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五章:おかしの国のハイ・ジャック(前編)

第13話 10月8日(1)

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 じりりりりりり、と目覚まし時計が鳴った。

(んんん……!)

 手を伸ばして音の出所を探すと、目覚まし時計に手が触れて、直後、吹っ飛んだ。

(はっ! しまった!)

 ボトッ、とあたしの頭に落ちてくる。

「痛い!」

 悲鳴をあげながら起き上がり、うるさく鳴り響く目覚まし時計を止めた。時計の針は8時。その針を見て、ふああ、と大きな欠伸。

「……眠い」

(そうか。……今日は月曜日か。……だるい)

 リフレッシュしたはずの体を重く感じながらベッドから抜けて、クローゼットを開ける。

(えっと……)

 キッドのお下がりのシャツを着て、スノウ様から買っていただいたスカートみたいなパンツを穿き、靴下と動きやすい靴を履いて、髪の毛を二つのおさげにしてから、小指に指輪をはめ、リュックとジャケットを持って部屋を出る。

 リビングに下りると、キッドがソファーで丸くなってすやすやと眠っていた。キッチンからはフライパンで何かを焼く音が聞こえてくる。

(寝るなら自分の部屋で寝ればいいのに……)

 リュックをソファーの横に、ジャケットはソファーの背もたれに置き、洗面所に足を向ける。いつものように狭い洗面所で顔を洗い、棚に置いてあるタオルで顔を拭く。

(……今日は冷えるわね)

 くしゅん! とくしゃみをして、早足で洗面所から出てリビングに戻り、キッチンを覗く。

「おはよう。じいじ」

 じいじの背中に言えば、じいじがあたしに振り向き、微笑んだ。

「おはよう。テリーや。……今日から弁当はいらないんだったな」
「ん。メニーが持ってくるみたい」

 来なかったらあたしのお昼は無しよ。

「……あいつ来るかしら」
「楽しみに待っているといい。妹からの愛弁当なんて、嬉しいじゃないか」
「……どうかな」

 ぽつりと呟いて、キッチンに入る。

「何か手伝う?」
「皿の用意をしてくれ」

 それと、

「キッドを起こせるかの?」
「ん? 起こしていいの?」
「仕事が残ってるらしくてな、9時すぎに迎えが来るんじゃ。早起きしてたが寝てしまった。頼めるか?」
「任せて」

 先に皿をテーブルに並べる。ついでにグラスも三人分並べて、朝食の準備が整った。あとはご飯を待つだけ。あたしは残りの仕事に移る。

「さてと」


 罪滅ぼし活動サブミッション、寝ているキッドを起こす。


 手をごきりと鳴らして、ソファーの前に歩き、一度その前で仁王立ち。すやすや眠るキッドの丸くなった背中を見下ろし、集中する。

(はぁぁぁぁぁああああああ!)

 足に力を溜める。
 宇宙の源よ、地の源よ、空気の源よ、なんかそこら辺の自然の源よ、なんか、えっと、なんか適当な感じの源よ、我の足にぱわぁーを!

 今こそ、八つ当たりをしても怒られないほんのひと時。この一瞬で、あたしは最近の積もりに積もった恨みをここにぶつける!! ぶつけられる!! キッドにぶつけられる!! 思いきりやってやる!!

「くらえ!!」

 ソファーを蹴っ飛ばす。
 ソファーだけが揺れる。
 キッドが一瞬眉をひそめ、息を吸った。

「すやあ」

 素敵な寝顔で夢の中。
 あたしは息を吸った。
 あたしは息を吐いた。
 そして、両手を広げ、ソファーの上と下を掴む。

「ふんっ!」

 がくがくがくがくがく! とソファーを揺らす。ソファーだけに地震が起きる。

「うらららららららららららら!」
「んん……」

 キッドは唸り、浅く息を吸って、深く吐く。……そして、また静かに眠る。

「すやあ」
「起きろ! てめえ! あたしが起こしてあげてるのよ! パッと目を見開いて! パッと起きなさい! 面倒くさい奴ね! おら!」

 キッドの背中を流星七烈拳。

「あーーーたたたたたたたたたたた! たあ!!」
「すやあ」

 キッドの背中にあたしの拳が当たるが、キッドは起きない。

「ぐぬぬぬぬぬ……!」

 あたしは唸り、キッドは涼しい顔ですやあ。上下に揺れる柔らかい肩をあたしの手が掴んだ。

「起きんかい!」

 がくがくがくがくがく! と肩を揺らすが、キッドは眠る。

「クソガキ! 起きろ!!」

 キッドは起きない。

「気持ちよさそうにすやすや寝やがって! クソが! むかつく! さっさと起きろ!!」

 肩を叩く。

「あんたもあたしと起きるのよ! 起きて起きて起きまくりなさい! 働け! さっさと起きて働け!!」

 体をキッドに近付かせる。

「パッと目を見開いて! パッと起きる!」

 もっと近付いて

「あたしが目を開いてやる! こっち向け!!」

 その顔を掴めば、


 ――キッドに手を掴まれた。


「はっ!?」
「よし、きた」

 目を開けて、にやりと笑ったキッドに引っ張られ、体がソファーに倒れる。

「ふぎゃっ!?」

 悲鳴をあげれば、キッドが声を出して笑い、あたしを抱き締め、その上にキッドが乗っかり、しっかりあたしを腕に閉じ込め、すりすりしてきた。

「あはは! おはよう! テリー」
「放せ! こら! 放せ! クソガキ!」

 手足をばたつかせて暴れると、キッドがくすくす笑い続ける。

「くくっ。なんか新婚みたいだね。寝ている俺をテリーが怒りながら起こしに来る。俺、好きな人の前でこうやって狸寝入りして悪戯するの、憧れてたんだ」
「あんた、まじで最悪! ずっと寝てるふりしてたってこと!?」
「ちゃんと寝てたよ?」
「……寝てたならいつ起きたの?」
「お前が変なパワーを溜め始めた辺り?」
「最初から起きてるじゃないのよ! とっとと起きろ! この馬鹿!!」
「お前、よくも俺の背中を殴ってくれたな?」

 見上げれば、にんまりといやらしく笑いながらあたしを見下ろしてくるキッドの顔がよく見える。

(あ、これ、まずいやつ)

 その瞬間、あたしの脳内でしょぼい走馬灯が流れた。キッドの腕が強くなり、ぎゅうっと抱きしめられる。

「愛の手による拳なら、俺も同じ愛の手で返そう」

(げっ)

 嫌な予感がよぎったと同時に、キッドの指があたしのうなじに触れた。――直後、あたしは悲鳴を上げる。

「ぎゃっ!」

(冷たい!)

 キッドの指、めちゃくちゃ冷たい!!

(冷え性、だと……!?)

 キッドがにやりと口角を上げた。

「ほらほら、テリー、ここも触っちゃうぞー?」
「やめ、やめ! つめたっ! やめ!」
「ここか? ここがいいのか?」
「いいいい! やめろ! あたしの繊細な体に触るな!」
「それ、ここか!」
「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!! やめ、やめろ! そこやめっ!」
「ほれほれ! どうだ!」
「あはははははははは! じいじ! じいじたすけっ!」
「こちょこちょこちょー!」
「あははははははは!!」
「こちょこちょこちょー!」
「あは! あはは! あははははは!!」

 キッドの手が止まり、あたしはその場でばたりと力尽きた。サブミッション完了。ちーん。
 キッドが目をぱちぱちと瞬きさせて、キッチンに顔を向ける。

「じいや、今度はテリーが寝ちゃった」
「起こしてやりなさい」
「任せろ。王子様の濃厚なキスで目覚めさせてあげるよ。プリンセス」

(今だ!)

 あたしはがばっと起き上がり、キッドの顎に向かって頭突きをする。

「おっと」

 キッドが避けた。

(げっ)

 キッドの手があたしの頭突きをキャッチする。

「ふがっ!」

 それをソファーに押し付ける。

「ふぎゃっ!!」

 キッドが、ふう、と息を吐いた。

「危なかった。もう少しで俺の形のいい顎が、テリーの石頭によって壊されるところだった」
「ぢ……ぢぐ……しょ……」
「はっはっはっはっ! もう少し鍛えてから俺を襲うんだな。テリー!」

 あ、でも。

「ベッドの中で襲ってくるのは構わないよ。大歓迎でお前を迎えよう」
「言ったわね……。ベッドですやすや眠るお前の胸に包丁をぶっ刺してやる……。……ぶっ刺してやるからね……!」
「何言ってるの。恋の包丁だったら、既にお前の手によって、俺の胸に刺されているよ」
「ひっ!」

(朝から何言ってるの。こいつ! 気持ち悪い!!)

 あたしはキッチンに向かって叫んだ。

「じいじ! こいつ! 気持ち悪い!!」
「さあ、馬鹿なこと言ってないで、お前も起きろ。遅刻するぞ?」
「え? な、なんであたしが言われなきゃいけないの……。あたしがキッドを起こしに来たのに、なんであたしが……」
「ほらほら、起きた起きた」
「畜生……。何なのよ……! 畜生……!」

 怒りと悔しさに歯をくいしばり、無理矢理体を起こす。既に体を起こしていたキッドが、のんびりと欠伸をした。

「ふああ……」
「……キッド、迎えが来るんでしょう? あんた、顔は洗ったの?」
「心配無用。だいぶ前に洗ったよ」

 キッドが目を擦りながら立ち上がる。

「だけど、俺、朝は苦手なんだよね……。……ああ、眠い……」

(分かる……)

「馬鹿なことを言っとらんで、早く食べなさい」

 じいやがキッチンからフライパンを持ってきて、あたしが並べた皿に盛りつける。目玉焼きとソーセージ。サラダも乗せる。パンが入ったバスケットを持ってきて、テーブルに置いた。

 あたしとキッドが椅子に座り、手を握る。

「我らが母の祈りに感謝して、いただきます」
「……ます」

 あたしが言うと、キッドがぼそりと呟いて、牛乳を飲む。じいじも向かいの椅子に座り、水を飲み、キッドを見た。

「キッドや、今夜はこっちに戻ってくるのか?」
「分かんない。もしかしたら城で寝るかも」

 まとめの書類が全然終わらない。

「俺はちゃんと仕事してるのに、誰も書類を目にしてないってどういうこと?」
「先生には言ったか?」
「言ってある言ってある。もう疑問だらけだよ。必要書類は全部用意したってのにさ」

 ご飯を食べながら愚痴を言うキッドの話を聞きながら、あたしは黙って食事する。

(……今日はレジかしら……。品出しかしら……)

 ぼうっと、そんなことを考える。

「ハロウィン祭までには全部終わらせてやる。俺は完璧な王子様だからね。邪魔は誰にもさせないよ。11月になったらまた自由気ままに遊んでやるんだ」
「今まで通りとはいかないがな」
「もちろん、自重はする」

 だけど、

「俺はまだ遊び足りない。この城下で遊んでない場所がいくつもある。それを制覇するまでは、ここに居座り続けるよ」

(キッドの好奇心は相変わらず無限大ね)

『レオ』は今頃どうしているだろうか。キッドのことを考えて、めらめらと燃えているだろうか。それとも学校の準備をしながら、欠伸でもしているだろうか。

(今日から一緒にあいつの手柄探しに行かないと。……17時までに公園で待ち合わせだったわね)

 ふわあ。眠い。

「ご馳走様」

 立ち上がり、皿をまとめて、キッチンの洗い場に運び、洗面所に行って歯を磨く。うがいして、歯を綺麗にすれば、洗面所から出て、時計を確認する。

(よし。ちょうどいい時間)

 ジャケットを着て、リュックを背負う。

「行ってきます」
「馬車に気をつけての」
「ぼーっとして道端で転ばないようにね。テリー」

 キッドの言葉にむっとして顔をしかめる。

「誰も転ばないわよ」
「行ってらっしゃい」

 キッドが手を振るのを見て、リビングから出る。廊下を進み、玄関の扉を開けた。外に出ると、秋の冷たい風が顔に当たる。空は曇り空。

(今日は雨が降りそう)

 でも降ってないし。

(戻るのもなんか面倒だし、いいや。行こう)

 そのまま歩いて広場に向かう。足を動かして、一本道を進み、建物が見えてきて、入って、建物を進み、人が歩いていて、道を進み、人とすれ違い、広場に入る頃に、ぽつりと水滴が鼻に当たる。

「あ」

 声を上げた途端、ぽつり、ぽつりと降ってくる。

(あ、これ、まずい)

 走り始めると案の定、大粒の雨が急に降ってきた。

「ぎゃあああああ!」

 悲鳴をあげ、急いで走って噴水前に行く。豪雨の中、リトルルビィはいない。

(ひいい! どこかで雨宿りを……!)

「テリー!」

 あたしを見つけたリトルルビィが傘を持って走ってくる。急いであたしを中に入れ、心配そうな顔であたしを見上げる。

「大丈夫? びしょびしょよ?」
「歩いてる時に降ってきたの……。最悪……」
「傘は?」
「今日、持ってこなかった」
「駄目よ。テリー、今日くらい曇ってたら持たないと」
「ん……。次からそうする。助かったわ。リトルルビィ」
「お店でタオル借りよう? あるはずだから」
「そうね。行きましょう」

 リトルルビィよりも背の高いあたしが傘を持ち、一緒に歩き出し、リトルルビィと歩幅を揃える。リトルルビィがあたしの背中を撫でる。

「寒くない? テリー」
「ジャケット着てるとは言え濡れたからね。……ちょっと寒い」
「風邪ひかないといいけど…」

 リトルルビィと歩いていると、お菓子屋の前でサガンが立っていた。

「あれ」

 リトルルビィがきょとんとする。サガンがあたし達を見つけ、手を上げる。

「よう。小娘ども」
「おはようございます。サガンさん!」
「おはようございます」

 リトルルビィとあたしが挨拶をし、リトルルビィがサガンを不思議そうに見つめた。

「今日はどうしました?」
「人手が欲しくてな。祭の準備だ」
「これからどんどん忙しくなるよ」

 奥さんが微笑みながら店の中から出てきて、あたしを見て目を見開いた。

「おやおや! ニコラ、どうしたんだい?」
「奥さん、おはようございます。……濡れちゃって」
「あんた傘は?」

 首を振ると、奥さんが笑った。

「馬鹿だねえ。雨が降ってなくても、曇ってたら傘くらい用意しないと。……えーっと、タオルはどこだったかねえ?」

 奥さんが店の奥に入っていく。サガンがあたし達を見下ろし、口を開いた。

「リタからは許可を貰ってる。俺の店で作業をしてほしい」
「また装飾品のお手伝いですか?」
「ああ。この間の続きだ。作業しないと進まないしな」

 はー、とサガンがため息をつくと、水溜まりを踏んで走ってくる音が聞こえた。

「やっばーい! 遅刻遅刻ー! あれ!? お揃いで! おはようございまーす!」

 傘を差したアリスが、今日も向日葵のように、にこにこしながら近づいてくる。

「何々? あれ? 今日はハロウィン祭のお手伝い?」
「ああ。そうだ」

 サガンが頷いた。

「この間、どこかの誰かさん達が気絶してくれたお陰で、作業が中断しちまったからな」
「だって! キッド様がいたんだもん!」

 アリスが目を輝かせた。

「私、今でも覚えてるわ! 私の肩を抱いてくださったあの感覚、あの温もり! ああ、忘れられない! 私、手は洗っても、キスしてもらった手の甲はまだ洗ってないんだから!」
「アリス、手はちゃんと洗って」
「あら、ニコラ、びしょ濡れじゃない。傘は?」
「持ってこなかった」
「キッド様の限定傘が買えなかったら持ってこなかったのね! 私も一緒! 大丈夫! 傘がなくたって、私達のキッド様愛は燃え尽きたりしないんだから!」
「……」

 黙りこむと、ちょうどそのタイミングで奥さんが売り場の裏からタオルを持って出てくる。

「ニコラ、とりあえずこれで頭拭きなさいな」
「あ、すみません……。奥さん……」
「いいんだよ。風邪ひかれたらこっちも困るしね」
「ニコラ、持つよ」

 リトルルビィに傘を渡して、タオルで頭や顔を拭う。

(こんなに降ってくると思わなかった……)

「ああ、そうそう」

 奥さんが手を叩いて、あたし達三人を見た。

「誰か、11時くらいに図書館に出張に行ってくれないかい?」
「図書館?」

 アリスが訊き返すと、奥さんが微笑んだ。

「今週から図書館で飴を配るらしくてさ。本を読んだ子供達に渡すんだと。大量に注文が入ったから、二人くらい作業から抜けて行ってきてくれない?」
「……」

 リトルルビィが少しだけ、眉をひそめる。

「図書館か……」

(うわ、嫌そう……)

 土曜日に、あの後、ソフィアにしつこく追いかけ回されたのだろう。会いたくないと言いたげにリトルルビィがぷううと頬を膨らませていた。

(仕方ない。リトルルビィのためよ。ここはあたしが一肌脱ごう)

 自ら手を上げる。

「奥さん、あたし行きます」
「え」

 リトルルビィがあたしを見てはっとした直後、アリスの手が上がる。

「あ、じゃあ、私も行きまーす」
「えっ」

 リトルルビィの呆然と固まる。奥さんがそれを見てこくりと頷いた。

「じゃあ、二人にお願いしてもいいかい?」
「はい! お任せを!」

 アリスがタオルで頭を拭うあたしを見て、ぱちんとウインクした。

「お散歩に行くと思って一緒に行きましょう。ニコラ!」
「ん」
「……え、あの、ニコラが行くなら……私も……」
「あら、駄目よ。リトルルビィ。あんたまで抜けちゃったら、作業が止まっちゃうでしょ」

 アリスが微笑んでリトルルビィに言うと、リトルルビィが不満そうにアリスを睨む。それに気づかないアリスがあたしに笑って言った。

「私ね、雨の日って好きなのよ。建物の中にいるより、外にいる方が好きなの。外を歩けるなら大歓迎よ。お散歩がてら歩きましょうよ。ニコラ」
「ん」
「……」

 リトルルビィが唇を尖らせてあたしを見上げる。

「ニコラ、私も行きたい……」
「行きたいなら帰りに行けばいいじゃない」
「今がいいの!」
「じゃあアリスと行く?」
「ニコラと行きたいの!」
「アリス」

 顔を向けると、アリスが腰に手を置いてリトルルビィを見下ろした。

「もう決まったことなんだから我儘言わないの。リトルルビィ」
「むう!」
「一番先輩でしょ」
「むうう!」
「むくれない」
「むううう!」

 ぷうううううっと膨らむ風船ほっぺは、今日も健全であるようだ。

「大丈夫よ。11時になるまで私達も作業手伝うんだから! ね? ニコラ」
「ん」

 頷くと、リトルルビィがぶすっとして、顔を俯かせた。

「……むう」
「あはは! 何よ。その顔! 今日もリトルルビィのほっぺは空気でいっぱいね! ……ぶふっ! ほっぺが空気でいっぱいだって! ぶふううううう!」

 アリスが自分で言ったことを思い出して吹き出す。リトルルビィはむくれたまま顔を俯かせ、あたしはタオルで頭を拭き続ける。サガンはまだ降り続く雨を見上げて、深いため息を吐いた。

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