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九章:正しき偽善よ鐘を鳴らせ(後編)
第13話 誰も信用してはいけない
しおりを挟むメニーに声をかけられて、はっとした。あたしはジャンヌの部屋の前に座り込み、トトの頭を撫でていた。
「あれ、ドロシー? リオンさまのところじゃないの?」
「にゃん」
「お姉ちゃん、そこでなにしてるの?」
「……あれ……?」
「……一回、部屋に戻ろうか」
メニーがあたしに手を差し出した。
「お姉ちゃん」
「ええ……。ありがとう、メニー……」
頭がぼんやりとしている。あたしはメニーに引っ張られ、ジャンヌの部屋の椅子に座った。メニーがテーブルに置かれたメモを見つけ、読む。
――メニーへ、ちょっと出かけてきます。大丈夫よ。あたしは自由になるの。
「どこか出かける予定だったの?」
「なんだっけ……?」
「お姉ちゃん、廊下には出た?」
「なんか、頭ぼんやりしちゃって……」
あたしは頭を押さえた。
「なんだっけ……?」
「……紅茶、冷めちゃったね。おかわりお願いしてくるよ。ドロシー、お姉ちゃんをお願い」
「にゃあ」
メニーがふたたび廊下へと出ていった。あたしはトトを見下ろし、トトに癒やされる。にゃあ。
「ねえ、トト、あたしなにしてたんだっけ?」
「にゃあ」
「ジャンヌが暴れてたことは覚えてるの。エンサンもジャンヌに会いに来て……メニーが出ていって……あたし……」
あ。
「そうだ。サリアに連絡しなきゃ」
「にゃ?」
「サリアが待ってるのよ。もうゲームはキッドさまの勝ちってことにして、解決したって言わなきゃ」
「にゃあ」
「トト、一緒に行きましょう。……あ」
メモに書いておこう。
――メニーへ。サリアに連絡してくるわね。
(これでよし)
「行きましょう。トト」
「にゃあ」
あたしはトトを抱っこしてジャンヌの部屋から出ていく。
廊下にある階段を下りて、贅沢な絨毯を踏みつけて、電話機に向かう。番号を押すためにエプロンのポケットから昨日の番号を見て、番号を一つ一つ押していく。しばらくして、ぷるると音が鳴った。
『はい、宿屋ローズマリーです。ご予約ですか?』
「あ、あの、テリー・ベックスと申しますが……」
『ややっ! これは! ああ! テリーさま! おはようございます! 朝からお声が聞けるなんてなんて素晴らしい日でしょうか!』
「あ、あの……」
『お母さまですね! 少々お待ちください! ……おい! テリーさまから電話だ! 内線を繋いでくれ!』
『アーメンガードさまとアメリアヌさまなら先程出かけられたじゃないですか。店長が手続きしてたでしょうが』
『あ! そうだった!!』
耳に受話器があてがわれた音がきこえた。
『ああ、実は、その、テリーさま、今、アーメンガードさまとアメリアヌさまがお出かけをされているようでございまして……』
「サリアに用があるの。繋いで」
『さ、さようでございましたか! メイドの方ですね! かしこまりました! ただいま、確認を……! ……おい! メイドがいるか確認してくれ!』
『店長、人に頼むなら、誠意を見せないと』
『ま、まさか、お前……! またチップをねだる気じゃ……!』
『店長、お姫さまがお待ちですよ? キッド殿下の婚約者の』
『ち、ちなみに、額は……?』
『まあ、……。……この程度でしょうか』
『ち、ちくしょう!』
『まいど』
『ばかぁ!』
(……ママに、この人に多めのチップをあげるように言っておこうかしら……)
『店長ー、いましたー。電話機の前に待機させてますー』
『テリーさま! ただいまお繋ぎいたしますので、少々お待ちを!』
内線が切り替わった音がきこえた。
『おはようございます』
それは昨日聞いた声。
『サリアです』
「……テリーよ」
『お待ちしておりました。調査はいかがでしたか?』
「それがね、もういいことになったの」
『あら、人狼は見つかったのですか?』
「ええ。キッドさまが見つけたわ。ゲームはキッドさまの完全勝利よ」
『……ほんとうですか?』
「ええ」
『そうですか』
「心配ないわ。今日か明日にはアトリの村を塞ぐ岩もなんとかなると思う」
『……そうですか。ただ、やはり気になります。テリーお嬢さま、昨日お調べしてわかったことをきいてもいいですか?』
「えー」
『気になって、夜も眠れません』
「……仕方ないわね」
巻き込んだのはあたしだし、きちんと説明しよう。
「あのね、人狼はいないと思う。いるのは殺人鬼よ」
『なぜそう思うのですか?』
「白いオオカミが現れてから人が病死した話はしたわね。あれね、人狼の細胞に目覚めたからじゃないの。ただの夢遊病よ」
『夢遊病で亡くなったんですか?』
「この村、夜になったら山からオオカミが下りてくるんだけど、一番山から近いところに住んでた人だったの。多分、無意識のうちに夜に外に出ちゃって、オオカミに襲われたんじゃないかしら」
『なるほど。……家には、他になにかありました?』
「地下があったわ。呪われたって壁に書いてあった」
『呪われた?』
「そう。血みたいな赤い字で」
『……テリー……お嬢さま、そこには……文字以外に、なにかありました? そうですね。例えば……』
さん、に、いち、
『大暴れした痕とか』
「あら、勘が鋭いのね。そのとおりよ。地下室は荒れてたわ。たぶん、夢遊病で歩き回ってそんなことしちゃったと思うんだけど、棚は倒れて本は地面に散らばってて、黒い毛だらけだったの」
『……他になにかありました?』
「寝室に手紙。お医者さまへのものと、役所への。この村、ダムが近くにあるんだけど、ヒビが割れてるみたいなんだって」
『アトリの村の奥にあるダムのことですね?』
「あら、知ってる?」
『以前から、工事をしようとこの村からも派遣した人たちが行ってるそうなのですが、工事が一向に進まないようです』
「ん? どうして?」
『オオカミがいるから』
(……ああ、森には多いものね)
『オオカミが邪魔をしてくるそうです。ダム工事を進めるなと言ってるように』
「でも、いずれなんとかしないといけない問題よ。異音がするって」
『オオカミの巣があるかもしれないと思った作業員の方がさがしたそうですが、そういったものは近くで発見されなかったそうです。それに、邪魔をしてくるのはいつも同じオオカミなんだそうです』
「同じオオカミって?」
『白いオオカミだそうです』
「……白いオオカミが、邪魔してくるの?」
『そのようですね』
「なんで?」
『さあ? わたしは現場に行ったことがありませんから、なんとも言えませんが……。少し気になりますね』
「うん」
『未来を言い当てる方がいたときいてますが、その方の件はどうなりました?』
「ああ、やっぱり、言ってたみたい。でもよくわかんないの」
『お亡くなりになったのは何人ですか?』
「二人、いや、おばあちゃんを入れたら三人、で、行方不明者が一人」
『行方不明者がいるんですね』
「死んだ人から伝えていくわ。一人目はピノキオっていう男の子。……この子がまたかわいそうでね。土砂崩れに巻き込まれて、動けなくなったところをオオカミに襲われたそうなの。その日、友だちとダムで待ち合わせしてて、手紙に書かれた言葉から待ち合わせ場所を見つけ出すってゲームで遊んでたらしいんだけど、なかなかわからなかったみたいで、そこから大雨が降って、村人みんなでさがして、見つけたときには……」
『……それ』
さん、に、いち。
『第一発見者はだれですか?』
「……さあ? 村の人じゃない? そこまでは詳しくきいてないわ」
『……わかりました。では、次の方にいきましょう』
「次は裁判官よ。ダンテっていう人なの。さっき話した夢遊病で死んだ人」
『夢遊病ということは、だれか、そのダンテさまが外に出られていたというのを見た方はいらっしゃいますか?』
「ああ、みんな見てるみたいよ。ダンテさんって奇病で死んだと思われてるの。だから、村の人が家中に薬をまいて、カギをかけて人を近づかせないようにしてるのよ。感染病かもしれないからって」
『ああ、なるほど』
さん、に、いち。
『テリーお嬢さま、ピッキングなんていつ覚えたのですか?』
「ぴっきんぐ? なにそれ」
『道具を使ってカギを開けることです』
「……。あたし、そんなことしてないけど」
『でしたら、なぜ手紙のことや地下室のことをご存知でしたのでしょうか?』
「……村の人が……」
『近づかせないようにしているなら、カギを開ける前に止めますよね。村の方であれば』
「……」
『……奥さまには黙ってます』
「……」
『ダンテさまは夢遊病。一つきいておきたいのですが、彼が死んだのはベッドの上ですか? それとも』
さん、に、いち。
『地下室ですか?』
「……見つかった場所はきいてないわね……。奇病で死んだって言われてるし……ベッドじゃない?」
『だれかが発見したということですね』
さん、に、いち。
『第一発見者もきいてませんか?』
「ん」
『そうですか。では、次の方にいきましょう』
「おばあちゃんのことなら言えるわ。火事で死んだの」
あ。
「火事で死んだけど……あたし、怖かったから覚えてるわ。あのね、そのおばあちゃんははらわたがひらかれた状態で見つかったそうよ」
『それはだれからきいたんですか?』
「昨日村の人が言ってたわ。オオカミの様子がおかしいからって」
――オオカミ狩りに出るか?
――客人もいる。行くなら今日だぜ。
――岩はどうするんだ。
――女にやらせておけばいい。
――お前、カミさんにそんなこと言えると思ってんのかよ。……無理だよ……。
――じゃあどうするんだよ。
――おれたちはなにもオオカミが憎いわけじゃない。
――そうさ。これも村を守るためだ。
――愛する子供と女、みんなを守るためだ。
――オオカミ狩りに賛成だ。ばばさまの死体見ただろ? 燃えたはずなのにはらわたがひらかれてるなんて、どう考えたってオオカミの仕業……。
――おい、やめろって!
「近くにあたしとメニーがいたのを見て話を切り上げてたけど、あたしね、怖いことは覚えてるの」
『なるほど。そのおばあさまもオオカミに食べられた状態で見つかったのですね』
「オオカミに襲われてるところに火が回ったのかしらね。逃げようとしてろうそくでも落としちゃったのかしら」
『最後に、行方不明者の方のお話をよろしいですか?』
「ええ。その人、村長の息子なの。名前はリチョウ。詩人になりたかったんですって。で、ほら、昨日話した白いオオカミが現れる前に、作物問題とか体調不良者が出た問題とかあったでしょう? あれ、そのリチョウって人が詩を読んだら解決したんですって」
『詩を読んだら……?』
「不思議よね。でもメニーがそうきいたんですって」
に、さん、
「まるで魔法みたい」
よん、ご、
『……』
「で、この人がいなくなって、生きてるか死んでるかもわからないんですって」
『……』
「以上よ」
『……言い当てる方の話をきいてもいいですか?』
「ああ、はらわたのおばあちゃんの言ってたことね」
『教えていただけますか?』
「えっとね」
――リチョウは最近、ずいぶんとやる気になってるね。まるで人が変わったようだ。だがね、人間、根っこは変わらないよ。虎のような自尊心はどこかに潜んでるはずさ。それが大きくならなければいいけどね。
――ピノキオ、あの子は悪い子だ。悪戯好きで自分勝手。そのくせ嘘をつく。ゼペットが甘やかしているから善と悪の見分けがつかない。正しさの鐘を鳴らしたってだめさ。あの子には同情するよ。バチが当たったのさ。
――ダンテには近づくんじゃないよ。もう手遅れさ。どんな凄腕の医者に見せたって無駄だよ。あいつは善人が故に呪われた。いいかい。絶対近づくんじゃないよ。今のあいつは羊の皮を被ったオオカミだよ。
「以上」
あたしはふう、と息を吐いた。
「ね? 人狼じゃなくて、殺人鬼が潜んでるって話でしょう? ゲームはおしまい」
『……すみません。テリーお嬢さま』
「いいのよ。別に」
『一分だけ時間をください』
「え?」
『整理しますから』
あたしは壁にかけられてた時計を見た。
「別に、それは構わないけど」
『ありがとうございます。それでは、このままお電話を切らずにお待ち下さい』
あたしはちらっと足元で遊ぶトトを見た。
(……トト、サリアが話を整理するって)
(にゃあ)
(そうよね。結構ごちゃごちゃしてるもんね。でもね、結局人狼なんていないんだから、時間の無駄な気もするけど、あたしは優しいから、もやもやするならやらせてあげてもいいわって思うのよ)
サリアが頭を整理させる。パズルを組み合わせていく。さまざまな可能性があるなかで、できる限り絞っていく。これとこのピース。これはこのピース。アトリの村の人狼事件。証言。残されたもの。ダム。白いオオカミ。村の人。組み立てていく。もう少しだ。リチョウ、ピノキオ、ダンテ、ばばさま。ご、よん、さん、に、いち、
(あ、一分経った)
『テリーお嬢さま』
「ん? なんかわかった?」
『今すぐにその村から出てください』
……。
「だから、今、巨大な岩があって出られな……」
『だれがそんなことをしたんですか? なんの目的で』
「サリア?」
『わかりました。人狼がいる場所』
「え?」
あたしはきょとんとした。
「いるの?」
『います』
「どこ?」
『言えません』
「は?」
『言ったら、あなたはパニックを起こすでしょうから』
「パニックなんて起きないわ。あたし、いつだって冷静に物事を解決……」
『テリー、この会話もどこかで聞かれている可能性があります。だから言えません』
言ったらあなたが標的になる。
『でも、人狼がいる場所はわかります。そちらにキッドさまはいらっしゃいますか?』
「……キッドさまはまだ来てな……」
あ!!!!!
「思い出した!! 指輪だわ!!」
『テリー?』
「あたし、キッドさまに用があったのよ! あの人に浮気されたの! もう怒ったんだから! 絶対婚約解消してやるの!」
『……テリー、いいですか? キッドさまから離れないでください』
「わかってるわよ! 第一王子さまと恋仲になれて折角のチャンスだからって言いたいんでしょ!? でもね! お生憎さま! あたし、もう彼はいやなのよ!! いちいち浮気されて傷ついて振り回されて、あたしもういやなの!!」
『キッドさまでしたら大丈夫です。もしくは、リトルルビィ、ソフィアさん、リオンさま、……それと』
さん、に、いち、
『メニーお嬢さまと離れると余計に厄介なことになると思います。なるべくおそばに連れて行動してください』
「そんなのわかってるわよ」
『誰も信用してはいけません。ピーターさんも』
「え?」
『ピーターさんも、もう手遅れの可能性があります』
サリアの声が耳に響く。
『テリー、事は一刻を争います。アーメンガードさまをさがして、なるべく早くそちらに向かいます。ですから』
サリアが言葉をまくし立て、言った。
『誰も信用しないでください』
……ツー。ツー。
「あれ?」
あたしは電話を見た。トトがきょとんとしてあたしを見上げる。
「あれ? あれ?」
耳に受話器を当てるが、声がきこえない。
「……?」
あたしは受話器を置いて、廊下をチラッと見た。マローラが廊下を全力疾走している。
「ああ! まったくこんなときにブラシが壊れるなんて! ああ! もう!」
「マローラ」
「あら、お嬢さま! はあ! ごめんなさい。今忙しくって……!」
「電話が使えなくなったんだけど」
「あらやだ、もーーーーう! ブラシだけじゃなくて電話機まで壊れたっての!? あーら、もう! この屋敷はどうなってるのよ!」
マローラが電話機まで走り、思い切り電話機を叩いた。トトが驚いて椅子の下に隠れた。
「おら! おら! おらああああ!」
余計に壊れてしまったようだ。マローラが受話器を耳に当てて、色々いじりだす。
「どこかの線が切れてるのかも。あらら、困ったわね。これじゃあ、外部と連絡が取れやしない!」
「あたしのせいかしら?」
「おほほ! まさか! 買い替え時だったんですよ。ご主人さまったら、ケチでいけない。こんなことが起きないと買い替えないんですもの。ラッキーだったわ! これで最新式のものを注文できる! だけど、それも今日か明日、岩が退けられてからになりましょう。お嬢さまはお気になさらず!」
「……そう」
(じゃあいいや)
「ブラシ、あたしもさがすわ。ジャンヌでしょう?」
「そうなんですよ! もう、あのゴワゴワ髪の毛! 普段からお手入れしなさいって、あれほど言ってるのに!」
「トト、ここにいて。あとで迎えに行くから」
「ささっ、行きましょう! もう、リハーサルまで時間がないのに!」
マローラとあたしは倉庫に向かうため、一緒に走り出した。
ドロシーが電話機を見た。星の杖を振ろうとすると手に電気が走った。
「っ」
星の杖が地面に落ちる。ドロシーがそれを見て舌打ちをした。
「……サリアがここにいたら、また違ったかもね」
だけど、やれることはした。あとは運命に身を任せるしかない。
「はあ。ボク、まだ死にたくないよ……」
星の杖を拾い、ドロシーが椅子の下に寝転んで、丸くなった。
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