254 / 592
五章:おかしの国のハイ・ジャック(後編)
第15話 10月29日(6)
しおりを挟む――夜空が輝く。
果樹園の森から星空を見上げる。雨が降っていたとは思えないくらい、星空は満開で、月が美しく輝いて見えた。
(……仮面舞踏会の時を思い出す)
キッドがあたしの仮面を外して、あたしは取り返そうとした。死刑になると思って。キッドが噴水に座ろうと言ってきた時も、あたしは拒んだ。見つかったら牢獄に入れられると思ったから。
「……」
星空を見上げる。じっと、星達を見つめる。流れ星は見えない。ただ、きらきら光っているだけ。二人で出かけた時に、あの丘でキッドは流れ星に祈った。もう一度祈りたいと思ってあたしは流れ星を探した。けれど、もう流れ星を待つ必要はない。
(終わった)
惨劇は繰り返された。
(終わった)
あれが、最小限の被害だったのかもしれない。
(終わった……)
あたしは大きな切り株に座る。星空を見上げる。白い息を吐く。秋風が冷たい。あたしは呟く。
「終わったわ」
「お疲れ様」
あたしの背中とドロシーの背中がくっついた。ドロシーがとんがり帽子を外し、膝の上に置いた。だるそうに姿勢を崩して、ため息を吐いた。
「全く。おかしいと思ってたんだよ。ハロウィン祭の二日前なのに、28日に事件が起きるって言うんだもん」
「……何よ。気づいてたなら言いなさいよ」
「真実が分からない以上、僕には何も言えないよ」
秋風が吹けば、林檎の木が音を立てる。ゆらゆらと揺れる。まるでお化けのよう。ドロシーが星空を見つめ、またあたしに言う。
「良かったね」
「良くない」
「被害があれだけで済んだ。キッドやリオン、それに、兵士達が早めに動いてくれたお陰だよ」
「でも死人は出たわ。怪我人も」
「そうだね」
「惨劇は回避出来なかった。ミッションは失敗よ」
「それはどうかな」
ドロシーが腕を組む。
「テリー、命あるものには寿命が決められてる。今日、あそこで死ぬことが決められていた人達は多くいたんだ」
一度目の世界で、多くの人々が亡くなった。
「ただ、死ぬ必要のない人まで、一度目の世界では亡くなっていたのかもしれない」
それを、
「キッドやリオンがいたことで、防げたのかもしれないよ?」
真犯人は捕まった。キッドの部下達が牢屋ではなく、どこかへ連れていった。多分、リトルルビィやソフィアが連れて行かれた、同じ場所に。
ドロシーが話を続ける。
「アリーチェは死ななかった」
「アリーチェに殺された人はいなかった」
「リオンが動いた」
「キッドが動いた」
「リトルルビィがいた」
「パストリル……えっと、ソフィアがいた」
ドロシーがどこからか星の杖を出し、くるんと回した。
「これだけで、どれだけの命が救われたことか」
ソフィアが幻覚を見せたことで、ダイアンに殺される人はいなかった。
リトルルビィが吸血鬼の目を使って見張っていたことで、傍にいた人達は守られた。
ヘンゼとグレタが動いたお陰で、城下町の被害は圧倒的に抑えられた。
リオンがいたお陰で、人々は再び立ち上がった。
キッドがこの数年間、中毒者達を正気に戻したことで、城下町が救われた。
「でもね、テリー、これは」
ドロシーが微笑んだ。
「君の行動による結果だ」
ドロシーが星の杖を振る。
「君が『大量殺人が起きないように城下町を見張る』ことにより、街を騒がせた『ジャックを見つける』ことが出来て、なお、一番の問題だった『アリーチェが殺人犯になった原因を突き止める』ことに成功した」
ドロシーの星の杖がまた振られる。
「ミッションは成功さ」
例え、死を回避出来なかったとしても。
「君は最善を尽くしたんだ」
罪滅ぼし活動は成功した。
「どうだい? テリー」
ドロシーが星空を見上げる。
あたしも星空を見上げた。
「こんなに素晴らしい星空を、一度目の世界で、君は見ていたかい?」
カーテンをして夜空など見ていなかった。城下町がぼろぼろで、死人も負傷者も多くて、商店街が閉鎖されて、あたしは文句を言っていた。嫌だわ。お買い物が出来ないじゃないって。
(今では、とてもそんなこと言えない)
カリンの曲がった足を見て、そんなこと言えない。
奥さんの痛めた足を見て、そんなこと言えない。
ジョージのぼろぼろになった体を見て、そんなこと言えない。
商店街の人々は大怪我を負った。腕を失い、足を失い、親を失い、子を失い、知り合いが亡くなり、店を失い、財産を失い、嘆き悲しむ人々を目の前で見て、
とても、そんなこと言えない。
「テリー」
ドロシーが微笑みながら、瞼を閉じた。
「怪我は治るさ」
あたしは思い出す。
「リオンがそう言ってただろ?」
街の人達は、悲劇に負けなかった。リオンの言葉で立ち上がった。
瓦礫を片付け、掃除をして、また飾りつけを始めて、ぼろぼろになった店の前に立派な出店のテントを組み立て、満足そうに笑っていた。
フィオナも、エミリも、パンを配ってた。瓦礫を運んでたらブライアンが手伝ってきた。掃除をしてたらエリサが使いやすい箒を持ってきた。棚を拭いてたら社長が脚立を持ってきた。暗がりを掃除してたら、サガンがランプを持ってきた。
街の人達は、あたしに微笑んだ。手を差し伸べてきた。
「ニコラ」
そう呼んで、あたしに声をかけてきた。
あたしが歩いてたら挨拶をされる。
お菓子を買ったら、カリンがおまけをしてくれる。
奥さんがチョコレートを渡してくれる。
アリスが笑って、あたしに飛びついてくる。
リトルルビィが笑って、あたしに抱きついてくる。
それを見て、商店街の人達は笑う。
たった一ヶ月の日常。
あたしという人間は、街の人達の日常の一部となっていた。
嫌われるのではなく、仲間として、受け入れられていた。
「罪滅ぼしとしては成功だ」
ドロシーは微笑む。
「この上ない成功例だ」
星空を眺める。
「悪い気分じゃないだろ? テリー」
「……確かに、悪い気分ではないわ」
あたしは街の人達から嫌われるのを回避した。
「だけど」
まだ、問題は山積みだ。
「……ドロシー」
「ん?」
「怒ってないの?」
「何を?」
「日付を間違えた」
言い訳をする。
「……わざとじゃない。本当に間違えたの」
「知ってる」
「……もう少しで、全部が水の泡になるところだったわ」
せっかく築き上げてきたメニーとの信頼関係。
「メニーなんて嫌い」
あたしは膝を抱えた。
「嫌い」
ぎゅっと、膝を抱えた。
「大嫌い」
あいつのせいで、あたしは怖い目にばかり合う。
「死ねば良かったのに」
あいつのせいで、あたしは罪滅ぼしなんてしなければいけない。
「あたしばっかり」
あたしだけが悪いの?
「あいつだって悪いじゃない」
メニーがあたしを死刑にした。
「あいつなんて大嫌い」
死刑があたしの頭にこびりつく。死にたくないとあたしは願う。だから行動する。そこに、愛が生まれることは無い。強迫観念だけが残るだけ。
星が輝かく。静かに風が吹く。林檎の木が揺れる。ドロシーが息を吐く音が聞こえた。
「……今回は、君に運が無かったとしか言えないね」
でも、
「しょうがないよ。君だって人間だ。人間って間違える生き物なんだよ。日付だって間違えるさ」
ドロシーが笑い飛ばす。
「僕は何も怒ってないよ」
あたしの肩に頭を乗せた。
「メニーだって怒ってない」
むしろ、
「テリーはよくやったよ。怖い思いをしても、どんな悪夢を見ても、君は止まらなかった」
危険を顧みず、アリーチェを先に前へ押しやり、彼女の身を救った。
死刑がよぎったとはいえ、一番にメニーを探しに行った。
「君は成長してるよ。自分の負の心と向き合いつつも、メニーを嫌いと思っていても」
君は、今回もメニーを助けた。
「大丈夫。最悪の未来への道は、どんどん遠ざかっている」
「……どうかしらね」
「回避されてるさ」
「ドロシー」
回避はされない。
「リオンが」
あたしは唾を飲みこむ。
「リオンが、覚えてるわ」
ドロシーが黙った。
「あたしの罪を覚えているのよ」
ドロシーの瞳が揺れた。
「今夜、会いに来るわ」
あたしの瞳が揺れた。
「ドロシー」
あたしは振り向いた。
「あたしは、やっぱり死刑になるの?」
そこに、ドロシーはいない。
いるのは、
鬼の子。
( ˘ω˘ )
ジャック ジャック 切り裂きジャック
切り裂きジャックを 知ってるかい?
(*'ω'*)
ステンドグラスの窓が並ぶ。
絵が描かれた窓が並ぶ。
腹部から血を流すキッドの絵。
孤独な吸血鬼のルビィの絵。
雪と氷に囲まれるニクスの絵。
哀れな泥棒のソフィアの絵。
影から現れるジャックの絵。
ギロチン刑となるあたしの絵。
「テリー・ベックス」
窓の光の逆光で、彼の顔が薄暗い。
「こんばんは」
微笑むリオンが立っている。
「会えて嬉しいよ」
指を差すように、複数の十字架があたしを差す。
「貴様に礼を言いたい」
リオンはいやらしく口角を上げる。
「よくぞ、私の記憶を取り戻してくれた。いやいや、感謝してもしきれない。これで私はこの先の未来が分かるようになった。誰の身に何が起きて、どんなことが起きるか、曖昧なところもあるが、私は覚えている」
あたしの両手は縄で縛られている。
「貴様のことも覚えているぞ。貴様が前の世界で、どんなことをしでかしたのか、どんな罪を犯したのか、貴様の一族がどんなに最低で下劣で陰湿的だったか、私は全て把握している」
両手を縛る縄が天井に固定され、あたしはぶらぶらとぶら下がる。
「悪は滅びるべきだ」
リオンが歩いてくる。
「正義は勝つべきだ」
リオンが剣を構えた。
「誠実な者が正しいのだ」
リオンが狙いを定めた。
「罪深い者には恐怖を与えるべきだ」
リオンが投げた。
あたしの両手を縛る縄が、ぶつりと切れた。
あたしの体が落ちる。
リオンが両腕を広げて、あたしの体を抱き止めた。
「でもそれって、つまり、人間全員間違えてるから死ねってことだよな」
リオンがため息を出した。
「圧倒的ブーメランじゃないか」
リオンがあたしを真っ赤なカーペットに下ろした。器用に、あたしの両手を縛った縄を解く。あたしの両手が解放される。
「ああ、僕、やっぱり病気でおかしくなってたんだろうな」
リオンは思い出す。
「全部行動がおかしかったもんな」
言葉も行動も全部が全部、
「いかれてたな」
リオンがあたしに帽子を被せた。リオンも帽子を被って、あたしの目の前に座った。
「ニコラ、よく似合ってるよ」
ダサいミックスマックスの帽子を被ったリオンが、ニカッ、と笑ってみせた。
「お菓子でも食べながら話をしよう」
ジャックがリオンの影から現れる。大量のお菓子を山のように、どさりと置いた。そしてクッキーを手に取って、もぐもぐと食べだす。
リオンもビスケットを手に取って、もぐもぐと食べだす。
あたしはチョコレートを手に取って、もぐもぐと食べだす。
「改めて、テリー」
リオンが手を差し出した。
「僕はリオン。第一王子だ」
付け足す。
「キッドがいなければね」
ビスケットを噛む。
「君も覚えてるんだろ?」
その問いに、あたしは頷く。
「そうか」
リオンが頷く。
「無理もない」
リオンが頷いた。
「あの時、すさまじい量の魔力が発動していた。影響する人間が現れないとは断言できない」
あたしはきょとんとした。
「くくっ、なんで知ってるの? って顔だね」
リオンが笑った。
「言ってるだろ? 僕は覚えてるんだよ」
ジャックがもぐもぐ口を動かす。
「君が知らないことも、僕は知っている」
リオンが抹茶のチョコレートを手に持った。
「君は気になってるはずだ。なぜ世界は一巡したのか」
教えてあげよう。
「そうだな。どこから話そうかな」
ああ、じゃあ、とりあえず、お互いの分かる人の話から。
「キッド」
キッドの話。
「キッドは確かに死んだ。間違いなく、その存在が人々に公表されることなく、キッドは死んでいった」
死んだ日に城に運ばれたことを、僕は鮮明に覚えている。家族で悲しんだことを、辛い過去として覚えている。
「僕は第一王子になった。キッドが名乗り出なかったから」
たった一人の王子様になった。
「キッドが死んでから、全てがおかしくなった」
僕の母。スノウ王妃。
「母上の心が病に侵された」
酷く後悔していた。私がもっとあの子を見ていたらと嘆いた。
「僕をキッドと呼ぶようになった」
母上は部屋から出てこなくなった。自殺した。
「父上がおかしくなった」
優しく温厚だった父上が、厳格で冷酷な人間となってしまった。
「城は閉鎖状態となった」
誰にもこの闇を明かしてはいけない。
「それでも僕は王子だ。素敵な皆の王子様」
笑顔で振るまった。
「頑張ったよ。好きなこともやりたいことも全部飲み込んで、死んだキッドを越えようとした」
けれど、
「事件は起きた」
魂が二つに割れた。ジャックとレオ。
「人格のほぼ9割、ジャックになり果てた」
僕はジャックだった。
恐怖を与えるのが大好きな王子様となった。
「悪は滅びるべきだ」
正論を並べ、悪に恐怖を与えた。
「それが気持ちよかった」
この上なく気持ちよかった。
「この国は正義によって守られた。悪人は恐怖で縛られた」
そして、この国一番の悪人が現れた。
「ベックスという名の一族」
僕のお嫁さんの美しさを妬んで、散々こき使った無礼な一族。
「最高の悪だ」
夫人は恐怖により、狂気に侵された。
長女は恐怖により、脱走した。嘘をついた。死刑となった。
次女は、
「死ぬことを恐れていた」
死刑にすることで、恐怖に陥れた。
死刑を取り消すことで、安心させた。
次の裁判に恐怖するようになった。
次で死刑か、次の次で死刑か、悩みもがくその顔がたまらない。
たまらなく気持ちよかった。
拷問のように生かし、拷問のように死刑にして、拷問のように取り消し、拷問のように生かし続けた。
「けれどね」
リオンが微笑む。
「僕も、一瞬だけ、本当に、ほんの僅かな間だけ、正気に戻ることがあったんだよ」
人格で言えば、9割がレオになる瞬間があったんだ。
「その時に、この世界の異変に気付いた」
僕の異変に気付いた。
「僕がおかしくなっていることに気付いた」
僅かな間の時だけ、僕は冷静になった。
「冷静になるその瞬間で、僕は事態を飲み込まなければいけなかった」
一体何が起きているんだと、混乱した。
この世界は、本当に僕が生きている世界なのかと、頭を悩ませた。
そして気付いた。国だけじゃない。世界が破滅へ向かっている。
「ニコラ、世界が破滅へ向かっていると気づいて、君ならどうする?」
あ、ちなみに、
「キッドはいないよ」
救世主はいない。
「だから僕は、最後の望みに賭けた」
賭け事は好きじゃないけど、もうこれしかなかった。
「そう。まだ希望は残されていたんだ。たった一つだけ」
魔法使い。
「ニコラ、メニーの友人関係を知ってるか?」
いるんだよ。
いたんだよ。
「最後の希望」
ドロシーがリオンの横に座っていた。金平糖をもぐもぐ食べている。
「僕が頼んだんだ」
この緑の魔法使いに。
「世界のやり直しを」
世界の一巡を。
「とても危険なことだ」
ドロシーは金平糖を噛み砕く。
「だって、気づかれたらこの大魔法は阻止されてしまうから」
気付かれたら、邪魔されていたんだ。
「ウリンダ」
いいや。
「オズ」
紫の魔法使い。
「僕に飴を渡した魔法使い」
呪いの飴を配った魔法使い。
「彼女は、この世界を憎んでいる」
「彼女は、この世界を破壊する」
「彼女の祈りは、人間を壊すこと」
彼女は恨んでいる。人間を酷く恨んでいる。
「ニコラ、神話を覚えているかい? ちょうどいい。お兄ちゃんとおさらいをしよう。国が国となる前、国の王様が王になる前、この世界は絶望に包まれていた。偉大な魔法使いのオズが世界を支配していたから。世界はオズの魔力によって呪われていた。それを、一人の救世主が救い出した」
え? 女神アメリアヌ?
「彼女は女神じゃない。魔法使いだ」
白の魔法使い。
「女神というのは、まあ、彼女を見た人間が、そう思って勝手に言い出したのが言い伝えになったんだろ」
オズは絶望をもたらした。彼女に抗える者はいなかった。
「しかし、救世主が現れたことによって、世界は救われた」
救世主と共に世界を救った王は、この国の王となった。
「遠い、遠い、僕らのご先祖様」
世界を救ったご先祖様。
「教科書に載ってるよ。キングって言うんだ。『王』っていう名前だなんて、生まれ持っての王様だよな。くくっ。しびれる」
救世主は仲間を連れて、オズを説得しようとした。
「しかし、説得は出来なかった。魔法で襲い掛かってきたオズを、救世主は封印することにした」
その際に、オズの魔力が地に落ちた。その魔力に芽が出た。それを見た人々は悟った。この花が咲く時、オズは目覚めると。
「その花の名は」
テリー。
「テリーが咲く時、オズは目覚める」
魔法使い達は見張った。
王は寿命で死んだ。
魔法使い達は見張った。
人間を見張った。
オズを見張った。
そのうち、記憶が薄れていった。
魔法使いは忘れていった。
人間達は忘れていった。
王家は忘れていった。
悲劇を忘れていった。
記憶は、忘れられた。
長い年月が過ぎ、テリーの花は、いつの間にか咲いていた。
「オズは既に目覚めている」
いつからか、おかしな人間が出始めた。
いつからか、変な殺人事件が多くなった。
いつからか、不審者が多くなった。
いつからか、変死体が多くなった。
「ニコラ、キッドはなぜ死んだと思う?」
見つけてしまったんだ。
「爺様の研究さ」
たった一人だけいたんだ。皆が忘れた中で、初代の王の研究を受け継いでいた人物が、中毒者の研究をしていた僕らの爺様が、一人だけいたんだ。
キッドはそれを見つけた。
「キッドが爺様と部屋に引きこもって、しばらく出てこなかった時があった。多分、その時に聞いたんだろうさ。中毒者のこと。呪いのこと。魔法に打ち勝つ方法」
キッドは喜んだことだろう。誰も手に入れられない情報を手に入れ、誰も知らない方法で手柄を取って、自分が夢見ている王になれると思ったことだろう。
だってその証拠に、あいつは爺様をなんて呼んでいたと思う?
「魔法使い」
魔法使いだと呼んで、敬って、目をきらきらさせて、爺様についていった。
「そして爺様が死んだ」
その翌日、
「キッドが城下町に行きたいと言い出した」
にこにこして、軽い口調で、いつものように言っていた。城下町で暮らすと。キッドの大好きだった爺様は死んだのに。わくわくしていた。けろっとしていた。不気味なほど笑っていた。
「そして、研究はキッドによって続けられた」
ねえ、君がオズだったらどう思う?
「キッドはオズにとって、唯一の天敵だ」
キッドは、救世主と共に旅をし、自分を封印した一人の子孫。血の生き残り。消さないと自分が消される。今度は封印だけじゃ済まないかもしれない。だって、キッドは自分の野望のためなら、全くの容赦がない人間だから。
「だったらどうする」
力の無いうちに、キッドがまだ右も左も分かってないうちに、
「殺す」
飴を駆使して、殺す。
呪った人間を利用して、活用して、殺す。
キッドが死ねば、全てを忘れた世界はオズの思うがままになる。
「キッドは死んだ」
殺された。
「オズに殺された」
だからキッドがいなくなった時点で、世界の破滅は確定してしまった。
「絶望したよ。気づいた時にはキッドは死んでいて、外は中毒者で埋め尽くされ、僕も中毒者となっていた」
だからこそ、やり直さなければいけなかった。
「この魔法をやるために、魔法使い達は僕に条件を出した」
オズに気付かれてはいけない。
「気づかれないためには、どうしたらいいと思う?」
騙すんだ。
「味方も敵も騙すんだ。僕が中毒者として、ジャックとして、恐怖を与える人間になっていると思わせるんだ」
そして、僕が最高に恐怖を与えたい人間に恐怖を与える日に、それを実行すれば、
「成功する可能性があった」
だから、必要だったんだ。
「その可能性に全てを賭けた」
僕は確定した。
「死刑を」
対象は、
「そうだよ。テリー。君の死刑は、そのために必要だったんだ」
最悪の悪人がギロチン刑で処される日。多くの人々が見に来た。皆が感動した。皆が歓喜した。皆が狂喜した。狂ったように喜び、狂ったように叫び、楽しみ、浮かれた。いかれた正義が貫かれると皆が飛び跳ねて喜んだ。祝った。まるで祭だ。人が死ぬのに、めでたいと言って喜ぶんだ。
「オズも油断したことだろうね」
僕はジャックになっていた。
「君を殺す日は、皆が浮かれていたから」
オズもさぞ喜んでいたことだろう。
「人々の愚かな行動に、笑っていたことだろう」
だけど、
「君の死刑が実行されたその瞬間」
世界は、一巡した。
「再び、世界は始まった」
救世主が現れ、オズが封印され、テリーの花が咲き、オズは目覚め、研究は続けられ、キッドが現れた。記憶を取り戻したオズは再びキッドを殺そうとしたことだろう。
「だけど、キッドは生きている」
異変が起きた。
「キッドを助ける人物が現れたんだ」
それは魔法使いじゃない。
「ただの人間だ」
頭の片隅に記憶を残していた、ただの人間。
「魔法だ」
キッドは生きている。
「世界を一巡した救済の魔法はキッドにかけられた。魔法にかかったキッドは守られた」
キッドを守る魔法は、様々な影響を与えた。
「君の記憶を残した」
キッドは婚約者を見つけた。
「キッドは助かった」
それだけじゃない。
「ルビィ・ピープルが助かった」
「ソフィア・コートニーが助かった」
「僕が助かった」
キッドは中毒者事件を追い続ける。
「オズは困っているだろうね。キッドが死なないから。死ぬ隙を与えないから」
それに今は、目障りなのはキッドだけじゃない。
「ルビィ・ピープルがいて、ソフィア・コートニーがいて、僕がいる」
もはや、邪魔者はキッド一人では無くなった。
「僕の目的は、世界の破滅を止めること」
オズの目的を阻止すること。
「やっと思い出せた」
リオンがため息をついた。
「僕の罪を」
くく、と笑う。
「僕は謝っていただろ?」
君を利用したと。
「そうさ。利用したのさ」
君を見せ物にすることによって、オズの注意を逸らした。
「これが私の罪だ」
「これが私の真実だ」
「これが貴様が死刑になった理由だ」
どうだ。
「憎いか?」
リオンが微笑む。
「私を恨むか?」
リオンが微笑む。
「テリー・ベックス」
リオンが訊いた。
「私を許せるか?」
0
お気に入りに追加
361
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
学園の美人三姉妹に告白して断られたけど、わたしが義妹になったら溺愛してくるようになった
白藍まこと
恋愛
主人公の花野明莉は、学園のアイドル 月森三姉妹を崇拝していた。
クールな長女の月森千夜、おっとり系な二女の月森日和、ポジティブ三女の月森華凛。
明莉は遠くからその姿を見守ることが出来れば満足だった。
しかし、その情熱を恋愛感情と捉えられたクラスメイトによって、明莉は月森三姉妹に告白を強いられてしまう。結果フラれて、クラスの居場所すらも失うことに。
そんな絶望に拍車をかけるように、親の再婚により明莉は月森三姉妹と一つ屋根の下で暮らす事になってしまう。義妹としてスタートした新生活は最悪な展開になると思われたが、徐々に明莉は三姉妹との距離を縮めていく。
三姉妹に溺愛されていく共同生活が始まろうとしていた。
※他サイトでも掲載中です。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる