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八章:泡沫のセイレーン(後編)

第30話 頭から下りたネコ

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「嫌だ」

 はっきりと言われたその言葉に、あたしの動きが止まった。

「そんな顔するお前となんか結婚したくない」

 不快そうにクレアが枕を持って、あたしに投げた。枕があたしに当たって、膝に落ちる。

「何を考えている」

 あたしは枕を見下ろした。

「テリー・ベックス」
「……結婚したいんでしょ。するって言ってるじゃない」
「なんだ? あたくしを利用して何がしたい?」
「……利用なんかしてない」
「誤解されては困るな。ロザリーよ。キッドならまだしも、あたくしは利用される側ではない。利用する側だ。あたくしを利用しようとする奴の目は、嫌というほど見てきたから分かる。今のお前は奴らと同じ目をしている」
「……」
「弁解の時間をやろう。何が釈に障った。申してみよ」
「……その上から発言やめてくれない?」

 あたしは枕を見つめ続ける。クレアの顔が見れない。

「いいじゃない。あたしといつまで一緒にいられたら幸せなんでしょ?」
「あたくしは言葉の責任と覚悟を持ってないふぬけた恋人を持った覚えはない」
「……別にふぬけてない」
「ほう。そうか。では、本当に結婚したいのか?」
「ええ」
「紹介所はどうする?」
「やる」
「ベックス家は?」
「それもやる」
「王妃としての仕事は?」
「全部やる」

 忙しそうね。忙しすぎて、誰にも会えなくなりそう。ニクスにも、アリスにも、リトルルビィにも、ソフィアにも、リオンにも、

 メニーにも。

「……ああ、そう」
「……」
「わかった。じゃあ」

 クレアがあたしの前に座った。

「セックスも出来るな?」

 ――あたしは黙る。

「夫婦になるんだ。それくらい当然だろう?」
「……」
「な?」
「……ん」

 あたしは頷いた。

「出来る」
「じゃあ、しよう」
「え?」
「しよう?」
「……」
「結婚するんだから、少し早くても問題ないだろ」

 クレアがにっこり笑った。

「脱げ」
「……」

 あたしはネグリジェを握り締めた。

「テリー?」

 枕を握り締めると、クレアに枕を取られた。

(あっ)

「出来るんだろう?」

 クレアと目が合い、蛇に睨まれた蛙のように黙ってしまう。青い目がぎらぎら光り、あたしを狙っている。動けない。手が震える。呼吸が止まる。愛しているのに相手に恐怖を感じる。

「テリー?」

 クレアが近付いてくる。ゆっくりと。

「テリー」

 恐怖で鳥肌が立つ。

「……」

 トン、と押された。

(あ)

 ベッドに押し倒される。あたしの上にはクレアが乗る。ランプの灯りがクレアの青い瞳を反射させ、その炎のような瞳があたしから狙いを外さない。

(……やだ)

 体に緊張が走る。

(怖い)

 クレアがあたしのネグリジェに手を伸ばした。

(怖い)

 でも、

(相手はクレア)

 これで、

(解放されるなら)

 怖いけど、

(この醜い感情から逃げられるなら)

 あたしは、

 もう二度と、メニーと会わなくていいなら――。



 瞼を下ろす。
 次のアクションを待つ。
 じっとして動かない。
 クレアの呼吸が聞こえる。
 あたしは唾を飲んだ。
 クレアの髪の毛があたしに触れる。
 頬に指が触れた。驚いて、ビクッと肩が揺れて、顔が強張る。
 体に力が入って震える。
 怖い。
 クレアに抱きしめられる。
 ぎゅっと体が強張った。


 それをあやすように――クレアがあたしを優しく撫でた。


「……出来ない事を出来るって言わない」

(……あ……)

「嘘は嫌いなんだろ?」

 優しい声。優しい手。優しい撫で方。

「じゃあお前も嘘つかない」

 急に、鼻の奥がつんと熱くなった。

「……どうした?」

 優しい声があたしに訊く。

「どうしたの? テリー」

 クレアがあたしの耳に囁いた。

「聞いてやるから、話してごらん」

 ……あたしの手が……ゆっくりと……クレアにしがみついた。

「もう。ダーリンったら仕方ない人。こうでもしないと素直にならないんだから」

 冗談交じりな声に安心して、クレアに恐怖を抱いてしまった自分が愚かに感じて、こんな感情如きで振り回される自分が哀れに思えて、でも止められなくて、コントロールも出来なくて、ずっと抱えてしまって、手放せなくて、話せる奴はいるけど、ドロシーはメニーの味方だし、リオンもなんかはっきりしないし、誰もわかってくれないし、話せないし、離せないし、溢れ出したら止まらなくて、あたしはクレアの肩に顔を埋めた。

「ゆっくりでいい」

 クレアがしゃくり上げるあたしの頭を撫でた。

「テリー、また過呼吸になるぞ。深呼吸して」

 あたしは震える息を深く吸って吐いた。

「どうしたの?」
「……」
「生理前?」

 ……それもある。頷くと、クレアが溜め息を吐いた。

「ああ、だからイライラして涙腺が緩くなってるのか。わかったわかった。あたくしがダーリンの抱き枕になってあげるわ。いいか? お前だけだぞ? 特別だからな? 思う存分あたくしを抱きしめて満足するが良い」
「……った」
「ん?」
「……嫌だったのよ……」
「何が?」
「……クレアが、……メニーと仲良くするの……」
「……ほう? ヤキモチか?」

 クレアがにんまりとして訊いてくるが、ごめんね。クレア。そうじゃないの。

「……違う。これは……多分、不快感」
「ん? それをヤキモチというのではないか?」
「……そうじゃない」
「何が違う?」
「嫌なのよ」
「何が?」
「……」
「テリー」

 クレアがあたしの頭をよしよしと撫でる。

「何が嫌なの?」

 あたくしを信じてと、伝えてくるように。

「教えて?」
「……」

 あたしは鼻水をすすった。

「あたしのこと……浅ましいって、思うわよ」
「何を今更。お前はいつだって浅ましいだろ」
「……」
「……何が浅ましいと思うの?」
「……」
「テリー?」
「……」

 あたしは息を吸った。

「メ」

 止まる。

「……」
「ん」

 クレアが頷く。

「何?」

 この気持ちの事は、リオンとドロシー以外誰も知らないし、あの二人以外に言った事は無い。良い顔して、ずっと隠してきたから。

「うん」

 死刑になる未来が怖くて、ずっと愛してるって言ってた。仲良しだって自分から公言してた。

「テリー」

 全部、演技だった。

「いいよ」

 愛してる。愛してない。

「ゆっくりでいい」

 大好き。大嫌い。

「教えて」

 ごろにゃん。

 あたしはネコを被る。
 嫌いな妹の手を握る。
 優しい姉を演じる。
 そうすれば、みんなはあたしに石を投げない。

 好きな人が出来た。

 あたしは好きな人の欠点を知っている。
 好きな人は、あたしの隠している事を知らない。
 好きな人はあたしに教えてくれた。
 あたしはまだ教えてない。

 だったら、

 クレアになら、少しだけなら、被ってるネコを退かしてみてもいいかもしれないと思って、あたしは被ったネコを一匹だけ地面に下ろした。にゃん。

「……クレア」

 にゃー。

「あたしね」

 ゆっくりと、口を動かした。




「メニーを殺したい」




 クレアが黙ってあたしの頭を撫でた。

「あの子」
「美人でしょ」
「性格も良いし」
「優しいし」
「純粋だし」
「少し天然と見せかけて」
「しっかりしてるし」
「本読むし」
「頭良いし」
「声が綺麗だし」
「歌も上手いし」
「人見知りのくせに」
「気が付いたら人が集まってるし」
「モテるし」
「友達多いし」
「思いやりがあるし」
「あたしとは全然違う」

 あたしが欲しいもの、あの女は全部持ってる。

「これ以上ないかと思ったら、魔力持ちだって言うし」
「船で着てたドレスも似合ってたし」
「顔良いし」
「魔法は使える」
「ね、そんな奴が義妹よ」
「血の繋がりなんてないのに」
「ずっとそう」
「出会った時も」
「昔も」
「今も」
「メニーはいつでもヒロインだった」

 美人で善人。
 ブスで意地悪。

「あたしは悪役」

 三姉妹は姉が悪役なの。次女がヒロインのおとぎ話なんて聞いたことがない。どうしてか、長女か、三女がヒロインなのよ。それなら、どうしていつまで経っても次女はヒロインにはなれないの? ねえ、どうして? どうして二番目はヒロインになれないの? アメリはあたしの欲しいものを全部取った。嫌い。メニーはあたしの欲しいものを全部持ってた。嫌い。

 あたしには何もないのに。

「殺したくて仕方ない。憎くて仕方ない。恨めしくて仕方ない。あたしよりも美人で、その上優しくて、完璧で、出会ったことすら呪ってしまいたい。あたしはいつだって引き立て役。あいつが輝くためだけにいるだけ。だから、嫌い。……あいつなんか……あんな女なんか……!」

 あたしの全てを壊すメニー。

「さっさとくたばればいいのよ!!!」

 部屋に静寂が訪れる。
 ランプの周りに虫が飛ぶ。
 あたしの目からしょっぱい水が落ちて、雨となってシーツに染みが出来る。
 クレアがあたしの背中を撫でる。
 止まらなくて、あたしは鼻をすする。
 クレアはあたしを離さない。ずっと、背中をさすって、叩いて、撫でて――あたしが落ち着いてきて――呼吸が整ってきた頃――ようやく口を開いた。

「そっか」

 あたしの手がクレアのネグリジェを強く握りしめる。

「……軽蔑……した?」
「いいや。ただ、そうだったんだと、思っただけだ」

 クレアは変わらない声色であたしを撫で続ける。

「妹を大切にする姉として振る舞っていたのであれば、今までのメニーに対する異常な執着も……納得いく」
「……」
「喧嘩でもしたのかと思ったが、……そうじゃないんだろ?」
「……」
「いつから?」
「……キッドと出会う前から」
「……そうか」

 クレアがあたしの耳に囁く。

「似てるな」

 クレアはリオンが嫌い。クレアが欲しいものを全部持ってるから。

「……あたくしがその話を聞いて、軽蔑すると思ったか?」
「……クレアなら……笑い飛ばして終わりだとは……思ってた」
「ん」
「……」
「テリー、人には好き嫌いがある。好きな人だけに囲まれるなんて、そんな事は出来ない」
「……」
「別にお前がメニーをどう思ってようが、あたくしには関係ない話だ。お前とリオンが抱きしめ合っていても、あたくしが文句を言わないようにな」
「……あたしとリオンがいつ抱きしめ合ったっていうのよ」
「船でしてたではないか。ダーリン、あたくしは見てたんだからな。口には出さないが、文句も言わないが、これでも結構気にしてるんだぞ」
「そんな事言ったらクレアだってメニーと二人で……」
「……」
「……もういい」
「……テリー」

 クレアがあたしの体を起こし、向き合って、両手を握り締めてから、あたしの顔を見た。

「話してくれてありがとう」

 とても優しい笑みを浮かべて、あたしに言う。

「このこと」
「誰にも言ってない」
「……」
「リオンとドロシーは知ってるけど、……あとは誰も知らない」
「……夫人と、アメリアヌも?」
「言ってない。……誰にも言ってない」

 クレアの両手を握り返す。

「クレアだったら……言えるかなって思ったから……言った」
「……そっか。……言いづらかった?」
「……ん」
「そうだな。……お前はそういうの、知られたくないタイプだもんな」

 怖がりだものな。お前は。
 
「不器用な女だな。ロザリー」
「……悪かったわね。どうせメニーと比べ物にならないほど不器用よ」
「そんなダーリンも好きよ」

 クレアが身を寄らせ――そっと唇を重ねてきた。

「……ん……」
「大好き。テリー」

 クレアがあたしだけを見つめる。

「嫉妬にまみれて汚いお前も、目が離せないほど魅力的」
「……ハニー」
「ん?」
「目……瞑って……?」
「……うん」

 クレアが目を閉じれば、今度はあたしから唇を押し当てる。クレアの柔らかい唇を感じて、一度離れて、またキスをして、両手を握り締めて、また……重ね合う。

(クレア)

 キスをする。

(軽蔑……されてない……)

 何も変わらない。それどころか、理解してくれた。

(……クレア……)

 怖かった。

(醜い姿を見せて、クレアから石を投げられるのが……すごく怖かった)

 クレアは石に見向きもせず、あたしを大切に抱きしめて、変わらずダーリンって呼んで、唇を重ねるだけ。

(……っ、クレア……)

 キスをしながら、あたしからクレアを押し倒す。

「わっ、と」

 クレアが一瞬キッドみたいな声を出したけど気にしない。あたしは無我夢中でクレアの上に乗る。クレアが見上げて来る。ランプが灯り、クレアの姿をよく映す。あたしは身を沈ませ、クレアの唇を再び塞いだ。女というものは溢れ出したら止まらなくなる。憎しみも、愛おしさも、雪崩のように流れ出す。

 クレアにキスをする。離れる。見下ろせば、クレアの頬が赤く染まっていて、口角を上げていやらしい笑みであたしを見上げていた。その顔が、――すごく魅力的で、……見惚れてしまう。

「……来て。ダーリン」

 甘い人魚の誘惑に乗るように、あたしはクレアを抱きしめた。そして、この世界からクレアを隠す。

「くひひ。苦しい」

 クレアだけは誰にも渡さない。このクリスタルはあたしだけの宝石よ。

「ひひ、なんだ? そんなにあたくしを独占したいのか? もうダーリンったら、ふふっ、ヤキモチ焼きなんだから」
「……」
「テリー」

 クレアを見つめる。

「目を逸らすなよ」

 愛おしい手があたしの唇に触れる。

「目を逸らしたら許さない」

(……それはクレアでしょ)

 あたしよりもメニーと仲が良さそうだった。そう思ったら――もやもやした感情がまた胸にやってきて、クレアを睨む。

「ん? なんだ? その生意気な目は?」

 クレアがあたしの手首を掴み、強く引っ張った。

「っ」

 ベッドに倒される。振り返るとクレアが起き上がり、あたしの上に乗り、にやりとした。

「ん。やはりあたくしは見下ろす方が性に合ってるらしい」

 クレアの顔が近付いてくる。だから、あたしは瞼を下ろす。次の瞬間には唇が塞がられた。近くにクレアを感じる。体が動けない。クレアに乗られて閉じ込められているから。クレアがあたしにキスをしている。あたしだけを見ている。あたしだけを想っている。それが嬉しくて、誰かに自慢したくなる気分になって、でも誰もいなくて、ここには二人しかいなくて、目の前にはクレアしかいなくて、だからこそ、いつも張ってる見栄が音を立てて崩れて、もっともっととせがんでしまう。もっと唇を押し付けて、もっとキスをして、そしたら、もっとクレアがあたしの事しか考えられなくなるような気がして、クレアの瞳を自分だけのものにしたくて、抱きしめて、離さない。クレアがあたしの鎖骨にキスをした。驚いて肩が揺れた。クレアが首筋にキスをした。くすぐったくて鼻から声が出た。クレアがうなじにキスをした。あたしの体が震え始める。このままじゃいけない。あたしはクレアの手の甲にキスをした。クレアがくひひ、と笑って、あたしに見せつけてくるように手の甲にキスをした。目が合って、胸が激しく高鳴って、体中熱くなって、クレアがそっと、あたしの額にキスをした。その優しいキスが、まるで魔法をかけられたように安心するもので、思わず力が抜ける。クレアがあたしの背中を撫でた。よしよししてくる感触が気持ち良くて、クレアに身を預ける。気持ちいい。ずっとこうしてたい。温かい。

「……クレア、好き」

 掠れた声で言うと、クレアが息を呑んだ。

「好き……」
「……うん。あたくしも……好き……」

 クレアが囁くように言って、あたしの髪の毛にキスをする。優しくあたしを撫でて、髪の毛に指を通して、あたしを抱きしめながら――訊いてきた。

「……ね、テリー」
「ん」
「していい?」
「……ん?」
「このまま……してもいい?」
「……」

(キスのこと?)

 あたしは顔を上げて、クレアにキスをした。ちゅ。

「あ、ダーリン」
「ん?」
「あの、そうじゃない」
「え?」
「そうじゃなくてだな……」
「……キスじゃ……ないの?」

 あたしはじっとクレアを見つめる。その瞬間、クレアの手に力が込められた。

「……ん……」
「……あたしは……キスしたいけど……」
「……んー……」
「……違うの……?」
「……んぅーーー……」

 クレアが眉をひそませて、深く悩み、頷き、あたしを抱きしめた。五秒間の出来事。忙しい女ね。あなたは。

「いや……キス。キスの、……こと」
「……ん」
「キス、……いっぱい、しよう?」
「……うん」

 あたしはこくりと頷き、――ちらっと見た。ランプの火はまだ灯っている。……あたしはベッドから起き上がり、ランプの火を消した。部屋が暗くなるが、カーテンの隙間から溢れる外の光が十分に部屋を照らして……こっちの方がロマンチックだわ。

「……」

 あたしはそそくさとクレアの側に戻り、クレアに抱き着いた。ぴとっ。

「……」

 満足。

「ダーリン、よく見えない」
「明るすぎたらムードが出ないでしょ」
「ダーリンの顔が見たいから、明かりつけていい?」
「……」
「……これならどうだ?」

 あたしが無視して答えないでいると、クレアの周りに星がふわふわと浮かんで光った。高い天井に貼りつき、夜空が部屋の中に現れる。それを二人で見上げる。

(……綺麗)

 肩に手を置かれた。隣を見れば「どうだ」と言いたげな笑みを浮かべるクレアがいる。

(……星空よりも……クレアの方がいい)

 そっとクレアの唇にキスをすると、クレアがまたピシ、と固まった。またキスを繰り返すと、クレアが大人しくなった。また唇を押し付けると、クレアがあたしをベッドに貼り付けた。

(ん!?)

 クレアから唇を重ねてくる。ただ、重ねてくるだけではなく、……舐められた。

「っ」

 クレアの舌が唇を突いてくる。まるで、あたしの心のドアを叩くように。

「……」

 ゆっくりと、口を開けてみる。すると、クレアの舌がぬるりと入ってきて、あたしの、口の中に、その、舌が、触れてきて……。

(あっ)

 熱い。

(あ、……あっ……)

 クレアと舌が絡み合う。呼吸が乱れてくる。頭がクラクラしてくる。やっぱりこれ慣れない。でも、嫌じゃない。だって、これはクレアの舌で、あたしと、絡んで、クレア。温かい。クレア。とろけてしまう。クレア。くすぐったい。クレア。もっと。クレア。好き。クレア。舌が、クレア。熱い。クレア、クレア、クレア――。

「……はぁ……」

 舌が離れたら、溜まってた息を一気に吐き出す。クレアも息を吐く。二人の呼吸が乱れてる。二人の体温が熱い。恥ずかしい。でも、これがいい。癖になりそう。クレアとなら、……どんなことをしたって構わない。

(……)

「……ねえ、クレア」
「……ん?」
「真実の愛って、あると思う?」

 クレアが瞬きして、顔をしかめさせて、首を傾げた。

「ダーリン、また風邪引いたの? それともお酒飲んだ?」
「引いてないし飲んでない」
「お前の口からすごくロマンチックな事が出て驚いた」
「あなたも劣らずロマンチストでしょ」
「お姫様だもん」
「……あると思う?」
「……んー。そうだな」

 真実の愛か。
 クレアがあたしの上から横に倒れた。

「名探偵クレアは読了済みだな?」
「あのエロ本のこと?」
「エロ本じゃない。ミステリー、サスペンス、恋愛が混じった素晴らしい物語だ」

 ミステリー:1、サスペンス:1、恋愛(エロ含める):8。それを人はエロ本と呼ぶのよ。馬鹿。もっと同業者の作品を読んで勉強なさい。馬鹿。好き。

「あれが何?」
「人魚姫の部分」
「……ウンディーネの物語?」

 ドロシーからもさらっと聞いてはいたけど、その内容は『名探偵クレア』に、まるでその場にいたのではないかと思うほど詳しく書かれていた。

「テリー、ウンディーネはなぜ、王子を殺さず泡になったと思う?」

 ウンディーネが馬鹿だったから? 優しすぎたから?

「あたくしならこう答えるだろう。魚が異種族の人間に恋をした想い。それは魚にとって真の愛だった。どれほど探しても見つからない素晴らしい想いを持てたのに、それを過去に、偽りにしたくなかった」

 好きな人を嫌いになりたくなかった。この『素晴らしいもの』が消えてしまうくらいなら、偽物になってしまうくらいなら、一層のこと……。

「恋という真実の愛を抱きしめたまま、自ら泡となって消えよう」

 クレアがあたしに手を伸ばす。

「ウンディーネにとって、恋は何があっても手放したくないものだった」

 それが真実の愛というのであれば、

「あたくしがお前に抱いてる想いは真実の愛なのかもな」

 だって、

「あたくしは何があっても、お前を手放したくないもの」

 クレアがあたしの髪の毛を梳いた。

「……ま、真実の愛なんてものは所詮はまやかし。あれば欲しいが、目に見えないものだから、こればかりはいくらあたくしと言えども、あるかどうかは答えにくい」
「……」
「……ね、テリー」

 クレアがあたしに近付く。

「お前がちょうだい?」

 クレアがまた可愛く笑う。

「お前があたくしに真実の愛を寄越せ」
「……それは残念ね。あたしも真実の愛なんてものは信じてないの」
「ほう。ならば精一杯あたくしに愛情表現するしかないな」
「そのつもりよ」

 真実の愛なんてものはないから、あたしなりの愛を伝える。あたしの手がクレアに伸びて、彼女の髪を撫でる。

「愛してるわ。クレア」
「本当に?」
「本当よ」
「じゃあもっと伝えて」
「もっとって、どれくらい?」
「沢山」
「あたし、あなたのこと本当に愛してるわ」
「あたくし、言葉と行動で示してくれないと不安になっちゃうの」

 普段のお前を見直してみろ。ツンツンむくれて睨み顔。何かあればくたばれ退け去れ役立たず。罵詈雑言の数々及び、小さいくせに生意気態度。プライド高くて見栄張り女。そのくせいざという時の技は逃げるが勝ち。足りない。乏しい。お前の愛情表現はありんこくらい小さくて、目を凝らさないと見えなくて、あたくしはいつでも愛情不足で飢えている。だから、

「もっと愛してるって言って? ダーリン」

 そしたら、あたくし、不安になんかならないから。

(……馬鹿ね)

 あたしがクレア以外を見ると思ってるの?

(こんなに沢山伝えてるのになんでわかってくれないのかしら。クレアは欲張りなのよ。少しくらい我慢しなさいよ)

 でも、求められてるなら――こんなあたしでも、求めてくれるなら――。

「……クレア、愛してる……」
「……くひひ」
「……愛してる」
「ふふっ、うん」
「すごく好き。……あたしのクリスタル」

 その温かな胸に寄り添う。体温を感じたら、ほっとして、良い匂いがして、にやけてしまって、胸がドキドキして、どうにかなってしまいそう。心地好い。……幸せ。

(もっと……キスしたい……)

 くっつきたい。

(クレア……)

 キス……。

(……もっと……)

「……クレア」
「ん?」
「結婚しようって言ったの」

 あたし、


「嘘じゃないのよ」




( ˘ω˘ )




「……」

 大人しくなった恋人に気がつく。そっと体を離して見てみれば、やはり彼女は既に夢の中へ旅立っていて、クレアは思わず吹き出した。

「……貴様は相変わらず、あたくしをなぶり殺すのが好きだな」

 自分の胸に寄り添い、赤子のように眠る恋人の頭を撫でる。

「テリー」

 これはきっと、今まで散々レディ達を食い物にしてきたキッドの報いだろう。愛する人が出来たのに、なかなか思うように事が進まない。求められたら手を伸ばした。笑顔を見せたら喜ばれた。手を繋いだら顔を真っ赤に染められた。キスをすれば相手は自分に夢中になった。

 どうして?
 今はキスをすればするほど、自分がテリーに夢中になってしまう。

 結婚したい。

 本当は、今すぐにでも結婚してしまいたい。
 だって、そしたら、やっと貴様をあたくしで繋ぐ事が出来るじゃないか。
 結婚っていう、夫婦っていう鎖で、貴様を縛れるじゃないか。

 結婚したらキッドは王となろう。そしてお前は王妃となろう。人目がつかぬ所では、キッドはクレアに戻り、あたくしは貴様をダーリンと呼び、変わらぬ愛を誓うだろう。二人で手を繋ぎ、共に歩き、共に死ぬ。あたくしは貴様と同じタイミングで死に、貴様と同じ棺桶に入る。そうすれば死んでからもずっと一緒にいられる。

 テリー、あたくしはそれくらいお前のことが気に入ってるんだ。
 惹かれているんだ。
 お前を見るたびに愛おしくなって、
 お前を見るたびに魔法にかかって、
 お前を見るたびに恋が生まれて、
 お前を見るたびに心が振り回される。

 鎖。鎖が欲しい。
 貴様をあたくしから離れられなくする鎖が欲しい。
 なんで貴様は男じゃない?
 種付けすればいいではないか。
 あたくしに赤子を授ければいいではないか。
 そしたらあたくしは鎖で縛られる。お前もあたくしに縛られる。これでずっと一緒だ。赤子と共に、笑顔で側にいよう。

 なんでお前は女なんだ。
 鎖を、作れないではないか。

「結婚するか?」

 口角が上がる。

「いいぞ。あたくしは」

 でも、

「お前、まだやりたい事があるんだろ?」

 大切に頭を撫でる。

「沢山、残ってるんだろ?」

 お前は頑固だから、やると言ったらやるまで満足しないんだろ。どうせ。

「いいよ」

 父上も母上も、暴れん坊のあたくしを手懐ける事の出来るお前を気に入ってるみたいだし、

「待つ」

 お姫様は王子様のお迎えをいつまでも待ってるものだから、

「お前が満足するまで、待ってやる」

 感謝しろ。

「……」

 はあ。

「ダーリン、どうしたらあたくしの事しか見えなくなるの?」

 クレアのダーリンは答えない。彼女は気持ち良さそうに眠っている。

「あたくし、だいぶ我慢してあげてると思うの」

 無防備なお前が目の前にいても、無理矢理体を重ねようとしないし?
 お前が大事にしているから右腕の反抗期だって大目に見てるし?
 お前に色目使ってくる左腕のことだってあえて無視してあげてるし?

 睨んでくる青い目のことは、知らないふりをしてあげてるし?

「ダーリン、愛してる。あたくしにはお前だけ」

 頬を撫でる。

「お前だけしか見えない」

 浮気しないし、一途に貴様だけを想い続けるから、

「ね」

 そろそろあの夜の続きをしよう?

「テリー」

 あたくししか覚えていないあの夜の続きを、

「ダーリン」

 愛しいあなた。


「このままお前の全部を、奪えてしまえたらいいのに」


 クリスタルはそっと、眠る愛しい人にキスを送る。奪うことはせず、彼女を抱きしめて、むくれながら、その時を待つために深い眠りにつく。


 天井には星が広がり、外では春の風が吹いていた。

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「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

小さなことから〜露出〜えみ〜

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私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

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