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九章:正しき偽善よ鐘を鳴らせ(後編)

第10話 ヒントを読み解け

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「テリーお嬢さま!」

 ……あたしのぼやける視界に、必死な顔で叫ぶピーターと、心配そうにあたしの顔を覗くメニーが現れた。

「お姉ちゃん!」
「お嬢さま! 大丈夫ですか!」
「……ピーター……? ……メニー……」
「一体なにが起きたのですか! 帰ってきたら、聖堂がこのありさまで……!」
「村の男の子が……いて……椅子を……倒してて……」
「なんですって!?」
「後ろから、急に、耳元で叫ばれて……あたし……」
「全く! こんなひどいイタズラをするなんて! 明日ヒョヌさんに報告しておきましょう。……お嬢さま、立てますか?」
「むり……」
「わたしの背中に」

 あたしはピーターの背中に抱えられ、リビングに運ばれた。ソファーに座り、隣にメニーが座る。

「お姉ちゃん、痛いところは?」
「耳鳴りがする……」
「よしよし」

 メニーがあたしの耳をなでた。ピーターが胸を押さえた。

「はあ。心臓が止まるかと思いました。オオカミでなくてよかったです」
「ええ。それは大丈夫。でも、男の子が……」
「お嬢さま、村の代表として謝ります。申し訳ございません」
「ううん。ピーターは悪くないわ。悪いのは男の子よ……。急に変なこと言い出して……」
「田舎の子供ですから、いたずら好きも多いんです。お怪我はありませんか?」
「怪我はだいじょ……ああ、足に包帯が巻かれてるわ!」
「お姉ちゃん、それは昨日オオカミに噛まれたやつだよ!」
「あ、そっか……」
「お疲れのようですね。今夜はトマト野菜スープにしましょうか」

(ピーターって絶対トマト好きだと思う……)

「お姉ちゃん、お風呂に入ろうか」
「そうね。そうしましょう」

 ――あたしとメニーが湯船に浸かった。

(はああ……いい湯……)

「お姉ちゃん、今日、昼にわたしたちをさがしてたってきいたけど……」
「そうなの。結局合流できなかったわね」
「なにか用だった?」
「ジャンヌとエンサンをさがしてたの。気になることがあって。その……人狼について」
「……なに?」
「ううん。もう大丈夫なんだけど、その、……なんかね、聖堂にメモが落ちてて」
「メモ?」
「サリアにきいたら、人狼の場所がわかるから連絡しろって書いてあって」
「……きいたの?」
「大丈夫よ。サリアにはアトリの村を舞台にしたゲームって言ってるから。でも、情報がないとなにもわからないって言われて、ジャンヌとエンサンにきいたほうが早いと思ってさがしてたの」
「そうだったんだ」
「でも、もうキッドさまが調査するみたいだし、必要ないでしょう? だからもういいわ。サリアには必要なくなったって伝えておくから」
「……ちなみに、どんなことききたかったの?」
「えっとね、……主に……ばばさまのことかしら。ほら、人に起きることを言い当てちゃうじゃない? 死んだ人たちのこと、ばばさまはなにか言ってたのかしらって」

(あ、そういえばリオンさまがキッドさまがきいてるだろうからきいておくって言ってそのままだったわ。……わざわざあたしのためにきいてくれてたでしょうに、申し訳ないことしたわね)

「メニー、なにかきいた?」
「うん。それキッドさんが、ジャンヌさんたちが情報を言ってるときにきいてた」
「そうだったの」
「白いオオカミが現れてから死んだ人が三人いるの。ピノキオっていう男の子、裁判官のダンテさん、そして、ばばさま。……それと、死んだかどうかわかってない行方不明になってる人がいて……」
「ジャンヌのお兄さま?」
「……きいた?」
「びっくりしたわ。ジャンヌに兄弟がいただなんて」
「うん。その、……ジャンヌさん、あまりリチョウさんの話をしたがらなくて」
「そうなの?」
「エンサンさんが幼馴染なんだって。それで、詳しく話してくれたんだけど、……ジャンヌさんは、リチョウさんは村を捨てたって言ってた」

 ――ただの家出だよ。兄さんは村のことが嫌いだったから。

「詩人を目指してたんだって」

 ――そんなことないさ。ジャンヌ、見ただろ。あいつの力。

「作物が育たなかったって話、あったでしょ。あれね」

 ――ある日を堺に、作物問題が解決した。あれは、リチョウのおかげなんです。あいつ……。

「リチョウさんが作物に詩を読むと、ちゃんと育ったんだって」

 ――それだけじゃない。リチョウは……。

「原因不明の体調不良で苦しんでた人たちに詩を読むと、たちまちみんな、体が楽になったって」
「……そんなことあるの?」
「エンサンさんも、ジャンヌさんも嘘をついてる感じはなかった。たぶん、……本当なんだと思う」

 ――あいつ、ずっと詩を書いてて、村に貢献したことなんて一度もなかったんです。だけど、それ以来、あいつは村にとって必要な人材となりました。村長が倒れたときはどうしようかと思ったけど、

「ヒョヌさんがね、すごく体調を崩したことがあるんだって。そのときもリチョウさんが詩で治したって」
「世の中にはふしぎなことがあるのね。そんなに良い詩を読むなら、ぜひきいてみたいわ」
「うん。アトリの村の長の権利はリチョウさんが引き継ぐ。そう言われるようにもなったときに……」
「いなくなった?」
「話では」
「期待の目に耐えられなくなったのね。今頃、城下町じゃない? 出版社がたくさんあるもの」
「でも、それもわからない。リチョウさんの部屋がどうしても開かないんだって」
「ああ、それ……あたしリオンさまに頼まれたわ」
「開けられなかったの?」
「静電気がばちばちきたの。絶対なにか仕組まれてるわよ。あのドア」
「静電気……?」
「なるほどね。今のアトリの村の状況が理解できたわ。ジャンヌが嘘をつくようになったのは、過度なストレスによるものよ」
「お姉ちゃん、ジャンヌさんは嘘ついてないよ」
「ああ、そうだったわね」
「ばばさまって人は、三人のことをエンサンさんに話してたみたい」
「二人じゃなくて?」
「うん。リチョウさんを含めて三人」
「なにを言ってたの?」
「あのね」


 ――リチョウは最近、ずいぶんとやる気になってるね。まるで人が変わったようだ。だがね、人間、根っこは変わらないよ。虎のような自尊心はどこかに潜んでるはずさ。それが大きくならなければいいけどね。

 ――ピノキオ、あの子は悪い子だ。悪戯好きで自分勝手。そのくせ嘘をつく。ゼペットが甘やかしているから善と悪の見分けがつかない。正しさの鐘を鳴らしたってだめさ。あの子には同情するよ。バチが当たったのさ。

 ――ダンテには近づくんじゃないよ。もう手遅れさ。どんな凄腕の医者に見せたって無駄だよ。あいつは善人が故に呪われた。いいかい。絶対近づくんじゃないよ。今のあいつは羊の皮を被ったオオカミだよ。


「……オオカミね……」
「二人とも次の日に亡くなって、リチョウさんは、それを言われた日にいなくなった」
「……なるほど。……ちなみにピノキオなんだけど」
「うん」
「あの子はどうして死んだの? 子どもだったってきいてるけど、ピノキオも病気?」
「ううん。ピノキオはね、大雨の日に、ダムで死体が見つかったんだって」
「ダムで?」
「ダムはね、ピノキオの遊び場所だったみたいで、ジャンヌさんがついていく形で、よく二人で行ってたみたい」
「そこで大雨の日に……見つかったの?」
「土砂崩れにあって、巻き込まれて」
「……なるほどね」
「ただね、ただ土砂崩れにあったわけじゃなくて……食べられてたんだって」
「食べられたって……」

 あたしは眉をひそめた。

「まさか、オオカミに?」
「動けないところを狙ったみたいに、食べられた状態で見つかったって」
「……」
「その日、ジャンヌさんと待ち合わせしてたんだって。ピノキオがジャンヌさんに手紙を渡して、言葉から場所を当ててもらうっていうゲームをしてたらしいんだけど、ジャンヌさん、わからなかったみたいで。ずっとさがしてたり、人にきいて回ったそうなんだけど、次第に大雨になってきて、村の人全員でさがして、見つかったときには……」

(……『ぼくはダムにいるよ』。……あの手紙、そういう意味だったのね……)

 だから、鍵付きの引き出しの奥に、大切に取ってあったんだわ。……戒めとして。

(ジャンヌ……)

 ジャンヌが人狼がいると言いたくなる気持ちはそこから来ているのかもしれない。だって、人狼がいれば、人狼のせいにできるもの。事故が起きて、オオカミに食べられて、もっと自分が早く来ていれば防げたのになんて、そんなこと思って生活してたら、たしかに、……気が狂ってしまいそう。

「メニー、……これは村の問題だわ。ここはキッドさまたちに任せましょう。あたしたちはどうしたって口を挟めないわ」
「人狼はまだ見つかってないんだよ。お姉ちゃん」
「……あのね、メニー」

 あたしはメニーに向き合った。

「こんなこと言いたくないけど、あんたも二月で15才になる。いい? 仮成人よ。だから、知っておいたほうが良いわ。あのね、……人狼なんていないのよ」
「……」
「なにか、別の事件が起きてるの。そうね。アトリの村に、……殺人犯がいるとか。こうなってくると、あたしたちでは対処できないわ」
「……」
「大丈夫よ。キッドさまたちがいるんだから、任せましょう?」
「……うん」

 メニーがあたしの手を掴んだ。

「そうだね。お姉ちゃん」
「大丈夫よ。メニー」

 あたしは不安そうなメニーに微笑む。

「あんたのことはあたしが守ってあげる。何も心配ないんだから」
「……うん」
「大丈夫。明日はやぐらから村の人たちがオオカミが来ないかも見張ってくれるって」
「……そうなんだ」
「ええ。だから大丈夫だってピーターも言ってたわ」

 明日は星祭りの前夜祭。

「ジャンヌの舞、楽しみね」
「……そうだね」






 外からは、オオカミの遠吠えがきこえる。
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