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五章:おかしの国のハイ・ジャック(前編)

第1話 貴族令嬢は反抗期(2)

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 あたし14歳 
 メニー11歳

 ・リオン王子のファンクラブが出来る。
 ・人生一番の反抗期になる。
 ・ブランド、ミックスマックス
 ・切り裂きジャック
 ・アリーチェ・ラビッツ・クロック

「まず一つめ」

 ドロシーに説明する。

「リオン王子のファンクラブ結成」

 今年は、リオン王子のファンクラブが出来る。実際に、今年の二月頃に出来て、王子様、もとい、リオン殿下のグッズも発売されていた。リオン殿下にメロメロなレディたちにはたまらないだろう。一度目の世界では、あたしもファンクラブの一員だった。今回はもちろん入っていないけれど。
 それくらい、リオン殿下はハンサムで、皆の人気者だ。

 一度目の世界では、王子様は彼だけだった。皆に愛されし、リオン様、ただ一人。
 皆の憧れ。皆が愛する王子様。リオン様。緑に近い青髪は誰よりも美しく、丸くて大きな目は、誰よりも凛々しい。身長の高い背はたくましく、遠くから見ていてもとても魅力的だ。
 だからずっと見ていた。グッズ越しでも、テレビ越しでも、ラジオ越しでも、紙越しでも、ストーカーに近い行為が故意な恋の好意となって、あたしはずっと見ていた。見ることしか出来なかった。
 お城の舞踏会で、絶対に会って、踊って、恋に落ちる。そして、結婚する。あたしの人生はその予定だった。
 彼が選んだのはメニーだった。
 あたしは、どう足掻いたって、メニーには敵わない。
 リオン様はメニーと結婚する。あたしではなく。メニーと。
 あたしは既に諦めた。運命は決まっている。だけど、女というのは男関係で苦しむもの。情報さえ取り入れなければ、関わることはない。見ない訊かない。目を閉じて耳を塞ぐ。リオン様なんて知らない。リオン様なんて好きじゃない。もう苦しみたくない。

 今回、あたしはグッズを買っていない。

「人生一番の反抗期」

 これはまさに今、体験している。何をやってもむしゃくしゃして、何をやっても上手くいかなくて、何をやってもイライラムカムカする。自制が利かなくて、パーティーに参加すれば大喧嘩。アメリの喧嘩に加担して喧嘩勃発。メニーにも酷く当たり、物を投げつけては何度も怪我をさせた。それが楽しかった。それしか楽しみがなかった。
 それを分かっているのに、そうなることが想定出来ているのに、そんな状態でパーティーに行く方がどうかしている。だから言い訳して欠席していたのに。

(裏目に出た……)

 はあ、とため息をついた。

「だっさいブランド、ミックスマックス」

 ブランドと言えば、とてもお洒落なイメージがある。だがしかし、このミックスマックスというブランドは、本当にダサい。とにかくダサい。服も小物もグッズも何もかもダサい。あたし達10代に向けてのブランドらしいが、ダサすぎてセンスを疑ってしまうほど。
 しかしこれが物好きに流行り、なぜか流行する。しかし皆ダサいとわかっているから、物好きしかこのブランドは手をつけない。ここ数年で出来たばかりのブランドで、確か、冬にもっと大きなイベントを開催するはずだ。あまり覚えてないけれど。

「切り裂きジャック」

 都市伝説。切り裂きジャック。
 ハロウィンの夜に現れると言われているおばけの名前。
 今までもその都市伝説は言い伝えられていたが、今年は特にその都市伝説が流行りだす。
 伝えられている伝説の歌はこうだ。

 ジャック ジャック 切り裂きジャック
 切り裂きジャックを知ってるかい?
 ジャックはお菓子がだぁいすき!
 ハロウィンの夜に現れる。
 ジャックは恐怖がだぁいすき!
 子供に悪夢を植え付ける!
 回避は出来るよ! よく聞いて。
 ジャックを探せ。見つけ出せ。
 ジャックは皆にこう言うよ。
 お菓子をくれなきゃイタズラするぞ!
 ジャックは皆にこう言うよ。
 トリック! オア! トリート!
 皆でジャックを怖がろう。
 お菓子があれば、助かるよ。
 皆でジャックを怖がろう。
 お菓子が無ければ、死ぬだけさ。
 ジャック ジャック 切り裂きジャック
 切り裂きジャックを知ってるかい?

 10月は、良くないことが頻繁に起こりやすい。
 病気になる。怪我をする。失恋する。悪夢を見る。
 ジャックというおばけは、人に悪夢を見せる。そして、悪夢を人々に植え付け、どんどん記憶を消していく。やがて記憶はなくなり、悪夢を彷徨い、現実に戻ってこれなくなる。
 そうならないためには、お菓子をジャックに渡すのだ。
 ハロウィンに出るおばけだから、ジャックはお菓子が好きと言われている。トリック・オア・トリート。お菓子くれなきゃ悪戯するぞ! というジャックの言葉に答えるためにお菓子を持ち、言われたら、ジャックに渡す。
 ジャックにお菓子を渡せば、見た悪夢は忘れ、大切な記憶は消えない。
 しかし、お菓子を渡せないと、悪夢は残り、記憶は消され、その内、夢の中でジャックに切り裂かれて殺されると言われている。

 所詮、ハロウィンの日の、ただの都市伝説だ。
 しかし、それは本当ではないかと噂されるようになってしまう。なぜかというと、

「アリーチェ・ラビッツ・クロック」

 この少女が原因だ。

「これが問題なのよ……」

 アリーチェ・ラビッツ・クロック。
 この女が、ハロウィン前に城下町の広場付近で無差別大量殺人を行う。それが10月末の出来事。テロ事件に近い惨劇。負傷者はもちろん、死人も数多く出た。たった一人で、死者を何十人も出すのだ。しかも怖いのが、この女がアメリと同じ15歳の少女だということ。そして、彼女が殺人者として捕まった二日後のハロウィンの日に、謎の死を迎える。他殺ではないので、おそらく自殺だと言われた。外傷はなかったらしい。綺麗な体のまま、何もないまま死んでいった。どうやって死んだのか、誰もわからない。謎の死。少女は留置所にあったお菓子を食べていたらしいが、全て食べてしまい、お菓子が手元になかった。だから夢の中でジャックに殺された。つまり、この出来事が、ハロウィンのおばけ、切り裂きジャックのせいじゃないかと言われるようになる。

「つまり、何が言いたいかというと」

 あたしはノートを閉じて、ドロシーに振り向く。

「今年の10月末、もう少しで、城下町にて無差別大量殺人の惨劇が起きるということよ。だから、本来は近づくべきじゃない」
「なるほど。だから君、最近、旅行の雑誌を見ていたんだね?」
「そうよ! 旅行を口実に逃げようと思ってたのに! 全部台無し! これもそれも全部メニーのせいよ!!」

(教科書を取りに行ったのが運の尽き……!)

 部屋に戻ってきたメニーが、自分の部屋にいたあたしを見て、それはそれは、すさまじく怒りだしたのだ。

「お姉ちゃん! 何やってるの!? 勝手に人の部屋に入るなんて!」
「え? あ、教科書を……」
「出てって!」
「え!?」
「出てってよ!!」

 なぜか怒ってたメニーに部屋から追い出されて、すぐ謝るもメニーからの返事はなくて、何度もメニーに謝っても返事はなくて、ちょっとその態度はないんじゃないの? と言っても返事はなくて、何度も何度も声をかけても返事はなくて、唯一返ってきたと思えば。

「……お姉ちゃん、最低」

 はあああああああああああああああああああああああ!?

「てめえだって! てめえだって! 何度もあたしの部屋を、無断で入って侵入してくつろいでたくせに!! あたしが何度このノートを見られなかったか、ひやひやしたと思ってるのよ! あの糞ビッチ!! あのいかれ女!! なぁあんであたしばっかりこんな目に合うのよー!!」

 その場で地団駄を踏めば、ドロシーがため息をついた。

「そうやって罵詈雑言の言葉を並べるから、こうなるんだよ。テリー」

 ドロシーが呆れたように呟き、あたしからノートを受け取る。そして、あたしが瞬きする頃には、ノートはドロシーの手から消えていた。あたしの足が、また城下町に向かって歩き出す。

「何よ。あたし、今回は何も悪いことしてないわよ。本当に何もしてない。ちゃんとこの反抗期を抑えるために色々我慢していたのを、反抗だと思われてる。これってどう?」
「努力が裏目に出るのは、誰だってよくあることさ」
「理不尽だわ!」
「人生そんなもの」

 それにしても、

「無差別大量殺人か。危ないね。それって、メニーは無事だったの?」
「あいつ屋敷で仕事してたもの。あたしもアメリもママも、その日は屋敷にいた。でも、毎年ハロウィン近くって悪いことが起きるでしょ? 体調が悪くなったり怪我をしたり。それもジャックのせいって国の皆が言うから、それを吹き消すために、今年は王様がハロウィン祭を提案してくれて、初めて開催されるのよ」

 現に、今年はハロウィン祭をするって発表があったでしょう?

「その準備中での出来事」

 あたしはため息をついた。

「もうね、すごいのよ。広場が血だらけなんだから。あたし、興味本位でそこらへんにいた馬車を捕まえて見に行ったけど、怖くて馬車から下りられなかった」

 だけど、それを、

「今年は、あたし自身が体験するかもしれない」

 この恐怖わかる?

「どうしたらいいのよ。ああ。駄目。吐きそう。道端で吐きそう。ドロシー、エチケット袋。あたしはストレスと恐怖に押しつぶされてしまいそう。これもそれもメニーのせいでメニーのせいでメニーのせいでメニーのせいで……うぷっ……」
「わっ! テリー! 僕に向かって吐くんじゃない! こうなったらいつも通り、ミッションを考えて回避できる方法を見つけよう! わっ! やめて! 吐かないで! あっち向いて! ほい!」
「ぐぬぬぬぬ……! そうは言っても、どうやって回避しろっての? いつも通りってわけにはいかないでしょう?」

 いつも通りにいかない理由もある。

「キッドが戻ってこない」

 半年という話だった。しかし、それが延期になり、隣国に何ヶ月も滞在している。

「隣国のお姫様と婚約でもしたのかしらね?」
「キッドは君に恋をしたんじゃないの?」
「心変わりも激しいのよ。今まで何人彼女をとっかえひっかえしてたと思う?」
「だとしても、国には帰ってくるんじゃないの?」
「情報がない以上、何も出来ないし、あたしが出来ることは注意勧告だけ」

 でも、誰がそれを信じるというの?

「ミスター・ビリーやリトルルビィに言ったところで、何も出来やしないわ。ああ、困った。詰んだ。ママ、考え直してくれないかしら……」
「つまり、このままだと城下町が危ないんだね。君自身も危険だし、どうにか回避できる方法を見つけたいところか……」

 ドロシーがふむふむと頷いて、とんがり帽子のつばを触った。

「テリー、そのアリーチェっていう子と面識は?」
「無い。顔なんて覚えてないし、覚えているのはアリーチェって名前だけ。文字の綴りも普通なのか、変わった綴りなのかも分からない」
「その事件はハロウィン前に起きるんだね?」
「それは間違いない。あたしが14歳の年の、ハロウィンの二日前」

 だから、

(えっと……ハロウィンから二日引いて……)

「10月28日……かしら?」
「10月28日……? ……ふーん。だとすれば、まだ時間はあるわけだ。それじゃあ、後はそれまでに回避できる方法を何とか見つけるだけってわけだ」
「ねえ、ドロシーが何とか出来ないの? こればっかりは、魔法使いが手伝ってくれないと、どうにも出来ない気がする……」
「残念だけど、僕だって面識がない以上、そのアリーチェって子が、素晴らしく良い行いをやっていない限り、見つけることは出来ないよ」
「素晴らしく良い行いって?」
「そうだね、例えば血の繋がりがない姉君や継母に虐められて、それでも笑顔を忘れずに清く正しく人にやさしく誠実に、潔く生きていたりさ」

(メニーじゃあるまいし!!)

 聞いて、あたしは唸った。

「うぐぐぐぐ……!」
「僕は知らないけど、広場が血だらけって、相当悲惨だったんだろうね。その後どうなったの?」

 ドロシーの質問に、あたしは思い出しながら、口を開く。

「何とか出来る人がいたのよ」
「何とか出来る人?」


「リオン様」


 ドロシーが黙った。
 あたしも、静かに呟く。

「リオン様が、皆を慰めて、励まして、街を再起動させた。復興に向けて何とか立ち直して、当日、ハロウィン祭は無事に行われた。皆、リオン様をもっと好きになった。すごい人だって、崇められた」

 そうよ。すごいのよ。彼はすごい人なのよ。

「皆が憧れた。皆が尊敬した」

 リオン様。

「皆が好きになった。皆が彼に惚れた」

 リオン様。

「そして、そんな彼は、15歳の誕生日を控えたメニーを見つける」

 メニーはプリンセスになる。



 ――あたしの足が止まった。ドロシーが、あたしに振り向く。

「テリー?」
「……時間は近づいてる」

 刻一刻と、近づいてきている。

「怖い」

 ぽつりと呟くと、ドロシーが箒から下りた。地面に立ち、表情を曇らせるあたしを見つめる。

「テリー」

 ドロシーは、にこっと、微笑んだ。

「大丈夫。君は一回目の世界とは違うルートを歩いているはずだよ」

 ドロシーが、あたしに近づく。

「それに、帰ってきてないとはいえキッドもいる。大丈夫。キッドがいるなら大丈夫さ」

 キッドだけじゃないよ。

「リトルルビィ、あと、パストリル、じゃなくてソフィアだっけ? それに、ニクスも生きてる」
「ニクスは……関係ないでしょ」
「何言ってるの。一度目の世界で死んでた人達が、皆、生きているんだよ」

 皆、君の助けになってくれる人達だ。

「何かあったら、協力してもらえばいい」
「協力ね……」

 ふっと笑って、

「協力して、大量殺人を回避しろって言うの?」

 言えば、ドロシーがおどけながら笑った。

「おや、どうやらミッションが決まったようだね? テリー」
「ちょっと待って?」

 これは、罪滅ぼしには関係ないんじゃない?

「何言ってるの。関係あるよ」

 メニーだって城下町に住む国民だ。

「もしもメニーが出かけたタイミングでテロが起きたら、それこそ一大事だ。未来のプリンセスが死んでしまうかもしれない」
「そうなったら最高。あたしは構わないわよ」
「だからさあ、君のそういうところ!」

 ドロシーがむっとして、頬を膨らませる。

「そうならないために、君に出来ることはわかってるね? メニーを守るために、君は、何をするべきだい?」

 これこそ罪滅ぼしじゃないか!

「思い出してごらんよ。テリー。君は国の皆に嫌われた。君は世界から嫌われた」
「さあ、何故か?」
「君がプリンセスを虐めたからさ」
「君が家族ぐるみでいやらしく笑いながら、毎日毎日メニーを虐めたからさ」
「君が国の皆を嘲笑ったからさ」
「君が国の皆を、お金のない庶民ふぜいがって、見下したからさ」
「そうさ」
「君が国の皆に嫌われた理由はそこだ」
「君の横暴な態度」
「何度笑顔で接客してくれた人々を叩いて、蹴って、その苦労の足を踏んづけてきたんだい?」
「とある店では、自分で壊したネックレスを不良品だと怒鳴りつけ」
「とある店では、自分のせいで欠けたパールを偽物だと怒鳴りつけ」
「君は、君たち家族は、国で働く人々に、とんだ迷惑を被ってきた」
「これを国の人々は、嫌いにならずにいられようか?」

 あたしは黙る。
 ドロシーは微笑む。
 あたしは親指の爪を噛んだ。
 ドロシーは肩をすくめた。

「でも」

 ドロシーは続けた。

「君は、今回の世界で、それをしていない」

 そして、

「君の家族もね」

 でもそれは、

「当たり前のことだ」

 つまり、

「君はまだ、国の人達に罪を償っていない」

 メニーだけじゃないよ。

「君が嘲笑って見下してきた人達は、君の罪を許していないよ」

 となれば?

「罪滅ぼし活動と関係無いなんて、言える義理は、どこにも無いんじゃないかい?」
「……」

 眉間にしわを寄せて黙れば、ドロシーがくすっと笑った。

「またそんな顔するんだから。まだ事件は始まってないんだよ?」

 いや。

「もう準備がされているかもしれない」

 大量殺人か。

「計画的だったのかもしれない」

 だって、

「一人の15歳の女の子が、大量に死者を出すくらい、大暴れしたんだろ?」

 だったら、

「君はどうするんだい?」
「どうするんだい?」
「どうするべきだい?」

 ドロシーのその言葉に、うなだれ、はあ、とため息を出す。ぼそりと低い声を出し、言葉を繋げる。

「『大量殺人が起きないように城下町を見張る』」
「ご名答!」
「何がご名答よ!」

 思いきり不満の声をあげた。

「なんでこのあたしが、城下町の平和の責任まで担わないといけないわけ!? そうよ! 確かに城下の店では大暴れしたわよ。それはそれは理不尽な態度を一回目の世界で、散々取ってきたわよ。自分でも恥ずかしくなるくらいやってきたわよ!」

 それが貴族として当たり前のふるまいだと思っていた。ママから教えられてきた。

「お金と権力のある者が世界の頂点に立つ。あたし達は勝ち組」

 だから、負け組をこき使いましょう。たくさんこき使って、笑いましょう。

「そうよ。それで嫌われたのよ」

 あたしは牢屋と工場に閉じ込められた。十数年も。

「……だから裁判で、話も聞いてもらえなかったのよ」

 あたし達家族は、国からの嫌われ者だった。

「ああ、面倒くさい! 罪滅ぼし面倒くさい! なんであたしが危険な目に合うと承知で警察ごっこみたいなことしなきゃいけないわけ!? それはキッドの仕事じゃない! あー! 面倒くさい!」
「全部自分を守るためだ。頑張ってよ」

 それに、

「君が悪いんだよ? 罪を重ねるから」
「だって! そう言われてきたんだもの! あたしだけが悪いの!? アメリだってやってきたじゃない! 今更いい子ぶっちゃってさ! アメリのくせに!! ふんっ!!」
「こらこら。記憶を持っているのは君だけなんだからアメリアヌを責めたって仕方ないだろ? それに、どうせ一ヶ月働きに出るついでだと思えばいい。異変を感じたらすぐに助けてもらいなよ」

 今の君には、協力者がたくさんいる。味方がいるんだ。

「それだけで、全然違うじゃないか」
「……そうね。そこは確かに」

 確かに、

「……キッドが繋ぎ止めた命だわ」

 ただの殺人鬼に成り下がっていた吸血鬼も、
 地震の原因だった雪の王様の協力者も、
 美しい令嬢の心と宝を盗む怪盗も、

「皆、キッドが救った命よ」

 あたしを助けてくれる心強い味方。友達。知り合い。

「……はあ。しょうがないわね……」

 舌打ちしながら言うと、ドロシーが微笑んで頷く。

「まあまあ。僕もなるべく、魔法使い達に言って回っておくから。何かあった時には魔法使い達も協力してくれるはずさ」
「んぐぐぐぐ……!」
「またそんな不満そうな顔するんだから……」

 呆れたようにあたしを見るドロシーに、あたしの視線が移動する。

「……だって、今回であたしが死んだらどうするのよ」
「いざって時は助けてあげるよ」

 だって君、忘れてない?

「君が将来同じ道を辿って死刑にされそうになったら、僕は君を助け出して一緒に旅をすると言っただろ?」
「何よ。まだそんなこと言ってるの?」
「ふふふ! 君を散々こき使うのが僕の夢さ!」
「嫌な魔法使いね! あんた!」

 睨むと、ドロシーが意地の悪い顔で笑った。

「そうさ。僕は嫌な魔法使いなのさ。だから、そんな魔法使いに捕まらないためにも、君は君を信じて誠実な行動をするんだ」

 国の人を愛して、メニーを愛して、

「さあ、テリー! 復唱を!」

 ドロシーが星のついた杖を取り出し、くるんと回した。指揮者のように構えるその杖を見て、面倒だけど、あたしは大きく口を動かした。

「愛し愛する。さすれば君は救われる」
「反抗期の令嬢の言葉、確かに!」

 ドロシーがあたしにウインクした。

「さあ、そうと決まればメニーとも仲直りしなきゃね!」
「誰がするか!!」
「復唱しただろ?」

 国の人を愛し、メニーを愛する。さすればあたしは救われる。
 あたしは舌打ちして、清らかで美人に成長していくメニーを思い浮かべて、恨めしく、再び指の爪を噛んだ。

「くそっ! くそっ!! 見てなさいよ……。メニーめ……! あいつが結婚して屋敷から出ていったら、あいつの部屋をあたしの可愛い植物ちゃん達の室内飼育部屋にしてやるんだから! 日当たりもいいし、最高よ!!」
「君の植物愛は年々強くなっていくよね……」

 気が付けば、庭師のリーゼもびっくり。屋敷の庭が君のハーブだらけになっているじゃないか。

「だって可愛いじゃない。育てれば育てるほどあたしの愛に答えてくれるのよ。あたし正直者は好きなの。植物はキッドみたいに嘘つかないし、メニーみたいにあたしの返事に答えてくれない子はいない。ちゃんとあたしに答えてくれるの」
「何を力説してるんだい君は」
「ドロシーも育ててみたらわかるわよ。手が汚れれば汚れた分、その植物は育ってくれるの」

 そうそう。この間、ずっと弱ってた植物が元気に花を咲かせてくれたわ。

「あたしが丹精込めて愛を与えた結果よ。感動してリーゼとサリアにだけ見せてあげたんだから。リーゼが喜んでたわ! カカシの衣装も最近楽しそうに作ってるんだから!」
「メニーにもそれくらい丹精込めて愛を与えてほしいもんだね…」
「うるさいわね! メニーはいいのよ!」

 あいつはあたしの愛に答えてくれないんだもの!!

「あんな奴知るか!! あんな奴を愛するくらいなら働くわよ!! いっぱい働いてさっさと屋敷に戻ってあたしが部屋に引きこもってやる!」
「で、何の仕事する気?」

 ドロシーの問いに、唸った。

「……どうしよう……」

 14歳の女の子が、働けるところでしょう?

「楽な仕事が良い」
「君、仕事をなめてるね?」

 ドロシーの顔が引き攣った。

「何よ! だってあたし、工場以外で働いたことないのよ!? ああ、可哀想なあたし! 無力なあたしに何しろって言うのよ!」
「色々あるだろ? ニクスみたいにパン屋で働いたり、喫茶店で働いたり、レストランで働いたり。紹介所で仕事する前にワンクッション置きたいなら、君でも働ける簡単な仕事はどこにだってあるはずだよ」
「そういう店で働くったって……」

 ちらっと自分の服装を見て、うなる。

「ドレスを着た貴族の娘を、誰が雇うのよ……」

 三年前、みすぼらしい格好で声をかけてみたけど、

「誰もあたしを雇ってくれなかったわ」

 唯一、

「巷で、小さな女の子が好きだという評判のお爺さんに拾われそうになったわね」
「君、それ大丈夫だったの!?」
「キッドの部下の人に助けてもらったのよ」

 顔は全く覚えてないけど、男の人に助けられたのは何となく覚えてる。

「結局、紹介所に相談するしかなさそうね」

 もう一度、ちらっと自分の身なりを見て、ドロシーに顔を上げる。

「ドロシー。せめてドレスから庶民の服に出来ない? ドレスで仕事を探すのはやりにくい」
「ふふっ! 僕がいて良かったね。テリー」

 にやっと笑って、ドロシーが星のついた杖を振り回す。

「仕事だ仕事だ。働きたまえ。林檎が落ちるよ。拾ってあげて! 林檎の木から、ほれほれほれー!」

 いつもの変わった呪文を唱えて杖を振れば、杖から光り輝く粉が現れた。あたしの全身を包み、着ていたドレスが、シンプルなワンピースに成り代わる。ドロシーが得意げに胸を張った。

「さあ、どうだい?」
「まあまあね。でも、これなら何があっても貴族ってバレそうにない」

 このまま仕事を探しても、支障はないだろう。

「ありがとう。助かったわ」
「幸運を祈ってるよ。テリー。僕はそろそろメニーのところに戻ってみる」
「あいつなんで怒ってるか見てきてよ。本当に意味が分からないの」
「部屋に入ったから怒ってるんじゃないの? メニーだって微妙なお年頃なんだし」
「そういうもの……?」

 今まであたしは許してきたのに。

(案外心が狭いのね。あいつ)

「じゃあね、頑張って!」

 ドロシーが箒に乗り、ふわりと空を飛んでいく。それを見送り、あたしもまた歩き出した。街は、もう目の前だ。

(ああ……、なんでこんな目に……)
(今年は、本気で逃げようと思ってたのに……)

 これはきっと、悪夢の始まりだ。何事もなければ、それに越したことはないが。

(なんであたしが……)

 はーあ、とため息をついて、街へと入っていった。

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