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四章:仮面で奏でし恋の唄(後編)
第5話 最強の魔法(1)
しおりを挟む「「そーれ」」
「「えっさ、ほいさ! えっさ、ほいさ!」」
兵士達が担架に縛ったソフィアを運んでいく。
「メニーを見つけなきゃ! メニー! 助けに来たよー!」
リトルルビィがメニーを探しに行く。
「ビリー様! 無事テリー様を保護致しました!」
「この隠れ家の調査に移ります!」
「怪我人は何人出た?」
「誰か、薬を打った方がいい奴はいるか?」
ぽつぽつと兵士達が廊下に残り、無線機で連絡を取り合う。
その中で、キッドの手があたしの手を優しく握った。
「さあ、行こう。テリー」
夜景が見える綺麗な所。
「連れて行ってあげる。おいで」
あたしは手を振り払った。
「テリー」
右ストレート。
「テリー」
左ストレート。
「くくっ。テリーってば」
ジャブ、フック、左アッパーからのボディブローからのワンツー・スリーのパンチ。たまにキック。
「テリー」
「るせえ!!」
あたしが怒り狂う中、キッドがへらへらと胡散臭い笑みで自分に与えられる攻撃を全て受け止める。
「てめっ! よくも! この! テリー様を! 餌に! ダシに! 使って! くれた! わね! くたばれ! この! 木偶の坊! たわけ! 糞野郎! クソガキ! 死ね! ギロチンに! 首を! 差し出せ!」
「あはははは。作戦Dだよ。テリー」
「何が! 作戦! Dよ! 聞いて! ないわよ! 黙って! 決め! やがって! このやろ! いっつも! お前は! そうよ! いっつも! 勝手に! 決めて! ふざけ! やがって!」
「だって仮面舞踏会にテリーがいたんだもん」
パストリルが新たな宝を盗もうとしてることは察しがついていた。メニーが現れないことも想定済みだった。
「最強の『囮』も用意していた」
用意していたけど、
「テリーを見つけちゃった」
くくっ。
「助かったよ。テリー」
「くたばれ!!!」
ぎ余裕の笑みを浮かべるキッドをぎっ! と睨む。
「あんたのせいであたしは死にかけたのよ!」
分かってる!?
「あたし、撃たれたのよ!」
こことこことこことここ!
「さらに味のしないくそ不味いシチューを飲まされて」
見てよ! この血だらけのドレス!
「着せ替え人形にされたのよ!?」
誰が悪い?
「てめえが悪いのよ!!」
「キッドが、パストリルに喧嘩なんか売るから!」
「お前が王族だったから!」
「お前が王子だったから!!」
「余計に話がこじれたんじゃない!」
「お前のせいだ! お前のせいだ!!」
「あたしの目の潤い目の保養心の癒しも全部全部奪いやがって!」
「お前こそ怪盗よ! 泥棒よ!」
「殴らせろ!!」
一発!!
「キッドの顔を殴らせろぉ!!」
「嫌だよ」
顔をしかめて、あたしの一発をキッドが手で受け取った。
「お前もう既に俺の顔を殴ったじゃないか」
俺の素晴らしく形のいい美しい顔を、ぼーんって。
「ねえ、訊いてもいい?」
キッドが、あたしの手を掴んだまま、ずいっと顔を近づかせて、あたしを見下ろす。
「なんでここにいるの? お婆様からメニーを助けろってお告げでもあった?」
「あんたに復讐するためよ!!」
「復讐?」
キッドがきょとんとする。
「何? もしかしてだけど、お前、まさか俺とパストリルが戦ってる隙にメニーを救出して俺から手柄を横取りしようとした、なんて馬鹿な考えを起こしたりしてないだろうな?」
「………」
「そもそも、メニーが会場に現れる前提で話を進めていたわけじゃないだろうな? 人質をそう簡単に放す犯罪者がどこにいるだろう?」
「……………」
「テリー」
キッドがにやりとした。
「もう一度訊こう。なんでタナトスにいるの?」
「るせえ!!!!」
あたしは怒鳴り散らす。
「あたしはね、狸寝入りはしないのよ!」
一度復讐を誓ったらとことん追い詰める!
「ベックス家次女をなめないでくれる!?」
短い髪を払った。
「よくも今までその正体を黙ってたわね」
「キッド殿下」
「散々人をこけにして、楽しかった?」
「あたしの純粋できらきらした心が、どれだけあんたに振り回されたことか!」
「よくもあたしを散々口説いて」
「よくもあたしを散々からかって」
「よくもあたしを散々馬鹿にして」
あたしはキッドを睨みつける。
「お前だけは許さない!」
拳を固めて、キッドに腕を振る。
「くたばれ!」
その拳を、ひょいとキッドが簡単に受け取り、きゅっと握る。
「なんで?」
不思議そうにあたしを見つめる。
「なんで王族だと関わらないの?」
青い目があたしを見つめる。
「なんで国王の子供だからって、関わりたくないの?」
ベックス家。
「由緒正しい昔からある貴族の血。ならば分かるはずだ。我が一族は代々この国を支えている。我が一族の名を言うだけで、人々の目はたちまち輝く。顔を知ってる仲ならば、その縁を何としてでも手放したくないと思う相手」
王族。
「我が一族」
国の頂点。
「俺は第一王子」
あたしだけを見つめる。
「第一王子はお前の想いを受け入れよう」
キッドがあたしの拳を優しく和らげる。
「一夜だけ俺に淡い想いを寄せたのなら、二夜も三夜も寄せると良い」
テリーならば許可する。
「は?」
あたしは手を振り払う。
「許可するですって?」
キッドを睨むと、キッドが頷いた。
「正直に俺が好きなら、最初から好きだと言ってくれたら良かったのに」
「何言ってるの。お前なんて好きじゃない」
「またまた、こいつめ」
頬を人差し指でつんとされる。
「ほら、正直に言ってみな。キッドが好き。好きで好きでたまらない。一生離れない。はい、復唱」
「誰が言うか」
「テリー。今なら許可する。三秒だ」
「勝手に数えなさい。あたしは結構よ。お前なんかいらない」
「テリー。俺のことが好きなら正直に言ってごらん。受け入れると言ってるだろ?」
「好きじゃない」
キッドは微笑む。
「テリー」
「好きじゃない」
「照れはもういいから」
「好きじゃない」
「テリー」
「キッド」
あたしは真剣にキッドを見上げる。
「あたし、やっぱり合わない」
首を振って、キッドの手を握る。
「婚約は解消するべきだわ」
キッドが微笑んだまま黙った。
「だってそうでしょう?」
あたしは視線を落とす。
「元々無理だったのよ。やり方も無理矢理で、めちゃくちゃだった」
あたしとキッドは、お互いの距離を守るべきだった。それ以上、行ってしまったのだ。
「もう無理」
あたしは拒む。
「無理」
手を緩ます。
「付き合いきれない」
あたしは一歩引く。
「婚約は解消しましょう」
で、
「また友達として始めればいいわ」
あたしも、キッドの友達だと言い張るレディ達の仲間入り。
「それならつかず離れずの仲でいられる」
その方がお互いのためになるかもしれない。
「その方がいい」
あたしは一歩下がる。
「キッド」
これはただの契約だった。
「遊びはおしまい」
キッドがあたしの手を掴んで、離さない。
「テリー」
キッドは、微笑むだけ。
「確かに、俺が王子だったってことは、お前にとってはすごく衝撃的で、ショックが大きかったかも」
「ええ。一週間頭痛で悩まされるくらいね」
「そう。つまり、テリーは驚いてて、それがまだ影響しているから、そんな馬鹿なことを言ってるんだ」
「………」
あたしは顔を上げ、眉をひそめた。
「馬鹿なことって?」
「第一王子との婚約を破棄しようとしている」
そんなこと、ありえない。
「人は幸せすぎると怖くなる。マリッジブルーと一緒だ。同じ現象がテリーの中で起きているんだ。だから俺から離れようとしているんだ」
大丈夫だよ。テリー。
「俺は身分が王子というだけで、何も変わらない。俺は俺だ」
目の前にはいつものキッドがいる。
「テリー、城下の仮面舞踏会、まだ覚えてる? あの時、婚約解消の話をして、戸惑ってたのはお前じゃないか」
キッドは優しく微笑んでいる。
「本当は俺と婚約解消したくないんだよ」
あたしは自分の心に訊いてみる。
「だったら、婚約なんて解消しなければいい。ずっと婚約者同士でいよう?」
そうすれば、
「俺もお前も、互いから離れられない」
「…キッド」
「ボディーガードが必要だろ?」
何かから守ってほしいんだろう?
「俺が守ってあげるよ?」
何からでも守ってあげる。
「欲しいものがあれば、俺が用意してあげる」
望みは何?
「何でもいいよ。俺がテリーの望みを叶えるから」
テリーだったらいいよ。
「俺、テリーが気に入ってるんだ。だからテリーなら許可する」
だからいいよ。
「ほら」
言っていいよ。
「………何を?」
「告白」
「何の?」
「愛の」
「誰が?」
「お前が、俺に」
「………」
「ほら」
キッドが待つ。
「言って」
「……キッド」
首を振る。
「ままごとは終わったの」
真っ直ぐキッドを見つめる。
「あんた、もう17歳になるのよ。ねえ、もう14歳の子供じゃないの」
キッドがあたしを見つめる。
「婚約は解消」
「またまたそんなこと言って!」
キッドが笑った。
「素直になりなよ」
「真面目に話してる」
「嘘つき」
「嘘じゃない」
「なんで? 王子様だよ? 憧れだろ?」
「そうね」
ええ。
「確かに憧れてたわ。昔はね」
でもね、キッド。
「憧れは、憧れのままがいいと思う」
あたしはそれを望む。
「幻が現実になることは、望まない」
それは、一夜だけで十分。
「そんなわけない」
キッドが早口で否定した。
「テリーさ、素直になりなよ。照れてるだけだろ?」
「いいえ」
「恥ずかしいんだ」
「いいえ」
「可愛いな」
「いいえ」
「テリー」
キッドが笑う。
「今なら許してあげるよ」
全部。
「素直に認めてさ」
俺のことが好き、本当は大好き。だから、俺の恋人になりたいって言えば、
「俺は受け入れるって言ってるだろ?」
キッドの手に力が少しこもった気がした。
「テリーなら、いいんだよ?」
近くにいれば恋にも落ちる。ならば、
「俺は、テリーを本当に愛してあげる」
「キッド」
あたしは首を振った。
「恋人にはなれない」
「あはは!」
キッドの手が、強くなる。
「お前な、そういうこと言うなら俺にも考えがあるぞ?」
お前は家を継ぎたいんだっけ?
「潰そうか?」
あたしは目を見開く。
「俺が守れるのはお前だけじゃない」
お前の家も守れる。
「逆に」
潰すことも出来る。
「嫌だろ?」
じゃあ、素直になるべきだ。
「メニーと一緒に路上生活なんて嫌だろ?」
キッドがあたしの頭を撫でた。
「ほら、テリー。言って」
優しく撫でる。
「テリー」
愛の告白を。
「さあ」
俺に。
「さあ」
「キッド」
キッドの腕を撫でる。
「わがまま言わないの」
ぽんぽんと叩く。
「婚約者の候補なら、他にもいるんでしょ?」
撫でる。
「あたしよりも、ずっと素直で可愛い子、そこら辺にうじゃうじゃいるわ」
あんたは王子様。
「誰だってわけを言えば協力してくれる」
キッドの腕を撫でる。
「あんたね、あたしといたくせに、あたしを人形か何かだと思ってない?」
あたしのこと知ってるくせに。
「人形みたいに美しいけど、見た目だけなのよ」
中身は違うの。
「期待外れでごめんあそばせ。王子様」
腕をぽんぽん。
「というわけで、婚約は解消」
「くくっ」
キッドが笑った。
「お前、ボディーガードもいいわけ? この契約が切れたら、俺はお前を守らないよ」
「そうね」
「必要だろ?」
「いいわ」
首を振る。
「諦める」
「人生、そんな簡単に諦めていいのか?」
「ええ、もう十分」
「まだ足りないだろ?」
「大丈夫」
「大丈夫じゃない」
「キッドと関わらなければ、中毒者だって関わることがないもの」
「あはは! 馬鹿だな、お前! それを言うなら、今回だって結局関わったじゃないか!」
中毒者。
「中毒者の事件には、必ずお前がいる。あの誘拐事件から、ずっとね」
キッドはにやにやと笑う。
「俺は出会った時から、ずっとお前を守ってきた。今までも、今回も。今後お前の身にまた何かあったら、お前は誰を頼るんだ? うん?」
キッドが余裕綽々の笑みを浮かべる。
「頼りになるのは俺だけだ」
まるで選択肢が一つだけ手渡された感覚。
「いい加減言ってくれない?」
キッドが微笑む。
「テリー」
キッドは笑う。
「言えば、受け入れてあげるから」
ね?
「嘘じゃないよ。本当」
俺が優しいうちに、
「言って?」
どんな言葉でもいいから。
どんな臭い言葉でもいいから。
どんな恥ずかしい言葉でもいいから。
「馬鹿にしないから」
からかわないから。
「俺に」
「愛の告白」
「していいよ?」
「…………………好きじゃないのに、告白するの?」
キッドの笑みは、変わらない。
「そんなの嫌」
キッドの表情は、崩れない。
「あたし、好きな人じゃないと嫌」
受け入れる?
「王族って大変ね。愛のない婚約も受け入れて」
キッド、
「あたしのこと好きじゃないでしょ」
キッド、
「無理しないで」
そんなことしないで。
「そんなことするくらいなら、あたし、この話を破棄した方がいいの」
いらない。
「それに、あたし、結構強くなったと思うのよ」
キッドの腕から手を離す。
「家族もなんだかんだ、仲良くやれてるし」
メニーの信頼が下がることが無ければ、
「あたし」
キッドに頼らなくても大丈夫な気がする。
「もう平気よ」
足が動く。
「中毒者を見かけたら逃げればいいし」
一歩後ろに足を置く。
「何とかなるわよ」
ああ、心配無いわ。
「キッドが望むなら、今後キッドにも関わらないようにするし」
紹介所。
「勿体ないけどあんたにあげるわ。しょうがないわね」
後ろに下がる。
「だから」
キッドは、何も言わない。
「もう平気」
キッドは、何も言わない。
「婚約は解消しましょう」
キッドは何も言わない。
「ね? そうしましょう?」
今までありがとう。
「色々助かったわ」
素直に言ったら受け入れてくれるんでしょう?
「キッド、婚約解消して」
素直になれば、
「駄目」
キッドの低い声が返ってきた。顔を上げてみると、口角が既に下がって、笑ってないキッドが、あたしを見ていた。
「駄目だよ」
キッドが、あたしから手を離さない。
「………キッド?」
「嘘つかないで」
キッドがあたしを見つめる。
「嘘つきは嫌い」
離さない。
「嘘つきはあんたでしょ」
どうせよりどりみどりでしょ。
「すぐに代わりが見つかる」
「駄目」
「キッド」
「駄目だよ。許さない」
「キッドってば」
「酷い」
キッドが俯く。
「なんでそんなこと言うの」
キッドが顔を見せない。
「王子って知った途端に、なんで、そんなに態度変わるの」
違う。
「王子って言ったら、喜ぶんだよ」
違う。
「皆、喜んだ」
違う。
「喜んだのに」
違う。
「なんで」
違う。
「なんでお前は喜ばないの」
違う。
「お前は」
キッドが顔を上げた。
「俺を拒むの?」
無感情の目が、あたしに向けられた。いつも笑ってるキッドが見せない顔のように感じた。だからこそ、
「そうよ」
あたしは素直に頷く。
「お前を拒むのよ」
「王子だから?」
「ええ」
「じゃあ」
キッドが再び俯いた。
「お姫様なら?」
「キッド、ふざけないで」
素直なあたしを受け入れるんでしょう?
「婚約解消したいの」
「駄目」
「キッド」
「許さない」
「キッド」
「絶対駄目」
「キッド」
「お前は俺のものだ」
キッドがあたしの左手に指を絡めた。
「絶対離さない」
キッドが跪いた。
「ねえ、テリー」
互いの両手が繋がれる。
「舞踏会、覚えてる?」
「皆、俺に感動してた」
「皆、求めてた」
「王子様を求めてた」
「プリンセスになれるよ?」
「テリー」
「ねえ、テリー」
「言ってるだろ?」
「お前なら」
「お前となら結婚していいんだよ」
「俺、お前が気に入ってるんだ」
「結婚していいよ」
「俺のお嫁さんになったらさ」
「お前のわがままも理想も憧れも願いも全部叶えてあげるよ」
「テリーならいいよ。俺が叶えてあげる」
「でもその代わり」
「俺から離れないで」
「離れたら駄目だよ」
「テリーは駄目」
「絶対駄目」
「婚約解消なんてするもんか」
「テリー」
返り血がつく白いドレスを着るお嬢様。目の前にはその背丈に似合うスーツを着る素敵な紳士。お互いの手を繋ぎ、向き合い、跪く紳士はお嬢様を見上げ、お嬢様は紳士を見下ろす。まるで一つの絵のよう。
「ねえ、テリー」
キッドが微笑んだ。
「俺と結婚しよう?」
あたしは顔をしかめた。
「しないって言ってるでしょ」
お前は違う。
「キッド」
手をぎゅっと握り返す。
「冷静になって、よく考えなさい」
キッドがあたしを見つめる。
「あんたね、あたしが離れようとしてるから、何としても繋ぎ止めたくて仕方ないんだろうけど、あのね、出会いも別れもあるの。いい? 感情に流されるのは若い子特有よ。全く、ほとほと呆れるわ」
いいこと?
「キッド、あたしはね、あんたの運命の相手じゃないの」
プリンセスにはなれない。
「だって、あたしじゃないんだもん」
ほらね。言った通りだ。あんた、本当の恋をしたことがないのよ。だから分からないんだろうけど。
「好きな人って現れるものよ。その人と、ちゃんと恋をして、婚約して、結婚して、一つの家庭を築くのも王子としての役目でしょ」
その相手はあたしじゃないってだけ。
「分かった?」
握られる手に力が込められる。
「あたしが懐かないから、どうにかしてでも懐かせたくて仕方ないのよ。動物もそうでしょ? 同じよ。あたしはお前のペットの立場でしかないのよ」
キッドは黙る。
「まずは頭を整理なさい」
キッドの頬に触れる。
「あたしとお前は、そんな綺麗な関係じゃないでしょ?」
あのね、忘れてない?
「名乗るだけって契約よ」
この婚約は名前だけ。
「あたしはキッドの婚約者」
その代わり、キッドはあたしのボディーガード。
「それだけよ」
それだけのはずなのに。
「何をそんなに必死になってるのよ」
いいじゃない。
「あたしじゃなかったら、わざわざボディーガードなんてしなくていいのよ? 負担が減って、そっちの方が楽でしょ?」
「構わない」
「キッド」
「俺は冷静だよ」
キッドが笑う。
「お前が思ってるより、ずっと冷静だ」
頬に触れたあたしの手を、キッドが握った。
「別に、お前が俺から離れたって何も変わらない」
「そう」
「だけどそれだと色々お互い不便だろ」
「そうかしら?」
「そうなんだよ」
「例えば?」
「俺の遊び相手がいなくなる」
「友達沢山いるじゃない」
「テリーがいい」
キッドが瞼を閉じる。
「お前と遊びたい」
「友達もいるし、リオン様もいるじゃない」
「嫌だよ、あんな奴」
キッドが思いきり顔をしかめた。
「テリーと遊んでた方が楽しい」
「王子って公言したからには、そういうわけにもいかないんじゃない?」
「しょうがないな。じゃあ結婚はいいや。婚約だけ続けて。それならいい?」
「それならいいって…あんたねえ」
「駄目。離れるのは絶対駄目」
「しつこいと嫌われるんじゃないの?」
「俺、別にしつこくないけど」
「十分しつこいけど」
「それはお前の価値観だ。世間一般的に見て、俺は当たり前のことしかしてないよ」
「……それこそお前の価値観じゃないの…?」
ほらね。
「価値観が合わない人とはやっていけないわ」
離れようと手を引っ張るが、キッドが離さない。
「キッド」
「何」
「手離して」
「やだ」
「キッド」
「離れてどこに行くの?」
「そろそろメニーを迎えに行かなきゃ。催眠も解けてるだろうし」
「メニー」
キッドが呟く。
「メニーね?」
何か、ひらめいたように話し出す。
「テリー、いいこと教えてあげる」
キッドが、いやらしく微笑んだ。
「あの子、俺が嫌いみたいだよ」
「何言ってるの、今更。正しくは、『怖がられてる』よ。お前があまりにもちゃらんぽらんだから」
「うん。だから何度も睨まれたよ」
「ねえ、からかうのも程々にして。メニーが人を睨むわけないでしょう?」
怖くて、怯えて、じっと見ていた目が、睨んでいるように見えただけよ。
「…猫被りもいいところだな」
キッドがあたしを見上げる。
「すごい顔で睨んでくるよ、あの子」
「何が言いたいの?」
「あんな子より、俺の方が素直でいい子だよってこと」
「またあたしを口説いてるの? 言ってるでしょ。その話はもう解消よ。おしまい。ジ、エンド」
「まだ継続中だ」
「嘘つきは嫌い」
「俺、嘘なんてついてない」
「嘘ついてるじゃない」
「嘘つきはメニーだ」
「嘘つきはお前でしょ。いい加減にして」
「嘘つきのメニーに構うくらいなら、正直者の俺と遊んでようよ。ずっと」
テリーなら、俺は喜んで遊んであげるよ。
「テリー、俺はさ、お前と二人で遊びたいって何度も言った。でもお前が断るから、メニーもリトルルビィも入れて遊ぶんだ。リトルルビィならまだしも、メニーに対するお前の執着心は異常だよ。シスコンどころじゃない。異常だ。なんでそんなにメニーに構うわけ? おかしくない?」
「……おかしくないでしょ。家族なんだから」
「お前の婚約者は俺だよ?」
「他人でしょ」
「メニーだって他人だろ?」
「なっ」
「義妹なんだろ?」
それって他人じゃん。
「婚約者の俺の方がずっと大事」
「お前、自分が何言ってるか分かってるの?」
「分かってるよ。家にいる赤の他人か、この先ずっと一緒にいる婚約者。どっちが大切かと訊かれたら、皆、婚約者って選ぶ」
「んなわけないでしょ!」
「確かに血の繋がりが無い妹を大事にする気持ちはいいことだけど、お前の場合は違うと思うな」
ねえ、テリー。
「俺は、間違えてない」
「間違いだらけの偏見だらけよ」
あたしは顔をしかめる。
「あたしには、言い訳にしか聞こえない」
だから離れないでって言ってるようにしか聞こえない。
「もう十分あんたに付き合ったわ」
「まだ足りない」
「もう十分よ」
「駄目」
「キッド」
「駄目!!」
キッドが怒鳴った。
「絶対駄目!」
離さない。
「テリーは駄目」
離さない。
「俺から離れるなんて、許さない」
手を握る力が強まり、あたしは眉をひそめる。
「痛いってば」
「痛くしてるからね」
握られる。
「痛い!」
「離してほしい?」
「乱暴な人は嫌い!」
「優しくしてほしいなら言って」
あたしが間違ってました。今後絶対にキッドから離れません。
「いい加減にして!」
キッドを睨む。
「もう関わりたくないって言ってるでしょ!」
「関わりたくないなら、俺を好きになればいい」
「だから、なんでそうなるのよ!」
「俺を好きになれば、関わりたくなる」
「嫌いだからもう関わりたくないの!」
「俺を嫌いなんて今更な話だろ? もう関わっちゃったんだから、諦めて俺のこと好きになればいいんだよ」
「好きにならない!」
「分かんないよ? ちゃんと俺を見てさ、俺を見つめたら惚れるかも」
「惚れない!」
「惚れなよ」
「惚れない!」
「惚れて」
「嫌よ!」
「惚れていいよ」
「あんたのそういうところがきらっ」
「惚れたら、俺の傍から離れたくなくなるよ」
「結構よ!」
「うん。惚れて?」
「惚れるか!」
「惚れてよ」
「惚れるか!」
「惚れたら、受け入れてあげる」
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「テリーはろくでもないの?」
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一緒にいるよ。それが契約だとしても。
「離れようとするなら」
ロープでも、
手錠でも、
紐でも、
縄でも、
契約でも、
何でも使って縛り付ける。
「ねえ、テリー」
青い目が、あたしを見る。
「お前のために言ってるんだよ」
離れるな。
「ね。婚約は継続してさ」
離れるな。
「また一緒に遊ぼう?」
離れるな。
離れるな。
離れるな。
「冷静に考えな。テリー」
黒に近い青い目が、あたしを見つめる。
あたしの目が、キッドを見つめる。
わがままな青い目が、
生意気なあたしの目が、
支配欲にまみれた青い目が、
罪を背負うあたしの目が、
重なる。
「……冷静じゃないのはあんたでしょ」
「俺、冷静だよ」
「キッド」
「テリー」
「ねえ」
「テリー」
手を握り締める。
「キッド」
「テリー」
「ねえ」
「駄目」
「だから」
「駄目」
「キッド」
「テリーは」
お互いの主張を言おうと、お互いの声が重なった、
直後、
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
聞き覚えのある声が怒鳴り声をあげ、走ってきた。
「よくもおおおおおおおおおおお!!!」
キッドが目を見開いた。
あたしを突き飛ばした。
キッドが立ち上がってその声に振り向いた。
走ってきたメニーが持ってた包丁で、
正面からキッドを刺した。
「おっと」
キッドが、呟いた。
「ああ、やらかした」
後始末、終わってなかったみたいだ。
「これは…」
くくっ。
「しまった」
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そんな絶望に拍車をかけるように、親の再婚により明莉は月森三姉妹と一つ屋根の下で暮らす事になってしまう。義妹としてスタートした新生活は最悪な展開になると思われたが、徐々に明莉は三姉妹との距離を縮めていく。
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