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八章:泡沫のセイレーン(後編)

第3話 霧に囲まれて(1)

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 プティーとメラと別れ、あたしは再びクレア達に会うために廊下を歩く。

(……あら、美術館だわ)

 扉の奥に、絵画が広がる空間が見える。
 何かを作る時って、時間や労力がかかるのに、お金はさほど貰えないものよね。貰える人はほんの一握りだけ。だからあたしは自分の子供が画家になりたいなんて言いだしたら、諦めるまで牢屋に閉じこめると思う。

(まあ、趣味程度にやらせるならいいかもしれないけど、芸術家は目指すべきものじゃないわ。……ん?)

 ――足が止まる。綺麗な女の背中が目について、けっ! すかしやがって! ――と思っていたら、誰が描いたのかもわからない絵画を眺めていたソフィアの背中だった。

(……あいつ、こんなところで何やってるのよ)

 あたしの足がソフィアに近付く。ソフィアの見ている絵は、赤い絨毯の敷かれた高級そうな廊下の絵だった。

「こんな廊下がある家にでも住みたいと思って?」

 隣に立って訊くと、ソフィアがくすすと笑った。

「そうだね。将来的には」
「あんた、調査は?」
「ちゃんとしてるよ」
「絵を見る事が調査なの?」
「君は?」
「……少し騒ぎになったの。イザベラの部屋の電話線が切られてて、外部と連絡が取れないようになってた」
「殿下は?」
「呼んだ。メニーと一緒に来るって言ってたから、待とうとしたら……イザベラの様子を見にママが来たのよ」
「逃げてきたんだ」
「先に二人に会いに行こうと思って」
「だったらテリー、少しばかり、私とデートしない?」
「しない」
「面白いものを見つけたんだ」

 ソフィアがあたしに笑みを浮かべた。

「テリーが最初に襲われた所、廊下だったよね」
「だったら何?」

 ソフィアが廊下の絵に指を向けた。誘導されるように絵画を見る。この船の廊下のような、赤い絨毯が敷かれただけの廊下の絵。

 (……これ……あの廊下と似てる……)

 だけど、

「あのね、絵画、どこにでもあるでしょ」
「次襲われたのが海中トンネル」

 ソフィアが移動した。あたしもそれについていく。ソフィアが止まった。その壁に飾られていた海中トンネルの絵を見た。魚が硝子を突き破り、トンネルの中に水が入る、幻想的な美しい絵が描かれていた。なぜか、トンネルの中には嘘つきの看板が至る所に立っていた。

「……」
「次襲われたのが夕焼けの海。ピアノがあったんだって?」

 ソフィアが移動した。あたしはそれについていく。ソフィアが止まった。その壁に飾られていた夕焼け時の海の絵を見た。燃えるような夕日が沈む中、ボロボロになったピアノが海の上で、誰にも弾かれる事なく、寂しそうに佇んでいる切ない絵。

「……」
「ね。面白いでしょ?」

 ソフィアが口元に指を置いた。

「中毒者は、絵が好きな人かもね」
「……ここに飾られてる絵画で異空間を作り出してるってこと?」
「みんなの話を聞いて、どこかでそんなものを見たと思ったんだよ。これだった」
「クレアには?」
「まだ言ってない。……もう少し調べておきたくてね」
「ここを見てたら、次にどんなステージで襲われるのかが予想出来るかもしれないわね。……知りたくもないけど」
「イザベラはどうだった?」
「分かったことは一つ。今年の二月十六日にアルバム制作のために、スタジオに何人か集まったらしいの。……そのメンバーが襲われてる」
「それ、殿下には?」
「まだ言ってない」
「無線機は?」
「……」
「状況だけでも伝えておいたら?」

あたしはポーチバッグを開けようとして――そっとソフィアに止められた。

「ここには人がいるから、後でしようか」
「……」

あたしはポーチバッグから手を離した。

「電話線が切れた時、イザベラのお姉さんしか部屋にいなかったらしいの」
「ということは、犯人はアマンダ・ウォーター・フィッシュ?」
「って思うでしょ。でも、あの人が犯人って感じはしない。飴を舐めてる様子もないし、なんか、……やたらと、脳天気だし……」
「それは君の見解?」
「あくまでね」
「その前提で言うと、電話線を切ったのは?」
「中毒者。異空間で移動して切った」
「何の為に?」
「クレアに連絡させないため」
「……」
「あくまで予想だけど、……あたしならそうするわ。クレアは厄介だもの」
「……まあ、確かにね」

 ソフィアがあたしに顔を向けた。

「ここの事も報告しないと。テリー、一緒に行っていい?」
「ええ。来なさい。何かあったら、あたしを全力で守りなさい」
「はいはい」
「それと」
「ん?」
「……あんたの部屋にある双眼鏡、返して。念のため」
「……ああ、あれね。いつ返そうかと思ってたよ。……そうだ。殿下達と合流する前に、私の部屋に寄る?」
「報告し終わった後よ。今はとにかく、移動する事が危険なんだから極力避けたいの」
「……でも来るんだ?」
「返してほしいもの」
「さっき霧が出てきてた。外を見るなら、あまり役に立たないと思うよ。……このタイミングで不気味だね」
「……」
「行こうか。おいで」
「……ん」

 あたしは前を歩くソフィアについていき――ふと、思った。

(あれ)

 美術館のドアって閉まってたかしら。ドアの上に置かれた時計の針は、16時30分を指している。あたしは周りを見た。おかしいわね。さっきまで人が歩いてたのに、今は人の気配を感じない。

 とても静かだ。

「ソフィア、ちょっと待って」
「え?」

 あたしがソフィアの腕を掴んだのと同時に、ソフィアがドアを開けた。


(‘ω’ っ )3 


 そこは浅瀬だった。
 踏めば、地面がある。
 しかし、周りは霧で囲まれ、陸がない。
 けれど寒くはない。冷たくもない。だから陸に上がる必要はないように思えた。足が濡れるだけ。
 あたしは周りを見回した。
 ソフィアがあたしの手を握り、自分の側に引っ張った。
 あたしの足が浅瀬を蹴る。
 水が跳ねる。
 ソフィアがドレスを靡かせた。太ももに忍ばせていた銃を取り出し、構えた。
 ソフィアは耳をすませる。
 霧に囲まれた浅瀬には何もない。
 しかし、どこかで水が滴っている。
 ぽとん、ぽとん、と水が落ちる音が聴こえる。
 あたしはソフィアの後ろに隠れた。
 ソフィアが耳をすませる。
 あたしは右を見た。
 ソフィアはじっとする。
 あたしは左を見た。
 ソフィアが銃を構える。
 あたしは後ろを見た。

 何もない。



 突然、足首を掴まれた。



「っ!!」
「助けて!!」

 あたしの足首に、男がしがみつく。

「助けてくれ!」
「っ」
「引きずり込まれそうなんだ! 助けて!」
「ソ、ソフィア!」

 ソフィア、という言葉の中には、以下の意味が含まれている。
 1.あたしを助けて。
 2.この人を引っ張り上げて。

(さあ、早く!!)

 ソフィアに助けてもらう気満々で振り返ると、ソフィアが無表情のまま男に――銃を構えた。

「……」

 ん? 何やってるの?

「ちょっと、ソフィア、何……」

 ソフィアが引き金を引いた。

「ちょっ、やめっ!」

 弾が男の頭を貫通する。あたしは思わず悲鳴をあげた。男が脱力し、頭を浅瀬に置いて、二度と動かなくなる。

「ちょっと! 何してるのよ!」

 ソフィアがもう一発男に撃った。男の血があたしに飛んだ。

「ひっ!」
「テリー、足抜ける?」
「え!?」
「まだ抜けない?」
「さっきから何言って……」

 男の手が、あたしの足首を掴んで離さない。

「……」

 男の頭に銃弾が貫通している。しかし、男の手は未だにあたしの足を強く掴んでいる。あたしはゆっくりと足を抜こうとするが、……抜けない。ソフィアがあたしの肩を掴み、後ろに下がった。すると、男も一緒に引きずられてついてきた。頭の下には――骨の胴体と肉のついた下半身が繋がっていた。それ以外は全て食われている。

「……っ!」

 なのに、

「助けてくれ!」

 男が再び顔を上げ、あたしに叫んだ。

「助けてくれぇえええええ!!」

 意味がわからない目の前の出来事に悲鳴をあげると、ソフィアが男の頭を蹴飛ばした。

「助けて」

 蹴飛ばされた男の声が変わっていく。

「タスケテ」

 男の声が変になっていく。

「タスケテクレェ」

 男が浅瀬の中に沈み始めた。

「ひゃっ!」

 あたしの掴まれた足が、浅瀬の中に引っ張られていく。

(な、何が起きてるの!?)

「やっ……! いやっ……!」

 手をバタつかせ、体重を前にやり、精一杯堪えるが、強い力で引っ張られてしまう。

「あっ!」

(ソフィア! か弱いあたしを助けなさい! 早く!!)

 あたしが浅瀬の中に吸い込まれそうになった瞬間、ソフィアが笛を鳴らした。風がどこからか吹き、ナイフのように男の手首を二つに切り裂き、男だけが浅瀬に呑み込まれていった。

「ひぃ!」

 前に倒れたあたしをソフィアが優しく抱き止めた瞬間、あたしの体がぶるぶるぶる! と震え出す。

「ひいいいいいい! もう嫌ぁああああああ!!!」
「そんなテリーにプレゼント」
「え」

 ソフィアがあたしに銃を差し出した。

「持ってて」
「……ありがとう……」

 あたしは使わない事を願って受け取り、銃を構えるふりをした。こんな物騒なものを持って、情緒不安定になりそう。ああ、なんてこと。あたし、おかしくなりそう。あたし、可哀想。

「魔法のハープがどこかにあるんだっけ?」
「……ええ」
「それさえ見つければ出られるわけだ。さて、どこかな」

 ソフィアが辺りを見回した瞬間――耳をつんざくような悲鳴が浅瀬の底から響いてきた。

 ぎゃああああああああああああああああああああ!!!!

 急な悲鳴に驚いて、あたしはソフィアにぴたっとくっついた。しかし、何も音がしない。そっと、何もいないのを確認し、様子を伺うソフィアを見上げて、再度何もない事を確認してから、ふん! と鼻を鳴らし、あたしはソフィアの背中に隠れ続ける。ソフィアは笛を下ろし、耳をすませる。

 ――ぽちゃんと、水が弾ける音が聞こえた。

 はっとして振り返ると――人間の手が浅瀬に生え、あたしに向かって伸びてきていた。

「ひいいいいい!」

 ソフィアがあたしの腕を引っ張り、自分の前に移動させた。その時、移動させる前の場所の浅瀬の底から手が飛び出し、何かを探しているように動いた。それを見て、その手が掴みたかったのがあたしの足だったのだと悟り、更に恐怖の悲鳴を腹から出した。

「何なのよーーーー!」
「完全に君を狙ってるね」

 だけど、

「動きがのろいのが救いかな」

 ソフィアがあたしの手を強く握り、大股で歩き出した。
 すると、また水が弾ける音が聴こえた。ソフィアがあたしを右に引っ張った。手が飛び出てきたのを見て、ソフィアが笛を吹いた。すると風が吹き、再び手と首が二つに切られた。

 ぎゃああああああああああああああああああああ!!

 手首が底へ沈んでいく。あたしは顔を青くさせてソフィアにぴったりくっついた。

「これは愉快なダンスになりそう」

 ソフィアがあたしの手を取り、再び歩き始める。水が弾ける音がすると、あたしを引っ張り別の位置に移動させる。すると、今度は移動した先に手が飛び出してきた。

「あ、ごめん」
「っ!!」

 あたしの足が掴まれた。

「ソフィアああああああああああ!!」

 ソフィアが笛を吹いて狙いを定めると、切られる前に手があたしを離し、隠れるように底へ沈んだ。あたしはソフィアにぴったりくっつき、めちゃくちゃ叩いた。

「お前、よくも! 覚えておきなさい! ここから出たら、同じ目に遭わせてやるから!!」
「くすす。ごめん、ごめん。相手も考えてるみたいだね」

 さあ、どうしたものか。狙いはテリーだ。

「ハープ、どこにあるかな?」

 あたし一生懸命可愛いおめめでハープを探すが、霧が濃くて何も見えない。ハープの音を聴こうと耳を澄ませるが、美しい音色はどこからも聴こえては来ない。ソフィアがうーん、と唸り――歌い出す。

「ハープさん、ハープさん、出てきておくれ。私とセッションしませんか」

 ハープが現れる様子はない。浅瀬がゆらりと揺れる。

「ねえ、どうなってるの? ここ、浅瀬でしょ。地面があるわ。なのになんで底の奥があるの?」
「テリー、ここは異空間だよ。何が起きるかわからない」
「どうするの?」
「ハープがあれば助かるんでしょ?」
「ん」
「……地道に探すしかないね」

 波がゆらりと揺れる。

(ん?)

 嫌な予感がする。

「……」

 ふと、ソフィアがあたしに振り返った。あたしはきょとんとした。
 ――後ろから、何かが自ら這い出てくるような音が大きく響いた。

「っ」

 振り返る前に濡れた手があたしに抱き着き、叫んだ。

 ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああ!!

(嫌ーーーーー!!)

 濡れた影に掴まったあたしが必死に叫ぶ。誰か助けてーーーー!!
 ソフィアが催眠を使おうと黄金の目を輝かせ――急に止まった。ソフィアがきょとんと瞬きする。

「あれ?」
「何やってるのーーーーー!!」

 あたしはそれはそれは必死に大声を出す。

「早く助けてーーー!!」

 ぎゃああああああああああああああああああああああ!!!!

「ソフィアーーー!!」

 ソフィアが笛を吹き、あたしに抱き着く影を突風で切り裂いた。影が悲鳴を上げ、あたしを離し、再び浅瀬の底へ戻っていく。あたしは伊孑志でソフィアにぺったりとくっついた。

「この馬鹿!! 何やってるのよ!!」
「……気のせいかな」

 ソフィアが集中した。目が輝き、その目を見たあたしはくらりと目眩がして、ソフィアに抱き支えられた。

「うん。……使えるな」
「ねえ、あたしにやらないで。あいつにやって」
「私が作る以外の異空間ってどんなものかと思ったけど、……少し厄介そうだね」

 黄金の目の輝きが消えた。

「使いづらい」

 その瞬間、浅瀬の水から大量の人間の手が一斉に飛び出し、うごめいた。あたしは目を飛び出させ、何が何でもソフィアにしがみついた。

「ぴぎゃああああ!! こいつらなんなのよぉおおおおお!!!」

 ソフィアが笛に命令した。全て排除しろ。突風が全ての手を切り裂いた。ほっとしたのも束の間。またあたしの足首が掴まれた。

「あっ!」

 浅瀬の中の深い底へ引っ張られていく。

「いやーーーーーーー!!」

 ソフィアがあたしの手から銃を奪い、構えて、あたしを引っ張る相手に向かって銃を撃った。銃が地面の奥まで飛んでいき、手があたしの足首を離すと、あたしの体が簡単に浮かび、また地面の上に戻ってきた。

「ひっ、これ、ずびっ、なんなのよ、ぐすん……」
「嘆いてる暇は無いみたいだよ。テリー」

 今度は手ではなく、浅瀬に魚が浮いてくる。魚に囲まれる。ソフィアがあたしに訊いてきた。

「恋しい君、この後、どうなると思う?」
「……どうかしら。歯を持ってたら襲われるわよ」
「なるほど。……覚悟はしておくよ」

 一斉に、魚がびちびち跳ね始めた。びちびちという音がこの空間の音となる。あたしはソフィアにしがみついた。ソフィアが笛を構え、息を吸い、演奏を始めた。


 オールを漕げ オールを漕げ
 目指すハープは もうすぐだ
 オールを漕げ オールを漕げ
 目指すハープは もうすぐだ

 エサを付けて 逃げろ
 エサを付けて 逃げろ
 魚が動く 魚が動く
 でっかい魚が 食いついた


 跳ねる魚が大きく跳ねて、あたし達に向かって飛びついてきた。大きく口を開けてあたし達に食らい付こうとするが、ソフィアの演奏で周りに竜巻のような突風が起き、魚を見事に吹き飛ばした。しかし吹き飛ばされた魚達が再びこっちに向かって底から泳いでくる。ソフィアが笛から口を離し、息を吐いた。

「しつこいな」

 集中して魚に言った。眠ってくれる? 黄金の瞳が輝き始め、きらきらと輝いて――ソフィアの目の奥に、鋭い痛みが走った。

「っ」

 目が使えない。

「っ!」

 ソフィアがあたしを引っ張り、笛を吹いた。魚が再び吹き飛ばされる。

「駄目だ」
「ソフィア?」
「外側からしか抵抗できない」
「どういうこと?」
「何か仕掛けられてる気がする」

 ソフィアが顔を濁らせた。

「催眠が使えない」

 その瞬間、あたしとソフィアの間に魚が飛び出してきた。

「ぎゃっ!」
「っ、テリッ……!」

 避ける為に手を離した瞬間、そのタイミングを待っていたかのように、水が上に吹き出し、円型に囲まれた水の中にソフィアが閉じ込められた。

「ソフィア!」

 あたしは外から声を出す。一方、ソフィアは上を見上げた。水が高く上がり壁になっている。まるで滝の中のようだ。水の中に入ろうとすると、魚が飛びついてきて、ソフィアが避けた。魚は浅瀬に入り、そのまま潜っていく。これだと出られないな。さて、どうしようか。ソフィアがまた耳をすませた。水の音がきこえる。ぽとんと音が聴こえた。あたしは大声を出す。ソフィア! 無事!? 水が弾く音が聴こえる。

 背後から手が伸びた気配がした。

 ぎゃああああああああああああああああああああああああ!!

 両肩が強く握られた瞬間、ソフィアが冷静に笛を吹いた。ぴゅう、と吹けば、相手は鋭い風で切り裂かれ、ソフィアから手を離す。そして、水の壁に入り、ソフィアの周りをぐるぐると回り始めた。
 ソフィアが目で追いかける。耳で追いかける。――私は怪盗パストリル。似たような罠を相手にした事がある。さあ、おいで。

「盗んでみせよう。君の心を」

 ソフィアが振り返った。背後を狙って影が飛び出してくる。ソフィアが笛をぴゅうと吹いた。風が影を包んだが、影がそれを不協和音で吹き飛ばした。濡れた手がソフィアの首をがっしりと掴んだ。

 おんぎゃあ!

 影が鳴いた。

 ほぎゃあ!

 影が叫んだ。

 ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!

 ソフィアがドレスのコルセットから二丁目の銃を取り出し、影の腹を躊躇なく撃った。

「ぎゃあ!」

 相手が叫んだ。ソフィアが撃った。黄金の目を輝かせる。

「ぴゃあ!」

 相手が叫んだ。ソフィアが撃ち続ける。黄金の目がきらきらと光ってきた。

「きゃあ!」

 ソフィアの目が光る前に、影が乱暴にソフィアの肩に噛みついた。

「っ!」

 ソフィアが目を見開き、ヒールで影を思いきり蹴飛ばした。蹴飛ばされた影は水の壁の中に逃げていき、再びぐるぐる回り始める。ソフィアが痛みを感じる肩を手で押さえた。

「くすす。今のはムカついた」

 肩から血が出る。皮膚を少しばかり食われたようだ。

「やってくれるじゃない」

 下から無数の手が伸び、ソフィアの足を掴んだ。

「おっと?」

 上を見上げると、影がぐるぐる回りながら勢いをつけ、上からソフィアに飛びついた。ソフィアが笛で演奏した。
 ――切り裂け。
 ――吹き飛ばせ。
 風が影を切り裂くと影が悲鳴を上げた。無数の手が二つに切り裂かれ、ソフィアが降ってくる影を避ける。影は浅瀬に落ち、底へと潜って行き、しばらく出て来なくなった。

 ソフィアが笛を構えて、じっとする。耳をすます。気配を感じる。いつ来ても抵抗する準備は出来ている。ソフィアは待つ。東西南北にアンテナを張る。どこから警察は来る? どこからキッド殿下は来る? 掴まるわけにはいかない。なぜなら私は怪盗パストリル。獲物はどこだ。来るなら来い。

 私が相手になってやる。







 とても、静かだ。








 下から飛び出してきた。

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