたもんね)
「はーあ……」
「おや、大きなため息に困った顔。どうしたんだい? お嬢さん」
「金のリンゴが手に入らないの。アメリアヌに頼まれてるのに、困ったわ」
「ボクらは我儘だからね! 仕方ないよ! そうだ。次のリンゴ達が実るまでに時間がある! ボクとお喋りしない? ボクね、お喋りが大好きなんだ!」
「ええ。確かに待ち時間は暇だわ。いいわよ。どんな話をする?」
「じゃあ、最近で一番大きな喧嘩! ボクはね、相棒と喧嘩したのさ! 相棒の赤色は他と比べてくすんだ色をしていてね! 自分に自信がないというものだから、ボクは応援して励ましてあげたんだ! するとどうだい? 相棒はお前は自分じゃないから自分の気持ちは分からない。そんな奴に応援されたってムカつくだけだと言われたもんだから、ボクは言ってやったのさ。だったら自分に自信をつけるための努力をすればいい。君は努力もしてないから駄目なのさ。もっと希望にあふれるボクを見習うべきだと思うよ! ってね! するとどうだい!? 大喧嘩に発展しちゃった! ね、君はどう思う!?」
「気持ちはわかるわ。あたしの髪の色もね、ほら、わかるでしょう? くすんでるの。普通、赤髪ってもっと綺麗なのに、あたしの色は少し変わってるんですって。だから今度その相棒に会ったら言ってあげて。君よりもくすんだ赤髪を持つ女がいたよってね。あたしの髪の色を見たら、きっとその相棒は元気になるはずよ。あたしよりは幾分も綺麗なはずだから」
「君の赤色も素敵さ!」
「どうもありがとう。貴女、きっとモテるでしょ」
「まあね! さあ、次は君の番さ!」
「最近で一番大きな喧嘩ね。喧嘩……してる場合じゃなかったから、喧嘩という喧嘩は……」

 ……あたしは頭を掻いた。

「ちょっとね、男の子を怒らせちゃった」
「えー? どうして怒っちゃったの?」
「彼がこの先の未来で死ぬ運命を、あたしが教えなかったから」

 歴史を変えてはいけない。元の時間軸に戻れなくなる。

 だからと言って――決して――レッドを、悲しませるつもりはなかった。

「……あたしはミスを犯した。レッドに関わってはいけなかった。だけど、どうしてか……レッドが別の時間軸についてきてしまった。今考えても、あたしの判断は変わらない。連れていくしかなかった。その上であたしに出来るのは、彼を家に帰すまで、彼の身を守ることだけ」
「その先、彼を守ってはいけないの?」
「ええ。いけないわ」
「どうして?」
「歴史が変わってしまう。そうしたら……元の時間軸に戻れなくなってしまう。あたしも……レッドも」
「レッドは君の世界で死んでたの?」
「ええ。お墓もあった」
「本当に死んだの?」
「間違いなく」
「それ、君の目で直接見たの?」
「……あたしの婚約者が言ってたの。レッドは呪われた妹の血を飲んで、毒が毒に侵され、そのまま眠るように死んでいったと。彼の妹もその様子を見てた。あたしじゃなくたって、他の人が直接見てる」
「人の話を信じるの?」
「そんなことで嘘をつく人達じゃない」
「わからないよ? 無自覚で嘘をついてるのかも。本当はレッドは、どこかで生きていたのかも!」
「……お願い。そんなこと言わないで」

 歴史を変えてはいけない。

「後から後悔したくない。もしもレッドに未来のことを教えて、歴史が変わって……元の世界に戻れなくなったら? ……妹が待ってるのよ。あたしが戻るまで、あいつはきっと……ずっと待ってる」
「歴史を変えなければいい。だって、変えたら駄目なんだから!」
「そうよ。歴史を変えてはいけない。生は別の生に移り、死は別の死に移る。だから、あたしはレッドに、彼の死について言うわけにはいかなかった。いつまでも側にはいられない。あたしにだって帰りたい場所がある。家に帰ってからは、レッドの行動次第になる」
「そうさ。レッドの行動次第さ」

 ……。あたしは喋るリンゴを見た。

「君は助けてはいけない。守ってはいけない。だから全てはレッドの自己責任だ。でもね、考えてごらんよ」

 あたしの肩に、手が触れた。

「歴史が変わる予兆があれば、杖と魔力が君を止めるはずだと聞いただろ?」

 レッドに関しては、杖も魔力も反応はしなかった。

「なぜそんなことが可能だと思う? 魔法なんて根拠のない力が君を守ると思う? いやいや、考えてご覧。それは誰の魔力だい? 魔力の持ち主が見てきたことや、君と行動してきた未来を知ってるからこそ出来るんだ。君は君の主観でしか世界を見てないけれど、その魔力は君が見ていない世界を見ているんだ」

 歴史は既に変わった。あたしが変えた。だが、その事情を知っているのは、あたしだけではない。

「その通り」
「死は誰かに移り」
「生は誰かに移る」
「だけど」
「時間軸に戻れなくなる前に」
「杖と魔力が君に教える」
「杖と魔力が反応しないのなら」
「今後のヒントを与えるくらいなら、してあげてもいいんじゃない?」
「ボクのようにね」

 白い両手があたしの両手に重なった。すると、手の中から金色のリンゴが現れた。

「さあ、お求めの物はこれかな?」
「……」

 あたしは振り返った。








「ドロシー?」












「やったわー! 金のリンゴだわ!!」

 岩の上で横になったあたしが飛び起きた。白く輝く洞窟の中で、アメリアヌが金のリンゴを掲げて喜んでいた。

「あら、テリー。おはよう。本当にどうもありがとう。おかげで今年の星祭はどうにかなりそうである!」
「……どれくらい経ったの?」
「あ、もう少しゆっくりしてて大丈夫よ。今はアトリの村に近づかない方が! 良いと思います!」
「……どういうこと?」
「大丈夫よ。貴女が瓶の中で働いていたのは丸一日くらい。今夜は星祭の前夜祭。みんな楽しそうに踊ってるわ! でもちょっと雲行きが怪しいの」
「前夜祭……」

 あたしは前夜祭で見たことを思い出す。

「中毒者が暴れ出す」
「あ、やっぱりそうなの? あっ、いいえ! そうなの! もう大変なの! 知ってたわ! 女神に知らないものは何もないのだから! なるほどねぇ! うんうん! でも、自然の摂理よ! 自然動物のやることに、私達が手を出すわけにはいかないわ! というわけで貴女はもうちょっとここにいていいわよ。女神は優しいの。騒ぎが収まるまで、一緒にしりとりでもして遊ばない?」
「いいえ。……行きます」

 星の杖を差し出す。

「金のリンゴと引き換えです。お願いします」
「……そうよね。今の貴女はそう答えると思った」

 笑みを浮かべた白の魔法使いが息を吹いた。美しく白く光る魔力が星の杖を囲んだ。そして中に浸透していき……杖が温かくなった……気がした。――気分が良くなった。

「もう悪いことしちゃ駄目よ」

 アメリアヌが微笑んだ。

「私なりの断罪方法はどうだった? テリー・ベックス」
「……二度と瓶に入らなくても良いよう気を付けます。それと……」
「ん?」
「小さい頃、貴女に祈ったことがあった。直接会えたのだから、今言っておきます」

 あたしはドレスを持ち上げた。

「女神アメリアヌ様」

 深く、頭を下げる。

「メニーを妹に下さったこと、心から感謝いたします」

 ――アメリアヌが白い杖を握った。

「お急ぎでしょう。アトリの村までお送りしますわ」

 あたしは顔を上げた。

「さあ、目を閉じて」

 杖を向けられる。
 一度振り向いてみた。でもそこには岩があるだけだった。
 振り向いても何もないし、誰もいない。

 過去のことはいくらだって振り向ける。ああしておけば、こうしておけば、なんて考えたって、結局時間は元に戻らない。

 やった罪は消えない。
 罪は抱えて背負って、罪だと判断した野郎に中指を立てるの。開き直りって大事なの。あたしは努力したの。頑張ったの。だから、メニーや、リオンみたいな奴には中指を立ててこう言ってやれば良い。

 努力して金のリンゴを実らせたのはあたしよ。なんか文句ある?

 そして、優雅に前を向きましょう。
 前に進みましょう。
 あたし、忙しいから、振り向いてる時間なんてないのよ。なんて顔をして。

 だから――前を向かなければいけないあたしは、ゆっくりと――瞼を閉じた。

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