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十章:お休みなさい 夢と希望(前編)

第7話 編入生のエスペラント姉妹

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「初めまして。エスペラント姉妹」

 ママと同年代くらいの男が笑みを浮かべた。

「理事長のチャーリー・バーグです。この学園で君達が学び、覚え、身につけ、未来の希望となる一員になれることを願っているよ」

 二人でお辞儀をし、メニーが笑顔で答える。

「前々から姉と楽しみにしておりました。これからよろしくお願いします」
(よくもサリアを隠してくれたわね! 早くサリアを返しなさいよ! このクソジジイ!)
「君達の担任を紹介しよう。ついておいで。職員室で君達を待っているんだ」
(貴族でもないくせに高級そうなスーツ着やがって! 信用ならないジジイね!)
「……お姉ちゃん、殺気が出てる」
「チッ!」

 豪華な壁紙。贅沢な赤のカーペット。広い幅の廊下。正にお金持ちのお嬢様学園って感じ。儲かってるんでしょうねー。いい商売してるじゃなーい。廊下には月と太陽の絵画が沢山並んでいる。授業中のクラスの前を通る。先生が黒板に字を書き、生徒達がノートに移している。まあ、ロボットみたい! まさか、18歳にもなって、こんなところに入ることになるなんて! この理事長のせいよ! 早くサリア返してよ!

「ああ、いたいた」
(ん?)
「っ」
「見えるかい? 彼女が君達の担任の先生だ」

 あたしとメニーがきょとんとした。
 理事長が笑顔で担任を紹介する。

「サリア先生、エスペラント姉妹です」
「まあ、初めまして」

 シンプルなドレスを着た女が、優しい笑みを浮かべて立っていた。――サリア!

「サッ……」
「サリアと申します。貴女方がうちのクラスに入ってくれるお二人ですね。明るい子達が多いので、きっと歓迎してくれると思うから、何も心配いりませんよ」
(……あれ?)
「困ったことがあれば、いつでも相談してくださいね」
「……はい」

 返事をしてから、目をメニーに向ける。メニーもあたしを見ていた。考えてることは同じのようだ。

(……知らないふりじゃ、ないわよね?)

 彼女は今、あたし達に初めて会った前提で話をしている。

(メニー、後で作戦会議よ。サリアの様子が変だわ)

 メニーが頷き、すぐにサリアにお辞儀した。

「初めまして。メニー・エスペラントと申します。こちらは姉の……」
「ロザリー・エスペラントと申します。突然の編入でしたのに、ご対応頂き誠に感謝致します」
「学びを求めてる子羊を生徒として受け入れるのが我々です。荷物は既に寮に運ばれてるのでご安心を。それでは……教室に行きましょうか。貴女達を皆に紹介しなくては」

 サリアについていき、教室へ歩いていく。簡単にトイレの場所と食堂を案内してもらい、教室に辿り着く。Aクラス。サリアが扉を開けると中で喋っていた少女達の声が止んだ。

「自習のはずだけど、皆遊んでいたの?」

 全員からの視線を感じ、あたしはあえて俯き気味に顔を隠した。

「到着が少し遅れたけど、今日から皆さんと一緒に勉強をするお二人です。……じゃ、二人とも自己紹介を」

 少女達はあたしを見た。

「……ロザリー・エスペラントです。よろしくお願いします」

 少女達が言い終える前に隣で輝くメニーを見た。美しいオーラを放つメニーが笑顔でお辞儀した。

「妹のメニー・エスペラントです。よろしくお願いします」
「ノワールお姉様、すごい美人が来たわ!」
「ブラン。見た目に騙されては駄目。あれはきっと顔だけ美人よ。性格は悪いのよ。そうに決まってる。あんたの方がうんと可愛いんだから」
「まっ! ノワールお姉様ったら……♡」
「み……見たことないくらい綺麗な人……!」
「……お姉さんの方なら話せそうな気がする」
「チーズ好きかしら?」
「アルテ、起きて。編入生よ。姉はめちゃくちゃ地味でダサくて、妹はすごく綺麗で美人なの!」
「グワグワッ!」
「くかー……」
「あれ姉妹なの? 全然似てないけど★」
「姉の方可哀想ね。妹があんな美人じゃ……」
「ね、あの人、どこかのお姫様じゃないかな? だって! あんなに綺麗なんだよ? わぁあ……! なんかね、トゥー、緊張してきちゃった!」
「……」
「席は自由よ。でもお喋りは厳禁。さて、空いてる席はどこかしら」
「はーい!」

 隣に座ってた少女がびっくりし、周りの少女達が顔を引きつらせ、メニーがきょとんとし、あたしははっとした。

「ここ、空いてまーす!」

 ――セーラがあたしを見て、全力で手を挙げていた。

「お隣り、どうぞー!」
「それじゃあ、ロザリー、メニー、セーラの隣の席に」
(……年齢は関係ないみたいね。まさか同じクラスだなんて)

 セーラの隣に行くには階段を登らなければいけない。踏み外さないように一段ずつ上がっていくと、横から、ガチョウを側に置いた少女が小さな声であたしに言った。

「気をつけて。彼女、キッド殿下とリオン殿下の従弟妹なの。目をつけられないように」
(……もう何かやらかしてんの? あの小娘)

 セーラの隣に座り、その横にメニーが座る。えーと、教科書とノート……。

(あ)

 机を叩かれた。見ると、セーラが疑うような目を向けている。

「なんでロザリーに戻ってるの?」
「後でね」
「後なんてないわ。そのダサい眼鏡何? 髪型もどうしたの? この間の綺麗なロール巻きはどこに消えたの?」
「セーラ様、その疑ぐり深さは誰かさんを思い出すわ。下品だからやめなさい。それ」
「わたし、全部わかってるから」
「……何のこと?」
「とぼけても無駄よ」
「あたし達、初対面のはずだけど」
「第一印象が良くなかったわ。地味でダサくて、まるでどこかであったいつぞやのムカつくメイドみたい。……メニーお姉様、お久しぶりです」
「しー。……お久しぶりです。セーラ様」
「いいわ。そういう態度で来るならこっちにも考えがあるから。……あ。ロザリー。隣の子、私が仲良くしてあげてるの。トゥーよ。……トゥー、ロザリーとメニーお姉様よ。挨拶して」
「トゥーランドットです」
「長いから私はトゥーって呼んでるの。で、話を戻すわ」
「戻さない。セーラ、後で話してあげる。事情も全部教えるから、今は授業に集中させて」
「手繋いで」
「はいはい」

 机の下で手を握ってあげると、セーラがむすっとしたまま大人しくなった。……どうしたの。急に。今日はご機嫌ななめの日? あ、生理か。なるほど。わかった、わかった。

「それでは教科書の23ページ」

(……サリア)

 そこにいるのはまるで別人。赤の他人。

(ここで……何があったっての?)

 感動の再会も無しに、授業が始まった。


(*'ω'*)


 休憩時間になると、クラスメイトがメニーを囲んだ。

「メニーって呼んでもいい?」
「どこから来たの?」
「家柄は?」
「婚約者の爵位は★?」
「ウサギ顔の婚約者なんてろくなものじゃないよね?」
「髪の毛どうやって手入れしてるの? やっぱりハチミツ?」
「トゥーも聞きたい! どうやったらお姫様になれるの!?」

 メニーが困る顔を浮かべる中、セーラはあたしを中庭に引っ張り、足を止め、自信満々に胸を張って両腕を組んだ。

「さ! ロザリー! 思う存分、説明してちょうだい!! ふぅーん!」
「勉強したくなったから入学した。以上。戻るわよ」
「はぁ? ちょっと、ロザリー。私を誰だと思ってるの? このセーラ姫様に嘘はやめてちょうだい? 全部わかってるんだから! ふぅーん!」
「なるほどね。同時に入れるんじゃなくて、セーラの様子を見てからマーガレットを入学させようってわけ。あんたのお母様がやりそうだわ」
「やっぱりそうだわ! お母様に言われて、わたしを監視しに来たんでしょ! それしかない! ロザリーは忙しいから全然時間が取れなくて寂しいって、キッドお兄様が言ってたもん! そんなロザリーが、学園なんかに入るわけがない!」
「あー。……小さな探偵さん。あたしは小さな頃から三姉妹で家庭教師をお願いしてきたの。同年代のお友達と絡んで勉強するなんてことなかったのよ。完全な成人となる前に、それを望んでどこがおかしいっての?」
「……」
「ロゼッタ様とあたし、そんなに交流があるように思える?」
「……本当にそれだけ?」
「期待外れで悪いけど、全く関係ない。あたしとメニーは、この学園に学びを求めただけよ」

(公爵家のお嬢様で、王子様の従妹。急に王子様の婚約者が来たら……そう思い込むのも当然か)

 しゃがんで、ロザリーよりも下の目線から彼女を見上げる。

「クラスが一緒とは思わなかった。先輩ってお呼びした方がいいかしら?」
「わたしが先輩でロザリーが後輩? ……わっ、沢山こき使ってやらなくちゃ! くひひひ! ……握手して! 仲直りしてあげる!」
「はいはい。……ところでセーラ、あたし聞きたいの。早速クラスで何をやらかしたの?」
「ん? 何かしら。それ。わたし、別に悪いことしてないけど。格が違いすぎて、皆と話が合わないだけ。誰かがなんか言った? どこの席の馬鹿?」
「セーラ。解け込むのも公爵令嬢としての務めよ。爵位で人を見ては駄目。どんな人でも優しく、同等に接しなさい」
「同等? ロザリー、わたしは公爵令嬢……」
「お父様とお母様がすごいだけでセーラは何もすごくないのよ。キッドは貴族も一般人も関係なく接してるの、貴女は近くで見てるでしょ」
「……」
「人に馬鹿とか言わない。何したの」
「嫌い!」
(あっ)

 セーラがあたしの手を叩いた。

「説教するならまた今度ね! べーだ!」
「セーラ!」

 セーラが笑いながら教室に走って行った。

「確実になんかやってるわね。あれ……」
「傲慢な態度と度の過ぎた悪戯かな」

 振り返ると、ガチョウを散歩させた少女が近付いてきた。

「お姫様だから何してもいいって思ってるみたい」
「何かされた?」
「わたしの隣の席に座ってた子がね。……グースよ。この子はアンセル」
「ロザリーよ」
「彼女と知り合い?」
「……メイドとして働いてたことがあって」
「うわ、それ本当? よく働けたね。わたしだったらあの傲慢さ耐えられないと思う」
「叱ってくれる人がいないのよ。なんで叱られてるか理解出来なかったら、悪いことだってするわ」
「貴女はあの子に言えるの?」
「泣かせようか?」
「うっわ、やっば。見た目によらず喧嘩早い感じ? ふふっ。良かったらランチの時間、学校の案内しようか?」
「セーラにやってもらうからいい。ありがとう」
「なんだか意外だったわ。もっと地味な感じかと思った」
「あー……。これでも男爵家の娘だから、コミュニケーションは慣れてるのよ」
「仲良くなれそうな気がする。安心した」
「あたしもよ。舞踏会に参加するお嬢様達はみんな意地悪なんだもの」
「わかる。ガチョウ臭いって言われるの。こんなに可愛いのに。理解しようともしないお嬢様達に、何も言われたくないわ」

 教室から笑い声が聞こえる。

「あの妹ちゃん、血繋がってる?」
「いいえ。義妹よ」
「だと思った。全然似てないもの」
「学園生活はあの子のコミュニケーションにもいいと思ってね。殻にこもってなかなか世界を広げようとしないから」
「典型的な箱入り娘って感じね」
「そういうこと」
「貴女が面倒係?」
「そうよ。大切な妹」
「あれだけ美しくて嫉妬したりしないの?」
「嫉妬だなんて、グース。人は比べるものじゃないわ。あたしをありのままに受け止めて愛してくれる人が一人いれば、彼女が100人の美しい男に告白されようが、あたしにはどうでも良い話。むしろ、それくらいしてもらった方があの子のためだわ」
「……立派な答えだわ……。すごく感動した……」

 グースが目を輝かせ、あたしの手を握った。

「ロザリーとは馬が合う気がするわ。もっと話してみたい」
「学園生活はこれからよ。仲良くしてくれると嬉しいわ」
「こちらこそ。……ああ、そろそろ戻らないと」
「ええ。あたしも少ししたら戻るわ。もう少し眺めてたいの。ここ綺麗だから」
「わかった。じゃ、また後で」
「ええ」

 グースがアンセルと共に中庭から出て行った。そして残されたあたしは――地面を蹴った。

(あの女、早速クラスでちやほやされやがってムカつくーーーーーーー!!!)

 地面をメニーに見立てて踏みまくる。くたばれ! 虐められろ!! そして落ち込んで退学しちまえ!! なーーーにが箱入り娘よ! 可愛い子ぶりやがって!! 紹介した時の記憶が頭から離れない。みーーーんなメニーの方に目をきらきらさせて見やがって! 何よ! 何よ何よ何よ!!

(あたしの方が美人だわーーーーーー!!!!)

 バレちゃいけないからこの美しさをこの地味な眼鏡で隠してるんじゃない!!

(ああ、あたしは隠されたお姫様! 可哀想! なのにあの女全面的に美しさをぴっかりーーーんって出しやがって!!!)

「オラぁ!!!!」

 最後に木を蹴飛ばして、満足する。

(……さて、戻るか)

 振り返ると、帽子を深く被った用務員の男が、口を開いたまま立ち尽くし、廊下からあたしを見ていた。

「……おほほほ」

 あたしは用務員の男を通り過ぎる。

「しつれーい」
「えっ、あっ……」

 あたしはそそくさと廊下を駆け出す。大丈夫。大丈夫。見られたってお嬢様なんていくらでもいるんだから忘れる忘れる。

(今のうちに心を整えておきましょう。冷静さを保つのも、貴族としての心得だわ)

 乱した心を落ち着かせてから教室に戻ったつもりだったが、ドアを開けた時、ちやほや女子に囲まれるメニーを見て、あたしの嫉妬が怒りとなり、さっきよりも爆発しそうになった。

「……テリー・ベックス……」

 その声は、誰の耳にも届かない。


(*'ω'*)


 ランチ時間。一緒に遊ぶのを条件にセーラが案内係を引き受けてくれた。

「仕方ないから学園を案内してあげるわ! ふぅーん!」
「はいはい」
「ありがとうございます。セーラ様」
「いい!? ちゃんとついてくるのよ! トゥー、行くわよ!」
「わーい!」

 セーラとトゥーの後についていく。

「二人も察してると思うけど、この学園に学年は関係ないの。出身地が近いとか、成績が近いとか、そういう理由で年齢関係なく教室に突っ込まれるってわけ!」
「こっちはお庭!」
「こっちは音楽室よ! ロザリー! クラブ活動もあるの! ヴァイオリン出来るならやってみたら!? 別に、ロザリーのヴァイオリンが聴きたいわけじゃないけど、どうしてもっていうなら、セッションしてあげてもいいわ!」
「多目的室!」
「講堂! 集会で使うから覚えておいて!」
「図書室!」
「……見たことない本がいっぱい……」

 メニーの目が輝いた。

「体育館!」
「グラウンド!」
「裁縫室!」
(そういえばサリアが糸車の話をしてたわね。屋敷の倉庫に眠ってるのよね。使い道があるなら知りたいんだけど……ここにはないみたい)
「食堂!」
「まあ、こんなところかしら? ロザリー、美味しいメニューを紹介してあげるわ」
「セーラ様」

 メニーが指を差した。

「あの建物は?」
「あれは立入禁止の旧校舎!」

 セーラが堂々と説明した。

「壊す予定だから入っちゃいけないんですって! だから、二人共絶対入らないように!」
「この間、セーラと壁にお絵かきしたの!」
「あっ! こら、トゥー!」
「あっ! な、なんでもない!」
「お絵かきなんてしてないもん! ふぅーん!」
(……態度はともかく、友達とは上手くやってるみたいね)
「ロザリー、本当だからね! だから、あの、立ち入り禁止だから、あそこ、絶対入っちゃ駄目よ! 先生に怒られちゃうし、成績減点されちゃうから! あのっ、壁とか見ても、無駄だからね! お絵かきとか、してないから! お願い! キッドお兄様に言わないで!」
「はいはい」
「セーラ、食堂行こう? トゥー、お腹すいた」
「よくってよ! ロザリー、メニーお姉様、来てちょうだい! この学園の食事、なかなか美味しいのよ! オムライスがね、最高なの!」
(そう。セーラはオムライスが好きなの……)

 ランチを過ごした後は、さらに歩く。

「寮には入った? 寮もね、なかなか充実してるのよ」
(建物と繋がってるのね)
「でもね、管理人には気をつけて。お金にがめついの。とんだ庶民だわ」
(お金にがめつい……。あの女を思い出すわね)

 カトリング島にいる腐れ縁。

「この扉が寮への出入り口よ!」
「一人一部屋用意されてるの」
「何かあったらこのベルで管理人を呼ぶのよ!」

 カウンターにベルが置いてある。セーラがそれを持ち上げ、軽く振った。

「管理にーん!」
「はいはい。よっこいせ。管理人ですよっと。何の用だぜ」
「えっ!?」
「げっ!!」
「あれ」

 太陽によく焼けた黒肌色の管理人を見て、あたしとメニーが目を見開いた。

「ローレライ!?」
「ローレライちゃん!?」
「えっ」
「あれ? お知り合い?」
「は? テリーとメニー? なんでここにいんの?」
「それはこっちのセリフよ! あんた、ついこの間、島にいたじゃない!」
「ああ、あの暑いだけのカドリング島でも商売は出来るんだけどさー? 座ってるだけでがっぽり稼げるバイト見つけちゃったんだぜ! ゲセゲセゲセ!」
(こいつ……)

 カドリング島に在住。ベックス家に仕える使用人の娘。ローレライ・ブルー・タラッタ。通称、金にがめついローレライ。

「私はこのバイトで成金になるんだぜ。これであんな田舎島とはおさらばなんだぜ。で? 二人はなんでここにいんの? おっと、待った。カウンセリング代のチップはこれくらい貰うから。これメニュー表」
「トレイズに連絡するわ。どうせまた家出の形で出てきたんでしょ?」
「なんでそんな酷いことするんだ? 二人はいいぜ。城下町で暮らせてさ? 17年もあの田舎島で暮らしてみろってんだ。スロットも出来ないつまんねえ島だぜ。アメリはいるの? 結婚後に頭が足りないことに気づいて学園へ入学とか?」
「こうしましょう? あんたのパパに黙ってる代わりに、あたしのことはロザリーとお呼び」
「何々? お忍び? 秘密を守るならそれ相当の対価を……」
「仕方ないわね。トレイズに連絡するわ」
「あー、わかったよ。クソプリンセス。最低だぜ。お前。ロザリーね。メニーは? あれ、髪切った? よく似合ってるぜ。お姉ちゃんに似ないですっげー良い子。私の開発したヘアクリームいかが?」
「遠慮しとく」
「メニーはメニーのままよ」
「お忍びなら名前くらいつけようぜ? なんでテリーだけ名前……」
「セーラ、管理人がロザリーのこと、テリーって呼んでるわ」

 セーラが横目でトゥーランドットを見た。

「テリー様と同じ髪の色だからかしら?」
「……ははん?」

 ローレライがにやけた。

「そういうこと」
「トレイズに黙ってる代わりに、あんたはあたしをロザリー呼びよ。いいわね?」
「わかったぜ。お姫様」
「……一つ聞きたいんだけど」
「質問なら銀貨一枚」
「わかった。キャシーに連絡するわ」
「わかった。いいよ。ロザリー様は特別。もう大サービス。……頼むからママはやめてくれよ。バレたら連れ戻されるどころじゃない。永久遮断。島に囚われの身。口うるさいババアだぜ」
「サリアに何があったの?」
「最近会ってないけど? なんかあった?」
「……ここに来てないの?」
「ここは生徒用の寮。先生方はな、向こうの寮を使ってるからなかなか会わないんだぜ」

 振り返ると、また別の寮が少し離れた場所にある。

(ローレライはベックス家の使用人の娘。いくら金にがめつくても、嘘はつけないよう教育されてる。……会ってないのね。なるほど)
「あ、そうだ。セーラ様、トゥーランドット様、新しいクレヨンなんていかが? 仕入れましたよ。一箱銀貨五枚」
「買うわ!」
「まいど!」
「セーラ、待って。……ローレライ。城下町でもクレヨンは銅貨二枚で買えるわ」
「お姫様、ここは聖・アイネワイルデローゼ学園ですぜ? 貴族様が集まる場所で、しけた話しなさんな」
「マックスに連絡する」
「なんで兄ちゃんが出てくんの? はー。ねえわ。お前、まじで。ない。無理。やりづれえ」
「ぼったくりなんかしてるからよ。ベックス家の評判を落とすようなことやめてちょうだい」
「商売人は全員ぼったくりなんだぜ!」
「マックスに連絡。銅貨二枚」
「くそったれ!」

 ローレライから購入したクレヨンを二人に渡す。

「はい。セーラ。トゥー。案内してくれたお礼よ」
「ありがとう。ロザリー!」
「ありがとうございます!」
「……で、ロザリー」

 好奇心の目があたしに向けられる。

「わたしは知る権利があるわ! 管理人と知り合いなの!?」
「腐れ縁よ」
「こいつ、貴族?」
「田舎人よ」
「将来は成金なんだぜ!」
「色んな人からお金をむしり取ってるの! ま、貧乏じゃないから、わたしは困らないんだけどね!」
「儲かりまっせ! ゲセゲセゲセ!」
「でもね、意外と物知りだったりするの。もし聞きたいことがあればこいつに訊いても良いかも。ま、お金は取られるだろうけどね!」
「お代は頂くぜ!」
「アーメンガード・ベックス」
「わかったってば……うるせえな……。早く行けよ……。授業が始まるぜ……」

(確かにお金稼ぎのために学園の情報は持ってそう。何かあったらローレライに聞くべきかしらね)

 どんな女であれ、こいつは絶対ベックス家を裏切らないもの。

「トゥー、放課後はこれで絵を描くわよ!」
「わーい!」
「はあ……せっかくの商売が……くそ……」

 金にがめついローレライが涙目でため息を吐いた。

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