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四章:仮面で奏でし恋の唄(後編)

第12話 図書館司書の淡い恋

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 図書館が開かれた。城下町の人々が美しくなった図書館に目を奪われる。

「世界中の本が揃ってるんだって」

 アメリが高い本棚を見上げながら言った。

「メニー、知ってる? 最近は読書をする女の子がモテるらしいわよ。手に持つだけでもお洒落になるんですって」
「お姉様、手に持ってたら重くない?」
「いいえ。お洒落のためなら、私も手に持つわ。何かお勧めの本があったら教えて」
「じゃあ、童話なんかどうかな? ハーメルンの笛吹きとか」
「有名な作品ね。でも、もう少し表紙が可愛いのがいいわ」

 アメリが本棚を眺め、メニーがあたしに振り向いた。

「お姉ちゃんは何の本読む?」
「そうね」

 じっと見る。

「これなんてよさそう」

『女は失恋して綺麗になる。女を磨こう。100の綺麗』

「面白そう」
「お姉ちゃん、あっちに行こう。あっちの方がいいのありそうだよ」
「面白そう」
「お姉ちゃん、ほら、お姉様が行っちゃうから。ね?」

 メニーに引きずられて歩き出す。こつんこつんと足音が響く。上を見上げれば二階に本棚。もっと上を見上げれば三階に本棚。エレベーター。天井がとにかく高くて、シャンデリアだらけ。図書館じゃなくて、どこかの城みたい。

「本を借りるなら専用の図書カードを作らないと」

 アメリが壁に飾られた案内図の前で止まった。

「改築する前のカードも使えるみたいだけど、せっかくだから新しくしたいじゃない?」
「お姉様、改築する前のカード持ってるの?」
「失くした! いい機会だわ!」
「胸張って言うことじゃないよ…」

 メニーがあたしに振り向く。

「お姉ちゃんは?」
「持ってると思う?」
「作ろうか」

 メニーが案内図を見た。

「現在地がここだから、受付は向こうかな」
「メニーーーーーーーー!!」

 大きな声に、あたしとアメリが振り向く。リトルルビィがメニーを抱きしめていた。メニーがあわわと手を泳がす。

「リ、リトルルビィ! 図書館では、お静かに!」
「えへへ! だってメニーがいたから!」
「あら、メニーのお友達じゃない」
「あ、メニーのお姉様!」

 リトルルビィがメニーから離れ、お辞儀した。

「こんにちは! アメリアヌ!」
「こんにちは。ルビィ」
「こんにちは!」

 リトルルビィがでれんと頬を緩ませた。

「……テリー」

 あたしの懐に潜り込んでくる。

「あのね、今バイト中なの。会えて嬉しい。テリー、キスして。むちゅ!」

 リトルルビィがあたしの頬にキスをして、両手で顔を隠した。

「きゃっ!」
「リトルルビィ、お菓子いる?」
「お菓子?」
「キャンディの詰め合わせ」

 リトルルビィに差し出すと、リトルルビィが笑顔で受け取った。

「キャンディ大好き!」
「こら、イチャイチャしない」

 メニーが笑顔で間に入り、リトルルビィをあたしから剥がした。

「駄目でしょ。リトルルビィ、お仕事中なんだから」
「だ、だって、嬉しくて…」
「もう、駄目だよ」

 メニーがあたしの腕に腕を絡ませた。何よ。離しなさいよ。邪魔よ。口には出さないけど。

「リトルルビィ、私達、図書カードを作りたいんだけど、受付ってどこ?」
「案内します!」

 リトルルビィが案内用の旗を上げた。

「どうぞこちらへ!」

 リトルルビィの歩く先に三人でついていく。受付カウンターが見えてきた。

「あら、出入り口に近いのね」

 アメリがそう言って歩き、――止まった。

「んっ」

 アメリが不機嫌な声を出した。

「何よ、あのセクシーボディ女」

 ABCDEFGH。

「どれ…? 何カップ? あの巨乳であの腰のライン、何あれ。むかつく。このアメリアヌを差し置いて…」

 アメリが爪を噛んだ。

「何なのよ!! あの女!!」

(ん?)

 アメリがぎろりと睨み、メニーは息を呑んで見つめる。

「わあ、綺麗な人」
「あのね、新人の司書なの」
「しーんーじーんー?」

 リトルルビィの言葉に、アメリがにやりと笑った。

「ああ、新人って言葉大好き。いいわ。お手並み拝見といこうじゃない…」

 あたしはきょとんと瞬きした。

「………」
「テリーとメニーはここにいなさい。ルビィ、二人を頼んだわよ」
「はい!」
「お姉様?」
「ぐふふふ…。……見てなさい……」

 アメリが手をごきごき鳴らしながら受付カウンターに向かった。カウンターは本の貸し出し手続きで忙しそうだ。

「一週間後に」
「あの、お名前は…」
「一週間後に」
「お綺麗な方ですね。お名前は…」
「一週間後に」
「あの、あの、あの…」
「失礼!」

 アメリがカウンターを叩いた。司書が微笑む。

「いらっしゃいませ」
「いらっしゃってさしあげたわ」
「本日はいかがなさいましたか?」
「わたくし、アメリアヌ・ベックスと申しますの。ここを利用するために、わざわざ図書カードを作りに来ましたのよ」
「さようですか」
「ベックスは由緒正しい貴族の家よ。わたくし、そこの令嬢なの。ちゃんとした可愛い綺麗な美しいカードを作ってくださる? もしも作れなかったら分かってるでしょうね?」
「カードが貴女の美しさに比例しません。もしかしたら貴女には釣り合わないものになってしまうかも」
「……」

 アメリがきょとんとした。司書が眼鏡の位置を直した。

「貴女のような美しい方、見たことがありません。ご用意が出来ないかもしれない」
「……」
「カードはこちらから選べます」

 司書がカードの種類が記載されたファイルをアメリに見せた。

「どれにいたします?」
「……これ」
「薔薇」

 ああ、

「なんということでしょう。貴女のような美しい人が、自分よりも美しくない薔薇を選ぶなんて、哀れな薔薇も報われることでしょう」
「そうなのよね! あたし薔薇よりも美しいの!!」

 アメリが世辞を真に受けやがった。

「ああ、私って、罪な女!」
「図書カードです。お名前を」

 羽根ペンでアメリが字を書く。

「おや、字も実に美しい」
「そうなのよね! 私、字も美しすぎちゃって!」
「図書館では様々な方が集まります。変な殿方に誘惑されないようお気をつけください。特に貴女は魅力的なほど美しいから」
「んまっ!!!!!」

 アメリは上機嫌で振り向いた。

「メニー! テリー! あんた達も早くカード作っちゃいなさい!」
「お姉ちゃん、行こう?」
「………」

 リトルルビィをチラッと見る。リトルルビィがくすっと笑う。あたしはメニーに引っ張られ、ついていく。アメリが司書にあたし達を紹介した。

「私の妹達よ。私より美しくないけど、まあまあ可愛い妹達だから、この子達にも良いものを用意してちょうだい」
「どちらにいたします?」

 司書がメニーにカードの種類が記載されたファイルを見せる。メニーの目玉が動く。

「いっぱいある」
「お好きなものをどうぞ」
「えっと、どうしよう…。迷っちゃうな」

 メニーがリトルルビィを見た。

「リトルルビィはどれにしたの?」
「私は狼さん!」
「あ、狼さん可愛いね」
「うふふ! でしょう?」
「私も動物にしようかな」
「メニー、小鳥さんは?」
「可愛い。これにします」

 司書が頷いてカードを用意する。メニーがあたしに振り向いた。

「お姉ちゃんはどうする?」

 あたしは司書を見る。黄金の瞳と目が合う

「お姉さんのお勧めは?」
「くすす」

 司書が微笑む。

「ありますよ。ぴったりなものが」

 司書がファイルのページをめくった。

「こちらはいかがでしょうか」

 指を差す。

「テリーの花」
「あははは! ちょうどいいじゃない!」

 アメリが横から笑った。

「お姉さん、この子、テリーって言うのよ。本当にぴったりだわ」
「お姉ちゃん、どうする? これにする?」
「これでいいわ」
「かしこまりました」

 司書がそれぞれのカードをメニーとあたしに向ける。

「ご署名を」

 メニーとあたしが名前を書く。メニー・ベックス。テリー・ベックス。

「お姉様に似て、美しいお名前ですね」

 微笑みながら、黄金の瞳があたしを見つめる。あたしも顔を上げる。

「手続きは?」
「以上です」
「そう」
「よし、カードも作ったことだし。メニー、私のように美しい本を探しに行くわよ」
「うん!」
「ルビィ、お勧めの本はある?」
「沢山あるよ!」
「ふふん。不足は無いわ。テリー、行くわよ」
「アメリ、先行ってて」
「え?」
「少しこのお姉さんに訊きたいことがあるのよ」

 司書は笑みを崩さず、ファイルをしまった。

「すぐ行くわ。行ってて」
「分かった。後で合流しましょう」
「あ、じゃあ私も…」
「行くわよ。メニー」
「あ…」

 アメリに引っ張られ、メニーが足を引きずられる。

「……ちょっと待って。アメリ」
「ん?」

 あたしの声に、アメリが振り向く。

「メニーを残してくれない?」
「え?」
「二人行動の方が迷子にならないでしょ」
「ああ、そっか」

 アメリがメニーを見た。

「いい? メニー」
「……あの、私は、どっちでも……」
「じゃあ、後で合流しましょう」

 アメリがリトルルビィを見た。

「案内お願い出来る?」
「お任せを!」

 リトルルビィが案内の旗を上げた。

「お勧めコーナーはこっちです!」
「あはは! ルビィ。なかなか様になってるわよ。そのまま案内役に就職しちゃえば?」
「似合ってる?」
「ええ。似合ってる」
「考えてみようかな」
「ベックス家の案内役になれば? ママに頼んでお給料弾ませてあげるわよ」

 アメリがリトルルビィと一緒に歩いていく。一方、メニーはあたしの隣に歩いて来た。傍にいることをきちんと確認して、カウンターに振り向く。腕を組んで、司書を見下ろす。

「お元気?」
「まあまあ」

 司書が前髪を耳にかけた。

「君は?」
「まあまあ」
「それは良かった」

 司書が微笑むと、メニーがあたしを見た。

「お姉ちゃんのお知り合い?」
「あんたも知ってるでしょう?」
「え?」
「あんたを誘拐した本人じゃない」

 メニーが黙る。青い目が動く。黄金の瞳を見る。

 ソフィアがにこりと微笑んだ。

「ご機嫌よう。メニーお嬢様」
「……」
「ああ、名前は呼ばないでね。クビになっちゃうから」

 ソフィアが人差し指を口元に当てた。メニーがあたしの後ろに隠れた。あたしは変わらずソフィアを見下ろす。

「ソフィアさん、ここで何してるの?」
「くすす。働いてるの」
「あんたが?」
「そうだよ。大人は働くものなのさ」
「あたし知ってるわよ。司書って資格が必要なんでしょ。あんた資格持ってるの?」
「持ってないよ」
「じゃあなんでいるのよ」
「キッド殿下のご命令でね」

 牢屋に入れない代わりに、部下となって働け。その力を利用させろ。

「あのね、この一ヶ月で色んなことがあったんだ」

 体調は思ったよりもすぐに回復して、今まで被害を被ってきた貴族や乙女達に謝罪をして回った。

「けれど、どうしたことかな」

 全員にお礼を言われてしまった。ありがとう。貴女は私達のヒーローですと。

「私は牢屋に入ろうと思ってたんだけど、だったらここで働いてくれと言われてしまってね」

 どうしようもないから、働くことにした。

「それが、罪を償うことなんだって」

 ソフィアの透き通る目があたしを見上げた。

「君に一言言いたかったことがある」

 ソフィアが微笑んだ。

「助けてくれてありがとう」
「助けたのはキッドよ」

 あたしじゃない。

「それと、全員に謝ったなんて嘘でしょ。あんたが屋敷に来たところなんて、見たことないわ」

 大変だったのよ。

「あんたがメニーにかけた催眠のせいで、キッドが死にかけた」
「それ、本当に私の催眠かな?」
「え」

 メニーがきょとんと瞬きした。

「あの、どういうことですか?」
「メニーはもちろん起きてなかった。そうでしょう?」
「はい」
「私は気絶してた。催眠はそこで解けるはずなんだ」

 でも、おかしいと思わなかった?

「地下は崩れず、メニーの催眠は解けなかった」

 もう一つ、催眠が存在していた。

「何を言いたいか、分かる?」
「魔法使いがいたとでも?」
「さあ? どうかな? 私はその時の記憶がもうあやふやでね」

 治療していたら、ひと時の幻だったように記憶が消えてしまった。

「メニーはどう思う?」

 ソフィアの目が動く。

「テリーはどう思う?」
「そんな不気味な話、メニーに聞かせないで」

 メニーに振り向く。

「メニー、気にしなくていいわ。事件は終わった。もう二度と怪盗パストリルは現れない」
「……うん」
「ソフィアさん、この子、本が大好きなの。これからここを沢山利用すると思うわ」

 釘を打つ。

「盗まないでね」
「残念ながら、私はもう盗むほうではなくて、盗まれる方になってしまったんだ」
「ああ、そうよね。図書館のものを盗まれたら怒られるのはあんただものね」
「もう盗まれてる」
「え?」
「ご挨拶は、もう少し後にしようと考えてた。でも」

 いい機会だ。

 呟いたソフィアがにこりと微笑み、息を吸って―――、


 唄った。


 壁に耳あり 障子に目あり
 背中には天使の羽
 呪いにかかった貧乏人
 救いを求めて英雄に
 助けを求めて怪盗に
 そこへ現れし希望の一筋
 触れると太陽
 触れるとぽかぽか
 なんて暖かい光だろう
 それを手に入れるためならば
 私は闇にも染まろう
 愛しい愛しいその光
 いつか私が触れる その時まで
 私の罪を洗い流そう


「テリー」

 ソフィアが立ち上がる。

「テリー」

 眼鏡を外して、

「テリー…」

 顔が近づいた。




 ――ちゅ。





「ふぁ?」
「は?」

 あたしとメニーの、間抜けな声が重なった。ソフィアの唇が、あたしの頬にくっついていた。ソフィアの長い指があたしの短い髪をつまみ、あたしに微笑んで見せる。

「盗んだのは君」

 ――貴族が憎くて仕方ないなら、あたしがあんたを拾ってあげる。

「私の目を覚ましたのは君」

 ――今からあんたはあたしのものよ。

「私の心臓を盗んだのは君」




「あたし達、良いパートナーになれるわ」


 手を握ってぶんぶん。


「選びなさい。あたしのものになるか、このまま死ぬか」







「私は選んだ」

 ソフィアが見つめてくる。

「君のものになることを」

 ソフィアの目がきらきら輝く。

「君を好きになった」

 ソフィアがあたしをまっすぐ見つめる。

「テリーに恋しちゃった」

 呆然とメニーがソフィアを見る。

「この一ヶ月、ずっとテリーのことばかり考えてた」
「あんなにも真剣に、私を怒ってくれたのはテリーだけだった」
「思い出したら、なんとなく、テリーの声がぐるぐる頭を巡って」
「離れなくて」
「想うたびに胸がどきどきして止まらなくて、そのせいで、何度か検査で引っかかったんだから」
「テリー、どうしてくれるの?」
「私の恋心を盗むだなんて」
「いけない子」
「ならば、私も」

 ソフィアが頬を赤らめて、あたしに言った。

「どうか盗ませてくれない? 君の恋心」

 ……………………。

「ソフィア」

 ぽかんと、その目を見つめ、呟く。

「あたし女よ?」

(違う! そうじゃない!)

 いや、言うべきところはあってる。そうじゃなくて、なんか前にもこんなことあった気が。なんか小さな赤ずきんちゃんの時にも同じようなことがあった気が。いや、問題はそこじゃない。何から言えばいいの。どこから突っ込めばいいの?

「驚いた?」

 そうだよね。

「驚くよね。でも諦めて」

 ソフィアが笑い、あたしの顔を優しく掴み、また頬にキスをしてきた。

 ――ちゅ。

「はわっ!?」

 ――ちゅ。

「ちょちょちょ…!?」
「くすす」

 ソフィアがあたしを見つめる。

「盗んだのは君なんだから、責任取って」

(え? え? なんで? なんでこんなことになってるの…?)

 なんでカウンター越しから迫られてるの? ソフィアの手が顔から離れない。

「テリー。好き。頬にキスをしたら、もっと君が恋しくなった」
「えっと…」
「これはきっと運命の再会に違いない。どう? テリー。夕方時間ある?」
「えーーーっと」
「私と一緒にパフェでも食べに行かないかい? 大丈夫。奢ってあげるから好きなのを食べていいよ」
「えーーーーーーっとおおおおおおお」
「そこで、色んな話をしよう? 将来のこととか、結婚式の日程だとか…」
「えええええええええええっとおおおおおおおお……」
「駄目です!」

 あたしの頬を触るソフィアの手を、ぱしんっとメニーが叩いた。ソフィアの手があたしから離れ、ソフィアがメニーを横目で見る。あたしの前に出たメニーが可愛い瞳で、じっ! とソフィアを睨んだ。

「お姉ちゃんは、駄目です!」
「おやおや、メニーお嬢様。どうしたって言うの? そんな目で私を見てくるなんて、まるで恋仇を睨むような目」
「か、からかわないでください!」

 メニーがむすっと頬を膨らませる。

「お姉ちゃんは、将来、私と田舎で暮らすんです! だから、誰とも結婚しないんです!」
「田舎か」

 いいね。

「テリー、将来はどこで暮らしたいの? 私と牧場でも営む?」
「駄目です!」

 メニーが断固拒否した。

「お姉ちゃんは、私と暮らすんです!」
「メニー、これだけは言っておこう」

 ソフィアがメニーの頭を優しく撫でた。

「テリーは、私のものだ」
「違います!!」

 メニーがあたしの腕を掴んだ。

「お姉ちゃんは、誰のものでもありません!」

 メニーがあたしにぴったりくっついた。

「お姉ちゃんはお姉ちゃんのものです!!」
「テリー」

 ソフィアがメニーを無視して、にっこりと、艶やかに、あたしに微笑んだ。

「デートしようよ」
「駄目です!」
「テリー、恋人として付き合おうよ」」
「絶対、駄目!」
「テリー、好きだよ。とても恋しいんだ」
「お姉ちゃんも駄目って言って!」
「テリーのことが頭から離れない。恋しくて恋しくて体が震える」
「お姉ちゃんはイケメンが好きだから駄目です!」
「ねえ、テリー、デートしよう? 大人について教えてあげる」
「お姉ちゃん!」
「そうだね。まずは、そうだな」

 ソフィアがぽつりと言った。

「胸が大きくなる方法、試してみたくない?」
「何っ!?」

 その言葉に食いついたあたしをメニーが睨んだ。

「お姉ちゃん!」
「だって、メニー、胸が大きくなるのよ!? 試してみたいじゃない!」
「大丈夫だよ! お姉ちゃんは胸なんか大きくなくても十分魅力的だよ!」
「あんた馬鹿ね! 胸がデカかったらデカい分男は寄ってくるのよ!」
「いいよ! お姉ちゃんは将来私といるんだから、胸なんていいの!」
「メニー! 我儘言うんじゃない!」
「我儘なんか言ってないよ!」
「お黙り!」
「理不尽!」
「こらこら、図書館ではお静かに」
「「誰のせいだと思ってるの!!」」

 二人で声を揃えてソフィアに怒鳴れば、ソフィアがおどけて笑った。

「おっと、怖い怖い」

 イラッ。

 あたしが静かに怒りの炎を燃やし始めると、ソフィアがおかしそうにあたし達を見た。

「ふふっ、やっぱり面白い」

 テリーの近くにいると、笑いがこみあげてくる。

「ターゲットは既に決まっている。後は遂行するだけだ」

 ソフィアは妖艶ににやける。

「必ず盗んでみせよう。テリーの恋心を」

(ああ……)

 なんでこうなるのかしら。

(頭が痛い)

 また過去が変わった。未来が変わった。

 一度目では、
(キッドに)
(キスをすることもなかった)

 一度目では、
(サリアと)
(旅行に行くことなんてなかった)

 一度目では、
(リトルルビィに)
(吸血されることもなかった)

 一度目では、
(クロシェ先生は)
(あたし達に本気で叱りつけることはなかった)

 一度目では、
(ニクスに)
(約束を守ってもらえなかった)

 一度目では、
(ソフィアと)
(向き合って話すこともなかった)

 あたしが助けたキッドがまた助けて、消えていくはずの魂を救いだす。

(キッドは生きている)

 それだけで、こんなにも世界は違っている。あたしの運命は変わってきている。

 中毒者。飴の魔法使い。呪い。

(追えば追うほど平和になる事件)

 あたしは顔をしかめる。

(難しいことは分からない)
(あたしはただ)

 死刑を回避する未来に進むだけ。

「ソフィア、冗談は分かったわ。あんたはどうやら人をからかいたくて仕方ないのね。そうに決まってる」

 あたしは手をひらひらと揺らした。

「いいわ。久しぶりの再会っていうこともあるから許してあげる。お勧めの本のコーナーがあったら教えなさい。それでチャラにするから」
「くすすっ。いいよ。教えてあげる」

 ただし、

「テリーからのキスを、一回くれたらね」
「………………………」
「……メニー?」

 ごごごごごごごごごごごごごご。

「メニー、どうしたの? メニー!?」

 ごごごごごごごごごごごごごご。

「あ、あたしは悪くないわよ!? メニー! メニー! しっかりおし!」

 ごごごごごごごごごごごごごご。

「な、なんてこと…! メニーが今まで見たことのない静かで激しい怒りの炎を燃やしているわ!」

 ソフィアに振り向く。

「何とかしなさいよ!」
「流石に怒りを盗むことは出来ないよ。盗みたくないし」
「お前! この役立たず!!」
「…………」
「メニー! 正気になるのよ! メニー!! これは、きっと怒りの催眠なのよ!!」

 メニー、メニー、メニー、どうか怒りの炎を鎮めたまえ。そしてあたしを死刑にしないでちょうだい!

「メニー! しっかりして! メニー!!」


 罪滅ぼし活動ミッション、メニーの怒りを鎮める。


「メニー! 図書館は、お静かにしないといけないのよ! ね!」

 ごごごごごごごごごごごごごご。

「メニー! しっかりして! こんな女の催眠にかかっては駄目よ!」
「あ、テリー」
「何よ!」

 振り向く。黄金の瞳がきらりと光った。

(え)

 くらりと目眩。

「は…」
「おっと」

 カウンター側に倒れると、メニーがはっとした。あたしの体を、ソフィアが支えた。顔を覗き込まれる。

「ご体調が優れないようだ。レディ」

 あたしの唇をなぞる。

「裏の部屋で、二人きりで、休もうか」
「っっっっっっっ」

 メニーが大きく息を吸った。

「駄目ぇえええええええええええええ!!!!」

 メニーの怒声が、図書館中に反響したのだった。









四章 仮面で奏でし恋の唄(後編) END
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