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八章:泡沫のセイレーン(後編)

第19話 『イザベラ』(1)

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「ゴーテル王の命令の元、騎士団が鎮圧に来た事により暴動は治まった。多くの死者がいた中、あなたは生き残った」

 アマンダは黙る。

「あなたは名も知らない赤ん坊を拾い、イザベラと呼んだ。後に、彼女は歌姫と呼ばれる存在になった」

 アマンダは俯いたまま動かない。

「イザベラの人生が輝く中、あなたの人生には陰りが出来る一方。あなたはイザベラが憎くて堪らなくなった。イザベラが全てをあなたから奪っているように感じたから。ああ、本人を目の前に言うのは、あたくしも胸が痛い」

 イザベラが呆然とクレアを見つめる。

「アマンダ・ウォーター・フィッシュ。あなたは許されない事をした。道徳を外れてしまった。人の命の奪った罪を、あなたは自ら背負った」

 アマンダが銃を構えた。しかし先にクレアが撃った。再びアマンダの手から血が流れる。

「大人しくお縄についてくれますか?」
「生きて出られると思ってるの?」

 アマンダが、静かにクレアを睨む。

「皆殺しよ」

 もう少しだったのに。

「全部、上手くいくはずだったのに」
「んー!」

 イザベラが声を出した。それをアマンダが見下ろし、無表情のまま言う。

「お前はいいわよね。ちょっと歌が上手いからってみんなにチヤホヤされて」

 イザベラがアマンダを見て、顔を強張らせた。

「ワタシがお前の影になっていたから、お前は輝いていられたのに」

 赤の他人のくせに妹ぶって我儘し放題。

「イザベラ、楽しかった?」

 イザベラがアマンダを見つめる。

「ワタシの人生を壊して、壊して、壊しまくって、楽しかった!?」

 イザベラが愕然とした目で見つめ続ける。

「そうよ。お前は苦しめばいい。苦しまなきゃいけないの」

 クレアが引き金を引いた。弾が弾かれた。アマンダの皮膚が硬い。

「永遠に、苦しめばいいのよ!」

 怒鳴るように叫んだアマンダの硬い肌がドロドロに溶けた。

「んーーーーーーーー!!」

 イザベラが悲鳴を上げた直後、アマンダのドロドロの体内にイザベラが呑み込まれた。クレアが銃を撃った。アマンダの体内に吸収される。アマンダはそのまま泥のように溶け、水溜まりとなって移動を始めた。魔法陣の中心について、ゆっくりと頭から浮かび上がる。濡れた髪の毛に濡れた体。輝く鱗。目の色がおかしい。死体だった魚が蘇り、アマンダの足に噛み付いた。その魚に更に蘇った魚が噛み付き、その魚に別の蘇った魚が噛み付き、またその魚に別の蘇った魚が噛み付き、どんどん大きくなり、まるで、下半身が魚の尾びれのような形となった。

 濡れる体から腕が生えた。一本。もう一本。また一本。さらに一本。計六本の腕を持つ魚人。その姿は――あの小さな双子が描いていた人魚の絵そのものだった。

 メラが追いかけて、異空間に行ってしまった。
 プティーが言っていた。セイレーンは色んなものを持っていたと。蝋燭や、カラスや、魚。黒魔術を発動させる為の材料を。
 目の前にいる人魚《アマンダ》こそが、双子の言っていたセイレーン。
 男達の肉を剥いでいた犯人。
 イザベラの関係者を殺していた張本人。
 皆が捜していた、『中毒者』。

「人魚、人魚を創り出せたら終わり。それで全てが完了する。イザベラを永遠に苦しめる地獄へと堕としてやれる」

 アマンダがクレアを見た。

「あら、よく見たら……」

 目の前に、クリスタルのように輝くクレアがいる。

「なんて美しいのかしら」

 まるで絵本から出て来たお姫様のよう。

「そうだわ。お前を人魚にしたらいいのよ」
「だって、こんなにも美しいのだから、人魚にならないはずがない!」
「人魚の肉」
「永遠の命」
「イザベラに食べさせないと」

 永遠の地獄に堕としてやる。

「お前の肉を食わせてやる!!!」

 アマンダの大声に、クレアが悲鳴を上げた。

「やだ! 怖い! なんて人! あたくしを人魚にしようだなんて! ああ、どうしましょう! このままじゃ抗う事も出来ず、人魚にされちゃうわ! だって、あたくし、か弱いお姫様だもん!!」

 だったら、

「ここは、俺の出番かな?」

 スイッチが切り替わる。キッドがスポットライトに当たりながら舞台に上がった。その恰好は、エプロン姿と片手に包丁。更にビデオカメラ。

「俺ならば、あなたの事をだろう。麗しのレディ」

 どこからか扉が開く音が聞こえた。

「今日はお前の罪を、裁《さば》いていくぅ!」

 キッドが言ったと同時に、アマンダが滑るように地面を移動した。口を大きく開き、キッドに噛みつこうとするが、キッドの包丁がその鋭い牙を受け止めた。

「どうやって捌《さば》いたら、お前を美味しく出来るかな! チャンネル登録も増えるかな! さあ、ショータイムの始まりだ!」

 突然、天井から大量の水が落ち、あたし達は波にさらわれた。同時に、アマンダが奇声を上げた。きゃあああああああああああああああああああああああああああ!!!


(‘ω’ っ )3


 あたしとメニーが冷たい廊下に落ちた。メニーは綺麗に着地し、あたしは腰から転げ落ちた。(……オラ、着地は得意じゃねえ。)
 腰を撫でながら周りを見てみると、そこはメラの言っていた、海の中の城であった。この女の記憶がオラに教える。ここはダンスホールだろう。

 廊下の手擦りから見下ろすと一階のホールが見えた。そこに、落ちてきたキッドが華麗に着地した。王子様の白いスーツを見事に着こなし、片手には剣。背筋を伸ばして美しく立つと、どこからか影が揺れた気がした。

 水の音が聞こえる。
 水が跳ね返る音。
 大きな影がゆらりと動いた。
 キッドが振り返った。
 そこには、魚の集合体がいた。
 魚の集合体は集まり、花のように芽吹くと、中から意識のないイザベラが豆の木が天に伸びるように現れた。胸に手を当て、白目が開かれ、口を大きく開き、美しい声で歌い出す。

「らーーーーーーーーーー♪」

 口から『ら』が形となって現れ、キッドに向かって泡のようにふわふわと近付いてきた。違和感を感じたキッドがそれを銃で撃つと、銃弾が当たった途端、とんでもない威力で爆発した。

「らーーーーーーーーーー♪」

 次の『らー』がふわふわと飛んでくる。キッドが狙いを定め、銃で『らー』の泡を撃った。さっきと少しだけ速さが違い、一瞬爆風に呑まれそうになり、キッドが後ろに下がった。駄目、駄目。むやみに撃つんじゃなくて、きちんとリズムを合わせないと。

 さあ、準備はいいかな? アーユーレディー?

「私は出会ったの♪ 美しい人♪」

 撃て。撃て。休み。撃て。撃て。休み。

「私の全てだったの♪ あなただけ♪」

 撃て。撃て。休み。撃て。休み。撃て。

「水中を泳ぐ私♪ 好奇心ばかりが動く♪」

 撃て。撃て。撃て。待て。撃て。撃て。待て。撃て。

「その中で見つけたあなた♪ 光で輝いてた♪」

 撃て。休み。撃て。待て。撃て。撃て。休んで、待て。撃て。
 イザベラの腕が動き始めた。上半身が呼吸に合わせて踊り出す。

「初めて見た時♪ 感じたの♪ 憧れを♪」

 撃て。撃て。待て。撃て。待て。撃て。撃て。待て。撃て。 

「でもあなたは気づかない♪ だって私は水の中♪」

 撃て。待て。撃て。待て。撃て。撃て。待て。撃て。

「恋をしたマーメイド♪ 人間様との♪ 禁忌の恋♪」

 撃て撃て。撃て撃て。待て。撃て。手拍子。撃て。撃て。待て。撃て。

「恋は叶わず♪ 愛は朽ち♪ 泡となって♪ 消えていく♪」

 撃て。撃て。撃て撃て。待て。撃て。手拍子。待て。手、手拍子。撃て。撃て。撃て撃て。

「綺麗な歌が♪ 聴こえてくる♪ それは人魚の♪ 哀れな歌♪」

 撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て。

「綺麗な歌が♪ 聴こえてくる♪ それは人魚の♪ 愛しい歌♪」

 撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て。リロード。撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て。

「エクセレント」

 キッドが銃口から漏れる煙に息を吹いた。
 泡がなくなったイザベラに向けて、キッドが銃口を向けると、イザベラが魚の群集の中へ沈んでいった。にょきにょきとイザベラと交代するように今度はアマンダの上半身が現れた。

 再び白目を開き、アマンダが奇声を上げた。

 ――きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!

 その瞬間、突風が吹き荒れ、キッドに当たってくる。キッドがぐっと足に力を入れて堪えると、上から変な音が鳴った。風が止んでから顔を上げると、城の天井が破壊され、滝のような水が隅々から落ちてきた。水に濡れながら、アマンダがイザベラの声を使って歌い始めた。

「らーーーーーーーーーー♪」

 魚達がざわざわし始めた。なんだか歌のテンポが速くなった気がする。

「らーーーーーーーーーー♪」

 キッドが銃をしまい、剣を構えた。そして、今まで以上に集中した。泡が飛んでくるのを、今度は剣で斬る。キッドが走り出した。

「私は出会ったの♪ 美しい人♪」

 斬れ。斬れ。休み。息継ぎ。休んで、斬れ。

「私の全てだったの♪ あなただけ♪」

 休み。斬れ。斬れ。休み。休み。斬れ。

「水中を泳ぐ私♪ 好奇心ばかりが動く♪」

 斬れ斬れ斬れ。斬れ。待て。縦斬り。横斬り。斬れ。

「その中で見つけたあなた♪ 光で輝いてた♪」

 斬れ。待て。斬れ。待て。斬れ斬れ。撃て。横、横斬り。縦斬り。
 テンポが変わった。キッドがもう片方の手で銃を構えた。これがちょっと難しい。

「初めて見た時♪ 感じたの♪ 憧れを♪」

 撃て。斬れ。待て。撃て。斬れ。待て。撃て。横切り。縦斬り。 

「でもあなたは気づかない♪ だって私は水の中♪」

 撃て撃て撃て撃て。斬れ斬れ斬れ斬れ。撃て撃て斬れ撃て。斬れ斬れ撃て斬れ。斬れ斬れ撃て斬れ撃て斬れ縦斬り撃て。

「恋をしたマーメイド♪ 人間様との♪ 禁忌の恋♪」

 斬れ縦斬り縦斬り横斬り縦斬り撃て撃て撃て撃て縦斬り横切り。連打の撃て撃て撃て撃て。拍手喝采。待て。撃て。撃て。手拍子。斬れ。縦斬り横切り。一回飛んで、はいポーズ。

「恋は叶わず♪ 愛は朽ち♪ 泡となって♪ 消えていく♪」

 リロード。撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ撃て撃て撃て撃て縦斬り横切り横切り縦斬り手拍子手拍子手手手拍子。くるっと回って横切り三回。縦斬り縦斬り。斬れ斬れ撃て撃て斬れ撃て横斬り縦斬り。

「綺麗な歌が♪ 聴こえてくる♪ それは人魚の♪ 哀れな歌♪」

 屈んで撃て立て斬り飛べ、はいポーズ。手拍子二回。撃て斬れ撃て斬れ。斬れ撃て撃て斬れ。縦斬り横斬り。撃て撃てポーズ。撃て撃て休み。お茶でも飲んで、斬れ斬れ横斬り縦斬り横斬り斬れ撃て斬れ撃て撃て。

「綺麗な歌が♪ 聴こえてくる♪ それは人魚の♪ 愛しい歌♪」

 撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て。撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃て斬れ手拍子、はいポーズ。

 泡が爆発した。爆風が吹く。その風を利用して、キッドが地面を蹴飛ばし、魚を蹴飛ばし、アマンダに狙いを定め、剣を突き刺そうと腕を前に出した。

 刃がアマンダに刺さる――直前で、キッドが目を見開き、硬直した。

 キッドの肩に、アマンダの腕が貫通していた。
 一本。更にもう一本。キッドの体を突き刺す。キッドが血を吐いた。アマンダがにやりとして、柱にキッドを投げた。キッドが柱に叩きつけられ、地面に落ちた。

「らーーーーーーーーーーーーーーー♪」

 「らー」の泡が出てくる。

「らららららららららららららららら♪」

 泡が柱に向かってふわふわ飛んでくる。

「……いってぇ……」

 キッドが起き上がり、痛みに顔を歪ませ、肩を押さえた。血が出ている。クソ。痛い。やられた。キッドがもう一度血を吐き、はっとして顔を上げた。泡は目の前だ。

「っ」

 爆発した。その前に、キッドが魔力を飛ばし、泡を無理矢理爆発させた。その爆風を利用して体を後ろに飛ばす。ゴロゴロと地面に転がり、勢いのまま立ち上がり、走り出そうとした瞬間、足が動かなくなった。キッドが足元を見た。床一面に、男の手が生え、キッドの足首を掴んでいた。

「おっと?」

 キッドが躊躇なく剣で男の手を斬った。血が吹き出す。しかし、手が伸びる。キッドの捕まえようとしてくる。キッドはそれを斬る。アマンダが歌う。キッドは泡を撃つ。手を斬る。手が伸びる。このままではアマンダに近付く事は難しい。誰か協力者がいないと。

「あ、そうだ」

 キッドが手を振った。

「巨人様! ちょっと手伝ってくれ!」
「オラか?」
「お願い! 魔法のハープ、あなたに返してあげるから!」

 キッドがウインクすると、巨人がせせ笑った。

「魔法のハープだって? オラは死んでるんだぞ。魂だけのオラに、どうやって魔法のハープを返すって言うん……」

 オラの背中が強く押された。

「あ?」

 振り向くと、魔女が笑顔でオラの背中を押していた。

「おまっ……!」

 女の顔をしっかりと見たオラが、手擦りから落ちていく。

「人間風情がーーーーーーー!!」
「メニー! ナイス!」

 真っ逆さまに落ちる中、王子が叫んだ。

「テリーが起きて!」


(*'ω'*)


 腕に抱き止められた。

「っ!?」
「いってぇ!」

 地面に落とされる。

「あだっ!」
「おはよう。テリー」
「……」

 あたしは肩に穴が空くキッドを見つめる。

「……どうしたの。それ……ていうか、あたし……殴られて……ここ……イザベラは……?」
「事情を話してる暇はないんだ。お前の協力が必要でさ」
「協力?」

 あたしは立ち上がる。

「協力って?」

 キッドが銃を横に向けて撃った。すさまじい爆風が吹かれる。

「ひぎゃっ!?」
「俺、体に穴が空いてもなかなか冷静でさ。すげー痛いんだけど、痛くなればなるほど冷静になってしまうんだ。そこで考えた。どうしたら心が乱れるのかなって」
「らーーーーーーー♪」

 キッドが「らー」を撃った。また風が吹かれる。

「やっぱり、自分を窮地に追い込むのって大事だよな」
「は?」

 手が伸びる。キッドが避けた。手があたしを捕まえた。

「はぎゃっ!?」

 男の手が地面から伸び、あたしの足首を掴んで引っ張った。硬い床の上にあたしが倒れる。

「痛い! ちょっと! 何する……」

 キッドがにこりと微笑む。周りには、男の手が伸びる。

「え? ちょっと、何よ。あんた、そういう趣味に走ったわけ?」

 男の手が伸びる。

「ねえ! ふざけないでくれる!? ちょっと! あたしに触らないで!」

 手首を掴まれ、肩を掴まれ、体を地面に押さえつけられる。

「やめっ……」
「らーーーーーーーーーー♪」

 アマンダの口から「らー」がシャボン玉のようにふわふわ飛んできた。あら、可愛い。何あれ。あたしはその泡を見ていると、キッドはその泡に目掛けて銃を撃った。すると、銃弾が当たった泡がどでかく爆発し、爆風を起こした。なるほど。さっきからキッドが撃っていて、起こっている爆風はあれのようだ。

「……」

 あたしの体は押さえつけられていて動かない。

「キッド?」

 キッドは笑顔だ。

「あんた、何する気?」
「らーーーーーーーーーーーー♪」

 「らー」の泡が、あたしに近付いてきた。キッドは銃をしまった。

「キッド、あれ、撃たないとまずいんじゃない?」

 キッドは歌を歌い出す。私は出会ったの、美しい人。私の全てだったの。あなただけ。

「ねえ、歌ってる場合じゃないでしょ?」

 泡が近付いている。

「き、キッド? ねえ、冗談でしょう?」

 キッドが歌いながらあたしから離れた。泡が近付いてくる。

「クレア! あたしが死んでもいいの!?」

 クレアはGPSでメッセージを送った。ダーリン、黙って厄除け聖域巡りの旅に出かけていた事、あたくし、許したわけじゃなくってよ?

「クレア!! あれは!! 悪かったって、謝ったでしょ!!??」

 泡がふわふわ可愛く近付いてくる。わお。メルヘンチック。

「クレアーーーーーー!!」

 残念。クレアはいない。そこにいるのは、婚約者を囮に使うキッド殿下だ。

「お前、後悔するわよ! あたしにこうした事一生後悔するわよ! いいの!? 今ならまだ間に合うわよ!?」

 キッドは肩を撫でた。ああ、痛い、痛い。俺の美しい肩が大変だ。

「キッド! ねえ! 爆発する泡が、目の前に!」

 泡は目の前だ。

「ね、ねえ……」

 キッドは何もしない。

「ねえ、嘘でしょ? ねえ!」

 泡が、

「キッド!!!!」

 あたしに当たった。

(あっ)


 爆発した。


 あたしの目の前が光る。
 火があたしを包み込む。
 あたしの呼吸が止まった。
 悲鳴すら出ない。
 あたし、死んでしまうの?
 キッドが何もしなかった。
 あたしを見捨てた。
 なんで。
 どうして。
 クレア。
 あたしはクレアを守りたかっただけなのに。
 ねえ、嘘だと言ってよ。
 火はあたしを包む。
 あたしの心は恐怖に震える。
 死にたくない。
 クレア。
 どうして。
 死にたくない。
 クレアとの未来のために頑張ったのに。
 裏切られた。
 そんな。
 なんで。
 嘘。
 嫌よ。
 死にたくない。
 まだ、死にたくない。
 あたし、まだ死にたくない!!


 魔法のハープは心が乱れた者の元へ現れる。美しい演奏が鳴り響く。さあ、音色を聴いて、心を落ち着かせて。冷静に、愛する人を信じて。


(……あれ?)

 あたしは眉をひそませた。

(死んでない?)

 そっと瞼を上げると――あたしは金色のオーラに包まれていた。

「ナイス。メニー。本当に出来た子だよ。君は」

 メニーが手擦りから見守る中、キッドが剣を構えて走り出した。魔法のハープには癒し効果がある。あたしの心を癒し――アマンダの心を癒し、理性を蘇らせる。

「きゃっ!?」

 アマンダが頭を押さえた。本能と理性が争い出す。

「ああああ……」

 アマンダが体をくねらせた。

「あああああああああああああああああああああああああ!」

 キッドが剣を振る。アマンダは最後の抵抗だと言うように、大きな声を出した。らーーーーーーーーーーーー♪ 「らー」の泡が天井へと飛んだ。「らー」が天井に当たり、大爆発を起こす。天井が完全に破壊され、一気に水が落ち、ダンスホールを呑み込んだ。

 生える男の手がわかめのように揺れる。
 アマンダの下半身に噛みつく魚達が尾びれのように動き始めた。人魚のように水中を泳ぎ回る。

 泡で溢れて視界が遮られる。アマンダは目玉を動かした。口を大きく開けて、その中から人食い魚を数匹吐き出した。魚達は血の匂いがする方向へとすぐさま向かった。彼らはお腹が空いているのだ。だから今すぐに肉を食べないと死んでしまいそうなのだ。

 アマンダは魚達の後を追った。すると、そこに一筋の緑色の光が輝き、魚達とアマンダは目を瞑った。

「人魚の姫は恋をする、叶えるためには差し出そう、私の歌よ、足となれ」

 青い影が動いた。アマンダは驚いたように目を丸くした。その影を追うと、アマンダは息を呑んだ。

 魔法のハープを抱きしめた美しい人魚がそこにいたのだ。

 それは見た事もないほど美しい髪の毛に、美しい肌に、美しい顔付き。とても生き物には思えない。まるで天使。まるで女神。まるで――海の精霊。

「人魚」

 アマンダがイザベラの声を出した。

「人魚」

 手を伸ばす。

「ニンギョ、ダワ」

 求めていた人魚がそこにいる。

「人魚!!!!!」

 アマンダが更に人食い魚を吐き出した。肉を求めて、魚達がうろうろ泳ぎ、人魚を囲むように回った。美しい人魚はハープを奏でる。その音色はどんな魚の心をも癒した。食欲に飢えていた魚達の胃は癒され、なんだかとても安らかな気分になった。

「人魚!!!!!」

 破壊された穴から、海の魚が迷い込んでくる。
 破壊された穴から、海の住人が迷い込んでくる。

 一匹の人魚が城の窓から中を覗いた。そして、驚いて、つい大声を上げた。

「そんな、まさか!」

 その声に、海に住む全ての生き物が反応した。カニが泳ぎ、カメが海に潜り、小魚も大きな魚も、全てが海の城へと集まった。外から人魚が泳いできて、全員が美しい人魚を見た途端、目を見開き、叫んだ。

「ウンディーネ様!!」

 魔法のハープを奏でる人魚の前に、全ての海の生き物が頭を下げた。

「無事だったのですね!」
「ああ、なんという事だ!」
「姫様が生きていらっしゃった!」
「姫様!」
「ああ、お会いしたかった!」
「姫様、肩から血が!」

 美しい瞳は、一点を見つめた。
 それに気付いた海の者達は、全員そちらに振り返った。

 その先には、笑顔のアマンダがいた。

「彼女に、殺されかけました」

 人魚姫は魔法のハープを奏でる。

「あたくしは彼女に傷つけられました。彼女があたくしを唆し、声を奪い、人間の足をつけたのです。あたくしはそこのまがいものに騙されたのです」

 海の者達はとても純粋である。だから、信頼している人がそう言うのであれば、それが真実となる。

「みんな」

 クレアが笑みを浮かべた。

「どうか彼女を処刑してください」

 ハープが奏でられる。ぽろん。その音色が響き渡れば、海に殺意が訪れた。海が地獄となる。海が夕焼けに当たったように真っ赤に染まり、全ての生き物の影が黒に染まる。魚達の殺意が、アマンダに向けられる。

「お前か」
「ウンディーネ様を傷つけたのは」
「私達の姫様を」
「よくも」
「よくも」
「裏切者が」
「よくも姫様を」

 どこかで、金色の目が魚達の心を奪った気配がした。

「よくも姫様を」

 どこかで、赤い目が人食い魚の血を奪った気配がした。

「よくも、我々の姫様を!」

 裏切者には征伐を。

 海の全員が、アマンダに襲い掛かった。牙を向け、甲羅で突っ込み、口を開き、ヒトデが飛びつき、カニがハサミを動かし、ウニがトゲだらけのまま出来る限り高く飛びつき、サメが泳ぎ、シャチが飛び、イルカがぐるぐる回り、クジラが飲み込もうと口を大きく開けた。

 アマンダは突然の迫害に悲鳴を上げ、急いで歌う。

「らーーーーーーーーーーー♪」

 そして、異空間のドアを開き、別の場所に移動した。


(‘ω’ っ )3


 しかし場所が変わったところで状況は変わらない。もはや、アマンダにとって、海は地獄なのだ。純粋な魚達の連絡網をなめてはいけない。全員がアマンダに殺意を向ける。

「ウンディーネ様を騙した輩だ!」
「殺してやる!」

 サメから、イルカから、クジラから、シャチから、マンボウから、タイから、タコから、イカから、シーラカンスから、小魚から、多くの魚達からアマンダが追いかけられる。アマンダは何事かと思って逃げた。一体何が起きているというのだ。ウンディーネって誰の事だ。

「よくも我々のウンディーネ様を騙したな!」
「殺してやる!」

 こんなはずじゃなかった。ワタシはただ、幸せになりたかっただけ。アマンダは別の場所に移動した。


(‘ω’ っ )3


 しかし、もう海中に話は既に広がっている。アマンダを見つければ、魚達が追いかけてきた。

「いたぞ!」
「ウンディーネ様を騙した輩だ!」
「殺してやる!」

 やめて。これ以上ワタシを虐めないで。アマンダは別の場所に移動した。

(‘ω’ っ )3


 しかし、海中の魚達は血眼になってウンディーネを唆した輩を捜している。目に入れば、すぐさま追いかけてくる。

「いたぞ!」
「ウンディーネ様を傷つけた輩だ!」
「殺してやる!」

 どうしよう。どうしよう。どうしよう! アマンダが別の場所に移動した。


(‘ω’ っ )3


「くひひ」

 クレアが笑った。

「残念だが、もはや貴様に海の居場所はない。なぜなら、貴様は人魚姫の肩に穴を空けてしまったからだ」

 クレアがいやらしく笑う。

「くひひひひ! さあ、どうする?」

 クレアが唯一残されたドアへ、アマンダを誘う。

「そうだな。ここだったらいいんじゃないか?」

 クレアがドアを開けてあげた。アマンダはそこへ逃げるように潜り抜けた。


(*'ω'*)


 アマンダがプールに身を投げた。物知り博士がスイッチを押した。その瞬間、プール全体に電流が流れた。ビリビリ痺れる感覚に、アマンダが悲鳴を上げた。しかし、アマンダはまだ動けるようだ。数本の腕がプールサイドの壁を掴んで登り、荒い呼吸を繰り返す。双眼鏡で眺める物知り博士が感心した。

「なんてことだ。感電とかしたのに動けてる! はっ! よく見たら、負傷しているのに回復しかけてるとかなんとか! なんてことだ! 非常に興味深い中毒者だ。とかなんとかね! さて、どうするかな。とかなんとか言っちゃってね!」

 アマンダが体を引きずりながら移動を始めた。

「おっと、こいつは大変だ! キッド様!」

 プールサイドに着地したキッドが顔を上げ、すぐに走り出した。
 アマンダが赤い絨毯の廊下を進んでいく。尾びれを引きずる音が聞こえてキッドが走って追いかける。
 アマンダがレストランの前を通り過ぎた。尾びれを引きずる音が聞こえてキッドが走って追いかける。
 アマンダが海中トンネルの通路を真っ直ぐ進む。尾びれを引きずる音が聞こえてキッドが走って追いかける。
 アマンダが廊下に置いてあったピアノの横を通り過ぎる。尾びれを引きずる音が聞こえてキッドが走って追いかける。
 アマンダが美術館の前を通り過ぎる。尾びれを引きずる音が聞こえてキッドが走って追いかける。
 アマンダが大きな絵が並んだ廊下を進む。尾びれを引きずる音が聞こえてキッドが走って追いかける。
 アマンダが階段を上った。尾びれを引きずる音が聞こえてキッドが走って追いかける。
 アマンダがデッキに出た。

 外は霧に包まれている。
 キッドは立ち止まる。
 霧で何も見えない。
 穏やかな海の音が聞こえる。
 風の音が聞こえる。
 キッドが自分の影を見下ろした。
 すると影が伸びて、どんどん伸びて、何かを探しているように伸びていく。
 キッドは気配を追ってみた。
 魔力を外に出してみた。
 すると、影が後ろに伸びた。
 キッドが剣を握って、振り返った。

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 アマンダの牙を剣で弾いた。キッドが後ろに下がり、アマンダも霧に消える。キッドが気配を辿った。引きずる音を聞こうとするが、何も聴こえない。キッドがぐるぐると目を動かす。どこから来るかはわからない。集中だ。冷静に。落ち着いて。水が滴る音が聞こえる。キッドは振り向く。影が動いた。キッドは振り向く。また影が動いた。

 牙を剥きだした魚が突っ込んできた。

 キッドが下がり、剣で捌いた。一匹。また飛んできた。二匹。三匹。四匹。五匹、六匹、七匹。沢山の魚達がキッドに噛みつきたいと飛んできた。それをキッドが捌いていく。二枚おろし。三枚おろし。さてさて、お次はどうする?
 反対方向からアマンダ自身が飛び込んできた。キッドがそれに気付き、しかし――うん。大丈夫。――と頷き、背中を任せた。

 横から飛び込んできたリオンが剣で受け止め、アマンダを睨んだ。

「やあ! ご機嫌いかが!? 瑞々しいレディ!」

 リオンが憎々しく笑った。

「海中トンネルでは世話になったな!」

 リオンの青い目がぐるぐると回り始めれば、アマンダの目も釣られてぐるぐると回り始めた。自分の中に悪夢がやってくる。上下が回り、世界が花に包まれたと思ったら、空が赤くなり、海が赤くなり、植物達は黒に染まり、花の中心に人間の口が浮かび上がり、歯を出して歌い始めた。

 ジャック ジャック 切り裂きジャック 切り裂きジャックを知ってるかい?

「っ!」


( ˘ω˘ )


 アマンダが手術台に縛られている。両手を上に固定され、ジャックが笑った。

「最高ノ音色ヲ、聴カセテオクレ!」

 ジャックがアマンダの腹に包丁を入れた。

「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああ」
「ワハハハハハハハ! ワハハハハハハハ!」

 ジャックが楽しそうに包丁で切り裂いていく。アマンダが悲鳴を上げる。ジャックはアマンダの歌う声がとても好きになってしまった。もっと聴きたくて、もっと残酷に腹を切り裂く。血が飛び散るが、大丈夫。洗えばいいから。歌声にうっとりするジャックに、助手のクレアが助言した。

「先生、魚を捌く時は、内臓を取らないといけません」
「アッ! ソウダッタ!」

 ジャックがアマンダの内臓に手を突っ込ませ、ぎゅっ! と掴んだ。アマンダがこれまた悲鳴を上げる。ガタガタと体を揺らし、やめろと言うように叫びまくる。ジャックがアマンダの内臓を弄っていると、内臓の間に、何かが挟まっていたのを見つけた。助手のクレアが言った。

「先生! これは!」
「コレガ、体ニ悪イ物ダ!」

 ジャックが眼鏡をクイ、と上げた。

「切除!」

 ジャックはそれを無理矢理引っ張った。血管がブチブチと音を鳴らす。アマンダが叫んだ。

 やめろ!!

 血管がブチブチブチィ! と音を鳴らす。

 やめて!!!!

 内臓がブチブチブチィ! と取れていく。

 そんな事されたら、死んじゃう!

 内臓がブチブチブチィ! と持ち上げられていく。

 やめて、やめて、やめて!

 肉がアマンダの体内から出てきた。

 やめてぇーーーーーーー!!!

 スポットライトに当たったまま、イザベラがアマンダから引き剥がされた。





 イザベラが地面に倒れた。

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