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五章:おかしの国のハイ・ジャック(後編)

第15話 10月29日(4)

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 ――空気が、酷く冷たくなった。









「あは?」

 ダイアンがきょろりと見回した。

「はは?」
「ケケ」

 お化けが笑った。

「ケケケ」

 お化けが近づいた。

「ジャック ジャック 切リ裂キジャック」

 お化けが歌った。

「切リ裂キジャックヲ知ッテルカイ?」
「うん?」

 ダイアンが振り向く。お化けが立っている。

「ジャック ジャック 切り裂きジャック」

 誰かが歌った。

「切り裂きジャックを知ってるかい?」
「うん?」

 ダイアンが振り向く。誰かが立っている。
 お化けが歌う。

「ジャックハオ菓子ガダァイスキ! ハロウィンノ夜ニ現レル」

 誰かが歌う。

「ジャックは恐怖がだぁいすき。子供に悪夢を植え付ける」

 お化けが歌う。

「回避ハ出来ルヨ! ヨク聞イテ」

 誰かが歌う。

「ジャックを探せ。見つけ出せ」

 お化けが歌う。

「ジャックハ皆にコウ言ウヨ。オ菓子ヲクレナキャイタズラスルゾ!」

 誰かが歌う。

「ジャックは皆にこう言うよ」

 お化けが止まった。誰かが止まった。ダイアンがきょろきょろ首を回す。二人に回す。

「何?」

 ダイアンが首を傾げる。

「何を言うの?」

 二人が声を揃えた。

「「トリック・オア・トリート!」」

 お化けが言った。

「オ菓子チョウダイ!」
「お菓子?」
「そうだよ。お菓子」

 誰かがいやらしく笑った。

「お菓子をちょうだい」
「冒険にお菓子は不要さ!」
「無イノ?」
「不要さ!」
「無いんだな?」
「不要さ!!」
「「ははっ」」

 二人が笑った。

「無いんだって」
「悪戯シナキャ」
「ジャックは恐怖が大好きなんだ」
「植エ付ケヨウ」

 ジャックが笑った。

「沢山植エ付ケヨウ」

 ジャックがダイアンを切り裂いた。

「え」

 ダイアンが切り刻まれた。

「痛い」

 ダイアンが体を押さえた。

「何するんだ!」

 ジャックが切り裂いた。

「痛い! やめろよ!」

 ジャックが切り裂いた。

「やめろよ!!」

 ジャックがダイアンを切り裂いた。

「痛い! やめろよ! 痛いよ! やめろ!!」

 ジャックがダイアンを切り裂いた。

「痛い! 痛い! 痛い! 痛い!!」

 ダイアンが逃げた。

「やめろ! 痛いのは嫌だ!」

 銃で足を撃たれた。

「ひゃっ!」

 ダイアンが足を押さえた。

「ひいいいいい!」
「駄目じゃないか」

 キッドが微笑んだ。

「ボールはじっとしてないと」
「へ」

 ジャックによって、ダイアンの首が切り裂かれた。

「ぎゃあ!」
「はは!」

 キッドがダイアンの頭を蹴った。

「パス!」
「あああああああああああああああ!!!」

 ダイアンの頭がころころ転がった。レオが足で受け止めた。

「パス!」
「あああああああああああああああ!!!」

 ダイアンの頭がころころ転がった。ジャックがスパイクの足で受け止めた。

「ン」
「いたあああああああああああい!!!!」
「パス」

 ダイアンの頭がころころ転がった。アリスが足で受け止めた。

「アリス!」
「兄さん!」
「助けて! 助けてくれ!」
「ボールは黙ってるものよ?」

 アリスが優しく微笑んだ。ダイアンが絶望した。

「パス!」
「あああああああああああああああ!!!」

 ダイアンの頭がころころ転がった。リトルルビィが足で受け止めた。

「パス!」
「あああああああああああああああ!!!」

 ダイアンの頭がころころ転がった。ソフィアが足で受け止めた。

「くすす! パス!」
「あああああああああああああああ!!!」

 ダイアンの頭がころころ転がった。キッドが足を上げる。

「シュート!!」
「あああああああああああああああ!!!」

 ころころころころころと、ジャックが草を刈る方向へ転がっていく。

「あ」

 ダイアンの頭が、ジャックが持ってた鎌によって切り裂かれた。

「ぎゃあ! ぎゃあ! ぎゃあ! ぎゃあ! ぎゃあ! ぎゃあ! ぎゃあ! ぎゃあ!」

 ジャックがダイアンの頭を持ち上げ、ぽいと投げた。

「ひえっ」

 ダイアンの頭がイルミネーションに囲まれる。

「あああああああああ、あああああああああああああああああああああ!!!」

 ダイアンが叫ぶ。

「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 メニーがスイッチを押した。

「やめええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!」

 イルミネーションが爆発した。クラッカーのように星がきらきら飛び出した。流れ星が大群で流れる。その流れ星にドロシーが乗り、指をダイアンに差した。

「標的! ターゲット! ロックオン!」

 ドロシーが流れ星と一緒に降ってきた。

「奴の首をはねよーーーー!!」
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 流れ星がダイアンに突っ込んだ。ダイアンが星と地面に挟まれた。

「あん」

 ダイアンが潰れた。潰れたダイアンから芽が出てきて、巨大な星の木が育つ。アリスが不思議そうな顔をして、不思議な木に近付く。煙草を吸った芋虫が木の前を通る。時計を持った兎が慌てふためいて木の前を通る。

「はあ、もうこんな時間! 大変だ大変だ!間に合わないよ! 早くしないと! はあ! なんてこった! 大変だ!」

 兎が走った道から変なキノコが生え出す。アリスはそれを眺める。音がする。影が見えた。アリスが振り向き、はっとした。

「あ」

 アリスがすぐさま駆け出す。

「ジャック」

 アリスが叫んだ。

「ジャック!!」
「アリーチェ!」

 ジャックがアリスに駆け出す。

「ジャック!」
「アリーチェ!」

 二人が星の木の下で再会する。

「あはははははは!」

 アリスとジャックが笑い合う。

「ジャック! ジャック!」
「アリーチェ! アリーチェ!」

 手を握り合う。

「また会えたわね!」
「アリーチェ、会イタカッタ」
「ジャック」
「サヨナラヲ言イニ来タンダ」
「何言ってるのよ。ジャック」
「モウ会エナインダ」
「会えるわよ」
「モウ、アリーチェニ、悪夢ヲ見セラレナインダ」
「来年の10月に、また会えるわよ」

 アリスはジャックに微笑む。

「あと35回会えるわ。私、あと35回、10月を過ごすのよ!」
「アリーチェ」
「ジャック、ありがとう。ジャックの悪夢、私は大好き」
「アリーチェ、オイラモ、アリーチェガ好キ」
「大好きよ。ジャック」
「アリーチェ」
「私、絶対ジャックのこと忘れない」
「アリーチェ」
「私を助けてくれてありがとう」
「アリーチェ」
「守ってくれてありがとう」
「アリーチェ」
「とてもおかしな夢だったわ。貴方はとても優しくて、おかしなお化けね。いかれた私に、いかれた悪夢を見せてくれるなんて」
「アリーチェ」
「いかれたジャック。おかしなジャック。私は忘れない。だから、また来年会いましょう。大丈夫よ。35回、必ず会えるから」
「アリス」
「ジャック」

 アリスとジャックの手が離れる。

「ありがとう。私の中の、不思議なお化けさん」

 アリスが手を伸ばしたまま、ジャックを見つめる。

「貴方は私の夢の世界。不思議の国」

 アリスが手を振る。

「貴方を決して忘れはしない。不思議の国の、私の夢」

 アリスが手を振る。

「私の悪夢」

 消えていく。ジャックが消えていく。星となって消えていく。

「また、来年会いましょう!! ジャック!」

 アリスが笑顔で叫ぶ。

「ジャックーーーーーーー!!!」

 大きく手を振る。ジャックが微笑む。安心したようにジャックが微笑み、瞼を閉じた。ジャックがきらきら光る。悪夢はきらきら輝く。輝き尽きた悪夢はレオの中へ入っていく。リオンになる。リオンが歩く。てくてく歩く。

「ニコラ」

 血だらけで倒れるあたしの肩を抱く。

「ニコラ」

 あたしは瞼を上げる。ぼやける視界を見つめる。

「テリー」

 リオンが優しく、あたしに微笑む。

「怖かったね。もう大丈夫」

 リオンがあたしの手を握る。

「お兄ちゃんが助けに来た」

 リオンが優しい笑みを浮かべる。あたしを見つめる。
 あたしはリオンを見つめる。ぼうっと見惚れる。
 そのかっこいい姿に、見惚れる。

「リオン」

 手を握り返す。

「リオン」

 温かい手を握る。

「リオン」
「テリー」

 見つめ合えば、

「わーーーーーーーーーーーい!!!!」

 無邪気な声。

「サッカーボールだあああああああああああ!!!」

 キッドが足を振り上げる。リオンを蹴っ飛ばす。

「ふぎゃっ!!!」

 リオンが吹っ飛ぶ。キッドが座り、あたしの肩を抱いて、あたしの手を握って、飛んでいったリオンのようにうっとりとあたしを見つめた。

「テリー、俺が助けに来てあげたよ。もう何も心配ないからね」
「……」
「そんなに見つめてくるなんて、よっぽど怖かったんだな。もう大丈夫。俺がずっとお前の傍にいるよ」
「うぉるぁああああああ!!!」

 リオンが起き上がった。

「キッド! お前! 僕が! せっかく夢の中に連れ込んでやったのに!」
「そうだよ。今回の騒動の元凶を突き止めるために、お前に手を貸してやったんだ。え? 何? それともさ、お前、一人で出来ただなんて言わないよな? おい」
「畜生!」

 リオンが地団太を踏んだ。

「覚えてろよ! お前覚えてろよ! 本当に覚えてろよ! 僕だって本気出せば、すごいんだぞ! 本気出せば!!」
「あんな奴なんか放っといて、テリー」

 キッドがあたしを見下ろした。

「これは悪夢だ。お前の悪夢。目を覚ませば、お前は現実に戻れる」
「……ん」
「今は痛いかもしれない。でも、大丈夫。現実は痛くないから」

 キッドがあたしの手を優しく握る。

「ねえ、テリー、起きて」
「……そう言われてもね」
「くくっ。起きれない?」
「痛いのよ。全部」
「痛くないよ」
「夢は痛みで起きるのよ。こんなに痛いのに、全く起きない。どうやって夢から覚めろって言うの?」
「簡単だ」

 キッドが顔を近づけた。

「ロマンチックに起きよう」
「何」
「プリンセス」

 キッドが微笑む。

「呪いの夢から目覚めてください」

 そして、

「その愛おしい目を、私だけに」

 キッドが瞼を閉じる。あたしはぼうっとする。
 キッドがあたしに唇を重ねた。あたしの目が見開かれる。

 魔法が解ける。
 巨大な木が輝いた。
 アリスが目を覆った。
 きらきらお菓子が光った。
 世界が光り輝く。


 悪夢が、崩れた。










( ˘ω˘ )




 悪夢は終わる。
 切り裂きジャックはアリスに微笑む。
 切り裂きジャックはきらきら光った。

「サヨナラ」

 切り裂きジャックは手を振った。

「マタ来年」

 言葉と共に、きらきら光って消えていった。





(*'ω'*)











 あたしの瞼が上がった。見えたのは、目を閉じたアリスとリトルルビィの顔。

(ん?)

 アリスが瞼を上げた。

(あ)

 アリスが眠たそうにあたしを見た。

「ん」

 アリスが焦点を合わせた。

「ニコラ」

 アリスが微笑んだ。

「ニコラ」

 アリスが涙を浮かべた。

「もう大丈夫」

 アリスがあたしを抱きしめた。

「もう大丈夫……!」

 リトルルビィが目を覚ました。

「ん」

 メニーが目を覚ました。

「……」
「にゃあ」

 ドロシーがぼんやりするメニーの膝の上でごろごろした。

「……どうなってるの」

 あたしはアリスの肩を叩いて起き上がる。

(……起き上がれる)

 手足がきちんとついている。目の前の光景を見る。商店街はボロボロだった。爆発は本当に起きた。負傷者が多く出た。死人も出た。だが、違うのは、悲鳴をあげるダイアンが大人達に押さえられていたこと。

「お前! よくもニコラを人質に!」
「うううううううううう! サッカーボールは嫌だああああ!!」
「この野郎!!」
「よくも俺達の町を!!」

 ダイアンが地面に押さえられる。恐怖に怯えたダイアンが狂ったように悲鳴をあげた。風が吹く。商店街も、城下町全体も、被害は酷いものだった。イルミネーションは壊れ、建物にはひびが入り、至る所から煙が立っている。

 でも、その代わりに、

「見て。ニコラ」

 アリスが顔を上げた。

「雨が止んだ」

 光が雲の合間から顔を見せた。

「まるで、悪夢が終わったみたい」

 人々が見上げる。ダイアンが見上げる。奥さんと社長が見上げる。リトルルビィが見上げる。メニーが見上げる。あたしも見上げる。雲から覗く光の筋を見つめる。雲がゆっくりと動いていく。光が差される。太陽が見える。

 美しい空が広がる。

 アリスが指を差した。

「ニコラ、虹が出てる!」

 七色の虹が空に現れる。

「綺麗。なんて綺麗なの」

 嬉しそうに微笑み、あたしの手を握る。

「10月も悪いもんじゃないわね! ふふっ!」
「アリス」

 あたしが呼ぶと、アリスがきょとんとする。

「ん? 何?」
「何があったか、教えてくれない?」
「あのね」

 ぼんやりしたリトルルビィが、横から声を出した。

「リオン様が来たの」
「え?」
「ほら」

 リトルルビィが指を差す。そこにいつもの制服姿のリオンが立っていた。リオンがボロボロになった街を見て、ふわぁ、と、欠伸をした。アリスが続きを話す。

「……ダイアン兄さんが急にニコラを拘束したの」
「……え?」
「兄さんがニコラをナイフで刺そうとしたのよ。その時に、リオン様が……」

 後ろから、ダイアンに飛び掛かった。

「最初、誰もリオン様だって気づかなかったのよ。だって、制服着てるんだもん。普通の男の子が、ニコラを助けたのかと思ったら、リオン様だったの」

 アリスがクスクス笑った。

「すごいわね。王子様って」

 横でリトルルビィが大きく欠伸をした。

「ふわああああ」
「欠伸だなんて、呑気だね。リトルルビィ」

 くすす、と笑ったソフィアがリトルルビィの横にしゃがむ。アリスがぎょっと目を見開き、瞳をハートにさせた。

「はっ! コートニーさん……!」
「くすす、どうも」

 ソフィアがあたしの顔を覗き込んだ。

「ニコラちゃん、気分は?」
「……体が痛いです。司書さん」
「痛みを感じるということは、大怪我はないみたい。くすす。良かった」

 リトルルビィが横から、ひそりと、あたしに耳打ちした。

「あの人が暴走したこと、ソフィアの催眠で無かったことにしてるから大丈夫。誰も覚えてない」

 リトルルビィが付け足す。

「アリスも」

 リトルルビィがあたしの耳から離れる。アリスを見る。アリスと目が合う。アリスが微笑む。

「ニコラ、メニーは良いの?」
「……」
「行ってあげなさいよ。泣くほど心配してたんでしょ」

 アリスが指を差す。振り向く。メニーがいる。ドロシーが頭をぐりぐりさせている。ぼんやりと空を見上げて、虹を眺めるメニーがドロシーの頭を撫でた。

「……メニー」

 立ち上がる。ソフィアがあたしの背中を見る。リトルルビィも見る。アリスも微笑んで見守る。あたしはふらふらと、メニーに歩み寄る。メニーがあたしを見上げた。

「……お姉ちゃん」

 メニーが力なく微笑んで、あたしに腕を伸ばした。あたしは目の前に座る。あたしの手にメニーが手を重ねてきた。

「怪我は?」
「あんたは?」
「大丈夫」

 メニーが微笑む。

「お姉ちゃんが守ってくれたから」

 メニーがあたしの手を握った。

「迎えに来てくれたから」

 微笑んで、あたしを見つめる。

「ありがとう」
「……」
「あれ……。……お姉ちゃん、ここ切れてるよ」

 メニーがそっと、あたしの額に触れた。ちくりと痛みが走る。あたしは顔をしかめた。

「……痛い」
「……ごめん」

 メニーが手を離す。

「この後、ここにお医者さんが来てくれるんだって。診てもらったら?」
「……そうする」
「にゃあ」

 ドロシーがメニーの膝の上からあたしを見上げた。あたしはドロシーを見下ろす。ドロシーと目が合う。

「……ドロシー」

 ドロシーの頭に手を置いた。

「ありがとう。助かったわ」
「にゃあ」

 ドロシーが鳴いて、尻尾を揺らした。メニーが不思議そうな顔であたしを見る。あたしはふう、と息を吐いた。

(……終わった)

 惨劇が終わった。

(……助かった)

 皆ぼろぼろだけど、

(……ちゃんと、あたしは生きてる……)

 ようやく落ち着いた空気に、安堵の息を、ふう、と吐きだせば、うなだれる声が響いた。

「……どうしたらいい……」

 メニーとあたしが声の方向に顔を向けた。商店街の人々が、ぼろぼろになった商店街を、呆然と見つめていた。

「……店が燃えちまった」
「建物もぼろぼろだ……」
「祭は明後日だぞ……?」
「中止だろ。これは……」
「従業員が怪我をした。安静にさせたい」
「祭どころじゃない」
「もう無理だろ」
「王様の発案とはいえ、祭は……」
「……」

 皆が黙る。楽しかった祭は悪夢と共に消え去った。
 皆が黙る。ぼろぼろの商店街を見て黙る。
 絶望の目で見つめる。

「無理?」

 一人、リオンが声を発した。

「何が無理なんだ?」

 リオン一人が、声を発した。

「座ってるから、そんな言葉が出るんだ」

 リオンが叫んだ。

「皆さん、立って!」

 リオンが怒鳴った。

「私こそ、第一王子、リオン・ミスティン・イル・ジ・オースティン・サミュエル・ロード・ウィリアム。皆さん、今こそ団結して、街を復興させます。祭は二日後! ほら、立って!」

 商店街の人々が、リオンを見る。

「そんな顔しないで! 僕がいるからもう大丈夫です! 皆さん、この僕がいます。立ってください!」

 リオンが一人の肩を叩いた。

「ほら、立って!」

 リオンが背中を叩いた。

「立つんだ!」

 誰も立たない。リオンが動き出す。男女関係なく体を叩く。叩かれた人は王子を見上げる。

「さあ、もう大丈夫!」

 子供や、老人や、大人関係なく、体を叩く。

「僕も手伝うから、皆、立って!!」
「でも」
「ほら、どうした! 男だろ! 立つんだ!」
「ぐす……ぐす……」
「何を泣いているの。レディ。怪我は治るさ!」
「殿下、爆発で死んだ人もいますわ……」
「亡くなった方への配慮もする。大丈夫。僕に任せてください」

 リオンが手を叩いた。

「さぁ! 祭の準備だ! 10月の悪夢は終わった。祝え! 祝うんだ!! 笑え! 笑うんだ!!」

 リオンが怒鳴った。

「どうした! 早く! 動ける人は今すぐに動くんだ! 父上を悲しませるなら僕が許さない! 悪夢のせいにするなら怒ってやる!」

 リオンが笑った。

「さ、何からやろうか? さあ、言って! 指示を! 僕は瓦礫もレンガも喜んで運びますよ!」
「殿下だけに良い顔はさせません」
「その通りだ!!」

 ヘンゼが立つ。
 グレタが立つ。

「我々も手伝いますよ」
「さあ、祭の準備だ!」
「人ではいる。兵士を使うといい」
「警察もいる!」
「さあ、指揮者は誰だ?」
「指示を!」
「とりあえずは片付けだな」

 リオンが商店街を見た。

「瓦礫を運んで、街の掃除だ。爆弾が残ってないか、ヘンゼ、率先して探すんだ」
「御意!」
「町の人達と安全に片づけを。グレタ。指揮を頼む」
「御意!!」
「この商店街の役員は?」

 サガンが立った。

「……私です」
「サガン・ティー・マァチさんですね」
「はい」
「では、動けそうな人に指示を。まずは片付けからです」
「はい」
「無理のない程度に、手分けしてやりましょう」
「分かりました」
「時間はあります。大丈夫。ここにいる皆で手分けしてやれば、必ず間に合います。まだ二日あるんですから!」

 リオンが手を叩いた。

「さ! そんなわけだ! さっさと始めよう!」

 片付けからだ!

「瓦礫とレンガを退けるんだ。無理せず、怪我のないように!」

 ああ、それと、

「爆発してないイルミネーションには、近づかないように!」

 さあ、

「始めよう!!」

 リオンがもう一度手を叩いた。その音を聞いて、人々が黙った。
 全員、リオンを見た。
 リオンに視線が刺さる。
 リオンがぱちりと瞬きをして、


「立って」



 リオンは笑う。にかりと、笑った。



 ふと、一人が立ち上がる。



 ふと、もう一人も立ち上がる。


 腕を怪我した男性も立ち上がる。

 足を怪我した夫人も立ち上がる。

 立ち上がる。
 立ち上がる。
 人々が立ち上がる。
 社長が奥さんを腕に抱えて立ち上がる。ジョージがふらふらしながらも立ち上がる。足を木の板で固定したカリンが座ったまま顔を上げた。ソフィアが立ち上がる。リトルルビィが立ち上がる。アリスが立ち上がる。商店街の人々が、働く人も、客も、子供達も、関係なく立ち上がる。

 メニーがあたしの手を握った。

「お姉ちゃん」

 メニーが立ち上がる。

「ん」

 あたしは頷いて、ぐっと、腰を持ち上げる。立ち上がる。

「さあ! やるぞ!」

 リオンが叫んだ。

「ハロウィン祭は、目の前だ!」


 本格的に、祭の準備が始まる。





















 一人、ドロシーが空を飛んでいた。

「……」

 見下ろすと、ぼろぼろになった城下町がよく見える。
 リオンが立て直す。人々が希望に立ち上がる。
 ドロシーが辺りを見回し、虹を見つめる。

「……」

 ドロシーが息を吸い、――唄った。


 オズの魔法使いに会いに行こう。
 オズは誰だい。魔法使いさ。
 偉大な魔法使いオズ。
 オズは何でも出来るよ。
 呪いをかけることも。
 人を助けることも。
 オズの魔法使いに会いに行こう。


「お前か」

 ドロシーが呟いた。

「全部、お前の仕業か」

 ドロシーが睨んだ。

「どこだい。オズ。隠れんぼはいい加減に飽きたよ」

 もういいかい?

「見つけてやる」

 もういいかい? オズ。

「もういいかい?」











「もぉーいーよー」

 そんな声が、かすかに響く。

「もぉーいーよー」

 誰の耳にも届かない声が響く。

「探せるもんなら、もぉーいーよー」

 歌声が、笑った。

「んふふふふふふ!」

 紫色の瞳が、睨んだ。

「野良猫が。探せるもんなら探せばいいさ。……さて、見つけられるかな?」

 んふ。

「んふふふふふふ!!」



 紫の魔法使いが、消えた。


 
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