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五章:おかしの国のハイ・ジャック(後編)
第2話 10月17日(5)
しおりを挟む18時30分。家。
「入って」
メニーが頷いて、中に入り、扉を閉める。きょろきょろと家の中を見回し、あたしの手を握る。廊下を歩き、リビングへの扉を開けて、口を開く。
「ただいま。じいじ」
「うむ」
キッチンからエプロンをしたじいじが出てくる。メニーがじいじを見て、きょとんとして、瞬きして、あたしの背に隠れた。
「……」
「メニー、会ったことあるでしょう? ビリーよ。キッドの付き人の」
「……」
メニーがあたしの背から出てきて、ドレスをつまみ、ビリーにお辞儀をする。
「……お久しぶりです。ビリーさん」
「こんばんは。メニー殿。お久しぶりです」
「……夜遅くにご迷惑をおかけしてしまい、すみません」
「とんでもない。くつろいでおくれ」
じいじがメニーに微笑み、ある方向を手で差す。
「疲れただろう。先に風呂に入っておいで」
「……」
メニーがあたしを見る。あたしはメニーに顔を向ける。
「……着替え何でもいい?」
「うん」
「こっち来なさい」
メニーを連れて階段を上る。二階に上がり、廊下を渡り、あたしの使ってる部屋の扉を開ける。コンパクトな部屋に、メニーがきょろきょろとまた部屋を見回す。
「……お姉ちゃん」
「ん?」
「ここって、キッドさんの家?」
「そうよ」
メニーが表情を曇らせた。
「……だから話逸らしたんだ」
「勘違いしないで。帰ってくると思わなかったのよ。キッドが帰ってこない間だけ、いるつもりだったの。……そしたら帰ってきたのよ。今月に限って」
「それから一緒に住んでるの?」
「……毎日じゃないわ。城での仕事もあるみたいだから、帰ってこない日もある」
「よく許可してもらえたね」
「スノウ様の提案なのよ」
「スノウ様? お姉ちゃん、スノウ様と知り合いだったの?」
「……ん」
あたしはクローゼットを開き、その中からメニーでも着れそうな服を選ぶ。
「去年、キッドが王子って名乗る前に会って、ただのキッドのお母様だと思って、普通に会話してた」
「……ドレスも着てなかったら、王妃様だなんて気づかないよね……」
「綺麗な人だとは思ったけど、王妃様とは思わないわよ……」
でも、確かに変人だとは思った。だって、いっぱい質問攻めしてくるんだもの。
「メニー。ネグリジェじゃなくても我慢できる?」
「うん。平気」
「今夜はこれ着て」
パーカーとパンツをメニーに渡す。メニーが受け取る。
「ん」
「お風呂場でスリッパに履き替えて」
「うん」
「下着はこっち。このサイズ入るでしょ?」
「あ、このかぼちゃぱんつ可愛い」
「スノウ様に買ってもらったものだから、大切にするのよ」
「……私、これ穿いて大丈夫?」
「大丈夫」
部屋から出て、また一階に下りて、脱衣所に連れて行く。
「はい。ここね。お湯の出し方分かる?」
メニーが浴室に入り、覗いて、あたしに振り向いた。
「うん。大丈夫そう」
「タオルはこれ」
「分かった」
「分からなかったら呼んで」
「はい」
「うん。じゃ、閉めるわよ」
「うん」
扉を閉めて、はあ、と一息。
「……じいじ」
キッチンに歩きながらじいじに声をかける。
「……迷惑じゃなかった?」
「あの子なら構わないさ」
――断ってくれて良かったのに。
「……今日のご飯は何?」
「多めに作っておいたよ。ビーフシチューじゃ」
「そう。……キッドは?」
「連絡が来ていない。分からん」
「こういう時に連絡を寄こしてほしいものね。ほらね、じいじ、あたしの方がいい子だわ」
「ふふっ。そうじゃのう」
じいじが笑い、鍋を温める。その鍋をじっと見つめる。
「……キッドがここにリオンを連れてきたことはある?」
「引っ越してからはないのう」
「前はあったの?」
「ああ。キッドの誕生日に来ていたよ」
「……いつの?」
「お前が帰る時間帯に。鉢合わせしないようにな」
ビリーがおたまをゆっくりと回した。
「キッドの15歳の誕生日じゃったかのう。たまたま、リオンが早く来たんじゃ」
「……15歳の誕生日?」
あたしは思い出す。
「それなら、あたしもいたわ」
「ああ。そうだったな」
「……でも、会ってない」
「それはそうだろう」
じいじが頷いた。
「お前はキッドの部屋から逃げ出して、一階に下りたと思ったら、家の窓から出て行ったではないか」
「……」
「ちょうどそのタイミングでリオンが来ていたんだ」
「……貴方、キッドの部屋まで来てた」
「ああ」
「……お客様だって言ってた」
「ああ」
「……リオンだったのね」
「ああ。……テリーや、皿を並べてくれ」
「ええ」
「メニーは好き嫌いはないかい?」
「人参嫌い」
「アレルギーか?」
「ただ嫌いなだけ」
「分かった。少なめにしておこう」
「じいじ、甘やかさないで。こういう時に厳しくするのよ」
「トラブルがあったのだろう。今日くらい許してあげなさい」
「……ふん」
(皆、メニーには甘いのね)
鼻を鳴らし、キッチン台で手を洗ってから皿を並べ始める。
「飲み物は?」
「牛乳」
「分かった」
「お皿、三人分でいい?」
「ああ」
三人分の皿を並べる。
「メニーが上がってきたらご飯にしよう」
「賛成。お腹すいた」
「仕事はどうだった?」
「朝は忙しかった。猛烈に疲れた」
「座ってなさい」
「ラジオ付けていい?」
「ああ」
ラジオをつけて、ソファーに座る。愉快な会話がラジオから流れる。
『さあ、迷える子羊の皆! ご機嫌はいかがかな? 今夜もオールナイト国家では素敵な話題が盛りだくさん! MCは、切り裂きジャックに憧れてるけど悪夢は見たくない! どうも。ハロルドです。いやあ、最近はハロウィンの話題で持ちきりだね!』
(……ああ、今、始まったみたい。ここのチャンネルでいいや)
『お菓子はどうですか? 皆、準備しているかい? 枕に置いておかないとジャックが来てしまうよ! このハロルドも、枕元にクッキーを置いてるんだ。ラジオ局の近くにある美味しいお菓子屋さんがあってね、毎日そこでお菓子を買ってるんだが、美味しいんだ。これがまた』
(……お菓子屋さんね……。……どこのかしら)
『ハロウィンのお菓子と言えば、知ってるかい? 先週の土曜日、ハロウィンの仮装をしたキッド様が西区でパレードを行ったそうだね! この後はその話を少しだけして、三連休のデートコースの話をしよう! なあに、心配することはないよ。イケメン達。この三連休の話題に困らないように、ハロルドが話題を提供しよう! 今夜も番組の最後までよろしく!』
(三連休……)
19日はリトルルビィと出かけて、
20日はソフィアと出かける。
(最終日は、家でごろごろしてようかしら。せっかくの休みだし。……ああ、スノウ様がお買い物に行きたいとも言ってたわね……)
『ジャックに会えるのは、残り二週間程度だ。仮装の準備はどうだい? おっと、いくら仮装をしたからって、ハロルドに会いに来ては駄目だよ? 僕はとても怖がりなんだ! 来るなら、美女に変身してくれないと。そしてこの僕と素敵な時間を過ごしてくれるなら、そうだね! ベーコンチーズパンくらいは買っておこう!』
ははははははは!
『さて、ハロウィンの話だ。土曜日のパレード。そうさ。キッド様が素敵な仮装をしていたんだよ。これが、実にチャーミングな仮装でね! 見た人はいるかな?』
「お姉ちゃん」
振り向くと、ぶかぶかのパーカーとぶかぶかのパンツを可愛く着こなしたメニーがいた。とても暖かそうであり、このぶかぶか姿は男が見るとこう叫ぶだろう。
「ぶかぶか萌え袖最高!!」
「あたしは言わないわよ」
「ん? 何が……?」
メニーが小首を傾げる。
「何でもない」
「そう?」
「そこに座って。ご飯にするから」
「はい」
「じいじ、もう出来た?」
「ふむ。待ってなさい」
「手伝う」
立ち上がり、メニーも振り向く。
「あの、私も何か……」
「座ってて。邪魔だから」
「……はい……」
メニーがしゅんと椅子に座ると、じいじに睨まれた。
「テリー、その言い方はやめなさい」
「いいのよ。これくらいで」
「テリーや」
じいじに強く言われて、あたしはむっと唇を尖らせて、メニーに振り向く。
「……疲れてるだろうから、座ってなさい」
「……はい」
メニーが返事をしてじっとする。あたしがメニーのグラスに牛乳を注ぐと、玄関からがちゃりと音が聞こえた。
「ん?」
声を出すと、
「ただいまー」
キッドがリビングの扉を開けた。
「あ」
あたしが口を開き、
「あ」
メニーが声を漏らして、
「ん?」
キッドがメニーを見て、きょとんと瞬きをした。その場で固まり、じっとメニーを見つめる。
「……」
「……こら」
あたしはメニーの前に手を伸ばして、キッドを睨んだ。
「キッド、あたし人の心が読めるのよ。あんた、今、メニーのぶかぶか萌え袖最高って、頭の中で叫んだでしょう。いやらしい」
「あのね、俺はお前じゃないんだから、そんな単純なことは考えないよ」
キッドがあたしを小馬鹿にしたように笑い、メニーに優しく微笑んだ。
「こんばんは、メニー。久しぶりだね」
「こんばんは、キッドさん。ご無沙汰してます」
メニーがぺこりと頭を下げた。ゆっくりと頭を上げて、キッドを見上げる。
「……あの、傷の方は……」
「あははは! いつの話してるんだ? 傷も怪我も綺麗に消えたって前に言っただろ? メニーは何も気にする必要ないよ」
「……はい」
「だけど、一つ訊きたい」
キッドがメニーの正面の席に座り、メニーの顔を覗き込んだ。
「ねえ、どうしてここにいるの? なんで俺のお下がりの服着てるの?」
「……お下がり……」
メニーがじっと服を見下ろし、ああ、と声を上げた。
「そっか。だからこんなに大きいんですね」
「うん。そう。俺のお下がり。ふふっ。ぶかぶかで女の子らしくて、すごく可愛い。抱きしめたくなるよ」
メニーが眉をひそめて、顔を逸らした。
「遠慮します……」
「遠慮されちゃった。そっか。お姉ちゃんの前だもんね。確かに浮気は良くない。テリー、メニーは浮気の重罪を分かってるみたいだぞ。お前はどうだ?」
「お黙り」
牛乳をあたしの分も注ぎ、キッドに顔を向ける。
「トラブルにちょっと巻き込まれて、連れてきたのよ。今晩だけ」
「泊まるの?」
「部屋にいさせるわ」
「なんだ。独り占めしようってか? ねえ、メニー。この後遊ぼうよ。面白いすごろくがあるんだ」
「すごろく?」
きょとんとするメニーに、キッドが笑顔で頷いた。
「うん。やろうよ。……テリーもやるだろ?」
「……ん」
「よし、じゃあご飯食べた後、三人で遊ぼう」
「……はい」
「じいや、ご飯!」
「キッドや、先に手を洗ってきなさい」
「はーい」
キッドが立ち上がり、洗面所に大股で歩いていく。あたしはじいじに振り向く。じいじも、あたしを見た。
「……のう? 平気じゃろう?」
「……あいつの対応力は認める。すごい」
メニーの隣に座り、メニーを肘で小突く。
「メニー、ビリーの料理は世界一品よ。料理を勉強したいなら、食べて学びなさい」
「……心してかかります」
「よろしい」
じいじが鍋をテーブルに置いた。
「テリーや、皿を取ってくれ」
「はい」
あたしはじいじに皿を渡した。
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