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八章:泡沫のセイレーン(前編)
第31話 痴話喧嘩
しおりを挟む診療室の前の廊下に二人で立つ。キッドが笑顔で壁に手を置き、相変わらずの色っぽい瞳であたしを見下ろした。
「で? 話ってなんだ? 愛しい俺のプリンセス」
「機密事項よ。守れる?」
「どうかな。話次第で判断しよう」
「この船の事よ」
「ん?」
「リオンから聞いてる?」
「どれのこと?」
「ばあばの助言の話」
「……」
「聞いてない?」
「……何も」
「……そう」
そうよね。あたしが言わないでって言ったんだから。黙ってくれたリオンには感謝しないと。……結局言う羽目になっちゃったけど。
キッドがにやけながら身を屈ませ、あたしの顔のすぐ側まで顔を近付かせてきた。
「なんだ? 今度はどんな悪戯をするつもりだ? ニコラちゃん」
「悪戯じゃなくて」
「ん」
「この船、沈むの」
キッドがきょとんとした。
「三日目の夜、氷山にぶつかって沈没するのよ」
「……はーん……?」
「そうよ。つまり明日の夜。でも原因は氷山じゃないかもしれない。石炭倉庫が火事になって、もろくなった壁と氷山がぶつかった拍子に水が入り込むのか、はたまた見張り台のクルー達の報告が遅れて、氷山にぶつかって沈むのか、それとも、また別の原因があるのか」
「……」
「出航させるのだって散々止めたけど、ママは聞かないし、旅行会社だってあたしの声に耳に傾けなかった。チケットは売り出され、船は出航された。だからリオンに相談したの」
「それで納得したよ。あいつ、妙に多くの兵士をクルーに紛れ込ませてた。そういう事か」
「ええ。ただ、……予想外の事が起きた」
「中毒者?」
「それ」
「お前」
キッドが息を吸った。
「どうして俺に言わなかった?」
「……リオンが何とかしてくれると思っ……」
「ボディーガードの俺は頼りにならない?」
「……そういうわけじゃ、なくて……」
理由を言うわけにはいかない。あたしは言葉を濁す。
「本当にそうなるとも限らないし、だったらリオンにだけ言っておけば解決するかもしれないじゃない。それに、なんか、妹から頼られたい感じが、してた、というか……その……」
「なんかさ」
「ん?」
「俺よりも、リオンと仲良くない?」
「……普通よ」
「いいや、普通じゃないね」
キッドは笑みを浮かべたまま、低い声を出す。
「ね、聖域巡りの旅って何?」
「……今はその話じゃないでしょ」
「だって、チケットが売られる前に旅行会社に止めるよう動いてたんだろ? とすると……一年前、いや、お前の家に挨拶に行った後くらい……」
「キッド、今はその話じゃなくて、つまり」
「何?」
「中毒者を見つける事も大事だけど、そういう助言も貰ってるから、そっちだけに集中しないで、少し、この船を気にしてほしいって事なの」
「ああ、わかったよ。今さら言ってくれてどうもありがとう」
「……その言い方は無いんじゃない?」
あたしが睨むと、キッドも睨んできた。
「何が?」
「その嫌味な言い方やめてくれる?」
「リオンには言ったんだろ? あの精神異常者に」
「精神異常者って何よ」
「聞いたぞ。中毒者に襲われた時、パニックになって我を失ったって。ジャックも反応ができないくらい怠惰感に襲われた。それをお前が何とか引っ張って走らせたって」
「あの状況ならああならざるを得ないわ。リオン以外だってね」
「へーえ! 庇うんだ!?」
「庇ってないでしょ。当たり前の事を言ってるの」
「俺の事は庇ってくれないのに」
「何を庇うのよ」
「俺はいつだってお前に責められる。こんなにお前を守ってるのに」
「ねえ、イライラするのやめてくれない?」
「イライラしてるのはそっちだろ」
「お前がイライラしてるからこっちだってそういう態度になるのよ。わかんない?」
「わかんないね。恋人に嘘をついて旅行に行くレディの気持ちなんか知れないよ」
「何よ。誕生日の事まだ怒ってるの?」
「ああ、プレゼントありがとう。本当、良かったよ! 恋人になって初めての誕生日、来てくれると思ってたのに、忙しいから行けないって言われて、じゃあ仕方ないかと思った翌年も来ないで立派で上等なプレゼントだけお届けで。お前の大事な家族の付き合いなら仕方ないと思って俺は何も言わなかったよ。だけど、蓋を開けてみたら、なんだって? 旅行? 何それ?」
「だから、……厄を除ける効果のある聖域があるって聞いて……」
「それで今まで会いにも来なかったのか?」
「12月23日と24日にその聖域の滝に当たると、絶対悪い事が起きなくなるっていう伝説があって……」
「あたくしはその程度の存在ということか!?」
声色が変わった。スイッチが切り替わったようだ。目の前にいるのは間違いなくクレアで、その表情は怒りに満ちていた。ああ、頭が痛くなってきた。目眩もしてきた。とにかく落ち着かせないと。
「クレア、確かに、その、……嘘をついた事に関しては謝るわ。でも、言ってたらあなた拗ねたし、行かせないように色々仕向けてきたでしょ」
「当然ではないか……」
「あたしも不安だったの。嫌な事が起きないように自分で出来ること全部しておこうと思ったのよ」
「その結果、質の悪い風邪を引いたじゃないか」
「だから、それもこれも、そうならないように聖域で体を清めて」
「その結果、質の悪い風邪を引いたじゃないか」
「クレア」
「船の事をなぜあたくしに黙ってた。なぜ先にリオンに言った。優先順位がおかしいではないか。しかも、リオンはお前が旅行に行ってたって聞いて何も驚いてなかった。知ってたのか」
「話してるもの」
「そうか。ではあたくしは騙されてたわけか! はっはっは! これは一本やられたな! 愛する人を信じてたあたくしは、ただの間抜けだったわけだ!」
「だから……」
「誕生日だぞ? しかも二回も。去年のハロウィン祭だって一緒に歩けなかった。お前が聖域巡りの旅なんて、変な旅行に行ってたから」
「だから……厄除け効果の……」
「厄除け効果ってなんだ!? あんなもの、ただの迷信ではないか!!」
「あなた、魔法使いは信じてるくせに、聖域は信じてないの!? バチが当たるわよ!?」
「あれは金稼ぎに困った土地の奴らが考えて作ったホラ話だ! 都市伝説と一緒! お前はあたくしよりも、ホラ話を優先したんだ!」
「はあ……」
「あたくしを大切にすると言ったではないか! なのにこんなにほっとかされて、すっぽかされて、あたくしを何だと思っている!?」
「ああ……」
あたしは唸りながら周りを見た。多分、兵士が何かしてるのね。誰も廊下を通らない。
「船の事を報告していればあたくしは先手を打った! 信頼できる船長を派遣し、クルーも全て揃えて、小型飛行機を飛ばして上空から氷山があるかないかの連絡をさせて、絶対安全かつ絶対安心な環境を作った! あたくしならな! しかしお前はリオンに相談した! あいつはな、本当に馬鹿で間抜けで何も出来ない能無しだ! 人を船に乗せる事しか思いつかないんだ! なぜならあいつはそこまで頭が回らない! 本物の馬鹿なんだ! いいか! あたくしが絶対信用できるんだ! なぜ言わなかった! あたくしが女だからか!? 女だから言わなかったのか!? そうだよな! お前も男が好きだもんな!!」
「クレア」
あたしはクレアの手を握るが、クレアがそれを払った。
「やめろ! 触るな! 無礼者!」
「こっち来なさい」
「嫌だ!」
「いいから」
「もういい! お前の顔など見たくない! あたくしに撃たれたくなければ、目の前から消えろ!」
あたしは舌打ちして、無理矢理クレアの腕を掴んだ。
「やめろってば!」
「いいから、もう」
「嫌だ!」
強く引っ張って非常口に向かうと、クレアが怒鳴った。
「テリー! 振り払うぞ!」
「そしたらあたし怪我をするわよ。いいの?」
「だったら離せばいいだろ!」
「はあ」
「本気で撃つぞ!」
「はいはい」
あたしは非常口の戸を開け、クレアと中に入った。ドアを閉めて、嫌がるクレアを角に押しつけ、――勢いに任せ、自分より高身長の体を、しがみつくように強く抱きしめた。
「っ」
クレアが息を呑み、体を力ませたのを見て、あたしは思った。――まずい。まじで振り払われるかも。しかし、振り払われる事はなく、クレアがじっとしたので、あたしはそのまま出来る限り強く抱きしめ続けた。
「……」
「ね、聞いて」
「……」
「今までなら相談してたかもしれないけど……言いたくなかったのよ」
「……なんで」
「恋人だから」
クレアが口を閉じた。
「キッドに伝えたら、それはクレアに伝えるのと同じことでしょ」
確かに、あなたに言ったら考えられないくらい手を回してくれそうだけど。
「……普通の旅行として楽しんで欲しかったのよ。あなた、カドリング島楽しみにしてたから」
「……」
「こんな物騒なことに、巻き込ませたくなかった。でも、……その前に、中毒者が現れちゃったから……」
「……」
「一応、言っておこうと思って、……遅かったけど」
「……」
「悪いことが起きてなかったら、色々、楽しめたじゃない。本当は、……昨日の夜も、……風邪も、何もなければ、……景色の眺めが良い場所で、クレアと踊りたかったの」
「……」
「本当よ。なるべく、パーティー会場に近いデッキとかで、オーケストラの演奏聴きながら、誰にも見えないような暗い所で、……二人だけで」
「……」
「……結局、……風邪引いたから、何も出来なかったけど。……あなたも、お忍びで来てるなんて連絡来なかったし」
「……だって」
クレアが細い声を出した。
「お前がそう言ったから……」
「あたしがなんて?」
「……お忍びで、来いって……」
「……いつ?」
「塔で」
「……」
あたしは眉をひそめた。
「そんなこと言った?」
「言った」
「いつ?」
「一緒に寝た時、カドリング島の話をしてる最中に」
「あたしが?」
「お忍びで来いって」
「……だからそんな格好してるの?」
「ん」
「……リオンは女装?」
「……お忍びの話をしたら母上がやった。絶対にバレないようにという名目と、趣味で」
「……」
「……」
「……」
「……本当は、もっと一緒にいたかった……」
「……ん」
「……今度から助言が下りてきたら、その気遣いは無用だ。素直にあたくしに言え。……その後、リオンに言っても遅くはないだろ」
「……んー……」
「……不満か?」
「……リオンにしか分からない話もあるのよ」
「……」
「勘の良いあなたなら、何となく理解出来るでしょ。察して」
「……それ、訊いていいやつ?」
「駄目」
「……愛してる人に隠し事するのか?」
「……わかるでしょ。女には、好きな相手だからこそ言いたくない事があるのよ」
「あたくしは全部言ったのに」
「でも気持ちはわかるでしょ?」
「それは理解できる」
「……ん」
「……」
「クレア、……騙してごめんなさい。あなたを傷つけた事は謝る。……ごめんなさい」
「……あたくしも怒鳴ってごめんね。ダーリン」
クレアが腕を伸ばし、あたしを抱きしめ返した。……あったかい。……良い匂いがする。クレアがあたしの耳に、魅力的な低い声で訊いてきた。
「……今年の誕生日は来てくれる?」
「……今年は……そうね、……大丈夫だと思う」
「……ん……」
「……。あたしだって、側にいたくなかったわけじゃないのよ」
「ダーリン、あたくしはどんな上等なお土産が届けられたって、お前がいないと何も嬉しくない」
「……」
「……寂しかった」
「……クレア、屈んで」
「……なんで……?」
「……」
あたしは、蚊の鳴くような声で言った。
「……キス、したい……」
「……うん……。……あたくしも、……したい……」
クレアが屈み、あたしはかかとを上げる。そして、優しくクレアの頬に手を添えて、唇を重ね合わせた。
(……あ)
やば。本当は風邪引いてるの忘れてた。キスしてるし、菌が映るかもしれない。そう思ったらキスに集中できなくなって、唇を離し、かかとを下ろすと、クレアは頬がでれんでれんに緩ませて満足そうににやけていた。……良かったわ。とりあえず機嫌が治ったみたい。ふう。万事解決。さて、菌を移したらまずいから、あたしイザベラの所に行ってくるから。じゃ。
「ダーリン……」
(ん?)
クレアがあたしの手を握り、くるんと回った。立ち位置が逆になり、今度はあたしが壁と背中をくっつけさせた。クレアがあたしを見下ろし、また顔を寄せてきた。
「んっ♡」
「待った」
唇同士の間に手を置くと、クレアがきょとんとした。あたしは視線を逸らす。
「……風邪引いてるの忘れてた。移って困るのはあなたよ」
「……ダーリン、その件については、あたくしが早急に調べておく」
「調べなくても大丈夫よ。あたしはウイルス性の風邪を引いてて、ドロシーの魔法で気分だけ良くなってるだけ。体は風邪引いたままよ。さっきから目眩も感じるし」
「座る?」
「いや、それは大丈夫」
「うん。なら平気」
「いや、平気ではないでしょ。わかってる? 風邪を舐めてたら本当に良くない……」
「続き」
「いや、だからっ」
クレアがあたしの手首を掴み、壁に押し付けた。
「クレッ……!」
クレアの髪が一瞬ふわりと揺れた。その直後、あたしの手と体が壁から離れなくなった。まるで、磁石になったように。
「……」
胸をドキドキさせるクレアがにやけている。あたしは恐る恐るクレアに訊いた。
「……ねえ、ハニー? ……今、あたしに何したの?」
「これで体も楽だろう? 続き。ちゅっ」
「んむっ」
唇が重なり合う。
「んっ」
クレアがあたしの両頬に手を添えて、首を傾げた。歯が当たらない。唇の柔らかい皮膚を押し付けられる。何度も、何度も押し付けられて、離れたと思ったら、また重なって、
(風邪、移るってば……!)
クレアに唇を舌で舐められた。
「っ」
この仕草、キッドの時と一緒。ここ開けて、っていう仕草。
(……ばか……)
ゆっくりと唇を上下に開けると、クレアの舌があたしの中に入ってきた。
「……っ」
舌同士が絡み合い、あたしは思わず後ろに下がりたくなった。しかし、体は動かない。腕も体も壁に固定され、クレアにされるがまま。
「んっ……」
ぐちゃぐちゃと、唾液が混ざり合う。頭がぼんやりしてくる。クレアの舌が熱い。絡んでくる。また卑猥な音が鳴る。この音、慣れない。羞恥から胸がドキドキしてくる。
(息が……)
呼吸が苦しくなれば、舌が出ていった。
「……はっ……」
「はぁ……ダーリン……もっと……」
クレアが息を切らしながら、再び顔を近付かせた。
「テリー……」
クレアがあたしを求めてる。燃えるようなクリスタルの目。……宝石みたい。
(……なんて……綺麗なの……)
――ふと、クレアがあたしの首に顔を埋め、唇を押し付けた。肌についた唇の感触に、びくっ、と肩が揺れ、鳥肌が立つ。
「んっ!」
「もう一つ、ダーリン。リトルルビィから聞いたんだけど、……誰かにまた痕をつけられたって? ちゅっ」
「……っ」
「人の目に付くところはやめろって、叱られちゃった。……ソフィア?」
「……多分」
「ダーリン、ちゅっ、イライラしてきた。モヤモヤして大変。ちゅっ。嫌な気分になってきちゃった。ちゅっ」
「あっ、んんっ、……はぁっ……」
「あたくしも付けていい?」
クレアがあたしのドレスに手を伸ばした。
「見えないところにするから」
「……っ」
後ろのチャックが下ろされた。
(あっ)
音が、生々しく耳に響く。
(……っ)
「怖くなくってよ」
クレアがあたしにキスをした。
「キス、するだけですもの」
壁に貼りついたあたしの腕をクレアが下に下ろせば、ドレスが下にずれていった。胸元まではしたなく下がっていく。
「あっ」
「くひひ」
クレアが笑い、あたしに鎖骨にキスをした。
「んっ」
「はぁ、どうしよう。ダーリンが怯えて緊張する顔、可愛くて仕方ない」
ちゅっ。またキスをする。ドレスが下に下がっていく
「どこがいいかな」
見えないところ。
「ここかしら?」
クレアがあたしの胸元に唇を押し付け――強く吸った。
「んぅっ!」
「くひひひひ! あはははは! ほら、見て! ダーリン! ついたぞ!」
クレアが指でなぞる。
「お前の肌に、あたくしの痕が」
クレアがにやける。
「あたくしの物っていう、印」
クレアが嬉しそうに言った。
「テリーもして」
「……え……?」
「テリーは痕の付け方わからないでしょ。だから」
クレアがシャツを脱ぎ、あたしの口元に肩を押し付けた。
「噛んで」
「っ」
「リトルルビィみたいに、して」
クレアがあたしを抱きしめる。
「また血を吸われたんでしょう? ダーリン、可哀想に」
クレアが優しくあたしの頭を撫でた。
「同じように噛んで?」
「……クレア」
「噛んで」
「……」
「あたくしがしてほしいの。……駄目?」
「……アリスって呼ぶわよ」
「自虐行為じゃない。……噛んでほしいの。テリーに」
噛まれたら、テリーの唾があたくしの肌にくっつくでしょ? 噛み痕が出来るでしょ? その痕は、あたくしはテリーの物という印になるのだろう?
「テリー、して」
あなたの物だという証明がほしいの。
「強くして。痛いくらいがいい」
「……あたしが嫌なんだけど」
「あたくしはしてほしい」
「こんなに綺麗な体なのに、傷付けろっていうの? 横暴よ」
「傷付けてくれないと、ここでお前を殺してあたくしも死ぬ」
冗談だと思って顔を上げたら、クレアが笑顔で銃を準備していた。あたしは見なかった事にした。クレアがにやけながらあたしの耳に囁いた。
「ダーリン、お願い」
「……一回だけよ」
「……うん」
「……銃しまって」
クレアがにこにこしながら銃をしまって、あたしに再び肩を押しつけた。
「どうぞ。ダーリン」
あたしは口を開いて、優しくクレアの肩に歯を当てた。
がぶっ。
そのまま噛みついた。そしてすぐに歯を肩から離す。クレアがきょとんとして、間が抜けた声で訊いてきた。
「それだけ?」
「噛んだわ」
「……痕付いてる?」
「……赤くなってる」
「もっと強くして」
「痛くないの?」
「全然」
「クレア、もうやめましょう?」
「嫌だ。モヤモヤするもん」
クレアが美しく微笑んだ。
「噛んでくれるまで離さないから」
「……噛まなきゃ駄目?」
「駄目。強くして。もっと乱暴に。血が出るくらい」
「……あたし、やだ」
「してくれないと」
「だとしてもやだ。……こんなに綺麗なのに」
「テリーが悪いんだぞ。ソフィアにキスマークなんてつけられるから。あたくし、不安で仕方ないの。だから安心させて」
「噛む事で安心するの?」
「うん」
「……わかった」
(……こいつ、やっぱり変)
こんなに愛してるのに、噛んで、だなんて。
(……ばか)
今度はもっと強く噛んでみた。そこまで言うなら、クレアが悲鳴をあげるくらい噛んでやろうと思って、強く、がぶっ!! といくと、クレアが息を呑んだ。
「~~っ♡♡!!」
クレアがあたしをぎゅぅうう!! と、抱きしめ、にやけた。あたしは少し疲れて歯を離した。……噛み痕がくっきり残ってる。痛そう。
「……クレア、付いた」
「……ダーリン……♡」
クレアがすりすりしてくる。
「はぁ……♡ 好き……♡ ダーリン……♡ ダーリンだけ……ずっと……好き……♡」
「……痛くなかった?」
「くひひ♡ すっごい痛かった♡」
「……」
「ダーリンに噛まれちゃった……♡ くひひ♡ はぁ……♡ ……もう……どこにもお嫁に行けない……♡」
クレアがあたしの頬にキスをした。
「ダーリン、愛してる。もう、ほんとに、すごく大好き。ダーリンだけ……」
「……あたしだってクレアだけよ」
何よりも綺麗な肌についた醜い痕を見て、伝える。
「愛してるわ。あたしのクリスタル」
「……あたくしも……好き……♡」
「ん」
「……。ダーリン、もっと言って……♡」
「……クレア」
「やだ。言って。言ってくれないと不安になるんだもん」
「クレア、そろそろ解放してくれない? 持ち場に戻らないと」
「やだ。ダーリンが愛してるって言ってくれるまで戻らない。ちゅっ」
クレアがあたしの頬にキスをした。
「ダーリン、キスしよ……? もっと……」
「クレア、あっ」
「んちゅっ」
「んっ、はぁ、まって、クレア、あたし、そろそろイザベラのところに、いかないと……」
「ちゅっ」
「んむっ」
「ぺろん」
「ん、んむっ、はぁっ、クレアも、メニーといろいろ、しなきゃいけない、んっ、ことが……!」
「他の女の名前を出すな」
唇が重なる。堪え切れず、あたしの口から溜まった唾液が垂れた。
「はぁっ……!」
「ダーリン……もっと……」
「あっ、こ、らっ……! クレアっ……」
そんな目で見たって駄目よ。時間は待ってくれないんだから。
「クレア、はぁっ、もう……」
「ダーリン、……今、自分がどんな顔してると思う?」
「え……?」
「今ね」
クレアがにやけながらあたしに近付いた。
「すっごくえっちな顔して、あたくしの事見てる……♡」
「……っ」
「仕方ない人……♡」
唇が近付く。
「大好き。……テリー……♡」
潜めた荒い呼吸が非常階段に響く。それを黙らせるように、笑顔のクレアがあたしに唇を重ねた。
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