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四章:仮面で奏でし恋の唄(後編)

第10話 仮面で奏でし恋の唄(3)

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 ………………………。



 呆然とキッドを見つめる。にこにこ笑うキッドを、にたにた笑うキッドを、ニヤニヤ笑うキッドを、ただじっと見つめる。

(………まさか)

 キッドって、




 同 性 愛 者 ? 





 キッドを見つめる。

(いや)

 こいつ、女からも男からもモテるって言ってた。

(そうだ)

 キッドは王子様。

(王子様がそんなものを持ってはいけない)

 キッドの欠陥。




 男が好き。




「………………納得した」

 そっと手を伸ばす。

「だから、あたししかいないのね?」

 キッドが関わったレディは、皆、キッドを好きになってしまう。

「だからあたしに執着したのね」

 あたしがキッドを好きにならないから。

「何が結婚しようよ」

 キッドの頭を優しく撫でた。

「最初からそう言えば良かったのに」
「言えないだろ」
「知らないの? 貴族ではよくある話よ」

 結婚しているけれど、同性が好きだから同性の愛人がいる。

「いいわ。ぎゅってしてあげる」
「わぷ」

 キッドによじ登り、膝を立てて上から抱きしめる。ぎゅっとすると、キッドがくすくす笑い出した。

「くくっ。テリー、苦しいよ」
「不憫な奴ね。わざわざあたしを口説く真似なんかして」

 キッドの頭を撫でる。

「へえ。男の子が好きなの」
「うん。大好き」
「あ、そう」
「だから女の子と遊んだからって、浮気じゃないよ」
「そうよね。女の子が好きじゃないんじゃ、浮気する対象は男だものね」

 腑に落ちた。

「そうだよ。俺は男の子に恋をしてしまう。だから男の子には近づけない。立場上、恋をしてしまったら困るからね」
「確かにそうね」
「でも女の子には恋をしない。だから女の子は傍にいて困らない。絶対に好きにならないから。キスをしても裸を見ても好きになることはない。今までもそうだった。女の子には、恋はできない。愛することも出来ない」
「裸まで見たことあるの?」
「絶頂させたからね」


 ……………………………。


 キッドを冷たい目で見下ろす。目が合えば、くくっと、キッドが楽しそうに笑った。

「意味、分かる?」
「なめないで」
「でも最後までじゃないよ? 俺脱いでないもん。最後の途中まで」
「どうでもいい」
「だって求められちゃったからさ」
「……当時の彼女?」
「一週間付き合ってた」
「どうして別れたの?」
「お友達と俺を取り合うもんだから、全く関係ない子と付き合うことにして別れた」
「逃げるのが上手いわね」
「慣れたよ」

 キッドがあたしの腰を撫でた。

「そういうことに興味もあったしさ」
「そう」
「テリーはしたことある?」
「あたし13歳」
「俺、それをしたの13歳」
「嘘でしょ?」
「本当」

 気持ちよさそうだったな。

「触るたびに体が跳ねるんだ」

 ここかな。ここかなって触るんだ。

「気持ちいいんだって」

 俺は一人でするから自分のいいところしか知らないけど、似たような所に触ってみるんだ。

「女の子ってさ、可愛いよね。声も高くて、えろい体してて、存在自体が魅了してくる」
「だからキスをして」
「大人の行為もして」
「そこで好きになれたら一番良かった」

 だけど、

「それでも、やっぱり、女の子に恋をすることは出来なかった。愛することも出来なかった」





 やっぱり、男の子が好き。





「でもね」


 キッドは、笑う。


「テリー」


 あたしの名前を呼ぶ。


「俺は、たった一人例外がいることに気づいたんだ」


 あたしは首を傾げた。

「例外?」

 キッドが微笑む。

「あのさ、テリー」

 毒を食べたプリンセス

「メニーに罪はないけど、俺は刺されたよ」

 眠ってしまったプリンセス

「死ぬ時って、なんとなく分かるんだ」

 悲しみ暮れたプリンセス

「俺は本気で死ぬことを悟った」

 眠ったままのプリンセス

「これで終わりかあって思ったよ」

 迎えを待ったプリンセス

「もう死ぬのかあって諦めた」

 夢が消えたプリンセス

「まだ王様になってないのになあって思った」

 魂消えいくプリンセス

「でも」

 しかし目覚めたプリンセス

「俺は生きてた」

 赤き糸の導きで

「起こされた」

 現われ出でた王子様

「お前が死んだら自分も死んでやるって言われちゃってさ。起きるしかなかった」

 目覚めてしまったプリンセス

「その瞬間に」

 気づいてしまったプリンセス

「不思議なことが起きた」

 恋の花が咲き乱れ

「その存在に気付いた」

 愛に目覚めたその魂

「例外だ」

 相手は誰だ

「男の子じゃない」

 王子じゃない

「女の子だった」

 相手は誰だ

「例外がいた」

 その名を求める

「俺はとてもその存在が恋しかった」

 相手は誰だ

「俺はとてもその存在が愛しかった」

 それに気づいた途端、

「とても死ねないと思った」

 だって、その女の子は、

「もう、とんでもないくらい泣き虫でさ」

 泣くんだよ。

「声を出して泣くなら分かるんだ。でも、なんでだろうね。声を抑えて、黙って泣くんだよ」

 誰にも聞かれないようにしているように、涙だけ流すんだ。

「その姿が痛々しくて」

 俺が抱き締めれば、ようやく泣き止む。子供みたいに。

「俺が死んだら、誰がその子を泣き止ませられるんだろう」

 俺は起きた。目を覚ますと、まずその子が目に映った。その子が俺の目の前にいたからね。

「さっきも言った通り、キスをすれば運命の相手がわかる。どんなに醜くても、どんなに美しくても、キスをして、目を合わせれば、それが運命の相手かどうか、分かるから、童話のお姫様は、王子様と結婚する」

 さて、そこで、

「俺は見つけてしまったわけだ」

 泣いてて、
 泣き止まそうと思って目を覚まして、
 目が合った時に見つけた。
 あ、いた、運命の相手だ。って思ったわけだ。
 あ、なるほど、だからか。って思ったわけだ。
 ずっと感じてた違和感が解かれた。
 俺の運命の相手。
 それが、まさかまさかの、女の子。
 恋をするはずのない女の子だった。男の子じゃなかった。
 でも、もうそんなの関係ないと思った。
 だって、彼女こそが運命の相手だ。
 俺の運命の相手は、もう、その女の子しかいないんだ。

 胸がドキドキして、
 目が合えば心臓が止まりそうになる。
 ずっと傍に居たい。
 くっついてたい。
 絶対に泣かせはしない。
 悲しませたりしない。
 まるで依存してしまいそうなほど、俺は胸を焦がれている。
 その女の子に。
 離れたくない。
 だから執着する。
 絶対に離さない。
 目つきが悪くて、
 愛想も悪くて、
 反応も薄くて、
 凶暴で、
 年齢と性格が合ってなくて、

 それでも、

 素直になる瞬間はとてもとても愛おしくて仕方ない。
 尊くて胸がはちきれそうになる。
 抱き締めれば、涙が止まる。
 その姿が愛おしい。
 綺麗な色じゃないはずの赤髪が、綺麗だと思ってしまうほど恋しくなる。
 その体をすぐにでも抱きしめて愛でたくなる。
 愛してると囁きたくなる。

「この俺がだよ?」

 心を奪われてしまった。恋心を盗まれた。

 前々から興味はあった。
 前々からお気に入りだった。
 お気に入りだと思ってた。
 気づかないうちに、それ以上になっていたのに。
 気づかなかった。

 でも、
 それが、
 キスによって、
 目覚めて、
 目が合って、

 あ、これだ、と気づいた。

 運命を感じた。
 これこそ、運命だ。

 赤い糸が導いた。

「そう」
「そうなんだよ」
「気づいちゃったんだよ」
「そういうことだったんだ」
「そう」
「そこでさ」
「それでさ」
「そうしてさ」
「あのさ」

 テリー?



「何逃げようとしてるの?」





 ――ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ!!!!!!!


 あたしは必死に、キッドの部屋のドアノブをひねっていた。

「なんで!?」

(なんで開かないの!?)

 青い顔で、ずっとひねってる。

 ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ!!!!!!!

「テリー、まだ足りないから、ぎゅってして」

 ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ!!!!!!!

「無駄だって分かんないかな? なんで無駄な努力をするんだろうな? お前は」

(開かない開かない開かない開かない!!)

「分からないなら、分かるまで伝えるまでだ」

 キッドが立ち上がる。

「俺、ピンと来ちゃったんだよねぇ」

(なんで開かないの!? 内鍵は開いてるのに!?)

「もうその子しかいないって思ったんだ」

(なんで? こっち? 開かない! こっち? 開かない! どれも開かない! なんで!?)

「運命の歯車が動き出した」

(逃げないと! どこからでもいい! 抜け道がどこかに…!!)

「テリー、そうだ」

 ―――――――――ドンッ、と、後ろから、手が伸びて、あたしの前にある扉を押さえる。
 その手を見て、
 体が震えて、
 がたがた震えて、
 ぶるぶる唇が震えて、
 引き攣る顔でゆっくり振り向くと、

 キッドが、じっと、あたしから視線を逸らさずに、見つめて、優しく、微笑んでいた。

「俺はテリーを気に入っていた」

 結婚出来るほどね。

「でも、それが、気に入った、から急成長を遂げていたんだ」

 いつの間にか。

「気づかせたのはお前だよ」

 テリー。

「一緒にいたいと、離れたくないと、何が何でも、縛りつけておきたいと思うこの感情」

 分かるか? テリー。


 お  れ  は   ね  ?


「恋に落ちていた」

「テリーに」

「既に心を盗まれていたんだ」


 キッドが笑う。


「俺気づいたよ」
「テリーに本気で惚れていることに」
「テリーを本気で好きになっていることに」
「テリーに本気で恋をしたことに」
「テリーを本気で愛してしまったことに」

 テリー、テリー、テリー。

「テリー!!」

 キッドが、姿勢を正して、高らかに微笑んで、誇らしげに胸を張って、その胸に手を置いて、元気で大きなはきはきした声で、宣言した。

「俺は」
「キッドは」
「この国の第一王子は!」
「テリー・ベックスが好きだ!!!」
「この胸が、焦がれるほどに!!」
「この国の、第一王子が、運命の赤い糸の導きにより、見つけ出したんだ!!」
「テリー、言ってたよな?」


 ――あたしを好きに利用するといい。でも、約束して。あたしを必ず守って。それこそ、あたしが国から死刑宣告を受けて群衆の前でギロチン刑にされそうになっても、必ずそこから助け出して。

 そこまでしてくれるなら、


「婚約者でも、結婚相手でも、なんだってなってあげる!!」
「いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!」

 悲鳴をあげて、背中を扉にくっつけて、後ずされないのに後ずさって、高らかに笑うキッドを見開いた目で見上げる。

「今更何を…!!」

 言うんだ! お前は!!!!

 そう言う前に、ドンッ! と、また、キッドの手が扉を押さえる。あたしを閉じ込めるように、あえてあたしの横に手を伸ばして、顔を近づける。

「ねえ、テリー」

 見つめてくるその目に、嘘はなくて、嘘は存在しない。

「結婚しよう」

 その目は、本気だ。

「ひぇっ!?」

 思わず、情けない悲鳴をあげる。

「テリー!」

 キッドは輝く瞳であたしを見つめ続ける。

「俺、考えたんだ。この一ヶ月で、テリーが俺と結婚するまでの人生ストーリーを!!」
「はっ!?」
「いいか、テリー? つまりさ、こういうことだ」

 10歳で俺と出会う。
 11歳で俺と再会する。
 12歳で俺と初めてのデートをする。
 13歳で俺の正式な婚約者になる。
 14歳でテリーが家族と暮らす最後の一年になる。
 15歳で俺と結婚する。

「宮殿に住むことになるから、そこから先は俺と一緒に運命を共にする」
「ほら、完璧だ」
「で、テリー」

 じっと、黒に近い青い目が、あたしの目を、じぃっと、じいいっと、じいーーーーーーっと、見てくる。

「次はいつキスする?」
「次はいつデートする?」
「次はいつ手を繋ぐ?」
「次はいつ見つめ合う?」
「いつえっちする?」
「いつセックスする?」
「いつ子作りする?」
「いつジクシィ買いに行く?」
「いつウエディングドレス選びに行く?」
「新婚旅行はどこに行きたい?」
「結婚式場は城でいい? 教会が良い?」
「何月何日に結婚式あげる?」
「何人家族になりたい?」
「何人赤ちゃん欲しい?」
「子供の名前は何がいい?」
「ペット飼う?」
「結婚の前に同棲してみる?」
「二人暮らししてみる?」
「いつまでにどうなりたい?」
「ねえ、テリー」
「テリーテリーテリーテリーテリーテリーテリーテリーテリーテリーテリーテリーテリーテリーテリーテリーテリーテリーテリーテリーテリーテリーテリーテリーテリーテリーテリーテリーテリーテリーテリーテリーテリーテリーテリーテリー?」
「ねえってば」

 キッドの顔を掴む。

「おもっっったいわ!!!!」

 キッドの近づいた顔を両手でぐっと押し込む。

「絶対嫌よ!! 婚約解消よ!! 破棄破棄!! これは破棄!! あたしは破棄するわ!! 無理無理無理無理!!」
「駄目!! 許可しない! 今度こそ! 正式に! テリーを婚約者として迎えるんだ!!」
「あんたね! 13歳の女の子になんてことを言ってるのよ!!」
「俺だって!! 普通の13歳の子供にこんなこと言わないさ!! だけど、相手はテリーなんだもん! テリーを相手に何もしないって言うの!? おかしいよ!」
「てめぇの方がおかしいわよ!!」
「もう逃がさないよ! テリー!!」

 そう言って、顔を押さえていたあたしの手を掴み、跪き、顔を青ざめるあたしを、輝かしい瞳で、きらきら輝かせて、見上げてくる。

「今度こそ、本当に、本格的に、俺のお嫁さんになる約束をしてくれないか?」

 ――――気持ち悪い!!!!

「お断りよ! ばぁぁああああか!!」

 全力で叫ぶと、ふむ、とキッドが頷き、あたしの手を離す。あたしは解放された手を抱えて、またドアノブをひねる。ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ!! 開かない!! なんでよ!! あたしの姿を見ながらキッドが立ち上がり、提案を持ちかける。

「ならば、こうしよう。テリー」
「何よ!!」
「遊ぼう」
「この期に及んでまだ遊ぼうってか!!」
「ババ抜きだ」

 ぴたりと、あたしの手が止まる。ちらっと振り向けば、キッドが真剣な眼差しで見つめてくる。

「俺が勝てばこの婚約は継続。婚約届も手元に置いておき、いつでも出せる準備をしておく。お前は俺のものだ。逆にお前が勝てば婚約は破棄。婚約届はお前に渡して、お前は自由の身となる」
「………なるほど」

 納得して、ドアノブから手を離す。それを見て、キッドが、にやあ、と笑った。

「くくっ、どうする? 別にしなくてもいいんだよ? 俺はいつだって役所に届けを出せるんだから」

 役所に届けを出せば、

「お前はどっちみち、俺のもの」
「お前のものにはならないわ」

 キッドを睨む。

「やるに決まってるでしょう。やってやろうじゃないのよ」
「へえ?」

 いいの?

「負けるよ? テリー」

(こいつ…!)

 ぐっと歯をくいしばる。

「あたしが勝ったら、本当に婚約は解消できるのね?」
「ああ。約束しよう」
「あとで、王様になりたいから必要なんだ婚約者を続けてくれー、って泣きついても聞かないわよ」
「ああ、いいよ。必ず婚約は解消しよう」
「絶対ね?」
「ああ、絶対」
「分かった。やるわ」

 頷き、キッドも頷く。

「交渉成立」

 さあ、

「始めようか、テリー」

 運命の勝負だ。

「望むところよ!!」

(ババ抜きがなんぼのもんじゃい!!)
(あたしは、)
(自分の運命に)

 負けたりしない!!!!!!!

「正々堂々勝負よ!!」

 そう叫ぶあたしに、キッドがにんまりと、笑った。




(*'ω'*)




 キッドと、トランプを手に持つ。
 多く持ったトランプを見て、同じ数字のものを中心に捨てていく。

 二人しかいないから、手持ちに残ったカードは10枚にも満たない。

 キッドに向ける。キッドがあたしの手札を取る。10のトランプを捨てる。あたしが取る。5の数字を捨てる。キッドがあたしの手札を取る。2の数字を捨てる。繰り返される。ひたすら、勝負の終わりに近づいていく。

 あたしの手札には、ジョーカーと、ハートのクイーンが残った。

(……………………ジョーカー、頼んだわよ)

 あんたが、キッドを誘うのよ。あんたがあたしの未来を決めるのよ。

 じっとキッドを睨むと、キッドが考え込む。考えて、手を伸ばして、にたっと、微笑んだ。

「ねえ、テリー」
「何よ」

 慎重に返事を返す。あたしの返事で手札を調べる気かもしれない。こいつは勘が鋭い。でもキッドはサリアじゃない。サリアだと負けてしまうけど、まだ、相手がサリアじゃないなら、チャンスはある。
 あたしは、キッドを睨む。手札は見ない。キッドを、ひたすら見つめる。

「覚えてる? 俺の好きなこと」
「…何よ」
「俺さ、人の目を見るのが好きなんだ。キラキラしてて綺麗だろ?」
「ああ、あんた、よく言ってるわね」

 だからよく目が合うのよ。こいつと。目をじっと見てるから。
 キッドが、あたしの目を、反射するあたしの目を、見てるから、反射する、あたしの目玉の、その背景を見ていたから。

「…………………………………」

 あたしははっとする。

「まさか!!」

 目玉から情報を!!

「この卑怯者!!」
「残念。流石に目玉はこの距離からだとよく見えないから、そうじゃない」
「今のお前は何を言っても信用ならないのよ! 分かってる!?」

 あたしは目を隠す。

「見ないで! えっち!」
「違うよ。そうじゃなくて、お前の目が真剣そのもので、より綺麗に見えるって言いたかっただけ」
「うるさい。何もときめかないわよ! 怖いだけよ!」
「怖くないよ。俺、お前を愛してるんだ。何も怖いことしないよ」
「怖いことしないならこんな勝負しないと思うけど!?」
「それはしょうがないさ。お互いの関係を決めるためだから」

 と、無駄話はここまでにしよう。

「残念ながら、分かりやすいお前の反応に、俺はもう分かってしまった。ジョーカーがどちらか、クイーンがどちらか」

 びくっ。

「おほほほほ!」

 あたしの笑いが引き攣る。

「そんなわけないでしょ!?」

 こいつ、カマかけてるのよ。あたし、ビビっちゃ駄目。ファイト。あたし。美しいわよ。

「あたしは騙されないわよ。この馬鹿」
「うん。いいよ。別に」

 俺は優しいからね。

「仕方ない。ここは俺が分かりやすすぎるテリーに同情して」

 キッドの手がそっと、ジョーカーを抜いた。

「テリーに選ばせてあげるよ」

 背中に手札を隠し、混ぜて、トランプの裏をあたしに差し出す。

 右か、左か。

「はい、選んで」

 キッドは天使のように、嫌なくらい優しい笑みを浮かべる。

「俺との婚約か、自由の身か、たったの二択。簡単でしょ? 選びやすいように持ってるから、テリーが選んで」
「………っ」

 あたしの顔が青ざめる。じっと、差し出されるトランプを見つめる。

(ここで外したら、あたしはこの先、この変態王子の婚約者!)

 婚約届は永遠にキッドの手に!

(ここで決めるしかない……!)

 トランプを睨む。

(思い出すのよ。サリアとトランプをやったじゃない)

 サリアは言ってた。口を見ろと。

 右か、左か。
 左か、右か。

 右?

 右手を少し動かして、キッドの口を見る。
 キッドの反応は変わらない。
 左手を少し動かして、キッドの口を見る。
 キッドが唾を呑んだ。
 目を見る。目が合う。キッドが声を出して嬉しそうに笑った。

(……………)

 もう一回手を動かす。
 キッドが口角を上げる。そわそわする。キッドがあたしを見つめる。
 わざと? あえて? 左? いや、右?
 分からなくなってきた。

「……ちょっとたんま」

 はあっと、息を吐く。

「何? テリー、緊張してるの?」

 焦らすね。

「可愛い」
「うるさい。こっちは人生がかかってるのよ」

 きっ! と睨むと、キッドはくすくす笑い、頭を斜めに傾ける。

「俺はいいんだよ。このまま悩みに悩むテリーを眺めているのも悪くない。胸がどきどきする」
「そういう余裕のあるところが嫌なのよ。待ってて。集中力を取り戻したら、すぐに選ぶわ」
「まさか、俺に勝てると思ってるの?」
「婚約なんて解消してやる。絶対勝つわ」
「さて、どうなることやら?」

 にんまり笑うその顔が嫌い。ふん、と鼻を鳴らした。

「余裕な笑いもそこまでよ。あたしを誰だと思ってるの?」
「テリー」
「そうよ。あたしはテリー・ベックス。ここで終わる女じゃないのよ」

 そこらへんで諦めて、「キッドのお嫁さんになんて…私…嫌よ…! 嫌なのに、拒めない…!」なんて乙女発言する可愛い女だと思わないで。

「何があったってあたしは諦めないのよ」

 死刑を回避出来るなら、
 牢獄行きを回避出来るなら、
 キッドとの婚約を破棄出来るなら、

「この戦い、諦めてなるものですか!」

 あたしがすごいってところ、この王子に見せつけてやる。

「覚悟おし! キッド! 今にあたしのすごさがわかるんだから! クイーンを選んであたしは解放される! これであんたとはおさらばよ! 言っておくけど、紹介所の権利はあたしのものよ! お前なんかに譲るもんか!」
「ああ。構わないよ」
「後悔しても知らないわよ」

 トランプに向き合い、あたしはじっとトランプを睨む。

 右か左か。

 あたしはあたしを信じる。

 左だ。

 疑う。なぜ左だと思った?

 目についた。なぜ?

 あたしが右利きだから?

 違う。

 キッドの右手の小指だ。王冠の指輪。あたしから見て左にある、キッドの右手。それに目がついた。
 やけに目立つのよね。その指輪のデザイン可愛いし。

(……待て)

 あたしの目が、開かれていく。

(こいつの心理)

 読 み 取 っ た り !!!!

(分かった! 絶対にそうだ! キッドめ! 馬鹿な奴! こいつこの指輪をつけてる方に、クイーンを持ってるに違いない! だって王冠だもん! 王冠をつけてるのはクイーンよ! よって、クイーンがいるのは、左!!)

「キッド」

 ふふっ。にやけが止まらない。

「あたしの勝ちよ」

 キッドは微笑む。

「へえ?」

 口角が下がる。

「これは、簡単すぎたかな? まずいかも」

 キッドの目が鋭くなる。

「テリー、俺のものになって? 今なら、許してあげるよ」
「お断りよ!!」

 あたしは笑った。

「誰があんたのものになんてなるもんか!」
「男が好きですって!?」
「おっほっほっほっほっ!」
「だったら素敵な紳士と仲良く恋愛してなさいよ!!」
「話くらいなら、聞いてあげてもよくってよ?」
「お友達くらいになら、なってあげてもよくってよ?」
「でもね」
「婚約者なんて」
「もうまっぴら御免よ!」
「あたしは、これで、」
「自由の身よーーーーーー!!!!」


 左のトランプを掴み、めくった。






 ジョーカー。




「…………………………………………」



 え?




「はあ」

 キッドが安堵の息を吐いた。容赦なくあたしの手からハートのクイーンを奪い、ダイヤのクイーンと一緒に、捨てる。

 あたしの手札には、ジョーカーが残される。

 あたしが負けた。

「……………………………………」
「せっかく、選択肢をあげたのに」

 くくっ、

「俺との未来か、自由の未来か」

 指輪をつけている道か、指輪をつけていない道か、
 ジョーカーか、クイーンか。

「テリーってば」

 くくっ、

「本当に運がいいね」

 キッドが、笑う。

 くくっと、笑う。

 俯いて笑う。

 肩を揺らして笑う。

 くつくつ笑う。

 愉快げに笑う。

 くっくっと笑う。

 くっくっくっと笑う。

 くっくっくっくっくっと笑う。

「くくくく、」

「あはははは!」

 キッドが笑う。

「あっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ!!」

 キッドが笑った。

「はぁーーーーはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ!!!!!」
「………………っっっっ」

 あたしの血の気が、さーーーーーーーーっと下がっていく。
 キッドの、笑い声が、喜びが、歓声が、興奮の声が、部屋の中に響く。
 あたしは座ったまま、後ろに下がる。キッドがゆっくりと立ち上がる。その目は喜び、口元は口角を上げる。

 キッドが『獲物』を見下ろす。

「あーあ」

 キッドの目が見開かれる。

「選んじゃったね」

 自らで。

「選んじゃったね」

 俺との未来を。

「自分で選んだんだから、文句はないよね?」

 キッドが近づく。

「今度こそ、絶対的に」
「完全に!」
「パーフェクトに!」
「明確に!」
「的確に!」
「確定的に!」
「決定的に!」
「お前は!」

 俺のものだーーーーーーー!!!!!

「ぎゃあああああああああ!!!」

 悲鳴をあげて、逃げ出そうと地面を蹴り、腰が抜けている事に気づき、慌てて開かない扉に手を伸ばせば、キッドがあたしの体を抱き抱えた。

「ひぇっ!?」

 お姫様抱っこをされて、

「はっ!?」

 微笑むキッドが、

「やっ!」

 乱暴にベッドにあたしを投げて、

「何するのよ!」

 起き上がって怒鳴るあたしの上に、キッドが乗っかってきた。

「許してあげるって言ったのに、断るからだよ」

 ベッドのきしむ音が聞こえて、ぞっと背筋が寒くなって、後ろに下がる。

「ちょっ…」

(まずい!! こうなったら!! 最後の手段!!)

 コマンド、逃げる!!

(逃げるが勝ち!!)

 体を起こして、キッドから逃げようとベッドから下りようと身を捩らせれば、キッドがあたしの右手首を掴んだ。

「あっ」

 キッドがあたしの左手首を掴んだ。

「え」

 そのまま、あたしを押し倒して、




 キッドの体が、あたしの上に、沈んだ。

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楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

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