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六章:高い塔のブルーローズ(後編)

第9話 高い塔のブルーローズ

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 透き通る青い空。
 そよ風が吹く野原。
 あたしはそこに立っていた。

 顔を上げると、笑顔のドロシーがあたしを見ていた。

「トゥエリー、かくれんぼしようよ」

 ドロシーが後ろに下がった。

「君が鬼ね!」

 ドロシーが走り出した。

「十数えたら、探しに来てね!」

 ドロシーが隠れた。あたしは十数えた。歩き出すと、麦畑が広がった。あたしは辺りを見回した。

「おっと、見つかっちまったぜ!」

 木の棒にぶら下げられたナイスなガイのナイス・ミスターがあたしを見ていた。

「ああ、憂鬱だ。なあ、あんた、俺を下ろしてくれねえか?」

 あたしは木の棒とナイスなガイのナイス・ミスターを繋げていた縄を解いて、ナイスなガイのナイス・ミスターを地面に下ろした。

「うわあ! どうもありがとう! くう! 風が気持ちいいぜ!」

 ナイスなガイのナイス・ミスターがギターを弾いた。

「なあ、あんた、脳をもってねえか?」

 突然訊かれたので、あたしは頷いた。

「ああ、いいな。俺は脳なしだ。なんだってワラだからな。昔は持ってたんだぜ? けど、この姿にされてからは空っぽになっちまってな」

 ナイスなガイのナイス・ミスターは微笑んだ。

「脳があったら最高だろうな。大切な人のことを覚えていられる。俺は脳なしだから、数秒後にはあんたのことは忘れちまうだろう。でも、あんたとこうやってお喋りできたことが今日で一番の最高の時間さ。最高の時間をありがとう」

 え?

「ドロシー? ドロシーなら、あっちに行ったよ」

 ナイスなガイのナイス・ミスターが指を差した。

「嘘つき看板がいるから、騙されるな」

 ナイスなガイのナイス・ミスターが手を振った。

「じゃあね。恋しい君」

 あたしは先に進んだ。嘘つき看板が楽しそうに飛び跳ねてるのを見たが、そこを通り、森の奥へと向かった。

「おっと、見つかってしまった」

 固まったブリキがあたしを見ていた。

「すまない。美しいレディ。僕に油をさしてくれないか? 隠れようと思ったら雨に濡れて、動けなくなってしまったんだ」

 あたしは油をさしてあげた。ブリキが動けるようになった。

「はあ。やっと解放された。やあ、美しいレディ。赤毛の君。どうも。ご機嫌いかが?」

 あたしは答えた。まあまあ。

「ねえ、レディ、君は心を持ってる?」

 突然訊かれたので、あたしは頷いた。

「ああ、いいな。僕は心がないんだ。昔はあったんだけどね、この体にされてからはなくなってしまった」

 ブリキは微笑んだ。

「心があったら最高だろうな。君にときめくことが出来る。その気持ちを大切にして、愛を歌うだろう。大好き。おお、大好きさ、ハニーってね」

 え?

「ドロシー? ドロシーなら、あっちに行ったよ」

 ブリキが指を差した。

「赤い花には気をつけて」

 ブリキが手を振った。

「怖いなら、抱っこする?」

 あたしは先に進んだ。赤い花が咲き乱れていたが、そこを通り、奥へと進んだ。レンガの道を見回すと、大きな木があった。あたしはその木の前に立った。尻尾がふわふわと揺れている。あたしは呼んだ。出ておいで。

「嫌だよ。俺様を虐めるんでしょ?」

 青い瞳が木から覗いてきた。

「きゃっ! 俺様を見てる! 怖い!」

 青い瞳が木に隠れた。

「ねえ、俺様のこと、虐めない?」

 あたしが虐めたいのはドロシーだけよ。

「ドロシーを虐めるの? ドロシーを虐めたら、俺様、許さないかんな! 怒ったかんな! 橋本かーんな!」

 木から覗いてきた青い瞳を睨んだ。

「ぎゃああああああ!! 睨んでるううううう!!」

 青い瞳が木に引っ込んだ。

「そんなに睨まないで。俺はガラスハートの持ち主なんだよ?」

 キッドが木から顔を覗かせた。

「怖いと思ったら隠れてしまう」
「だったら誰よりも強くなればいい」

 キッドが隠れたら、クレアが木から顔を覗かせた。

「誰よりも強くなれば、か弱い女の子なんて言われない。メイド達はよく歌ってた。塔に閉じ込められたお姫様、ラララ、彼女は呪われたお姫様、ラララ、ひ弱でお部屋に籠もってる、今のうちに金目の物をいただこう」
「全く、なめられたものだな」
「家臣達はよく歌ってた。塔に閉じ込められたお姫様、ラララ、彼女が女なら、次の王は俺の息子だ、今のうちに鍛えておこう、ラララ」
「なめられたものだな」
「そんな時にリオンが産まれた。ラララ、リオン様万歳」
「たちまちリオンはみんなの人気者」
「次期国王として崇められた」
「彼は人間だった」
「あたくしは魔法使いだった」
「魔法使いは人間のふりをしなければいけない。危険だから」
「どうして?」
「みんなが怖がってしまうから」
「ならば、怖がらせればいい」
「魔力で支配してしまえ」
「けれど、みんな口を揃えた。魔力は関係ない。クレア姫は女であるから王にはなれないと」
「言うね」
「ならばと爺様がひらめいた」
「とても素敵なストーリーだ」
「とある王子様の物語」
「スノウ王妃には三人の子供がいる」
「「公表はされていない」」
「なぜ?」
「それは真実だから」
「それは嘘だから」
「「神よ、罪を許したまえ」」
「ストーリーに沿えば、あたくしは認められた」
「でも、見てごらん。クレア」

 腕を組んで幸せそうに歩いている恋人同士を。
 結婚式をあげている幸せそうな夫婦を。
 彼氏と彼女を。
 男と女を。
 手を繋いで腕を絡めてキスをする姿を。

「見るたびに思った」
「いいな」
「それだけ」
「いいな」
「あたくしも」
「髪を結んで、お化粧して、可愛いドレスを着て、きらきら光る靴を履いて、町を歩きたいな」
「そしたら素敵な殿方に声をかけてもらえるんだ」
「ダンスはいかがですか?」
「ええ。喜んで」
「俺はレディと踊ろう」
「あたくしはミスターと踊ろう」
「なんて素敵なんだ」
「なんて素敵なの」
「でもそれは、見てるだけ」
「あたくしはミスターとは踊らない」
「だって、変じゃないか」
「「王子様とミスターが踊るなんて」」
「だからあたくしは踊らない」
「「王子様はレディと踊るものだ」」
「スーツを着てかっこよく、背筋を伸ばして色っぽく」
「誰よりもリードして最高のダンスを」
「耳には愛の言葉を」
「甘い誘惑を」
「みんなが魅了される」
「「王子様だから」」
「けれど本当に魅了しているのか?」

 否。

「魅了しているのは魔力だ」
「人間が全員一人の人間に恋をするはずがない」
「でもそれが、俺にはできてしまう」
「「人間は魔力に惹かれている」」
「俺じゃない」
「あたくしではない」
「それは全てこの体が放つ魔力のせい」
「あたくしが認められないのも」
「俺が婚約者を持つように言われたのも」
「あたくしを諦めさせたいため」
「魔力を持つ人間に王冠を与えないため」
「あたくし自身を好きになる者はいない」
「俺を好きになる者は山ほどいる」
「王子様」
「俺はキッド」
「だから、あたくしを見た者は声を揃えてこう言うだろう」
「「なんて素敵な王子様でしょう」」
「理想の王子様さ」
「誰もが憧れる王子様像さ」
「俺はキッド」
「あたくしはクレア」
「俺は王子様」
「あたくしはお姫様」
「「誰も俺を見る者はいない」」
「「誰も俺の中まで見ようとはしない」」
「「みんな俺だけを見て判断する」」
「「彼はキッド」」
「「王子様だ」」
「「だからレディと恋愛するのは当たり前」」
「「だからレディとダンスをするのは当たり前」」
「「男らしいのは男だ」」
「「スーツを着ているのは男だ」」
「「王子様だから男だ」」
「「俺と使っているから男だ」」
「「力が強いから男だ」」
「「剣を振っているから男だ」」
「「口調が男だから男だ」」
「「髪が短いから男だ」」
「「俺様だから男だ」」
「「仕草が男らしいから男だ」」
「「女らしくないから男だ」」
「「キッドは男だ」」

「あたくしだって、王子様に憧れた」

「耳に愛を囁かれるのって、どんな感じなのだろう」

「優しく抱きしめられると、どんな感じなのだろう」

「踊りを誘われるのって、どんな感じなのだろう」

「リードされるのって、どんな感じなのだろう」

「星空の星よりも、君の方が綺麗だよ。そんな臭いセリフを言われた時、あたくしはどう思うのだろう」

「爪を塗って」

「お化粧して」

「着飾って」

「普通のお姫様ってどんな感じなのだろう」

「ドレス大好き」

「ネックレスも大好き」

「おしゃれするの、大好き」

「生理はしんどい」

「でも、この体で生まれたことを後悔したことはない」

「けれど」

「こうしないと誰も認めない」

「クレアには魔力がある。たったそれだけ」

「たったそれだけなのに」

「女だからと言い訳される」

「だったら」

「こうするしかないじゃない」

「キッドならみんなが好きになった」

「みんなが認めた」

「クレアは認めないくせに」

「キッドなら認めた」

「男で、人間で、物事を完璧にこなすから」

「嫌い」

「キッドなんか嫌いだ」

「何をしたって認められる」

「完璧なのは、魔力のおかげなのに」

「なのにクレアは何をしたって認められない」

「呪われたお姫様を認める者は現れない」

「いいな」

「妄想するんだ」

「あたくしの靴が脱げちゃうの」

「でもね、それを見た王子様が、あたくしの靴を届けてくれるの」

「あたくし達は一目見た時に、運命を感じるんだ」

「王子様は言うの」

「なんて素敵な人なんだ。どうか、この私と踊ってくれませんか?」

「……」

「あたくしの夢は叶わない」

「叶わないように、自分でその道を捨ててしまったから」

「そうしないと王冠が手に入らないから」

「王様になって、みんなから愛される道が閉ざされてしまうから」

「呪われたお姫様は誰も愛さない」

「作られた王子様はみんなに愛される」

「いいな」

「いいな」

「男の子に声をかけられて」

「一緒に居られて」

「羨ましい」

「愛されたかったな」

「女として」

「認められたかったな」

「キッドじゃなくて」

「クレアとして」

「気付いてほしかったな」

「見てくれないかな」

「……」

「気付いて」

「ちゃんと見て」

「キッドじゃなくて」

「その中身を」

「誰か」

「誰か、気付いて」

「俺を見て。俺だけを見て」

「気付いて。だめ。気付かないで」

「君のことだけを考えていたんだよ。レディ」

「気付いて。だめ。気づかないで」

「愛してるよ」

「気付いて。だめ。気づかないで」

「お前だけを想うよ。愛してる」

「誰でもいい」

「気付いて」

「キッドなんか嫌い」

「でも止められないの」

「お願いよ」

「誰か、哀れな姫に、慈悲の手を」

「あたくしの存在に気付いて」



「クレアに、気付いて」



「君にはあるかい? 真実を語る勇気。俺様はね、怖くてたまらないんだ」

 泣き虫ライオンは逃げていった。





















 にゃーお。












「君、ドロシーを探してるんだろ」

 木から猫が下りてきた。

「あの子、またどっか行ったんだね。しかたないにゃー。僕が怒っておくよ。ドロシーの罪を償わせるのは、親友である僕の役割だからね」

 猫があたしの足を見た。

「おや、君、まだ金の帽子を使えるみたいにゃーよ。あと二回残ってる」

 猫が首を傾げた。

「金の帽子を使ったらどうかにゃ? ドロシーのいるところまで、案内してもらえるかもしれないにゃ。金の帽子の使い方はわかるにゃ?」

 あたしは首を振った。

「君ね、猫に知らないと言って、教えてもらえると思ってるのかい? 帽子をめくってごらん。そこに翼ザル達の呼び出し方が書いてあるから」

 あたしは金の帽子をめくった。そこに、呼び出し方が載ってあった。あたしは書かれた通り、左足で立ち、ゆっくりと唱えた。

「エッペ、ペッペ、カッケ!」

 次に、右足で立った。

「ハイロー、ホウロー、ハッロー!」

 最後に、両足で立って大声で叫んだ。

「ジッジー、ズッジー、ジク!」

 すると、周りを翼の生えたサル達が囲んだ。

「我らが主様。きいきい。これが二回目の呼び出しでござんす。きいきい。さて、ご命令は?」
「あのよそ者達の所へ行って、ライオン以外倒しておしまい! ライオンはペットにして、たくさん痛めつけることにした。さあ、お行き!」
「我らが主様」
「それは本当にあなたのご命令ですか?」
「もう一度よく考えてみてください」
「さて、ご命令は?」
「……」

 あたしは、言い直した。違う、違う。そうじゃない。

「巨大なブルーローズを何とかできませんか?」
「ブルーローズは強力な魔法がかけられており、我々ではどうしようもできません」
「ですが、ブルーローズを咲かせている者を何とかすれば、枯らすことも容易いでしょう」
「運の良いことに、あなたのお側には救世主がいらっしゃる」
「心強いお仲間がいらっしゃる」
「全員を呼び覚ませば、根源をどうにか出来るかもしれません」
「我らは道を教えましょう」
「どうぞ、お気をつけて」

 天使様が白い道を作った。この道を辿れば、ブルーローズを何とかできる気がした。あたしは進んでみる。

「トゥエリー」

 声がこだまする。

「こっちだよ!」

 頭の中で響く。

「トゥエリー!」

 反響する。

「うふふふ!」

 手を伸ばす。

「トゥエリー!」
「テリー」

 背中に手が添えられた。あたしは、はっとする。

「それに触れてはいけないよ」

 ブルーローズが目の前で咲いている。

「前を見て」
「トゥエリー!」
「大丈夫。君はちゃんとこの道を行けるはずだから」
「まだー? 僕、そろそろ飽きてきたよ!」
「まずはメニーを迎えに行っておいで」
「トゥエリー!」
「この声が聞こえる方に行ってごらん。花に触れてはいけないよ」

 手があたしを押した。

「ほら、行って」

 あたしの体が押し出される。あたしは声をする方に歩き出した。くすくす笑い声が聞こえる。あたしは木の後ろを覗いてみた。クローゼットがあった。その中から、楽しそうな笑い声が聞こえた。あたしはクローゼットの扉を開けてみた。

 うずくまって眠るメニーがいた。

「メニー」
「……ん」
「起きて。行くわよ」
「……お姉ちゃん……?」

 メニーがゆっくりと顔を上げて、あたしを見た。

「お姉ちゃん」

 メニーが微笑んだ。

「来てくれると思ってた」
「当然じゃない。あたしはあんたのお姉ちゃんなんだから」

 神よ。嘘を許したまえ。仲良く手を繋ぎますから。

「行きましょう」
「うん」

 二人で道を歩いていく。あたしとメニーが薔薇の木の奥に進むと、リトルルビィが赤い花畑で眠っていた。

「リトルルビィ! そこは寝ちゃだめだよ! その花、危ないんだから!」

 メニーが起こしに行くと、リトルルビィがむにゃむにゃと口を動かして、幸せそうに笑った。

「うふふ……。テリーのお胸、柔らかい……」
「お姉ちゃん、リトルルビィがお姉ちゃんの夢見てるみたい……」
「リトルルビィ、起きなさい」

 体を起こしてみる。あら、やっぱり体重がないのね。あたしは持ち上げてみる。よっこいしょ。赤い花から離れると、ようやくリトルルビィが目を覚ました。

「ふえ……?」
「起きた? ルビィ」

 顔を覗くと、あたしに抱っこされたリトルルビィが、ぼんっ! と顔を赤らめた。

「ぴゃあああああああ!!」

 抱っこされたまま、あたしを抱きしめる。

「好き!!!!!!!!!」
「知ってる」

 あたしとメニーがそのまま進むことにした。てくてく歩いていくと、薔薇の木にもたれて眠るソフィアがいた。あたしはリトルルビィを下ろし、ソフィアの顔を覗き込む。

「ソフィア」
「すやぁ」
「ね、起きて」
「すやぁ」
「ソフィアってば」
「隙あり」

 ソフィアがあたしの頬にキスをした。

「君の頬を盗んだよ。恋しい君」

 次は、

「その唇かな」
「起きてるならさっさと来い」
「くすす。テリーに起こしてもらえるなんて、素敵な寝起きだな」

 ソフィアが立ち上がり、あたし達の後ろについてきた。あたし達はくねくねした道を通り抜けると、ガラスの棺桶に眠るクレアを見つけた。辺りには優しい花で囲まれ、とてもにぎやかだ。

 けれど、あたしはこの姫を起こさないといけない。

「クレア」

 クレアは死んだように眠っている。

「クレア、起きて」
「テリー、それでは起きないよ」

 リオンが棺桶の蓋に座って、あたしを見ていた。

「どうすればいいか、君がよく知ってることだ」

 リオンが立ち上がった。

「お姫様を起こす時、どうするんだっけ?」

 あたしは棺桶の蓋を開けた。

「お姫様、起きて」

 クレアは起きない。

「お前がいないと始まらないのよ」

 あたしは近づいた。

「起きなさい」

 呼んだ。


「クレア」 


 その額に、優しいキスをした。

 すると、クレアの瞼が震え、そっと、ゆっくりと、目を開け始めた。

 青い瞳が輝く中、世界が真っ白に輝く中、青い薔薇が咲き続ける。クレアははっとして、起き上がった。そして、振り向き、走り出した。躊躇いなく白い道に進む。天使様の導きのままに走っていき、揺れる紫の影に、太もものベルトから取り出した注射器を、首に刺した。


 大きな悲鳴が聞こえて、あたし達は目を覚ました。


(*'ω'*)



「……」

 クレアが手を離した。目の前にいる人物を見て、眉をひそめて、まさかと思って、後退った。

「……飴が危険なものであることは、誰よりもわかっていると思っていたよ」

 そうじゃなかったようだ。




「残念だ。物知り博士」




 スペード博士が注射器を抜いて、あたし達に振り向いた。


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