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五章:おかしの国のハイ・ジャック(後編)

第17話 ハロウィン祭(8)

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 そっと、クレアが優しくあたしを抱き寄せた。

「馬鹿だよ。お前」

 クレアがあたしの頭に顎を乗せる。

「なんでリオンなの?」

 クレアがあたしの頭を撫でた。

「リオンなんか好きになるから、泣くことになるんだぞ」

 クレアがあたしを抱きしめる。

「馬鹿だよ。本当に馬鹿だ」

 クレアがあたしを強く抱きしめる。

「あたくしがいるのに、お前は馬鹿だ」

 あたしを大切に抱きしめる。

「大馬鹿者だ」
「違う」

 あたしは否定する。

「好きじゃない」

 あたしの目が濡れる。

「リオンなんか、好きじゃない」

 あたしの目から、ぼとりと水滴が落ちる。

「あんな奴、好き、じゃない」

 クレアの小さな胸を濡らしていく。

「好きに、なるわけ、ない、じゃない」

 否定した分、雨が落ちる。
 否定する分、苦い飴が降ってくる。

「あたし、別に、す、好きな人、いない、もの」
「ああ、そう」
「そうよ。いない、わよ」

 言えば言う分、クレアのドレスは濡れていく。

「あたしは、イ、イケメンの、パン作りの、じょ、上手な、人と、結婚、するのよ」

 声が震える。

「お、おうじ、さま、なんて、興味、ないんだから」

 鼻をすする。

「ああ、最悪、ハンカチ、二枚持って来れば、よかった」

 鼻をすする。

「畜生」

 しゃくりあげる。

「花粉だわ。花粉が飛んできたんだわ」

 頬が濡れる。

「あ、あたし、恋なんて、してる暇、ないもの」

 鼻をすする。

「勉強して、紹介所の、っ、社長として、働くのよ」

 鼻をすする。

「ベックス家を、継いで、貴族のち、血筋を、つづけ、続けさせないと」

 鼻をすする。

「あたし」
「テリー」
「あたしは」
「テリーってば」
「違う」

 違う。
 好きじゃない。
 何も感じてない。
 この気持ちはもう終わった。

「あたし」
「あ、テリー、あれ見て」
「え?」

 顔を上げる。目の前にはクレア。

(あ)

 顔がぐっと近づく。

(え)

 唇が重なる。

「ん」

 あたしが目を見開くと、クレアの目が閉じられる。あたしの頭を押さえる。

「ん」

 あたしはクレアの体を押す。離れない。

「ん」

 クレアの唇が離れない。

「ん」

 体を押す。

「んん」

 息が、

「んん」

 息が、出来ない。

「んーーー!」

 クレアが離れた。

「げほっ」

 すうっと息を吸うと、また唇が重なる。

「ん」

 再び頭を押さえられ、腰を押さえられ、固定され、クレアの唇がくっつく。

「……っ」

 クレアの体を押す。離れない。

「ん」

 後ろに逃げようとすれば、クレアが捕まえる。

「ん」

 肩をすくめれば、もっとくっついてくる。

(息)

 苦しい。

(息出来ない)

 眉をひそめる。

「ん……」

 息出来ない。

「ん」

 離れない。

「ん」

 押しても、引いても、離れない。

「ん」

 息が。

「……ん……」

 苦しい。

「……」

 体が震えてくる。

「……っ……」

 目を閉じる。

「……っ」

 クレアが離れた。

「はっ……」

 息を吐いた。

「はあ」

 息を吸った。

「はあ」

 息を吐いた。クレアが近づく。

「ま!」

 むちゅ。

「んんん!」

 クレアの体を押す。

「ん」

 クレアは動かない。

「んぅ」

 クレアの口が離れる。

「ひゃっ……」

 息を吐いて、吸うと、また唇を塞がれる。

「ん」

 舌があたしの舌に絡んでくる。

「むっ」

 クレアの体を思いきり押す。が、全く離れない。涼しい顔して、あたしの舌に巻き付いてくる。

(クレア!)

 あたしは睨む。

(キッド!)

 涙目で睨む。

(お前!)

 舌が離れない。

(息が出来ないじゃない!)

 クレアの背中を叩く。

「んん!」

 クレアがあたしの猫フードごと、頭を掴んでくる。

「ふっ」

 思わず、体を反らせる。クレアがあたしの腰を掴む。

「……っ」

 あたしの口から涎が滴る。

「ん」

 クレアが引いた。

「えほっ!」

 あたしは口元を拭う。

「おま、お前!」

 ――はむ。

「んんんんんんん!!!」

 唇が重なる。

(待って)

 クレアの体を押す。

(待って)

 呼吸が乱れて、心臓が激しい運動を始める。

(ちょ)

 クレアの顔を押さえ、ぐっと前に押して、あたしは頭を引く。唇が離れる。

「待ってってば!」
「やだ」

 ちゅ。

「待ちなさい!」
「やだ」

 ちゅ。

「キッド! 一旦ストップ!」
「キッドって誰?」

 ちゅ。

「クレア! 待って! 待って!!」
「やだ」

 ちゅ。

「~~~~~~~っっっ! 待てっつってんだろがぁあああああ!!」
「あははははは」

 クレアが笑った。

「泣き止んだ」

 あたしの頬に触れて、顔を覗いてきた。

「悪戯大成功」

 いつもの涼しい笑顔であたしを見下ろす。あたしはむすっとして、涙目で見上げる。

「……泣いてるレディに強引にキスしてくるなんて、最低よ」
「まだ目が赤い」

 クレアがあたしの瞼に唇を押し当てる。

「ちゅ」
「ゃっ」

 俯こうとすると、顔を押さえられる。

「こっちにも」
「キッド」

 ちゅ。

「キッドって誰」
「もういいでしょ」

 ちゅ。

「ここにも」
「分かった、クレア。分かったから」

 ちゅ。

「ここも」
「あの」

 ちゅ。

「ここも」
「も」

 ちゅ。

「……もういい」

 クレアの肩に、顔を埋める。

「……もう大丈夫だから……」
「落ち着いた?」
「あんたのせいで過呼吸になりそう……」
「あたくしのせいなの?」
「あんたのせいよ」
「へえ」

 クレアがにんまりと微笑み、あたしの背中を撫でた。

「お前の呼吸を乱すなんて、あたくしは悪い奴だな」

 クレアがあたしの背中を撫でる。胸がほっとする。くたりと脱力して、クレアに身を委ねた。クレアが耳元で囁いてくる。

「……落ち着いた?」
「……だいぶ」

 クレアの背中に腕を伸ばす。きゅ、と締め付けると、クレアの体がぴくりと揺れた。

「ん」
「ああ」

 あたしはうなだれる。

「空しい。喜怒哀楽でいうところの、哀に近い感じ」
「お前、哀を感じてるの? だったら愛を感じさせるよ」
「お前、上手いこと言ったと思ってるでしょ。何も上手くないわよ」
「あーあ。いつになっても、あたくしには手厳しいんだから」

 クレアの手があたしの背中を叩いて撫でる。
 秋風が吹く。草がなびく音が響く。

「……クレア」
「ん」

 あたしは謝る。

「ごめんなさい」

 クレアに胸に顔を埋める。

「……甘えたい」

 クレアに擦り寄る。

「……ちょっとだけ」
「いいよ」

 クレアが手を動かす。

「お前のためなら」

 あたしの頭を撫でる。悪くない撫で方。落ち着く。心がすっとしてくる。

「……」

 だけど、胸の中はどこか穴が空いたように、空しいまま。

(……忘れたい)

 この気持ちを忘れたい。
 この空しさを忘れたい。

(……)

 忘れたい。

(……)

 あたしは顔を上げる。
 クレアが見下ろしている。

「……テリー?」
「賭けの景品よ」

 あたしはぐっと、背筋を伸ばした。

「目閉じて」

 クレアの頬に手を添えて、顔を近づける。クレアの目が、ぱちくりと瞬きした。あたしは意を決めて、顔を寄せる。

「ん!」

 唇を押し当てると、ごつん、と前歯がぶつかった。

「っ」

 クレアがびくっと肩を上げる。あたしは目を見開く。慌てて後ろに下がる。クレアが口を押さえた。あたしは痛みに悶えた。目を伏せて、お互いに黙る。

「……」
「……」
「……」
「……」

 クレアが目を伏せたまま、ぼそりと呟いた。

「……下手くそ」
「うっせえええええええ!!!!」

 あたしは顔を真っ赤にさせて怒鳴った。

「唇と唇がごっつんこすればキスだろうが!! 下手も上手もないのよ! 歯と歯がぶつかったからって、キスはキスなのよ!!」
「お前はあたくしのキスを今まで見てなかったの?」
「何よ! キスはキスよ! キスをしたらね、裏返るのよ! 心に好きが出来るのよ!! 心に隙が出来るのよ!」
「不合格」

 ずいっと、クレアの顔が近づく。

「もう一回して」
「何よ。言われた通りキスしたじゃない……」

 何が下手くそよ。

「もういい……」
「仕方ないな」

 クレアが首を傾げる。

「真似して」
「え」

 ――ちゅ。

「ん」
「ほら」

 クレアが首を傾げたまま微笑む。

「歯、当たらなかっただろ?」
「……」
「テリー」

 クレアが呟く。

「真似して」
「……」

 あたしは首を傾げた。

(ここら辺?)

 試しに、クレアに顔を寄せる。唇が重なる。クレアがぴくりと、少しだけ肩を揺らした。

(おお!)

 歯が当たらなかったわ!

「見たか!」

 唇を離して、あたしは目を輝かせる。

「どうだ! あたしの急成長!」
「はいはい。よく出来ましたー」
「おーーーほっほっほっほっ! あたしにかかれば、キスなんてほんの戯れ同然! お茶の子さいさい!」
「じゃあ、もう一回」

 こつん、と額が重なる。あたしはじろりと睨む。

「なんでよ。賭けの分は終わったじゃない」
「お茶の子さいさいなんだろ?」
「煽りに乗っかると思ってるの? あたしは乗らないわよ」
「テリー、もう一回」

 クレアが瞼を閉じる。あたしは首を振る。

「やだ」
「してよ」
「やだ」
「もう一回だけ」
「やだってば」
「キス」
「子供か」
「子供だよ」
「やだ」
「テリー」
「やだ」
「分かった。自信ないんだろ」
「……どういう意味よ」
「今のキスはまぐれだったんだ」
「違う。ちゃんとあたしがキスしたの」
「じゃあ、やってみなよ。また歯が当たるはずだから」
「当たらない」
「当たると思うなあ?」
「当たらないってば」
「そんなんじゃ、この先が思いやられるな」
「どういう意味よ」
「あ、そうだ。いいこと思いついた」
「いいこと?」
「練習させてあげる」
「練習?」
「そう。キスの練習」

 あたしは思いきり嫌な顔をする。クレアは涼しい笑顔。

「今、あたくしは素敵なレディの格好をしているし」

 クレアが微笑む。

「抵抗ないだろ?」
「……相手があんたって時点で抵抗あるわよ」
「あくまで、練習だ」

 クレアがあたしの手を握る。

「お前がこの先、本当に好きな人が出来て、その人と結ばれるとするならば」

 クレアが肩をすくめる。

「まあ、あり得ないけど。そんなことがあるのであれば」

 その時は、

「あたくしは大人しく、お前を諦めることにする」

 でも、

「何の理由もないのに婚約解消は認めない」

 ほら、テリー。

「将来、大好きな人と上手なキスが出来るように」

 今のうちに練習を。

「真似して」

 クレアがあたしの腰を抱き、顔を傾けて寄せる。

(あ)

 思わず、あたしの猫の手が間に入る。クレアの唇が猫の手に当たる。クレアが瞼を開く。猫の手を見て、あたしを睨んだ。

「テリー」
「や、だって」

 あたしは目を逸らす。

「それとこれとは、話が別よ」

 賭けは終わったじゃない。

「練習すれば、良いこともある」

 メリットだらけだ。

「忘れられるよ」

 クレアがあたしを見て言う。

「嫌なこと、忘れられるよ」

 簡単だ。

「練習の記憶で塗りつぶしてしまえばいい」

 クレアが誘惑する。

「テリー」

 クレアの目が闇に染まるように、

「ほら」

 あたしを悪夢に誘い込むように、

「キスして」

 クレアがあたしの胸に、銃を構えて、

「練習しとけば」

 撃った。

「将来、リオンとキスが出来るかもよ」




 意地なのだろう。
 あたしなりの見栄なのだろう。
 リオンなんて好きじゃない。お前とだってキスくらい出来ると言うように、あたしは、言い聞かすように、無理矢理、背筋を伸ばす。
 クレアの唇に押し付ける。首を傾げて、歯を逸らして、キスする。離す。ほら、歯が当たらなかった。あたしはクレアを見る。クレアがあたしを見つめる。

「そう。上手」

 クレアが微笑む。

「これも出来る?」

 クレアがあたしに唇を重ねる。唇を動かす。

「……ん……」

 あたしの眉がぴくりと動く。小鳥が木の実をついばむような、そんなキスをしてくる。すぐに唇が離れる。

「テリーの番」

 クレアは微笑む。

「真似して」

 あたしは目を逸らす。

「……無理」
「簡単だよ」
「無理」
「真似して」
「出来ない」
「出来るまでやればいい」

 クレアが顔を近づける。あたしはびくっと、肩を揺らした。

「ほら、テリー」

 すぐ傍に、クレアの唇。

「して」

 少し前に行けば、クレアの柔らかい唇とあたしの唇が重なる。唇を動かす。

「……ん」

 くちゅ、といやらしい唇の音が鳴る。

「ん……」

 ちゅ。

「あ……」

 腰が引く。クレアがあたしの腰を掴んで、引き寄せる。あたしはクレアの胸を押す。

「待って」

 やっぱり、

「テリー」

 ちゅ。

「唇を動かして」
「む」

 ちゅ。ぱ。

「あ」
「そう」

 ちゅ。ぱ。

「ん……」
「上手」

 ちゅ。ぱ。

「……は……」
「テリー……」

 クレアと唇が重なる。

「クレ……」
「テリー」

 クレアが唇を押し付ける。離れる。

「あの、クレア」
「ほら、真似して」

 ちゅ。ぱ。

「あ、ま、まって……」

 ちゅ。ぱ。

「あ、クレ……ア……」

 ちゅ。ぱ。

「息が……」
「テリー」

 ちゅ。ぱ。

「キ」
「テリー」

 クレアが唇を重ねた。酷く柔らかな唇を、あたしに押し付ける。ふに、とくっつく。体が震える。瞼を下ろす。眉をへこませる。クレアの唇が離れた。

(あ)

 また、すぐにくっついた。

(あ……)

 柔らかい。

(包まれるみたい)

 さっきと違って、優しい。あたしを溶かすようにキスをする。チョコレートがとけるように、あたしをとろとろにするように、クレアの唇がくっつく。

 あたしは脳裏で、必死に呟く。

 テリー、勘違いするな。

(練習)

 という名の暇つぶし。

(婚約者)

 という名の、契約。

(こんなことするのよ)
(ただの暇つぶしに)
(思春期特有の、一時的な感情に身を委ねる時期)
(ろくな奴じゃない)
(いかれてる)

 唇が離れる。クレアがあたしを見つめる。

(あ)

 熱のある目で見つめられる。

(あ、)

 きゅん。

(あ)

 その瞬間、あたしは目を逸らす。

「駄目」

 クレアがあたしを捕まえる。

「なに、」
「見て」

 あたしが目を逸らしても、クレアが見つめてくる。

「見て、テリー」

 見てはいけない。見たら、また鳴る。
 あたしの胸が、クレアに反応してしまう。

(見ては駄目)

 キスをしたら裏返るのよ。あたしの心には隙がある。騙されてしまう。惑わされてしまう。好きが出来てしまう。

 また、好きになってしまう。

「なんで?」

 あたしは目を逸らす。

「見なくても、キスは出来るじゃない」
「お前は、よくあたくしから目を逸らすね」

 クレアはあたしを見つめる。

「見て」
「なんで?」
「お前の目が見たい」
「見ても、良いことなんてないわよ」
「あたくしが見たい」
「やだ」
「なんで?」
「お前の目なんか見たくない」

 見てはいけない。

「テリー」

 クレアが頬にキスをしてきた。

「ひゃ、」

 肩をすくめると、頭にキスをされる。

「ちょ」
「見て」

 クレアがキスをする。

「クレ」
「見て」

 クレアが見つめる。

「目を逸らさないで」

 クレアがあたしを捕まえる。あたしは顔を逸らす。

「テリー」

 クレアがあたしの耳に囁く。あたしは後ろに引く。クレアが腰を抱いて、引き寄せる。

「あ」
「テリー」

 言わないで。

「待って」
「聞いて」

 騙される。

「やだ」
「誓うよ」

 惑わされる。

「キッド」
「俺はリオンとは違う」

 お願い、言わないで。

「あたし」
「あたくしは」

 その先を、言わないで。

「やめ」
「お前だけを」

 言わないで。



「あい」




 ――その瞬間、ぱかん、と大きな破裂音と共に、空が光った。


「え」
「あ」

 あたしとクレアが空を見る。お互いの目が、空に向けられた。

「……始まった」

 クレアが呟いたと同時に、打ち上げられる。夜空に、大きな花火が舞った。巨大なパンプキンや、おばけや、花が、形となって空に舞い、散っていく。
 花火が鳴る。花火が光る。夜空を照らす。

「……」

 クレアが黙り、あたしが黙り、花火が鳴る音だけが響く。

「……あー」

 あたしは笑った。

「綺麗!」

 大袈裟に、大声をあげる。

「まあ、すごく綺麗だわ!」

 あたしは空に関心を持つ。

「すごいすごい!」

 花火が打ち上げられる。

「ほら、クレア、見てみなさいよ! 沢山飛んでるわ」
「テリー」

 話題を戻さないように、

「あはは! すごい! どんどん打ち上げられる!」

 あたしは14歳の、まだまだ小さな女の子。

「すごく綺麗ね!」

 クレアを見上げる。クレアがあたしを見下ろしている。あたしは笑ってみせる。クレアが肩を落として、ふっ、と笑った。

「そうだね」

 クレアがあたしに頷いた。

「すごく、綺麗」
「すごーい!」

 あたしは花火を見つめる。クレアは、あたしを見つめる。あたしは、知らないふりをする。夜空を見上げる。

 パンの形の花火が打ち上げられる。
 薔薇の形の花火が打ち上げられる。
 ハートの形の花火が打ち上げられる。
 カボチャの形の花火が打ち上げられる。

「クレア、ほら、すごいわよ」

 あたしは指を差す。

「ね、どれが好き?」

 あたしは話題を振る。クレアが答える。

「お前が好き」

 あたしの肩に頭を乗せて、ぽつりと答える。あたしは笑う。

「おっほほほ! 馬鹿ね! 花火のことよ」
「そうか。花火か」

 花火が鳴る。打ち上げられる。

「ほら、綺麗でしょ!」
「うん。綺麗」

 クレアの視線は、花火に向けられない。あたしは花火を見つめる。

「ニクスも見てるかしら?」
「ニクスは帰ったんだろ」
「アリスは見てるかしら!」
「アリーチェは、そうだね。見てるかも」
「サリアは見てるかしら!」
「見てるかもね」
「ソフィアも見てるかも!」
「見てるだろうね」
「リオンも見てるかしら!」
「馬鹿みたいに感動してると思うよ」
「リトルルビィは見てるかしら!」
「見てるんじゃない?」
「メニーも見てるかしら」
「メニー」

 クレアが呟く。

「メニーか」

 クレアが目を伏せた。

「……」

 クレアの手が、あたしの肩を抱いた。

「ん」
「そればっかり」

 クレアが顔を上げた。あたしは夜空を見上げる。

「クレア、花火」
「テリー」

 クレアの顔が近づく気配がした。

「ねえ、花火が」

 あたしは顔を逸らす。分かってたように、クレアがぐいと、あたしの頬を押さえた。

(あ)

 ――唇が重なった。

 花火が鳴る。空が光る。破裂音が響く。花々が散っていく。花々が舞い踊る。夜空が輝く。クレアの瞳があたしを見つめる。あたしはクレアを見つめる。

 唇が離れる。

 クレアが、じっと、あたしを見つめる。

「今日は許してあげる」

 クレアがあたしを睨む。

「馬鹿」

 むにゅ、とあたしの両頬を押した。

「テリーの馬鹿」

 クレアがあたしだけを見つめる。

「愛してるよ」

 あたしの額に、そっと唇を押し付ける。ふに、と、柔らかい唇がくっついて、離れた。あたしは硬直する。クレアが再びあたしの肩に頭を乗せて、今度はちゃんと夜空を見た。花火が鳴る。あたしは俯いた。花火が鳴る。クレアが笑った。

「うわあ、本当だ。すごく綺麗」

 クレアがあたしの手を握る。

「情報を仕入れておいて正解だった」

 クレアが花火を眺める。

「お前と一緒にこんな花火を見れるなんて、幸運だな」

 横を見れば、クレアの横顔が見える。

「綺麗だね。テリー」
「……ええ」

 お前の切なそうな横顔は、

「むかつくくらい、綺麗」

 あたしの視線が夜空に移る。クレアの視線も夜空にいってるはずだ。横から感じる視線は気のせいだろう。あたしは花火を見つめる。クレアも、多分、見ているはずだ。

(……ああ)

 あたしは花火を眺めながら、思う。

(終わるのね)

 ハロウィンも、惨劇も、長い初恋も。

(全部、終わる)

 花火が鳴る。

(綺麗)

 クレアと共に、打ち上げられる花火を眺める。

 アリスはきっと家族と花火を見ているだろう。
 リトルルビィとメニーは花火を見てうっとりしているだろう。
 ソフィアは花火を見てまたくすすと笑っているだろう。
 サリアも、どこかで見ていることだろう。
 ニクスは家に帰って土産話をしているかもしれない。
 ドロシーは箒に乗って花火を見ているかもしれない。

 リオンは、クレアの言う通り、素晴らしいと拳を握って、感激しながら眺めていることだろう。

(綺麗)

 打ち上げられる瞬間も、舞う瞬間も、散る瞬間も、

(なんだか)

 まるで叶わなかった初恋のよう。

(儚くて)


 とても美しい。




 クレアの指が、そっと動いた。あたしの上に重なって、指を絡ませて、あたしの手を握った。あたしは握らず、地面に手を置くだけ。
 クレアがあたしの肩で、深く、息を吐いた。

「トリック・オア・トリート」
「……お菓子?」

 あたしはバスケットからクッキーをつまんで、クレアに渡す。

「はい」
「……」

 クレアが黙って受け取り、乱暴に口に放り投げた。

 花火が鳴る。





 ハロウィンは、終わりを迎える。


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